表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

第14話 ひと時の休息

脇役にスポットを当てたら主人公の存在が薄くなってしまった・・・

偶にはそういうのもありと言うことで。


 ルベック砦。

 メンテルヒアから北に徒歩で半日ほどの距離にある北西の守り。グレイシーブ山脈の山裾とムール湖にはさまれた街道の果てに築かれた頑強な城砦だ。

 城砦には、湖から山へと伸びる長さ二キロにも及ぶ城壁が伴って建設されている。砦と城壁は、魔獣の森とのふたつ名を持つボーディッシュの森より現れる魔物からメンテルヒアを守るための要所として機能していた。

 同時に森の恵みを求める人々の玄関口でもあった。


 ひとことで魔獣の森といえど、そこに住むものは魔物の類ばかりでなく、森の恵みにより育まれた動植物たちも数多い。原生林の森は貴重な草花や薬草の宝庫でもある。それらを求め、砦近隣のライネン村に住む人が森へと分け入っていた。よほど森の奥に行かなければ魔物に襲われることもない。


 もとはと言えば森に出入りする冒険者の為の休憩所が始まりだったライネン村は、歳月を重ねるうちにちょっとした宿場町のようになっていた。砦の兵士がひと時の休息を求め村を訪れることも多い。


 時刻は昼の少し前。

 普段なら昼食の準備で忙しいはずの村は、いまは切羽詰った剣呑な雰囲気で満たされていた。道行く人は小走りに駆け、道端では村人らしき住人と村を訪れた商人風の男とが不安げな様子で小声で語り合っている。

 ある噂が原因だ。


 魔獣グレートライオンが近くの森で目撃されたというその噂は、瞬く間に村中を駆け抜けた。


 風と雷を身に纏い死と災厄を振りまく凶悪の魔獣。

 人の身では抗う術はなく、機甲騎兵で挑もうと打ち倒せるか分からぬ悪夢の使徒。


 三十年前、その災厄に見舞われた村は壊滅状態となった。犠牲になった住人は半数以上に登る。

 襲撃を生き延びた住人はその折の恐怖を思い出したか恐慌状態となり、近くの者に取り押さえられている。その様子を遠巻きに眺める者は、伝え聞く魔獣の恐怖が得体の知れない化け物の影となって心を締め付けていた。


 ほんの些細な出来事で暴走が始まる。

 そんな緊張状態の中、人々の心の安寧をぎりぎりのところで支えたのが、不意に村を訪れた物言わぬ鋼鉄の巨人、三騎の機甲騎兵だった。


「おいおい。どう言うことだ、これは」

「俺が知るわけがない」


 村中のもはや信仰に近い歓迎の視線に晒され、困惑の声を上げるジェイク・ボーマン。ぼざぼざの白みがかった金色の髪を掻き、傍らのケインズに意見を求めた。帰ってきたのはつれない返事。

 ボーマンよりは身だしなみに気を使っているのか、ルーイ・ケインズの黒い艶のある髪はちゃんと櫛でセットされている。そこそこ整った容姿なのだが、どことなく軽薄な雰囲気が漂うのが欠点だ。


 宿屋に隣接された駐機場に騎兵を置き、ボーマン、ケインズ、クリスの三人はそれぞれ愛機から降りた。姿を現した三人に村人の視線が集まる。遠巻きに寄せられる期待を込められた視線にむず痒いものを感じた。

 視線を投げかける村人の中には、両の手のひらを組み祈るようなポーズで路面に両膝をついている年配の女性の姿もあった。


 冒険者三人組は知る由もないが、魔獣現るの噂が飛び交い恐怖に打ち震える村人にとって、颯爽と現れた彼らは御伽噺に記される勇者のごとき英雄として捉えられていた。


「ジェイクさん!」

「シェリル!?」


 ふいに現れた一人の女性がボーマンの胸に顔を埋めるように飛び込んできた。

 年のころは十七、八くらいの少女。淡い赤毛の長い髪の先を青いリボンで結んでいる。上質ではないが清潔な衣装を身に着けていた。

 ボーマンとケインズの幼馴染み、猟人のシグの妹シェリルだった。


「シェリル、どうした!? なにがあった?」

「シェリル? ルーイもいるんだけど・・・」


 シェリルと呼ばれた女性の両肩に手をやり、ボーマンは事情説明を求める。その傍らで、ケインズは自分を指差し自らの存在をアピールしていた。

 ボーマンに問われるとシェリルは自分の行った行為を思い出したのか、半歩ほどボーマンから離れ恥ずかしさに身を縮める。

 顔を真っ赤に染め、胸の前で両手の指を突いたりしながら俯いてしまった。


「ご、ごめんなさい。はしたないことをしてしまって・・・

「いや、いいんだが・・・。それよりいったいどうしたんだ?」

「シェリル、シェリル。ルーイ君はここだよ?」


 「さあ、おいで」とでも言いたげに笑顔で両手を広げるケインズであったが、赤毛の少女は申し訳なさげに頭を下げ、ますます縮こまりながら言った。


「え? あ、あの・・・ごめんなさい」


 少し肩を落とながらも両手を開いたままクリスに身体の向きを変えるケインズ。笑顔はそのままに。


「とても悲しいので、代わりにクリスちゃん、僕の胸に飛び込んでおいで?」

「抜き身の小太刀抱えたままでいいですか?」


 クリスはにべも無い。

 両手を広げ笑顔のまま滂沱の涙を流すケインズは放置し、クリスはシェリルと呼ばれた少女に尋ねた。おおよその見当はつくが確認しないことには始まらない。


「随分村が騒がしいようですが、何かあったのですか?」

「ええと、その、貴方は?」


 銀の長い髪を背にたなびかせる天使のように愛らしい少女。十二・三歳にしか見えないその少女の、歳に似合わない落ち着いた声と雰囲気にシェリルの心が落ち着きを取り戻していく。

 異彩を放つ左眼の眼帯が気になるシェリルだった。


「これは失礼しました。私はクリスティナと申します。冒険者です」

「冒険者って・・・貴方のような小さな女の子が?」

「よく言われますがその通りです」

「本当だよ。クリスちゃんはこれでも凄腕の冒険者だ。見かけは、まあ、ちみっこいが」


 褒めているのだかいないのだか分からないボーマンの言葉に、ますます眼を白黒させるシェリル。冒険者といえば荒くれ男を想像してしまい、目の前の幼い少女がそれだとはとても思えなかった。


「一応言っておきますが、これでも十七ですよ?」

「「「えっ!?」」」

「・・・ナゼ、お二人まで驚いているんですか?」

「わ、私と同い年・・・」

「ギルドカード持ってるから十五以上だとは思ってたが・・・」

「マジか。信じらんねぇ」


 シェリル同様驚いた表情のボーマンとケインズを半眼になって見やる。

 外見と設定年齢を考えたのは当人あるがゆえに誰にも文句は言えないが、そろそろ違う反応がほしいクリスである。


「・・・まあ、それはともかく。いつまでも往来で話をするのもなんですし、場所を変えませんか? そちらの宿は一階が食堂なのでしょう?」


 駐機場の隣、小さな村にしては大きな建物に視線を向け言った。森に出入りする冒険者や商人目当ての宿だろう。二階建ての建物の一階部分、おそらくは食堂に見えるそこに客の姿は見えない。


「そうだな。詳しい話も聞きたいし。シェリル、かまわないか?」

「わかりました」


 三人の冒険者は少女を伴い、宿の扉をくぐった。







 クリスは優雅にティーカップを傾け、やや濃い目のお茶を口に含んだ。

 お茶の芳香が鼻腔をくすぐる。実のところお茶を用意したのはクリスだ。

 ほう、と息をはき、村の宿屋にしてはよい茶葉を揃えていると感心するクリス。

 粗暴な冒険者だけでなく、森から得られる貴重な薬草を求めて商人も村に訪れるからだろう。その手の商人は貴族などの上流階級を相手に商売をする必要から目も舌も養われた者が多い。


 四人は宿屋の食堂に場所を移し、食堂の隅のテーブルに腰を落ち着けた。誰かに断って確保した場所ではないが、苦情を述べる者も見当たらないのでよしとする。

 食堂には他の客の姿はなく閑散としていた。

共にテーブルを囲み、ボーマンとケインズはシェリルから事情を聞きだしていた。


 やはりグレートライオンの情報が漏れていた。

 その噂は瞬く間に広がり病のように村に蔓延している。三十年前の襲撃を生き延びた村人が語る生々しい証言を聞いて育った者も多く、植付けられた恐怖心は現実の何倍もの規模で村人の心を蝕んでいた。


 なにか飲み物を注文しようとするも誰も出てくる様子もなく、気になって厨房を覗くと、宿の主らしき中年の男性は昼時でありながら何をするでもなく、厨房の奥で力なく椅子に腰掛け天井を見上げていた。

 声をかけると、好きな物を好きに使ってくれと言われたのでクリスは茶葉を探してお茶を入れさせてもらった。ちなみにお茶代は置いてある。


 一応の話を聞き終えたときだ。シェリルの兄、シグが宿に姿を現したのは。洗いざらしのシャツとズボンに皮のチョッキを着た体格のいい青年は、ボーマンやケインズ、そして此処には居ないキースの幼馴染みだ。

 家にいたはずのシェリルがどこにも姿が見えず、村中を探し回っていた彼は、ようやく見つけた妹の姿を見て安堵の溜息を漏らす。


「よかった! ここにいたのか、シェリル」

「よかったじゃないぜ、シグ! お前、グレートライオンのこと村の連中に話したのか!」

「村人のほとんどは三十年前の襲撃を体験したり聞いて育ったんだぞ。話せばパニックになる事くらい分かるだろうに」


 青年に食って掛かったのはケインズだ。傍らのボーマンも同調してシグを非難する。シグはなぜ二人がここにいるか分からず驚いていた。


「お前たち、なぜ此処に?」

「なぜ此処に、じゃない! 俺たちが片をつけるまで黙ってろと言っただろう!」


 激昂したケインズは幼馴染みに食って掛かった。

 ケインズとてこの村の出だ。冒険者になるため十五になるとメンテルヒアに出てきたが、魔獣襲撃時には生まれていなかったとは言え、幼い頃から聞かされた惨劇のありさまは今でも耳に残っている。

 幼馴染三人組が村を出て冒険者になったのも、村を守るため外の世界で力を身につけるべくだ。二度と惨劇を起こさせないために。そのために冒険者になった。


「違う、俺じゃない!」

「シグ、本当に誰にも話していないのか?」


 テーブルに着いたままのボーマンが問いかける。

 黒髪の幼馴染みのように詰め寄ったりはしないが内心は同様のようだ。同席しているシェリルが心配そうに三人へ交互に視線を向ける。


「さすがに村長にだけは話したよ。事態が事態だけに話さないわけにはいかないだろう。その後、一緒に砦に話に行ったんだ。砦の連中と話し合って帰ってきたら村中に広まっていて俺も驚いた」

「お前がばらしたんじゃないのか・・・」

「違うと言っているだろう!」


 胸ぐらを掴むケインズの手を強引に振りほどいた。


「じゃあ、誰なんだ?」

「俺が聞きたいくらいだ。くそっ! メンテルヒアから騎士団が派遣されるまで秘密のはずだったのに!」


 シグは秘密を洩らした誰とも知れぬ相手に悪態をついた。

 実のところ、犯人は村長の孫娘ケティ(七歳)である。

 偶然耳にした村長を含む村の重役たちとシグとの話。意味は分からずとも只事でないと感じ、そっと家を抜けだし友人たちに相談を持ちかけた。その意味を知る為に。

 友人たちもよく理解できず、それぞれの親に聞いて回った。


 すなわち、「村の近くに現れたグレートライオンとはいったい何か」と。

 実際は村から数日の距離であったのだが、森の中央から比べると誤差のようなものだろう。かくして噂は村中に瞬く間に広がってしまった。


「げ。騎士団が来るのか」

「兵士長がメンテルヒアに増援を依頼すると言っていたから来るはずだ」


 砦に常駐している兵は基本的に守護の兵であり、魔物が砦を抜けメンテルヒアに押し寄せないようにする為の兵だ。機甲騎兵を備えてはいるが型は古く、二騎と数も少ない。

 メンテルヒアの北西の守護をつかさどる砦としては戦力不足も甚だしいが、その理由は砦の兵が出撃しなくても近くの魔物は魔石狙いの冒険者が勝手に狩ってしまうからだ。とくに森の外縁部は生身の冒険者でも狩れる魔物がほとんどで、たまに現れる大型の魔物は、これまた騎兵を持ち出した冒険者が嬉々として狩って行く。

 騎兵持ちの冒険者がいない場合は門を硬く閉め、砦に設置された魔動兵器で対応するか街からの増援を待てば良い。

 実は砦の兵士が戦闘をする機会ほとんどないのが現状だ。


 砦に派遣される新兵はその職責の重さから決死の覚悟を決めて砦を訪れるのだが、職務の内容を知るにつれ拍子抜けするという。

 半年に一度、メンテルヒアから派遣される騎士団が森深くに入り、周辺の魔獣を討伐していくのも砦の戦力が少なくてすむ理由のひとつだ。

 でなければ村の住人が気軽に森に入れるはずがない。

 だが絶対の安全などありはせず、たまに小型の魔物や獣に襲われる被害が出る。だがそれは、この森に限ってのことではなかった。


 砦周辺に限るなら危険の少ない森なのだ。

 普段なら。


「てことは、もう森に入れないな」

「せっかく来たのに無駄足かぁ」


 すでに城門は硬く閉じられ森へ入ることは許されない。

 ケインズは力なく椅子に腰を下ろす。大金を稼ぐ機会を失い、べほっと上半身を力なくテーブルに投げ出した。


「お前たち、本気でグレートライオンと戦うつもりだったのか・・・」

「当然だ。そのために来たんだ」

「そりゃ無謀ってもんだ。おとなしく騎士団に任せておけよ」

「そうですよ。わざわざジェイクさんとルーイさんが危険なことをしなくても」

「と、言っても自分から危険に顔を突っ込むのが冒険者ってもんだからな」


 肩をすくめるボーマンにテーブルの上でケインズも同意する。


「せっかく助っ人も連れてきたってのに、ごめんよクリスちゃん」

「まあ、仕方がありません。今回は諦めましょう」

「助っ人って、その娘が? お前たち、こんな小さな子になにさせるつもりだったんだ」

「彼女のことを知らないからそう言うかもしれないが、はっきり言って俺たちより強いぞ?」

「そそ。俺たち二人でかかっても勝てないよ。騎兵戦でも生身でも」


 クリスが鷹の翼に雇われてからこちら、先の盗賊団撃退を含めて少女の戦闘力をまざまざと見せ付けられてきたふたりだ。だからこそ助っ人を頼んだ。

 頼んだのだが、森に入れなければどうにもならない。


「お前たちより強いって、冗談だろ」

「こんなこと冗談で言えるか」

「嗚呼、せっかくの儲け話が・・・」


 落ち込むケインズを横目にクリスはお茶を飲み干すと椅子を立った。


「本当に申し訳ない、クリスちゃん。詫びに飯でも・・・ってどこに行くんだ?」


 無駄足を踏ませてしまった詫びに食事をおごろうと振り向くがクリスの姿は席にはなく、ぽつねんと空になったティーカップがあるのみ。姿を探すと食堂の奥、厨房へと歩いて行くクリスの小柄な身体があった。

 彼女は振り返り、さほど気にしていないという笑顔を見せる。


「せっかく用意した食材を無駄にするのも勿体無いですし、食事は私が作ります」

「おいおい。そりゃいくらなんでも悪いよ。飯なら俺たちがおごる。宿の親父に作ってもらえばいいさ」


 ボーマンの申し出にクリスは首を振った。


「いいのですよ。ご主人はそれどころではないようですし。私もここ数日いろいろありましたから、思いっきり料理して気晴らしがしたいんです」


 言われて互いに視線を交え肩をすくめるボーマンとケインズ。

 バジルやスミス、ベレツとのやり取りでストレスが溜まっていたクリスだ。気晴らしに料理の腕を振るうのも悪くない。たまったストレスは作って食べて解消するのが地球時代からのクリスのやり方だ。

 久しぶりに思いっきり腕を振るわせてもらおう。クリスは腕まくりしつつ気合を入れて厨房に向かった。






 一時間後、目を白黒させながらもテーブル並べられた数々の料理に手を伸ばすボーマンとケインズ、シェリルにシグの四人食い、もとい四人組。

 野菜たっぷりスープに始まり、魚のムニエル、パスタ各種、チキンソテー、子牛肉のウィンナーシュニッツェルなどなど様々な料理が並べられていた。

 クリスはと言えば、いまだ厨房で調理している。時折り汗をタオルでぬぐい、忙しそうに、そして楽しそうに料理をしていた。傍らにはいつの間にか自分を取り戻した宿の主人がいて、クリスに負けじとなにかを作っている。

 物凄い勢いで料理を作っていくクリスに刺激を受けたらしい。


「うおおおおおーー! クリスちゃんの料理ィ!」

「ちゃんとした厨房で作ったからか、いつにも増して美味いな!」

「兄さん、なにこれ! こんな美味しいお料理食べたの、わたし初めて!」

「美味いな美味いな、とにかく美味いな!」


 そこに宿の主オリバスが料理を盛りつけた皿を抱えてやってきた。空になった皿を片付け開いたスペースにドンと置く。


「こいつはわしの渾身の作! 川魚のパイ生地包み焼きだ! さあ、食ってくれ!」

「おお! こいつは美味そうだ!」


 早速とばかりに手を伸ばすケインズ。

 初めて見た料理に興味津々のシェリル。横に立つオリバスに問いかける。


「このお料理初めて見ましたけど、オリバスさんが考えたんですか?」

「がはははは! 実はクリスちゃんに教えてもらったんじゃ!」

「なんだよ、彼女の料理じゃないか」

「わはははは! 細かいことは気にするな、ジェイク! 作ったのはわしじゃ!」


 ボーマンの呟きに自身の腹を叩いて豪快に笑うオリバス。すでに五十を超えているはずだがその身に弛みは見当たらない。

 パイ生地を突いて破ると中から香草の香りと蒸気があふれ出した。パイ生地で包むことで中を蒸し焼き状態にしたのだ。川魚独特の臭みは下ごしらえと香草で消してある。


「パイ生地に包むことで魚の臭みやら余分な油やらはすべて生地に移して、純粋に魚のうまみだけを味わえるという寸法よ! こっちのレモンを絞ってから食ってくれ!」

「美味しそう。頂きます。んー、美味しい!」

「ところでクリスちゃんは?」


 幸せそうに料理を頬張るシェリルを横目に、パスタを絡めたフォークを口に運びケインズが宿の主に問う。オリバスは厨房に視線を向け言った。


「まだ厨房だ。最後にデザートを作ると言っとったよ。・・・不思議な子だな、あの子は。

 魔獣が現れたと聞いたとき、わしはこの世の終わりが来たかと絶望感に打ちのめされていたが・・・一心不乱に料理に打ち込むあの子の姿を見とると、大人のわしがびびって落ち込んでいるのが情けないというか申し訳なくなってなあ」


 三十年前の襲撃で、オリバスは母親と五歳年下の弟を失った。魔獣襲来の報は悪夢の再来に等しい。その中にあっても落ち着きと元気を失わない少女の姿は(オリバスにはそう見えた)、オリバスには希望の光のように感じられたのだ。


「そうだぜ。騎士団も派遣されて来るって言うし、グレートライオンなんざ一捻りさ!」

「いざとなれば俺たちも参戦するよ。もう二度と村には手を出させない」

「悪戯坊主でやんちゃなガキだったお前らがのう・・・歳をとるのも悪くはないわな」


 いつの間にやら逞しい大人に成長しているかつての腕白少年たちを見渡し、オリバスの目に熱いものがこみ上げてくる。

 ふと何かに気づいたシグが食事の手を止めて尋ねた。


「そういえばキースの姿が見えないが、あいつはどうしたんだ?」

「あ、言ってなかったっけ? あいつは仕事にしくじって入院中。そろそろ退院のはずだ」

「入院って、大丈夫なのか?」

「怪我は大したことないから心配ない。それより騎兵が壊れたのが痛いな。おかげで貯めていた金がそっくり消えてしまった」

「グレートライオンで当座の資金を調達するつもりだったんだが、当てが外れたなあ」

「なんだかすごく簡単に言ってますけど、グレートライオンなんですよ? 騎士団でもなければ無理ですよ」


 魔獣の恐ろしさはこの村で育った二人ならよく知っているはず。まるで魔獣を倒せるとでも言いたげな二人にシェリルは心配そうに告げた。


「グレートライオンといってもいたのは一頭だけなんだろ、シグ?」

「ああ、見たのは一頭だけだ。あんなものが三頭も四頭もいればさすがに分かる」

「仮に二頭いたとしても、騎兵が三騎いればなんとかなるよ。グレートライオンは不滅の魔獣というわけじゃない。機甲騎兵で倒せる相手だ」

「残念ながら今回は待機になっちゃったけどねー」


 肩をすくめ残った料理を平らげるケインズ。

 気づけばテーブル一杯にあった料理皿はあらかた空になっていた。


「お待たせしましたー。食後にショートケーキとお茶をどうぞ」


 切り分けられたケーキとお茶のポットをワゴンに載せてクリスが現れる。久しぶりに心ゆくまで料理の腕を奮えたからか、その笑顔は光り輝いていた。


「オリバスさんも席にどうぞ」

「お、わしの分もあるのか。それはありがたい」


 いそいそと席につくオリバス。

 皆でたっぷり生クリームのショートケーキを頬張る。食後の穏やかで優しい時間が流れていく。全員が満たされた表情をしていた。

 たわいもない話で幸福な時間を過ごす。そんなひとときの安らぎを破ったのは、表から聞こえる馬の蹄の音だ。村の中であるにもかかわらずかなりの速度を出している。

 蹄の音は宿の前で止まり、「どう、どう」という諌める声と馬のいななき声とが聞こえてきた。


 しばらくして宿屋の扉が乱暴に開かれた。

 陽光を背に現れたのは軍服の上に部分鎧をつけた三人の男だ。装備からして砦の兵士だろう。

 先頭に立つ指揮官らしき年配の男は客の少ない食堂内を見渡し、唯一席が埋まっているテーブルを確認すると近づいてきた。

 先頭の男はともかく、つき従う二人の若い兵士は表情が強張っている。


「失礼だが、隣に停めてある騎兵の騎手はどなただろうか」

「兵士長さん。何かあったのかい?」


 振り返ったオリバスが問いかけた。

 オリバスとは顔なじみの兵士長トラド・レンキッド。

 職務に忠実ではあるが規則一辺倒というわけではなく、ライネン村の住人との交流も大切にしている気の優しい男だ。

 そのトラドが扉を乱暴に開くなどついぞ見たことがないオリバスは戸惑っていた。


「オリバス殿。緊急事態につき無礼を許してほしい。それで、騎手はどなたか」

「俺たちだよ」


 手を上げるボーマンとケインズ。そして最後のクリスを見てトラドは息を呑んだ。何かを考えるように一瞬思い悩むが思い切って切り出した。


「諸君らは冒険者のようだが・・・仕事を依頼したい。依頼内容は、魔獣の群れの撃退だ」

「魔獣の--群れ?」

「ああ。正確な数は不明だが、五頭を超えるグレートライオンの群れが砦に接近中らしい」

「ちょ、待てよ! なぜそんなことが分かるんだ? だいたい一頭だけじゃなかったのかよ!」


 ケインズが立ち上がる。勢いよく立ち上がったせいで押された椅子が重力に引かればたんと倒れた。

 あまりの事態に、この場にいる者は一人を除いて全員が蒼白になっていた。例外はもちろんクリスだ。


「第一報を受けた後、砦をかためて警戒していたのだが・・・。

 二時間ほど前だ。森から二人の冒険者が助けを求めて現れた。二日前に騎兵とバニーで森に入った冒険者グループの生き残りらしい。彼らは狩りの途中、グレートライオンの群れに襲われ二人を残して全滅したと言っている。気になるのは、目撃情報のあった魔獣とは現れた方向が違うということだが・・・」

「最初のグレートライオンとは別グループということか?」

「おそらく。生き残りの冒険者の証言によると、大型のグレートライオンが少なくとも五頭。小型のものも多数確認されている。

 無茶は承知のうえだ。報酬も上に掛け合い満足してもらえるものを用意する。是非手を貸してほしい!」


 あろうことかトラドは冒険者達に頭を下げた。兵士長につられる様に背後にいた兵士たちも頭を下げる。

 騎士や兵士は冒険者を下に見るものだが、ルベック砦の兵士達は普段から冒険者に接する機会も多く偏見も少ない。だが多少なれど兵士としての見栄やプライドはある。そう容易く冒険者に頭など下げないだろう。

 現在起きている出来事は、そんなもの吹き飛ぶくらいの事態ということだ。


「メンテルヒアから騎士団が派遣されてくるはずではなかったのですか?」


 それまで無言を貫いていたクリスが問いかける。

 騎士団が来るなら一介の冒険者に頼る必要もないだろう。だが兵士長の答えは五人の希望を打ち砕くものだった。


「騎士団は--来ない」

「来ない!?」

「何故だ!? 何故来ない!」


 ボーマン、ケインズ、オリバスの三人は兵士長に詰め寄る。トラドの表情は苦渋に満ちていた。


「メンテルヒアは現在飛竜の襲撃を受けている。こちらに増援を送る余裕はないそうだ」

「何故このタイミングに・・・」


 三人は言葉を失う。場に死の静寂が降りた。誰もが無言で言葉を発することが出来なかった。

 やはり、ただ一人を除いて。


「その依頼、お引き受けします」


 なんの気負いもなく、まるで「今日もよく晴れてますね」といった日常会話のような声で少女は言う。

 場にそぐわない軽やかな声に、全員の視線が少女に集中した。



誤字脱字ありましたら連絡ください。


H23/11/15 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。

H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

H24/02/22 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ