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第13話 内にありて囁くもの

お気に入り登録、2000件突破しましたー!

読んでくれた皆様、ありがとうございます(感涙)!

 自動兵器より魔物の脅威に晒されることの多いメンテルヒア。

 その周囲はやはり分厚く高い城壁に守られている。


 魔物と一言で言えどその種類は多く、小は子リス程度から大は機甲騎兵の全高を超えるものまで様々だ。

 総てに於ける魔物の共通項目は、その身の内に魔素を蓄積凝縮した魔石を潜めているということ。つまり魔石が体内にあれば魔物ということになる。

 魔物は魔物から生まれるとは限らない。魔物から生まれる物はほとんどが魔石を持って生まれてくるが、ときにごく普通の生き物が強い魔素の影響を受け魔物と化す場合がある。それは動物だけでなく人も含めての話だ。


 魔石。

 それは人類を脅かす脅威の証ではあるが、同時に福音を齎すものでもあった。

 回収した魔石を加工することで人々は様々なマジックアイテムを生み出してきた。古きにおいては剣や鎧などの武具。新しきはアークドライブやマギスジェムなどだ。

 かつては大陸西方で魔石を人工的に作り出す技術が確立されはしたが、自動兵器反乱の影響でその技術は失われている。

 常に魔物の脅威に晒されているメンテルヒアに人が集うのも、すべては魔石を求めてのことだ。メンテルヒア周辺は有望な鉄鉱石の生産地であると共に、魔石の産地でもあった。


 だからこそメンテルヒアには冒険者の活躍の場が存在する。

 魔物を倒し魔石を回収する。街の脅威を払拭すると共に大金と栄誉が手に入る。まさに富と名声を手に入れられる魅惑のオシゴト、それが魔物退治だ。






 盗賊街道を抜けたメンテルヒアの玄関口。東の城門を抜け街に入った移動商隊とその護衛である鷹の翼の一行は、途中内外において幾つかの問題が発生したが無事メンテルヒアの街へと入った。


 ベレツを代表とする移動商隊が商談に入ると、護衛の鷹の翼のメンバーはいささか暇になる。

 街の外と違い、街中では護衛の人数は少数で事足りるからだ。そこで数人ずつに分けて休暇を取る許可が出たのだが、クリスだけはスミスの計らいで街に滞在する八日間丸ごと休みをもらえることとなった。

 はっきり言えばバジルの迷惑料代わりだ。


 鷹の翼の頼れるサブリーダー。ダンディーな燻し銀、バジル・ウェズリーにはひとつ欠点が存在した。戦車が絡むと人格が斜め上に突き抜けるという欠点だ。

 起動中の機甲騎兵を遠距離から倒しうる戦車砲、8.8センチ56口径魔動砲。その威力を垣間見たバジルは一度で虜になってしまった。虜になっただけでなく欲しくなってしまった。機甲騎兵を戦車砲で倒すという自身の長年の夢を叶える為に。

 そしてバジルは暴走を開始する。


 断っても断っても諦めないその姿勢はある意味感心できるが、交渉という名の夜討ち朝駆けにさらされたクリスには単にはた迷惑なだけであり、小さな体は疲労困憊だ。見かねた鷹の翼のメンバーがバジルを止めにかかるが、磨きぬかれた冒険者の技能を用い安易に躱してクリスへと迫る。

 卓越した猟人の技能を誇るバジル・ウェズリー、三十九歳。

 そう易々と止められるものではない。けして獲物を逃さない彼は、まさに猟犬と呼ぶに相応しいほどの腕利きなのだ。


 だが公衆浴場にまで潜入したことで彼の命運は尽きる。

 逃げ回るクリスを追い求め、動物的勘で公衆浴場に居ることを突き止めたバジルは、蛇の人に勝るとも劣らないスニーキングの技術をもって、誰に見咎められることなく女風呂に潜入を試みる。紆余曲折のうえで潜入に成功した彼は、目標(クリス)に近接しようとして奇しくも発見された。

 如何に卓越した技能を誇ろうとクリスの全クラスオール100レベルの前では児戯にも等しい。けして出し抜けるものではない。


 羞恥に震えるクリスの悲鳴と共に放たれた【水流撃】により目的を果たすことなくあえなく撃沈。

 一応手加減された魔術により命に別状はなかったが、万一にでもすっぽんぽんなクリスの柔肌に触れていればそうはいかなかっただろう。周囲にいた女性客に袋叩きにされてはいたが。


 かくしてスミスの頭痛はピークに至った。

 駆け出しの頃より苦楽を共にし、鷹の翼を一流どころに押し上げてくれた貢献者で親友。それを思うと謝罪行脚に明け暮れるスミスの苦悩はいかほどだろうか。

 当のバジルといえば、全身ボコボコにされた状態で騎士団に引っ張られていった。今夜は檻の中にてお泊りだ。


「・・・すまない、嬢ちゃん。バジルが迷惑をかけた」


 メンテルヒア商業ギルド。その集積場の一角に、ベレツ移動商隊は駐車スペースを借りて夜半まで作業をしていた。並んで停めてあるトレーラーの陰で、鷹の翼のリーダーであるスミスは目の前の少女に深く頭を下げる。

 憔悴しきったスミスの様子に強く言い出せないクリスであった。


「あー、いえ」

「詫びといっては何だが、出発まで自由にしてもらっていい。街にいる間は早々騒ぎは・・・騒ぎは起きないだろうし、ほかの連中も分けて休みを取らせても人数は間に合うだろうしな。むろんその間も給金は支払わせてもらう」

「あー、大丈夫ですか?」


 眼の下にクマなぞ作っているスミスを心配そうに声をかけるクリス。

 入浴中にまで押しかけてきたバジルの行為に少々声は硬かったが、それはスミスのせいではない。それどころか、ある意味彼こそが一番の犠牲者だ。


「ま、まあなんとかな。そころで嬢ちゃん。ものは相談なんだが・・・」

「8.8センチ戦車砲、アハトアハトのことですか?」

「ああ。えーと、何とかならないか?」


 バジルの奇行を停めるには、彼の者の息の根を止めるか万に一つの説得に成功するか戦車砲を渡すかくらいしかないのだが、前者二つはともかく後者は難しい。と言うのも、8.8センチ砲なら武装作成スキルですぐにでも作れるが、作って渡せば終わりというわけでもない。

 砲は弾がなければ意味を成さず、8.8センチ砲弾は通常のものとは規格が異なるうえに市場では手に入らないからだ。8.8センチ砲は自動兵器反乱により消滅したエンペラス王国が独自開発した大口径砲で、市場にはまったく出回っていない。当然砲弾も存在しない。


 砲弾をスキルで作成できるクリスならなんの問題も無いが、クリスが鷹の翼を離れればどうするのか。じきに使用できなくなる武器に何の意味があるのだろう。

 自身が特異な存在であることを強く自覚しているクリスは、遠からず彼らから距離を置かねばならないと考えていた。

 超変形だなんだと馬鹿をやっていても、いつまでもは誤魔化しきれない。常に一緒に居ればぼろも出やすいし疑われもする。


 異能な能力を持つもの。人とあまりに異なるもの。それらを容易く受け入れられるほど人間は懐深くない。人は、人あらざる物を排斥する。個人としてはともかく集団としてはそうなる可能性が高い。悲しいがそれが現実だ。

 自身の秘密を知られたとき、周囲の反応がどうなるか不安なのだ。というより、受け入れられなかったときのことを考え、恐れている。

 優しくしてくれた人達との関係が壊れてしまうことをクリスは恐れている


「ティーガーⅠはともかく、アハトアハトだけならお譲りすることは出来ますが、砲弾の補給はどうするんです? 私は契約期間が過ぎれば旅に出るつもりですから、すぐに弾が尽きてしまいますよ?」

「ぬ、嬢ちゃんどこかへ行くのか。なら砲弾の作り方教えてもらうわけにはいかないか? むろん相応の金は支払わせてもらう」

「流通に乗らない弾を特注で作るんですか? とても割に合わないと思いますけど」

「ぬぬぬぬぬ・・・いっそのことウチに就職しないか?」

「誘っていただけるのはありがたいのですが・・・御免なさい」


 それを受け入れることは出来ないクリスである。

 臆病といわれてもいい。優しい関係を壊したくないクリスなのだ。

 思考の袋小路に陥ったスミスに意外なところから助け舟が入る。積み上げた木箱の影から姿を現した移動商人は言った。


「ならいっそのこと流通に載せてみるかね?」

「旦那」

「ベレツさん」


 ベレツは盗賊街道でのクリスの活躍をじかに見ていた。

 遠距離から機甲騎兵を打ち倒せる8.8センチ砲なら自動兵器に対する強力な武器になるだろう。充分商売になると踏んでいた。


「クリス嬢ちゃんさえよければ、戦車砲と砲弾、ウチで扱わせてもらえないかな。欲しがる冒険者は多いと思うんだが」

「アハトアハト量産するおつもりですか? あれは部品点数多いですし、砲身の精度もかなり高いものが必要ですから、普通の鍛冶屋では量産は厳しいと思いますけど」

「む。そうなのかい? それだと価格も跳ね上がるだろうし見通し甘かったかな」

「いや、案外いけるかもしれん」


 思案顔のベレツに今度はスミスが助け舟を出す。

 別に二千メートル先の目標に命中させるという馬鹿げた命中精度は必要ない。対自動兵器戦を考えるなら、AMF範囲外から当てられればいい。

 AMFの効果範囲は精々半径100メートル。余裕を見て500メートル先から中てられる精度があれば充分だろう。仮に効果範囲に入ろうと物理兵器ならAMFも意味はない。


「精度を落とせば量産も可能じゃないのか? そうすりゃ単価も下げれるだろう。バジルの奴が満足するかは分からんが、さすがにそこまで面倒みれん。問題はどこの工房に依頼するかだが」

「冒険者ギルドでいいんじゃないか? 下手に国と関わる工房だと国に独占される恐れがある。ギルドなら国からの干渉もある程度撥ね退けられるし、流通も容易だろう」


 クリスは悩んだ。自身の知識や技術をどこまで広めるかについて。

 クリスはよそ者だ。この世界そのものに対しての。そしてクリス自身の持つ異世界の知識は、望むと望まざるとに関わらず世界の行く末を歪めてしまう可能性がある。うかつに披露するには危険すぎる知識なのだ。


 己が知識は秘すべしと、クリスの中のもっとも深くにいる何かが囁く。それの名は、「ヲタ知識」。

 ラノベと漫画を読み漁り、瞳が充血するまでアニメを見まくり、指にタコが出来るまでゲームをやりこんで得た「ヲタ知識」が差し示すのだ。ラノベで漫画でアニメでゲームで「力」を得た愚か者たちが歩んだ末路を。その愚か者達の愚かな選択で、世界が人々がどれほどの被害を被るのかを。

 故に囁くのだ。秘すべしと。


 クリスは、と言うより中の人は、世界征服だの自分の王国を打ち立てるだのといった野心を持てない根っからの小市民である。

 小市民なら小市民らしく、よそ者ならよそ者らしく出しゃばらない。それがクリスの基本スタンスだ。


 自動兵器という明確な敵の存在で纏まっているかに見える人類だが、あちこちにヒビがあり、決して一枚岩ではない。変な力が加われば簡単に崩壊する脆い結束にすぎない。

 核ミサイルなどの大量破壊兵器を用いえば容易く自動兵器を排除できようが、外敵が居なくなった人類は、かつての歴史がそうであったように人類同士で争いを始めるだろう。そうなれば大量破壊兵器の撃ち合いという最悪の結果が待っている。


 ろくな結果が思い浮かばない貧相な想像力にウンザリしつつ、どうやって断ろうかと考えあぐねていたクリスだが、そこでハタと気がついた。


(考えてみたら、アハトアハトってこっちの世界でも普通に作られていた兵器じゃないの。別に核ミサイルの製法とか渡すわけでもないし、深く考えすぎたかな。あー、まるきり馬鹿みたい)


 開発国が滅んだとはいえ、8.8センチ砲は紛れもなくこの世界で開発された兵器だ。そのことを思い出し、なんだか肩の荷がすこーんと降りたような気がするクリスだった。


「じゃあ、図面渡しますので、あとはお任せしてかまいませんか?」


 先ほどまでの葛藤はどこへやら。やたら軽い調子でふたりの申し出を了承する。憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔だった。


「あ、図面は量産仕様の物で頼む。嬢ちゃんなら描けるんだろ?」

「って、私が設計するんですかっ!?」

「図面は早めに頼む。できればバジルの奴が檻から出てくる前に」

「そんな無茶振りまでっ!」

「大丈夫、大丈夫。嬢ちゃんなら出来るさ!」

「そうだな。メンテルヒアに滞在している間に手続きを済ませておいたほうがいいだろう。明日の昼くらいまでに図面をもらえると助かるかな」


 ギルドに新型武器をパテント付きで申請する場合、審査期間として約七日ほどかかる。商品として販売するものが不完全ならばギルドの信用にも関わるからだ。有効性を検証する為にはどうしても時間が必要だ。

 商隊がメンテルヒアに滞在する期間は八日。すでに一日経過しているため時間としてはぎりぎりだ。一日くらいの延長ならスケジュールの調整でなんとかなるが、さらに西へ向かう旅路のことを考えるとあまり悠長にはしていられないベレツである。


「明日の昼って・・・私に徹夜で仕上げろと!?」

「「大丈夫。嬢ちゃんなら出来るさっ!」」


 なぜか並んでサムズアップで激励するふたり。

 スミスの目の下のくまはいつのまにやら綺麗さっぱり消えていた。肩の荷が降りたのは、なにもクリスだけではなかったようだ。


「さすがに無理にとは言わんよ。考えてみれば無茶だからな。ただその場合、話を聞いたバジルが図面が出来上がるまで今まで以上に纏わりつくと思うが」


 スミスに告げられはっとするクリス。

 なぜかバジルの団体が、くるくる回るエグザダンスを踊りながら自身について回る光景が脳裏に浮かんだ。「まだかまだか、図面はまだか」の大合唱付きで。

 クリスは世界が四十五度傾いた気がした。後頭部にでっかい汗の玉が浮かぶ。


「あ、ありうる・・・」

「そんな訳で、よろしく頼むわ。あ、バジル対策に現物用意してもらえれば助かるかな。【練成】とかなんとか前に見せてくれた奴で出来るんだろ。便利だな、嬢ちゃん」

「ほう。そんなことまで出来るのかね。なら、ギルド提出用も頼むよ。やはり現物があれば申請も通りやすいしね」

「そ、そこまで要求しますか!」


 無茶振りな要求に思わず声を荒げるクリス。ふたりはにこやかな笑みを浮かべて言った。


「「なに、大丈夫。嬢ちゃんなら出来るさっ!」」

「出来るけど出来るかああぁぁぁーーーーー! ムキィーーー!」


 思わずお猿さんと化したクリスの叫び声が周囲に響いた。


 結局、翌日の昼までかかって量産型8.8センチ戦車砲の図面と、製造スキル【練成】を用いて現物を二つ仕上げた。人族と違い、睡眠が少なくてすむ吸血鬼族とはいえ徹夜はやはり厳しいと感じるクリスである。

 無茶振りをされたうえに睡眠不足もあいまって、不機嫌な様子のクリスを前に、スミスとベレツは引きつる頬を抑えることは出来ず、物を受け取るとそそくさと立ち去ってしまった。


 一人ぽつねんと残されたクリス。

 そっと周囲を見渡せば、商隊の商人や使用人、鷹の翼のメンバーが作業を進めつつちらちらと視線を送ってくる。しかし、クリスと視線が合えば慌てて足早に去っていく。

 木枯らしが舞い、足元の埃を巻き上げて宙に消えた。


 遠巻きにクリスを見ている者は悟っていた。その小さな身体から黒いオーラが吹き出ていることに。触らぬ神にたたりなし。まさに読んで字のごとくであると。


「・・・寝よ」


 ぼそりと呟いた小さな魔神は、きびすを返して立ち去って行った。

 周囲に居たものは、その姿が見えなくなるまで生きた心地がしなかったという。






 宿に戻ると死んだように眠り、眼が覚めたら公衆浴場で疲れを洗い落とす。さすがにバジルの姿はなく、ゆっくりと湯船に浸かりリラックスできたクリスであった。

 入浴後は時間をかけてたっぷりと食事を取り、ここしばらくの騒ぎで減少した活力を取り戻した。


「うーん。良さそうなのがないなー」


 メンテルヒアの冒険者ギルド。

 数多くの依頼表が張り出されている掲示板を前に、クリスティナはその美しい眉をひそめていた。

 移動商隊が街にいる間休みを貰ったのだが、さりとて何かすることがあるわけでなく、なにかこなせる仕事でもあればと冒険者ギルドに顔を出していた。


 ラスカーシャの冒険者ギルド同様仕事内容は多岐に渡るが、土地柄なのか魔物相手の依頼が多い。討伐依頼や魔石・素材収集が依頼のほとんどを占めている。

 商隊が街にいる間しか自由時間がないクリスは悠長に魔物退治に出かける訳にもいかず、長期にわたりそうな仕事は候補から外していく。


「あ、これなんか良さそう」


 見つけたのはセイリンゲという水仙に似た花を咲かせる薬草の採取。

 地球世界の水仙は有毒植物だが、セイリンゲは逆に強力な解毒作用を持ち、この薬草を原料とした解毒剤は医者や有力者から引く手数多の人気商品となっている。

 人工栽培に成功した例はなく、常に品不足で高値で売れる貴重な薬草だ。


「あれ、クリスちゃん?」


 依頼を受けるべく掲示板から依頼書を引き剥がしたとき、横合いから聞き覚えのある声がかかった。視線を向けたその先に、クリス同様鷹の翼に臨時に雇われた冒険者のふたり組みが立っていた。

 共に二十台半ばの青年だ。


「ケインズさん、ボーマンさん。奇遇ですね。お二人も仕事を探しに?」

「ああ。俺たちも休みを貰ってね」

「キースの馬鹿があのざまだから。おかげでこれまでの稼ぎが消えちまって、稼がなきゃ騎兵のローンも払えないんで泣く泣くね」

「あまり悪く言ってやるなよ」

「ああ、分かってるよ」


 言葉ほど悪くは思ってないのだろう。それが証拠に二人の表情は穏やかだ。入院中の仲間を気遣うそぶりも見せている。

 キースが入院するほど怪我を負った原因も、盗賊団の襲撃から商隊のトレーラーを自身の騎兵を楯とし庇ってのことだ。もしキースが楯にならなければ、トレーラーを積荷ごと失っていたかもしれない。

 その行動が評価され、騎兵の修理費の一部やキースの入院費もバジルが出してくれている。


「そうだ。クリスちゃんさえよければ、俺たちと組んで魔物狩りに行かないか?」

「魔物狩りですか。ええと、せっかくのお誘いをお断りするのは恐縮なのですが、私はちょうど別の依頼を受けようとしていたところなので」

「え、そうなの?」

「どれどれ。ああ、セイリンゲの採取か。それなら群生地の場所知ってるから、狩りの途中で立ち寄ればいいさ」


 クリスが持つ依頼表を見たボーマンが呟いた。


「ご存知なんですか?」

「ああ、俺たちはここの出身だからね。いくつか場所を知ってる。ちょうど目的地の途中にもひとつあるからそこで採取すればいい」

「目的地、ですか?」

「実は知り合いの猟師から情報をもらってね」


 ボーマンは周囲を気にするように声を潜め、クリスの目線に合わせるよう屈んでから耳打ちした。

 口ぶりからするとかなりの確定情報を持っているらしい。


「その猟師ってのが森の深いところまで狩りに出かける猛者でね。狩りの途中で大物を見かけたって言うのさ」

「大物ですか」

「驚くなかれ、グレートライオンだって言うんだ」


 さすがのクリスもその名を聞いて驚いた。

 グレートライオンとはボーディッシュの森の奥に生息する魔物の中でも飛びきりの大物だ。

 ムール湖をはさみメンテルヒアの対岸に広がるボーディッシュの森。その森は通称魔獣の森と呼ばれている。

 総面積は北海道の約三倍ほどもある巨大な森には木々が生い茂り、鬱蒼とした森には多くの魔物が生息して人類の侵入を阻んでいる。一説によると森の中心には巨大な遺跡があり、誰も足を踏み入れたことのないその遺跡には金銀財宝が眠っているとかなんとか。


 ボーディッシュの森に生息する魔物の中でも危険度の高い魔獣、グレートライオン。

 その名の通り、見た目はライオンそのものだが大きさが段違いで、成体になると体長8メートル以上にも成長する。性格は凶暴で、その爪は機甲騎兵の装甲でも容易く引き裂いてしまうほどだ。

 厄介なことに風と雷を操る能力まで備えている。

 機甲騎兵を持ってしても倒せるとは限らない凶悪の魔獣。それがグレートライオンだ。


 本来は森の奥深くに生息しているはずの魔物だが、何十年かに一度、人里近くに現れては多くの被害をもたらしている。

 グレートライオンが近くに現れたとなれば大問題だろう。騎士団による討伐隊が組まれてもおかしくはない。


「その猟師さん、よく無事でしたね」

「風下にいたから気づかれずにすんだって言ってたよ。距離も離れていたし、もし風上だったらどうなっていたかと考えるのも恐ろしいって震えていたよ」

「騎士団に報告はしてないんですか?」

「森の奥に入らなきゃ出会えない大物が近くに居るんだ。見逃す手はないだろう? まあ、行ってやばそうなら騎士団連れに戻ればいい。俺達だけでやるにしろ騎士団と合同でやるにしろ、討伐はしなきゃいけない。街に被害出すわけにもいかないしね」

「念のため、知り合いの猟師には俺たちが森に入ってから騎士団に連絡するよう頼んである。討伐隊が組まれるまで二日か三日。その間に倒せればよし。無理なら討伐隊と合流してから倒せばいい」

「そゆこと。さすがに俺たちふたりだけではちょいと不安だったけど、クリスちゃんが来てくれるなら、三騎がかりで当たれば充分すぎるほど勝機はあるはずだ。どうだろう、一口乗ってくんない?」


 森の奥深くに行かなければ遭遇することのない大型魔獣。しかも、本来なら群れで行動するグレートライオンが単体で行動している。これほどのチャンスは滅多にないだろう。

 グレートライオンの魔石ともなれば超一級品。三人で割っても、それぞれが五年は楽に暮らせる額で売れるはずだ。しかも、その魔獣の縄張りまでの道筋に、セイリンゲの群生地まであるという。

 これは行かねばなるまい。


「分かりました。よろしくお願いします」

「やった。そうこなくちゃ!」

「これで道中美味いものが食えるな」

「え? ひょっとしてそれが目的ですか?」

「当然戦力として期待してるよ。ただクリスちゃんの飯になれちゃったから、今更パンと干し肉の生活に戻るのが辛くてさ」

「そうそう」


 味気ないパンの味を思い出したか、ケインズとボーマンの表情が苦いものになる。そんなにパンと干し肉がいやなら料理を覚えればいいのにとクリスは笑った。


「火を通すだけでも随分と違いますよ?」

「う、うん。まあ、そうなんだろうケドね」

「やっぱ面倒で」


 視線を漂わせ、ふたりは困ったように頬を掻いた。子供のような態度のふたりに苦笑するクリス。


「分かりました。旅の間の食事は任せてください」

「「デザート付きでお願い!」」

「はい。デザートも付けましょう」


 肩を抱き合い喜ぶ大人でありながら子供のふたり組みを眺めつつ、クリスはメニューの内容についてひとり思考を巡らせるのであった。




誤字脱字ありましたらご連絡ください。


H23/11/08 誤字および誤り修正 ご指摘ありがとうございます。

H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

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