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第12話 バジルの想い


 城塞都市メンテルヒア。

 自動兵器反乱という動乱期を経て発展したこの街は、大陸西方において、人類を脅かす様々な脅威から人々を守れる数少ない都市のひとつだ。

 メンテルヒア周辺は自動兵器の直接的な脅威は少ないものの、激減した人類に代わり勢力を伸ばした数多くの魔物が闊歩する危険地帯となっている。大陸西方では珍しい緑の多い地域ではあるが、かつては街の外に出れば視界に十匹の魔物の姿が目に入るとまで言われていた。

 街を守る騎士団と多くの冒険者たちの活躍で都市周辺の安全は確保できたものの、気を緩めれば魔物の再侵入を許してしまう、そんな土地だ。


 街の北側にはグレイシーブ山脈があり、そこには人類が保有する数少ない鉱山のひとつがある。メンテルヒアは鉱山の街なのだ。鉱山で掘り起こされた鉱石は列車でメンテルヒアに運ばれ、一部は製鉄され一部は鉱石のまま世界各国に輸出されていた。

 山脈のさらに北側には自動兵器ですら簡単に踏破できないレンバルト大峡谷がある。地球世界でいえばグランドキャニオンのような大峡谷には多くの飛竜が生息し、時折街の上空に飛来する飛竜の襲撃はメンテルヒアの悩みのひとつとなっている。

 もっとも、大峡谷と生息する飛竜のお陰で自動兵器から守られる形となるメンテルヒアは、戦力不足はもちろんほかの意味でも飛竜を撲滅することなど出来なかった。


 山脈の西には海と見間違おうかという巨大なムール湖があり、街の水源と共に貴重な水産物を提供してくれていた。メンテルヒアは、もとは湖のほとりにある小さな漁村が始まりだ。

 かつての小さな漁村は、今では人口八万に迫るまでに発展している。たった八万かと言うなかれ。人口が激減した大陸西方では、全人口あわせても百万に届かないのが現状だ。

 西方最大の都市ラスカーシャですら二十万を切る。

 自動兵器反乱はそれほどまでに人類に深刻なダメージを与えていた。土地も人の命もなにもかもが奪われた最悪の悪夢。それが自動兵器の反乱だ。






 メンテルヒア南東に広がる穀倉地帯。

 街の住人の食を支える一帯を遠目に捉え、ベレツ移動商隊とその護衛団鷹の翼の一団は街道をひた走る。メンテルヒアまであと僅かだ。

 盗賊団襲撃の後はとくに何もなく、無事に商隊を送り届けることが出来た鷹の翼のメンバーはほっと息をついた。最後まで気を抜くことは許されないが、ここまで来ればよほどのことがない限りは大丈夫だろう。

 穀倉地帯には盗賊や魔物の侵入を警戒する騎士団が配備され周囲を巡回している。盗賊街道ほどの危険は少ない。


 さらに進むとやがて街道をせき止める巨大な城門と城壁が視界に入った。

 城壁は穀倉地帯を守るように聳え立っている。広大な穀倉地帯すべてを囲むまでには至らないが、ある程度の侵入除けにはなる。城門はメンテルヒアの東の守りなのだ。


 メンテルヒアへ向かう商隊や旅人はここでいったん止められ検査を受ける。不審人物や密輸品の侵入を防ぐのも彼ら騎士団の仕事のひとつだ。

 城門には小振りながらも砦が築かれており、常駐する騎士団の機甲騎兵や魔動兵器、多数の兵が配置されている。常駐する部隊で対応しきれない事態には、メンテルヒアの騎士団本部から増援が派遣される手はずになっていた。


 行く手を塞ぐよう閉ざされた城門前で停車した移動商隊と鷹の翼を警戒するように、城門に設置された魔動兵器と二騎の機甲騎兵が動いた。鷹の翼の機甲騎兵と戦車を警戒しているのだろう。砦に緊張した空気が流れたが、トレーラーから降りたベレツと、同じく騎兵から降りたスミスの顔を確認し緊張が緩んだようだ。

 なじみの移動商人と、その商人を守る名うての冒険者としての名声のお陰だろう。対応に当たった騎士団員とにこやかに会話している。


 騎士団員とベレツがにこやかに談笑しているなか、商隊の検査が行われていた。列を作った先頭の車両から検査し、許可の得たものから開いた城門をくぐっていく。ベレツの積み上げた信用のおかげか検査は非常におざなりだ。

 それでも騎兵や戦車の場合は若干きつくなる。と言っても、乗員全員が顔を出すよう要求されるだけだが。

 リックと操縦手のワイルズ操るバスターフ中型騎兵戦車の検査が終わり、にこやかに挨拶しながら城門をくぐり抜けた。次はクリスの番となった。


 始めて見るティーガーⅠの重厚感に押され息を呑む騎士団員に、展望塔から半身をさらしたクリスがにこやかな笑みを浮かべ挨拶した。

 見かけぬ重戦車と、そこから顔を覗かせた愛らしい少女とのあまりのギャップに声を失う騎士団員。クリスの背後で検査待ちのロットンはその様子を目にして苦笑した。


「こんな小さな子を戦車に乗せているのか。スミスの奴はなに考えてるんだ」


 なにやら憤慨している騎士団員。

 クリスは小さく肩をすくめ、胸のポケットらかギルドカードを取り出し傍らの騎士に差し出した。

 少女に愛らしい笑みを向けられ騎士の頬に朱がさす。


「ちみっこくても、私はちゃんと冒険者ですよ? 鷹の翼には臨時で雇われているんです」

「冒険者? お嬢ちゃんが?」

「はいです」


 差し出されたギルドカードとクリスを見比べ言葉を失っている。なにか言いかけた言葉を飲み込むとカードを返却した。クリスの視線から逃れるようにヘルムを目深に被り直す。


「・・・そうか。無茶はするなよ? 行っていい」

「ありがとうございます」


 クリスほどの年頃(外見年齢)の子供が戦闘車両を操るというのは、平和な時代ならば非難されてしかるべきだろう。だが、悲しいかな今は平和とは無縁の時代だ。子供といえど戦わねば生きていけない悲しい時代。

 無条件で子供を守ってやれない、自分を含めた不甲斐ない大人を心の中で罵り、騎士は唇をかみ締め肩を落とした。


(とかなんとか思ってるんじゃないかなー。まじめそうな騎士さんだし。中身は二十七歳の元男なんだけど)


 ついでに設定年齢は十七歳なんだよーと心の中で詫びつつ、後ろめたさを隠すようにティーガーⅠを発進させ城門をくぐった。

 機甲騎兵でも歩いてくぐれるほど城門の通路は高い。10メートルほどか。城壁の厚みも同じぐらいだ。

 城門を抜け砦の傍らを通り過ぎるとちょっとした広場になっており、先行した移動商隊のトレーラーと鷹の翼の一行が駐車している。

 スミスは護衛としてベレツの側に控えこの場にはいないため、鷹の翼のメンバーは副リーダーのバジルの元に集まり指示を仰いでいた。


 城門をくぐって現れたティーガーⅠに気づいた鷹の翼メンバーの視線が集まる。そして、なぜか申し訳なさそうな視線となり、ついで傍らのバジルに生暖かい視線を向けた。

 当のバジルはきらきらした少年のような瞳でティーガーⅠを見つめている。クリスは嘆息した。


(ううっ。まだ諦めてないのね、バジルさん・・・)


 事の起こりは盗賊団襲撃の夜にまで遡る。

 食事を終え、食後のデザートにとフルーツタルトを振舞った。

 文化が色濃く残る大陸東部ならまだしも、菓子といえば果物か焼き菓子に砂糖をまぶした物くらいしかない大陸西部において、クリームを使った本格デザートなど食べた事はおろか見た事すらない者がほとんどだろう。

 しかも色とりどりのフルーツがこれでもかと並べられているフルーツタルトだ。

 初めて口にする本格デザートに鷹の翼メンバーは感動にむせび泣く。その姿に思わず引いてしまったクリスであった。アイテムボックスに残っていたフルーツ缶とその他の材料を用い、クイックスキルを用いてのいわば手抜きデザートだったのだが。


 クイックスキルは【錬金術】のスキルだ。

 本来の作成手順を省きお手軽にポーションや薬品を作るためのスキルだが、他の製造系スキルと組み合わせる事で、材料さえあれば瞬時にアイテムを作成する事ができる便利なスキルである。ただし欠点もあり、正規の手順と製造用補助アイテムを使用して作成したものより品質は劣る。


 久しぶりに甘いものが食べたくて作ってみたのだが、予想以上に喜ばれすぎ、こんなことならちゃんと調理すればよかったと今ひとつ喜べないクリスである。

 減点三十点と自己評価していたところ、相談があるとバジルに声をかけられた。


 やたら思いつめた表情に、只事ではないと感じたクリスはエプロンを外して静かにバジルと対峙する。

 張り詰めた両者の雰囲気に気づいたか、無心にタルトを頬張っていた鷹の翼のメンバーは顔を上げ、何事かとそれぞれ隣の者と視線を交し合った。手は一時も止まることなくタルトをつつき口へと運んでいたが。

 やや間をおいてクリスは真摯に問いかけた。


「フルーツタルトのお代わりなら、少し待っていただければ作りますけど?」

「タルトとやらの事ではない。あ、いや。お代わりをもらえるのならもちろん欲しいのだが」

「次は生クリームたっぷりのショートケーキにしましょうか? それともシンプルにロールケーキとか」

「ほほう。それはどういう菓子なんだ? あ、いや。とりあえず菓子の話は後にしよう」


 思わず喉をぐびりと鳴らしてしまったが、すぐに大事な用件を思い出し自重するバジル。

 いつもとは違うバジルの様子に、クリスは戸惑いを隠せなかった。


 バジル・ウェズリー。

 鷹の翼設立当初からの初期メンバーの一人で、リーダーのスミスが最も信頼を置く人物だ。常に先頭に立ち戦場を駆けるスミスをサポートし、陰ながら団を支える鷹の翼のサブリーダー。

 感情豊かなスミスと違い、あまり表情を見せることはないが無愛想というわけでもない。面倒みもよく、団員から慕われている。年齢を積み重ねた男のみが醸しだせる『燻し銀』という言葉がよく似合う、そんな男だ。


 いかにもスーツが似合いそうだが戦闘服姿も悪くはない。

 ダンディとかハードボイルドとかの言葉がぴったりな男が、甘菓子に眼の色を変える姿はちょっとアレだが。

 それはともかく、バジルは唐突に口を開いた。そして、いきなり額を地面に擦り付けんばかりに土下座した。


「嬢ちゃん! 一生のお願いだ!!」

「はいぃぃぃ!?」


 クリスは唐突な展開にまったくついていけない。シディルをはじめとする鷹の翼のメンバーも驚いて腰を浮かせる。


「どどど、どうしたんですか、バジルさん! そんな、止めてください。いきなり土下座なんて!」

「このバジル・ウェズリー、一生のお願いだ! 嬢ちゃんの戦車、俺に譲ってくれ!」

「せ、戦車って・・・はあぁっ!?」


 バジルには許すことが出来ない現実があった。

 それは戦車は機甲騎兵に勝てないということだ。

 アークドライブ起動中の機甲騎兵には防御フィールドが発生し、戦車砲などの射撃攻撃が通用しなくなる。戦車乗りとして、戦車を愛する一人の漢として、バジルはどうしてもその現実が許せなかった。

 機甲騎兵に勝つため様々な運用法や戦術を考え、事実幾度となく機甲騎兵を倒しはしたが、戦車の代名詞であり最大の攻撃力である戦車砲が通用しないという現実を変えるには至らなかった。

 その許せぬ現実を前に何度枕を濡らしたことか。


 そこへ現れたのがクリスの操る機甲騎兵だ。

 ティエレの背に搭載された戦車砲。当初、それは対自動兵器用の兵装だとバジルは思った。AMF範囲内では騎兵の防御フィールドはその効力を大きく損なう。故に自動兵器に接近される前に遠距離から仕留める、そのための武器だと思った。


 だが実際はどうだ。

 盗賊街道に現れた盗賊操る機甲騎兵にその砲口を向け、一撃でこれを撃破した。防御フィールドが展開されているはずの機甲騎兵を戦車砲で打ち倒したのだ。


 バジルは信じられなかった。そして歓喜に打ち震えた。

 自分が思い描いた武器が、恋焦がれたそのものが、機甲騎兵すら打ち倒す戦車がここに実在した!


(欲しいいいぃぃぃぃぃぃ!!!)


 なによりも戦車を愛する男。バジル・ウェズリー、三十九歳。

 彼はまさに理想の彼女(戦車)に出会った。だがしかし、彼女(戦車)はすでに人の(武器)

 されど諦め切れようはずもない。ならば恥も外聞もなく、ただただ嘆願するしかないではないか!


 地面を這うナニかのように手足をしゃかしゃか動かして這いより、クリスの細い腰に縋りつく。

 彼は男泣きに泣いて願った。あらんばかりの思いを込めて。


「頼む、嬢ちゃん! 俺を、俺を(騎兵すら撃ち倒せる)男にしてくれぇぇぇぇぇ!!」


 ごすっ!


 バジルの万感の思いが込められた言の葉(ことのは)が闇夜に響き渡った直後、顔を真っ赤に染めたクリスの肘が漢の脳天を打ち貫いた。



誤字脱字ありましたら連絡ください。


H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

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