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第10話 西方へ出かけよう 02

今回はネタ回です。後悔はして(ry

 機甲騎兵ジンカートの操縦室の中でシディル・ヘイワードは内心の苛立ちを抑え、映像盤に写る重戦車を厳しい目で睨み付けていた。

 知らずの内に舌打ちが出る。


 ことのおこりは昨日のことだ。

 シディルの所属する冒険者「鷹の翼」が護衛する移動商隊。その商隊の野営地を盗賊団が襲った。

 西方のメンテルヒアに機甲騎兵を三機輸送するという、盗賊団から見ればお宝を運ぶまさに格好の獲物だ。

 盗賊団自体はなんとか撃退はしたものの、臨時で雇い入れていた冒険者の一人が戦闘で負傷してしまう。幸い命に別状は無かったものの、乗騎の騎兵は大破。騎手も入院が必要で、どちらにせよしばらくは使い物にならない状態となった。


 護衛の戦力低下に懸念を感じた移動商人ベレツはスミスに欠員の補充を依頼し、ラスカーシャ冒険者ギルド整備班班長グラスの紹介でやってきたのがクリスティナという少女だった。

 近頃話題の新人冒険者ということで、冒険者のたまり場の酒場でも話のネタになっていた少女だ。

 変わった依頼を受ける冒険者として。

 同席した顔見知りの冒険者が酒の肴にいろいろと語ってくれた。


 機甲騎兵を持ちながら、騎兵持ちの冒険者の稼ぎ所である荒野にめったに出向こうとしない。

 街中や街周辺での依頼を好んで受けている。

 依頼料の割りに危険度が高く、受け手がいない討伐依頼を受けたかと思えば小売商の依頼で荷物の配達をしたりとか失せ物探しとか。

 食べ物屋台の手伝いなど冒険者の仕事かと、聞いていたシディルは呆れたものだ。しかもその屋台、少女の考えた新メニューが当たり繁盛しているとかなんとか。


 では騎手としての腕前はどうかというと、けっして悪くは無い。悪いどころか一級品だという。

 自動兵器関連の仕事をしようとしないクリスに業を煮やしたギルドが依頼という形をとり荒野に出向かせたところ、きっちりノルマ分の自動兵器を捕獲してきた。

 捕獲依頼という依頼内容にそぐわない損傷過多の戦果も含めると、六体もの自動兵器をたった一機で倒したというから驚きだ。しかも二十日間という短時間で。

 それはいくらなんでも誇張されすぎだとシディルは思った。


 通常騎兵持ちの冒険者グループは、二機から三機の機甲騎兵で月三体を目安に自動兵器を狩る。全壊状態ならまるきり赤字だが、半壊状態でトントン、損傷具合が少なければしばらくは楽に生活ができる。

 自動兵器は複数の騎兵を以って当たるのが普通なのだ。

 リスクの軽減はもちろんとして、自動兵器にはAMFがあり、効果範囲内に入れば魔動兵装は使えず機甲騎兵の動きも鈍る。よって前衛が自動兵器を牽制している間に後衛が遠距離攻撃で相手を削り、前衛がとどめを刺すという流れになる。

 冒険者により多少やり方は変わるが大まかな流れは変わらない。

 それをたった一機で自動兵器を倒す? 二十日間で六体?


 笑えない冗談だ。

 そんなことが出来るのは熟練の騎兵乗りでもほんの僅かで、冒険者に成りたての小娘にできる仕事ではない。大体アレは本当に十五歳以上なのかも疑問だ。ギルドに登録できている以上十五歳は超えているのだろうが、どう見ても十二・三歳くらいにしか見えない。

 まあ、十五歳を超えていようといまいと小娘に違いはないが。鼻で笑ったシディルだった。


 件の少女が欠員の補充として護衛に加わると聞き、しかも少女の腕前を見るために騎兵同士の模擬戦をするという。

 シディルは少女の化けの皮をはがしてやろうと模擬戦の相手に立候補したのだった。


「スミスさんが出るほどの相手じゃありませんよ。俺に行かせてください」

「別にかまわんが油断はするなよ? グラスの親父さんが推薦するほどの相手だ。油断してると足元すくわれるぞ」

「これでも騎兵に乗って五年ですよ? 本当なら自分が乗るはずの騎兵を、俺のほうが向いてるからって譲ってくれたバジルさんの期待に応えるためにもやってやりますよ」

「あいつは単に戦車が好きってだけなんだがな・・・」


 鷹の翼立ち上げ当初からのメンバーであるバジルは、スミスの片腕として戦車隊を率いている。面倒見もよく、新人が入ってきた場合には教育係も勤めてくれる信頼できる男だ。

 七年前に鷹の翼に加わったシディルには特に目をかけていた。

 鷹の翼が新たな騎兵を購入し、騎手を誰にするか考えていたスミスにシディルを推薦したのもバジルだ。

 当初はバジルを考えていたスミスだったが、自分より向いているという本人の強い推薦でシディルに決めた。

 少々無鉄砲なところがあるシディルだが、バジルの見立てどおり腕のいい騎手に成長した。今ではスミスを抜いて一番の騎兵乗りだ。

 そのシディルも今年で二十五歳。そろそろ青臭さが抜けてもいい頃なのだが、いつまでも子供のような直情的な部分が残る。それさえ無くなればすぐにでも大陸有数の騎兵乗りとして名を馳せるだろう。


(名実共に一人前になるにはまだ時間がかかるか・・・)


「小娘に、本物の騎兵乗りってものをたっぷりと教えてやりますよ」


 なぜかクリスティナという少女に敵愾心を燃やすシディルに、スミスは溜息を漏らす。


「そこまで言うならやってみろ。だが分かっていると思うが」

「ガキ相手に本気になったりはしませんよ。もっとも、本気にさせてくれれば嬉しいですがね。ところでバジルさんはどこ行ったんですか?」

「バジルなら入院した臨時雇いの見舞いだ。退院までどのくらいかかるか聞いてもらっている」

「あいつ、そんなにひどい怪我でした? たしかポーション飲んだから一週間もすれば治ると聞いてましたが」

「体のほうはともかく心のほうがな。なにせかなりやられちまったしな、騎兵」

「あー、たしかギルドローンで騎兵買ったとか言ってましたっけ」


 どこか気の毒な表情を見せるスミスとシディル。

 ギルドローンとは、近年冒険者ギルドが始めた有望な冒険者に騎兵や車両購入のための資金を融資する制度だ。

 無論、誰彼にという訳ではない。ギルドへの貢献度と依頼達成率が高い者に限定される。そういったもろもろの評価は冒険者ランクとしてギルドカードに明記されていた。購入先もギルド直接か指定の商人からのみだ。

 購入できる車両も冒険者ランクで上限が決められていた。ランクDで装甲車。ランクCで戦車。騎兵にいたってはランクB以上とかなり厳しい基準がある。

 件の臨時雇い達は半年ほど前にランクBに昇格し、念願の機甲騎兵を手に入れたばかりだった。


「そりゃ、確かに落ち込むなぁ」


 鷹の翼のメンバーらしい冒険者からも呟きが漏れる。


「ローンの二重契約は認められないからな。これまでの稼ぎでなんとか修理費は工面できたようだが、下手すりゃ借金だけが残ってたところだ」


 たとえ機甲騎兵を失おうとローンの残りが免除されるわけではない。また、ローン契約中の冒険者はギルドからの依頼を拒否できず、半ば強制的に働かされ支払いを強要される。

 冒険者ギルドは世界中の冒険者ギルドと横の繋がりがあり、万が一逃げた場合は賞金首として世界中に手配されてしまう。

 ギルドの仕事を受け借金を返す道を選ぶか、お尋ね者として残りの人生を生きるか。どの道、ろくな終わり方ではないだろう。


「ギルドの飼い殺しなんてぞっとしませんね。で、臨時雇いの残りふたりはどうするんです?」

「契約期間中だからついて来るしかないだろ。違約金も払えないだろうしな」

「やれやれ。可愛そうに」

「言っておくが」

「分かってます。同情はしますが、情に流されたりしませんよ。これは奴らの問題ですからね」

「分かってるならいい。そろそろ嬢ちゃんも来る頃だな」

「じゃ、俺はスタンバイしときます」


 片手を挙げ愛機へ駆け寄るシディルの背に声をかけるスミス。


「嬢ちゃんとの面通しはしないのか?」

「お互い騎兵乗りですから。拳を交えたほうがよく分かりますよ」


 いったん振り返り、そう告げた後再び駆けていく一人前一歩手前の若者に思わず苦笑するスミス。


「その台詞はちょっと早いっての」


 バジルはやはり優秀な指導者(コーチ)のようだ。

 生意気な若造なだけだったシディルが、腕に驕ることなく冒険者として成長している。

 若者の成長にほほを緩ませるなんざ俺も歳を食ったかと、実は四十になったスミスは苦笑した。若い頃は童顔の自分が嫌だったが。


 やがて闘技場の入り口付近が騒がしくなってくる。

 どうやら件の少女が現れたようだ。だが、スミスの眉はいぶかしげな角度を取った。伝わってくる音が騎兵のものとは異なっていたからだ。

 周りのメンバーも訝しげに入り口に視線を向けた。


「おいおい。この音って・・・」

「この音は--戦車?」


 現れたのは噂の機甲騎兵でなく、見たことも無い重戦車だ。太く長い砲身に分厚い装甲。異様な威圧感を誇るまさに重戦車だ。

 戦車特有の無限軌道がきしむ音を響かせ闘技場に入ってきた。砲塔の展望塔には天使のように愛らしい少女が半身を覗かせている。その傍らで整備班班長のグラスが砲塔に腰掛けていた。


(すげぇ重戦車だな。バジルが喜びそうだ。って、何故戦車? 騎兵乗りじゃなかったのか?)


 予想外の出来事に呆けていたスミスたちだったが、夢でもなんでもない証拠に重戦車は轟音をあげながら近づいてくる。

 やがてスミスの傍らで停車すると少女とグラスが降りてきた。

 少女は笑顔でスミスに挨拶してくる。


「お待たせしました」

「嬢ちゃんは騎兵乗りと聞いていたんだが、コリャなんだ?」

「珍しい物をご所望でしたので、面白くしてみようかと」

「いやべつに所望していた訳じゃないんだが」

「では私は準備にかかりますね」


 説明らしい説明をせず、身軽に戦車に飛び乗り発進させる。


「って、おいっ! 嬢ちゃん! おやっさん、これはいったい・・・おやっさん?」


 グラスの様子がいつもと違うことに気づいたスミスが声をかける。整備の腕には絶大な信用と信頼を寄せている老整備士はどこか呆け、その視線は宙を泳いでいた。


「おやっさん?」


 何度か呼びかけるとようやく目の焦点が合ってきた。


「ああ、スミスか・・・」

「スミスかじゃねぇよ。いったいどうしたんだ。しっかりしてくれよ。まるでぼけ爺だぜ」


 普段ならスパナが飛んできても可笑しくない暴言のはずだが、今日のグラスは勝手が違っていた。

 言葉少なげに宙を見ている。


「スミスよ・・・長生きはしてみるもんだな」

「は?」

「お前も目ん玉開いて腰抜かしやがれ」

「は?」

「この世の不条理って奴が拝めるぜ」

「は?」

「それはそれとして、誰がぼけ爺だ誰が!」

「げはぁ!」


 いきなり本調子に戻ったグラスにチョークスリーパーをかけられ悶絶するスミス。

 しきりにグラスの腕を叩き開放を要求する。解放されたスミスが喉をおさえ、しばらくぶりに吸い込む新鮮な空気を堪能していた。

 メンバーたちが心配そうに、されど遠巻きにスミスとグラスを見やる。


「ひでぇよ、おやっさん。マジ締めすんなって!」

「ちっ。五年前ならこれで落とせたんだが・・・俺も歳を食ったか」

「俺が鍛えてるんだよ! それはともかく、嬢ちゃんはなんで戦車に乗ってんだ? 騎兵はどうしたんだよ!」

「お前ぇのせいだ」

「は?」

「お前が珍しい騎兵なんて言うから、嬢ちゃんが悪戯心を起こしたんだよ」

「そりゃ、どういう意味だ?」

「見てりゃ分かるさ。ジンカートに乗ってる若いのに言っておいてやんな。自分の常識で嬢ちゃん測るとえらい目にあうってな」

「・・・なんだってんだよ」


 ボヤキながらも忠告に従い腕輪につけたマギスジェムの回線をつなぐ。

 通信機能をつけたマギスジェムは短距離での通信が可能となる。予め通信用魔動術を用いたジェム同士の登録儀式が必要になるが、半径500メートルほどの距離であれば双方向通話が可能だ。


「シディル。聞こえるかシディル」

『聞こえてます。あの人をなめくさった小娘の説明をしてくれますか?』


 騎兵同士の模擬戦としか聞いてなかったシディルはかなり頭にきているようだ。

 それもそのはず。

 通常、機甲騎兵と戦車の一機撃ちでは勝負にならない。

 稼働中のアークドライブには射撃攻撃に特に有効な防御フィールドが展開されるからだ。

 魔動兵装であろうと実弾火器であろうと、稼働中の機甲騎兵は防御フィールドが発生し、射撃攻撃をそらしてしまい満足な有効打が見込めない。

 戦車側から見ればズルされているような嫌な相手が機甲騎兵だ。


 戦車が機甲騎兵を相手にするには、先端に取り付けた衝角かパイルバンカーで突撃するか、戦車砲の接射しかない。つまり戦車本来の仕様とは異なる近接攻撃を仕掛けるしかない。

 だが機甲騎兵には戦車に無い高速機動が出来る。なかなか近接を許さない。

 混沌とした戦場の中でならともかく、一対一の模擬戦では戦車が機甲騎兵に勝てる要素は無かった。


「落ち着け。頭に血を上らせていると嬢ちゃんの術中にはまるぞ。よく分からんが嬢ちゃんは何かをするつもりらしい。おやっさんからの忠告だ。とにかくなにがあっても対応できるよう冷静にな」

『・・・つまり、あのガキには勝算があると?』

「意味無く戦車で現れた訳ではなさそうだ。落ち着いて対応しろ」

『・・・分かりました』


 そう言ってシディルは通信を切った。

 もはや物言わぬマギスジェムを眺め、スミスは肩を落とす。側で見ていた鷹の翼のメンバーが心配げに声をかけた。


「大丈夫か、あいつ。頭の血は下がってないようだが」

「ここにきて欠点が表に出たな。それが嬢ちゃんの狙いか」


 騎兵乗りにとって戦車は獲物という意識が強い。

 複数に囲まれれば話は別だが、一対一ではよほどの実力差が無ければ騎兵が負ける要素は見当たらない。騎手として己を自負する者に、「お前が相手なら戦車で充分」と言われれば頭に血が上るのも無理は無い。

 クリスとしてはまったくそのつもりは無いのだが、傍から見ればそう思われても不思議は無かった。


「相手を怒らせて冷静な判断力を奪い一撃でケリをつけるってとこか。だがその程度の考えでどうにか出来るほど騎兵って奴もシディルも甘かぁないぜ」

(本当にその程度の考えなら、おやっさんには悪いが雇用も考え直さないとな)


 クリスへの評価が随分下がるスミスである。

 両者は闘技場の中央、それそれの開始位置についた。

 両者の中央上空に幻術で編まれた掲示板のような物が浮かび上がり、開始五秒前とそれぞれのヒットポイントが表示されていた。


 ラスカーシャ冒険者ギルドの闘技場には、自動兵器反乱前のバトリングで用いられていた魔動機械が設置されている。反乱前にはスポーツとして人気があった騎兵同士のバトリング。効果範囲内でのダメージを擬似的に表現し、騎手の安全を保障するスポーツライクな競技であった。

 今となっては製造できない高価な魔動機械だが、騎手の安全が守られるため、裕福な国家や冒険者ギルドでは多数導入されている。


 掲示板の表示がゼロとなり、闘技場に試合開始のホイッスルの音が響き渡る。

 開始と同時にローラーギアを全開にしたジンカートは、開始線から左後方へ大きく後退する。


「おっ!? シディルの奴距離を取りやがった!」

「嬢ちゃんの誘いには乗らなかったか。さすがだな。これで嬢ちゃんは一気に不利に--なにっ!?」


 若い騎手の冷静な判断にほっと胸を撫で下ろしたスミスだが、クリスの取った行動に驚愕した。

 後退したのはジンカートだけではなかった。同時にクリスティナの戦車も全力で後退している。両者の間には50メートル以上の距離が開いた。


「おいおい。両方とも後退しやがったぜ」

「・・・シディルを接近戦を挑ませて反撃する手じゃなかったのか」

「嬢ちゃんがそんな単純な手を使うかよ。むしろここからだ」

「おやっさん?」


 見ていれば分かるとばかりに顎をしゃくるグラス。


 闘技場内の両者は距離を取り睨み合うかのように立ち止まっている。

 グラスに言われた鷹の翼一同は、なにが起こるのかじっと成り行きを見守っていた。

 時計の針が半回転ほどしたとき、先に動いたのはクリスだった。


『クリスティナ。行きまーす!』


 わざわざ外部スピーカーを使って宣言し、ジンカートに向かい全速で移動を開始する。

 猛スピードで迫りくる重戦車を映像盤越しに睨み付け、シディルは忌々しげに舌打ちした。


「なんの芸もない突撃かよ。距離を取れば威力が増すってか? いくら威力が増そうが当たらなきゃ意味がないだろ。なにをやってくれるのか期待したが無駄だったな。馬鹿らしい」


 こんなくだらない模擬戦は時間の無駄だった。さっさと終わらせてしまおうと操縦桿を握り締めたまさにそのとき『それ』は起きた。

 それは突如として闘技場内に響き渡る口上から始まる。






『見よ! 破壊の化身たる鋼の機体! 世の理を打ち破りし夢幻の戦士の立ち姿! とくと見よ!』


 画面の右奥から土煙を上げ時速200キロを越える猛スピードで画面左手前に抜けていくティーガーⅠ。

 車体底部から猛烈な勢いでスラスター炎の奔流が吹きだされ、スピードを落とさぬまま崖の向こうへと飛び出したティーガーⅠは天空へと舞い上がった。


 宙を舞いつつも炎の奔流は勢いを増し、車体を直立させる。

 キャタピラが車体内部に格納され装甲で覆い隠された。

 砲塔部の前から後ろに真一文字に亀裂が走り、内側から押し出されるように装甲板が跳ね上がる。

 剥き出しになった8・8センチ56口径魔動砲がアームに支えられ右へと移動。ついで操縦室がシリンダーに押され、車体に対し垂直に立てられる。

 操縦室はかみ込むように僅かに前進し、ドッキングボルトにより固定された。

 同時に車体各所に閃光を伴う金色の線が走り、線に沿うように折りたたまれていた両腕が肩を起点に左右に分かれ格納されていた拳が表れた。

 車体後部が180度回転し、装甲がせり上がると中から脚部が姿を現した。脚関節の固定が外れ、脚部全体が引き出される。所定の位置まで伸びると格納されていたつま先と踵が展開。

 展開していた砲塔部の装甲版が組み合わさり、両肩の大型シールドへと形を変えていった。

 最後に胸部に格納されていた頭部が姿を現す。額の角のようなアンテナが左右に開きVの字を形作った。

 サングラスのような黒いバイザーに無数の光の線が映し出され、右から左へと流れていく。


『見よ! 世界の深遠より訪れし無敵の機神! これぞ神成る姿!

       超変形ティエレ・エクセレント・V! ここに参上!!』


 高々度より猛スピードで着地したティエレ・エクセレント・Vは、その衝撃で大地をえぐり土砂を巻き上げながらも突き進む。機体各所のスラスターとローラーギアが起動しさらに加速する。

 暗雲に染まる天から一条の雷が大地に突き刺さる。

 その雷を破り、一機の機甲騎兵が姿を現した。砕けた光と雷の粒子が宙に舞う。






「「「「「「なんじゃそりゃーーーー!!!!!」」」」」」


 怒声とも悲鳴ともつかない男たちの声が闘技場内に満ちた。

 それは当然だろう。

 いきなり目の前で誰のとも知れぬナレーションと共に始まった変形シーン。

 戦車が機甲騎兵へと変形したのだから。しかも、それは嘘や幻でもなく、スキール音を響かせ向かってくるのだ。ある程度知っていたグラスでさえ顎を落とさんばかりに驚いている。


 シディルはあまりの展開にまったくついていけなかった。

 物凄いスピードで迫りくる重装甲機甲騎兵を映像盤越しに人事のように眺めているだけだった。


 かくして、ショルダータックルを仕掛けてきたティエレになすすべなく跳ね飛ばされ、哀れなジンカートは宙に舞う。

 事故防止用結界の張り巡らされた闘技場でなければ、中の騎手は大怪我をしていたところだろう。それでも大質量同士の衝突で色々な所に身体をぶつけて気を失うシディルであった。

 ガチンコでの衝突を回避すべく使用したクリスの風の魔術が、両者の間で圧縮されエアークッションならぬエアースプリングと化し、ジンカートをより遠くへ跳ね飛ばしたのも原因のひとつだ。






「で、嬢ちゃんよ。ありゃ、いったい何だ」


 倒れたジンカートから騎手を引っ張り出そうとしている鷹の翼の面々を見ながら、グラスはどこか疲れたようにクリスに問うた。

 疲れを見せる整備班班長とは対照的に、傍らの少女は何かをやり遂げたかのように達成感一杯の笑顔だ。


「何かと言われましても。超変形ティエレ・エクセレント・Vですが」

「・・・あの変形はニセモンだろ。--よう。若いもんの様子はどうだい?」


 前半はクリスに。後半は気を失ったシディルの無事を確認し、医務室に連れて行くよう指示してこちらに歩いてきたスミスに対してだ。


「ああ、あちこち打ち身はあるようだが気を失っているだけだ。大事はない。それより俺も聞きたいね。さっきのアレ。ありゃ、いったん何なんだ?」


「ですから超変形ティエレ・エクセレント・Vです」

「いや。そりゃもういいから」

「変形合体バージョンのほうが良かったですか?」

「そんなモンもあるのかよ。それもどうでもいいから。・・・悪かったよ。謝るからそんな悲しそうな顔すんない。でだ、俺が思うに変形は幻術かなんかだろ」

「さすがグラスさん。よくお分かりですね。あれはただのエフェクト。つまりは幻術です」


 あっさりと肯定するクリス。

 それを聞いたスミスは慌てて問うた。


「幻術? あれは幻術だったて言うのか? じゃあ、あの機甲騎兵な何なんだ? とても幻には見えんが」

「ティエレは本物です。幻術なのは変形シーンですね」

「まあ、いきなり崖に飛び出したりしたからな。闘技場にはそんなものねぇし」

「--あ」

「見た人がインパクトを受けるよう一生懸命作りました。力作です!」


 どや、とでも言いたげに胸を張るクリス。

 なぜか疲れたように肩を落とすスミスとなお思案顔のグラス。


「分かんねぇのはそれだな。あの機甲騎兵は本物だ。だがいったいどうやって? 嬢ちゃんの騎兵にゃ変形なんておもしろ機構は付いてねぇだろ。そもそも最初に見せてくれた奴は変形すらしなかった」

「--付いてないのか?」

「こちとらスパナ握ってうん十年だ。機械に関しちゃちょっとしたもんよ。整備のとき内部も見たし、変形なんておもしろ機構あればすぐに分かる。断言しても良い。そんな機構は付いてねぇ。機械的なものじゃなければあとは魔法かなんかだな」


 グラスとて伊達や酔狂で整備の第一線で働いて来たわけではない。変形システムなどという機構があるならば必ず気がつく。

 記憶のページを開いても、クリスの騎兵には怪しい機構など見当たらなかった。

 ならばあとは魔術くらいだ。

 優秀な古式魔術の使い手であるクリスが、魔術でどうにかしたのではないかとグラスは考えたのだ。


「ならあの騎兵は何処から?」

「俺もそれがわからん。ひょっとしてそれも魔法か?」


 二人の視線を受け、クスリと微笑むクリス。


「戦車が機甲騎兵に代わったのは、おっしゃる通り魔術--古式魔術によるものです。私のオリジナル魔術で書き換えと言います」

「書き換え?」

「はい。変形はAという物体がA`という物体に変わるものですが、書き換えはそれとは違ってAという物体をBという物体に存在を置き換えるわけです」


 大嘘である。

 本当は、ヴィークルボックス内の機甲騎兵を、操縦系クラスの奥義スキル【乗り換え】で乗り換えただけだ。単なるプレイヤースキルである。

 仰々しい変形シーンを幻術で見せたり、ありもしない魔術を「書き換え」と呼んでさも魔術であると思わせるのもすべてフェイクにすぎない。

 こんな手の込んだ方法を取るのも、すべてはクリス自身の能力をごまかす為だ。


 この世界の人々が持ち得ない能力。

 収納系ボックスを代表とする、さまざまなゲームキャラとしての恩恵がクリスにはある。

 さらに『パンツァー・リート』にはなかった謎地図。そして異常な演算能力。

 件の変形シーンの幻術など、ものの五分で組み上げたなど自分自身ですら信じられないクリスである。


(十桁の掛け算・割り算の答えが一瞬で頭に浮かぶなんて、それなんて計算機? 学生時代では数学なんて赤点すれすれだったのに)


 そして何より異常なのは、左眼を閉じることでスイッチが入るらしいデータベース機能だ。

 謎地図も左目を閉じることで働くが、データベースらしき機能も左眼を閉じることで検索可能になる。その検索範囲は広い。

 人物・地理・歴史・科学・魔動術・魔術などなど。様々な分野を網羅している。

 ときたま「No DATA」と出るが、こちらの世界だけでなく地球世界の情報まで存在していた。

 自分自身に関しては通り一遍当の、まるでキャラクター紹介文のような情報しかなかったが、検索可能なものの中にはアークドライブの設計図まであったりしたから驚いたものだ。

 『パンツァー・リート』には有り得ず、さらにクリス自身知らない能力。

 異常だった。


 不可解な点はまだある。

 こちらの世界の人々は全体的にレベルが低いのだ。高い技能を有するように見えてクリスの約三分の一程しかないのだ。

 整備士として優秀なはずのグラスは「整備士」33レベル。スミスは「戦士」27レベルに「騎兵乗り」は22レベルだ。

 オール100レベルのクリスの足元にも及ばない。彼らが低いのか、それともクリスが高いのか。


 謎地図にしろデータベースにしろ人には見えない分マシだが、収納系ボックスはなにかアイテムを取り出せば誰にでも見えてしまう。

 収納系ボックスを使用しても、さも魔術で行っているかのように見せかけるのが今回の目的だ。魔動術ではなく古式魔術としたのも使い手の数が限られ一般的な技術ではないからだ。


「今度は幻術抜きでお見せしますね」


 駐機体勢をとるティエレを指差し、クリスは指を鳴らした。

 パチンと乾いた音がすると同時にティエレの足元に大きな魔法陣が展開し、直後ティエレが消えると代わりにティーガーⅠが現れ魔法陣が消える。わずか一・二秒の出来事だ。

 見ている者には機甲騎兵が戦車に置き換わったように見えただろう。グラスが最初に見たのもこれである。

 ちなみに魔法陣はただの幻術で、それっぽく見せる為に造ったこれまたフェイクだ。

 本来の【乗り換え】にはエフェクトはない。


「・・・随分便利な魔法だな」

「簡単そうに見えるかもしれませんが、一応秘術級の魔術ですよ? まあ、まだ未完成ですが」

「あれで未完成かよ」


 あきれるスミスである。


「術式の構成に無駄がありすぎるんですよねー。お陰で精神力馬鹿食いしちゃって」

「この魔術、教えてもらえないか?」

「さすがに秘術級の魔術をほいほいお教えする訳にはいきません。それと、失礼かもしれませんがスミスさんには使えないかと。そもそも古式魔術の心得あります?」


 【人物鑑定】スキルで確認したところ、スミスには魔術クラスが存在しない。それ以前に魔術ではなくプレイヤーの装備欄なのだから、そもそも教えることは出来ない。


「駄目かぁ」

「詳しくは話せませんが、いろいろ制約がありますしそれほど便利でもありませんよ? 術者への負担もかなりありますし」


 すっとぼけるクリスである。


「それにしても嬢ちゃんよ。なぜあんな派手な変形シーンの幻術作ったんだ? いまの見てりゃ、本来はやたらとシンプルのようだが」


 グラスがもっともな質問をする。

 クリスは力強く握り拳をして高らかに宣言した。


「それはもちろんカッコいいからです!」

「カッコいいって・・・」

「だって、せっかくティエレとティーガーっていう似た印象の騎兵と戦車を手に入れたんですよ? 本当なら本物の変形機構組み込んで変形させたかったのですが、さすがに出来なくて・・・。せめて気分だけでも味わおうかと。

 わが身の未熟を恥じるばかりです」

「そんなもん本当に造られちゃ技術屋として立つ瀬ねぇよ」


 あまりといえばあまりのクリスの台詞に嘆息するグラス。


「もうひとつ理由を述べるなら、変形シーンで相手を驚かせてその隙にタコ殴り出来ればラッキー、とか思ったわけですが」

「シディルの奴はまんまと引っかかったって訳か」

「今度はスミスさんを相手に変形合体バージョンやってみましょうか? なかなか秀逸な出来だと自画自賛しているのです」

「そりゃもういいって。・・・だからそんな悲しそうな顔すんなっての。商隊護衛中に盗賊団でも出てくりゃ試してもらうさ」


 そう言ってスミスは背を向けた。仲間のほうに向かって歩いていく。


「帰るのかい?」

「今日は色々あって疲れたわ。シディルの様子見てから酒飲んで寝るよ。ああ、嬢ちゃん。出発は四日後だ。道中よろしくな」

「嬢ちゃんは合格か?」

「いろんな意味で稀有な人材だ。手放す手はないわな。明日十時にギルド事務所に顔出してくれ。あらためて仲間に紹介するから」

「分かりました。よろしくお願いしますね」

「こちらこそだ。今度の旅は退屈せずに済みそうだからな」


 背中越しに掌をひらひらと振りつつスミスは去っていった。






 余談ではあるが、翌日復活したシディルはクリスに真っ当な騎兵同士での模擬戦を挑み、見物人を唸らせるほどの惨敗振りを喫して自信を木っ端微塵に砕かれた。

 戦績をのべるなら五戦全敗だ。

 しばらくの間、彼は闘技場の隅っこで体育座りのまま身じろぎもしなかったという。




誤字脱字、文章におかしな点ありましたら連絡ください。


H23/10/26 誤字修正

H23/10/27 文章微修正

H23/11/02 文章微修正。ご指摘、ありがとうございます。

H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

H24/02/22 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。

H24/02/22 文章表現一部変更

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