第09話 西方へ出かけよう 01
クリスティナが『パンツァー・リート』の世界に降り立ち、はや三ヶ月が過ぎた。
季節はすでに秋。日中はまだまだ日差しは強いが、朝夕は随分と過ごし易くなっている。
吹き抜ける風も随分と穏やかになっていた。
ギルド敷地内に立ち並ぶ貸しハンガー棟。そのひとつを借り、クリスはティエレの整備を行っていた。
整備といっても簡単な部類のものだ。本格的な整備は整備棟でやったほうが確実で設備も整っている。
「嬢ちゃん。ちょっといいかい?」
整備班班長ステファン・グラスが声をかけてきたのは午後三時を過ぎたころ。本来の職場である整備棟を離れ、わざわざ尋ねてきたらしい。
「ちょうど終わって休もうかと思っていたところです。かまいませんよ。あ、コーヒーでも入れましょうか?」
「お、いいねぇ。ひとつ頼むわ」
貸しハンガーには簡易的なキッチンが設置されていて水道も通っていた。驚くべきことに水洗トイレまである。ラスカーシャの街には上下水道が完備されていて文明度は高い。
地球世界でいえば二十世紀の初頭並みだ。もっともガス設備や電気の設備はなく、家事は薪を使うか魔動術を使うかだ。
グラスに椅子をすすめ、手を洗ってからクリスはコーヒーの準備を始める。魔動コンロを起動し水を満たしたヤカンを置いて湯を沸かす。手動のコーヒーミルでコーヒー豆を細かく砕いていく。
「急にどうしたんですか? グラスさんが直接来られるなんて」
「実は嬢ちゃんにひとつ仕事を頼みたくてよ」
「仕事ですか? ギルドを通さず直接?」
「ギルドは通すことになるだろうな。午前中にギルドに入ってきたトレーラーの一連中は知っているかい? あれは俺の知り合いの商人で、いろいろ手広くやっている奴でよ。本人曰く、『金さえ払えば城だって用意してみせる』だそうだが」
「その方、ひょっとしてマッコイさんとか言われませんか? あるいはフェイスさんとか」
「いや、ダグラス・ベレツってんだが。誰だい、マッコイって。フェイス?」
「そうですか、残念です。いえ、こちらの話ですからお気になさらず続けてください」
入れたてコーヒーをグラスの前に置き、自らは簡易テーブルを挟んで反対側の椅子に座るクリス。
こちら側の人間に、エリ8だの特攻Aチームだの語っても解るはずが無い。
「・・・まあ、いいか。それでなんだが、そいつは腕のいい騎手を探している。護衛に雇いたいんだそうだ」
「たしか、そのトレーラーには護衛がついていませんでしたか? 機甲騎兵や戦車が同行していたと思うのですが」
話題のトレーラーと思しき一団がギルドに入ってきたのは午前十一時前だ。じっと見ていたわけではないが、確かに護衛らしい騎兵と戦車が数両同行していた。
戦闘でもやらかしたのか、各所に破損が見られたのをクリスは記憶している。
「おうよ、それなんだが。夕べ野盗に襲われてな。撃退はしたらしいが、そんとき護衛の一機がやられちまってよ。騎手は無事だが怪我がひどくて入院しちまった。機体のほうも修理にはかなり時間かかるな、あれは。
で、こっからが本題なんだが、やられちまった騎兵の代わりが欲しいんだと」
「なるほど。それを私にですか。欠員の護衛を補充するということは、いまだに狙われているということですか?」
「西のメンテルヒアに荷を運ぶらしくてな。ただでさえ物騒な道筋だ。用心し過ぎってことはないやな」
ラスカーシャのさらに西にあるメンテルヒア。
大陸西部は自動兵器の侵攻を受け大打撃を受けた。ほとんどの国や街は焼き滅ぼされたが僅かに生き残った街がある。
メンテルヒアもその内のひとつ。ラスカーシャ同様、もとは小さな漁港町で、流れ着いた難民が身を寄せいつしか大きく発展した街だ。
周辺の森や山には多くの魔物が住んでいて、自動兵器より山から下りてきた魔物や魔獣による被害のほうが多い。
ラスカーシャとの街道にも多くの魔物が出没する。
本来なら街道の安全は国が確保するものだが、大陸西部には明確な国家などすでに存在しない。いわば街ひとつが国家といえるが、街とその周辺の安全を確保するのが精一杯でそれ以外はまるきり無法地帯だ。
道往く人は、自分の身は自分で守らなくてはならない。だからこそ冒険者の出番があるわけなのだが。
「メンテルヒアですか。荷の中身を伺っても?」
「いろいろあるらしいが、一番の金目の物というと機甲騎兵だな。向こうの騎士団から注文受けたジンカートを三機。予備パーツや補充部品もセットでな」
機甲騎兵ジンカート。
板金鎧を着込んだ優美な騎士のシルエットを持つ機甲騎兵で、特徴がないのが特徴という癖が無く扱いやすい機体だ。機甲騎兵にしては珍しい量産機で、その分機体単価が安くパーツも揃え易い。
騎兵持ちを目指す冒険者がまず手に入れようとするのがジンカートだった。
「量産機とはいえ一度に三機とはすごいですね」
「ご他聞に漏れず中古だがよ。ちらっと見たが程度はよさそうだ。で、どうだい。仕事受けるかい? その気があるなら紹介するぜ?
あいつとはガキの頃からのダチでよ。お互い手前ぇの女房より長い付き合いだ。人物は俺が保障する」
「分かりました。せっかくのグラスさんの紹介ですし、お仕事請けさせていただきます」
仕事一筋。頑固職人のグラスが保障する人物だ。間違いないだろうとクリスは思った。なによりそのベレツなる人物を語るとき、心なしかグラスの表情がやさしく見えた。いい友人なのだろう。
「ありがてぇ。ならさっそく一緒にギルド事務所に来てくれ。奴に紹介するからよ」
「その前にひとつ伺いたいのですが、護衛に雇われている冒険者はチームですか? もしそうならよそ者の私が入るのは快く思わないではないかと」
コーヒーカップに口を付けたまま心配そうに上目遣いでグラスを見るクリス。
チーム単位で仕事をする冒険者は、途中で他の冒険者が入ってくることを嫌う。満足に仕事ができなかったと評価されたと感じるからだ。チームワークの問題もある。
「元から雇っている専属の連中と新規の臨時らしい。欠員出しちまったのは自分らのミスだからな。依頼人の意向には逆らえんだろうよ。
なに、嬢ちゃんなら心配いらねぇ。コーヒーの一杯でも振舞ってやればすぐ打解けるさ。なにせ嬢ちゃんの入れるコーヒーは最高だからよ」
そう言ってカップを掲げ、残りのコーヒーを飲み干すグラス。
(相変わらず美味いコーヒーだぜ。豆の焙煎も自分でしてるって言うし、前に飲ませてくれた水出しコーヒーとやらに比べれば味は落ちるが、入れる人間の手ひとつでこうも違うもんかね)
護衛などの仕事で移動中の冒険者はどうしても食事の質が落ちる。
食事に手間隙かけるより身体を休めることを優先するからだ。パンと干し肉で済ませる冒険者も少なくない。
ところがクリスが同行すれば話は変わる。
ろくに手間隙かけたように見えないのに、その味わいは一流レストランに勝るとも劣らない。食通ですら唸る味付けなのだ。
街の外では貧しい食生活の多い冒険者にとって、仕事中も美味い食事が食べたいというのは夢のひとつだったりする。
うまい料理が作れる者を邪険にする冒険者はいない。クリスの料理人としての腕前を知るグラスが指摘しているのはそこだ。
飲み干したカップをテーブルに置き、グラスは腰を上げた。ついでクリスも立ち上がる。
ガレージを閉め、二人は連れ立ってギルド事務所へ向かった。
グラスと共にギルド事務所に赴いたクリスは、カウンター越しにギルド職員と話し込んでいる年配の男を見つけた。
依頼人ダグラス・ベレツは五十台半ばの男だ。
年齢的にはひとつの街に落ち着いて店でも構えているのが合うのだろうが、グラス曰く『何事も自分が動いてなんぼ』という行動派の商人らしい。
決まった店を持たない移動商人だ。もっとも、街の問屋や契約を結んでいる商店が主な客で、出向いた先で住人相手にバザーも開くが規模は小さ目らしい。田舎町なら大々的にやるのだろうが。
一応ラスカーシャに自宅を持ってはいるもののほとんど寄り付かず、家族を連れて年がら移動している。
「よう、ステファン。その子が例の娘かい。はは、ホントにちっちゃいな。お前と並ぶと孫娘とじじいだ」
事務所に入ってきたグラスに気づいたか、ベレツが陽気に話しかけてきた。傍らには三十くらいのがっちりした体格のいい男を連れている。雰囲気からして商人ではなく冒険者だろう。
「うるせぇよ。手前ぇだって大して歳かわらんだろうが。嬢ちゃん、こいつがダグラス・ベレツだ。一緒にいるのは警備主任をしているスミス。
この嬢ちゃん見かけはこうだが、それだけで判断すると大怪我するぜ?」
移動を常にする移動商人は護衛として冒険者を雇うが、移動先で雇用と解除を繰り返してはいろいろ問題も多い。その場合、警備の中核となる冒険者グループと長期契約を結び、必要に応じてその冒険者達に人員を募集してもらうのだ。
スミス率いる冒険者もそういった長期契約を主に結ぶグループのひとつだ。
「嬢ちゃんの噂は聞いたよ。なかなかやるそうじゃないか。とてもそうは見えんが・・・っと、悪いな」
「いえ。よく言われますので気にしていません。クリスティナ・G・ロウゼンです。よろしくお願いします」
「商隊の警護を任されているジェフリー・スミスだ。あー、それで悪いんだが・・・」
スミスは言いにくそうに頬をかいた。
「契約期間中は指揮下に入れということですね。了解です。後から来た冒険者が勝手気ままにやると何かと問題出ますからね」
「そう言ってくれれば助かる。それと、直に嬢ちゃんの腕を確認しときたいんだが、今から騎兵出せるか? そういや嬢ちゃんはめずらしい騎兵転がしてるんだってな」
スミスは自分達の騎兵との模擬戦をクリスに提案した。ラスカーシャの冒険者ギルドにはそのための全天候型のドーム状施設がある。スミスはクリスが頼りにできるか確認しておきたかったのだ。
警備主任としては当然の考えだろう。
クリスはちょっと考えるように小首を傾げると、すぐに満面の笑顔を見せる。
それは普段の天使のような愛らしい笑顔ではなく、小さな子供が(見た目そのままだが)悪戯を思いついたような小悪魔的な笑みだ。
クリスの笑顔を見た途端、スミスの脳裏に薄ら寒い悪寒がよぎる。
「ええ、ぜひ。ちょっとお見せしたいものもありますし」
「お、お・・・おう。頼むぜ」
「ギルドへの手配は俺がしておいてやるよ。騎兵用の闘技場でいいんだろ?」
「すまねぇ、おやっさん。頼むわ。嬢ちゃんは先に闘技場に行っておいてくれ。俺は仲間を呼んでくる」
なぜかそそくさと去ってゆくスミス。
去り往く警備主任に笑顔で手を振るクリスを見やり、グラスは呟いた。
「嬢ちゃん、いったい何やらかすつもりだ?」
「以前からちょっとやってみたいと思っていたことがあるんですよ。いい機会だからテストさせてもらおうかなーなんて」
「・・・ま、ほどほどにな」
楽しげな笑顔を崩さない少女にグラスは溜息をついた。
誤字脱字ありましたら連絡ください。
H23/11/28 誤字修正。ご指摘、ありがとうございます。