モテナイ星人と難儀な娘
春のうららかな午後。
することもなく、家でうじうじと読み止しの本を読んでいたが、大学生協で薦められた「罪」とか「罰」とか少年の心を呼び覚ます素敵タイトルのあっつい本は、予想に反し私の胸に何ももたらさなかった。
これだから“文学作品”なんてのは嫌いなのだ。
本当に世の中の大衆はこれを読んで感動できているのだろうか、といつも疑念に思う。いや、自分の感性が足りないからって世間様を見下すのはよろしくないな。うん。『自分に厳しく他人に甘い』そんなデキる人を目指していこう、今から。ふろむなうおん。
ただ、急にデキる系にギアチェンジしちゃうと…なんだ。ホラ、スタート前にエンジンふかしっぱだとタイヤ空回りするじゃん。キュるキュるしちゃうわけですよ、マ○カーとかだと。何事もタイミングよくやらなきゃいけないってことは○リカーが教えてくれた。
そんなわけで今日は温める感じで行こうと思い、おもむろく公園に出た。下宿のそばの市立公園は住宅街の隅っこにあるため人が少ない。まさか市が私の為に作ってくれたんじゃなかろうかと思うほどの穴場だ。そこに私はよく昼寝をしに行く。太陽からの紫外線で皮膚ガンがどうとか、肌が焼けちゃうとか、そんな言葉で私を止められはしない。公園に私以外の人がいないのを確認すると、私はいつもどうり芝生の上に大の字になり、全身でぽかぽか陽気を浴びだした。草が服につくのも構わず、ごろごろする。傍から見たらかなりあぶないひとのような気もするが…なに、見られなければどうということはないのだ。いつも大事なことはシャ○が教えてくれた。もし人に見つかったら通常の三倍の速度で逃げ出そうと思う。
神は天にいまし、全て世はこともなし。
草の青い臭いを嗅ぎながら、眠りに入る前の幸せな陶酔感に浸る。だんだんと意識がぼやけていく、この感覚が好きだ。ぐーっと、ずーっと夢の世界に引きこまれていく。世界は今日もへいは、で、す…。
「あがぁおっ!」
ちょっとメルヘンに眠りへ落ちゆくつもりが、腹部の痛みで瞬時に覚醒した。
何か重いものをぶつけられたような衝撃。まるでバスケットボールでパスを受け取りそこなった時のようだ。冷たい感触がする。なぜか服もびちゃびちゃに濡れていた
「ペットボトル…だと?」
起き上がり腹部に目をやると、ロケット型の形状をしたペットボトルが落ちていた。もしや某北の国から飛来したリーサルウェポン的ななにかであろうか? それとも地球侵略を企む悪の宇宙人がその超科学を結集して作った攻撃兵器なのか? いや待てこれはコロニー落としだ! ジ○ンの残党が…云々 私は冷静にパニくっていた。
「ただのペットボトルロケットよ」
狼狽する私に少女が近づいて来て言った。その手には自転車用空気入れ。ロケットを製造し私を爆撃した悪の科学者に違いなかった。彼女は私に衝突したロケット兵器を屈んで拾い、去って行こうとした。
「ってちょ、待てい!」
あまりにも所作が自然すぎて危うく見逃すところだった。人様にロケットぶつけて黙って行ってしまうのはさすがにダメだろう。気分は万引きGメンだ。はっしと少女の右腕を掴む。
「むぅ、私がやったって証拠あるんですか?」
「滅茶苦茶ありますがな」
「ふふふ、それでこそ我が宿命のライバル! 今日のところはこれで引き上げるとしよ う!」
「させねーよ」
なかなか愉快な少女だった。ちょっと乗っかってみる。
「なんでこんなことしたんだ? 故郷《クニ》のおっ母さんが泣いてるぞ」
「いやぁ、なんか徹夜でホラゲーやってたら道行く人全部ゾンビに見えてきちゃったのよねー」
「あ、他人が作った流れには乗らないんですね」
キレる十代というか、ゲーム脳というか、とにかくひどい奴だった。
「で、まぁ実際ごめんね。家の窓からのぞいたら貴方がごろごろしてるから、どうしても敵キャラに見えてきちゃったのよ。これは早くロケランぶちかまさないとシティがやばい! と思っちゃって」
「う…見られてたんかい。てゆーかシティより君の発想の方がやばいよね」
壁に耳あり障子にメアリー。悪行は隠せないものだった。こんどからは自重しよう。
「ここで会ったのも何かの縁だし、これからどっかいかない? お詫びにコーヒーくらいなら奢るわよ?」
「えー」
「あ、コーヒーはいや? だったらご飯行きましょう。駅前においしいパスタのお店が…」
「いや、そういうわけじゃなくて」
ノリノリな人の誘いを断るのは気が引けるが、こちとら服がびしょびしょなのだ。
「このまま、帰るって選択肢は、ないのかなー? 別に気にしてないしさ。なにも奢ってもらわなくったって…」
「じゃ、じゃあ! 電話番号交換しよ! アドレスも!」
凄い勢いで食い下がる女の子。その姿がおかしくて、すこしおどけてみせる。
「なんだよベイビー、もしかして、俺に惚れちゃった?」
「あ……ぅ」
絶句する口。
真っ赤になる顔。
潤みだす瞳。
え…ちょ、マ、マジすか…
「じ…じつは…ずっ、と…前から…」
さきほどまでの饒舌な軽口とは違い、切れ切れに紡ぎだされる言葉。
演技をしているようには見えなかった。とゆーか、演技で顔は紅潮しない。
彼女は完全に本気だ。百パーセント中の百パーセントだ。
だから、
ここは私も真剣に答えてあげねばなるまい。
「気持ちは嬉しいんだ、凄く…」
虚言を交えず、真摯に少女の気持ちと向き合う。
「でも私達、女同士じゃない」
お読みいただきありがとうございます!