どこで間違えてしまったの――有能だったはずのわたくしは、気付けば全てを失っていた
「ご即位、おめでとうございます。サフィール陛下」
「おめでとうございます、サフィール陛下。陛下の御代にて、爵位を賜りますこと、望外の喜びにございます。セルフィス家の忠義は、陛下の御為に」
「ありがとう。ユリウス・セルフィス前伯爵。それにクラウディア・セルフィス嬢。爵位の移譲まで、間があるだろうが――君には期待している」
謁見の間。父と妹が新たに王となったお方へと挨拶をしている。
王からそう離れていない場所で、妹に拍手を送っているのは元婚約者。
妹が会釈をするとにこりと笑みを返している。
わたくしと夫は、それを後方で見ることしかできない。
周囲から拍手が沸き起こる。
妹が爵位を継ぐことを祝福する音が、謁見の間に響き渡る。
二か月前、爵位を妹に譲れと告げられた。
「なぜですの? わたくしが、ヴァレリア・セルフィスこそが正当な伯爵です。そう、陛下がおっしゃったではありませんか」
「その王が変わったのだ。お前が伯爵である限り、我が家の未来は破滅しかない。妹に爵位を渡せ。それとも家を潰すことが望みか?」
「お父様! 納得できません。10年、わたくしは立派に伯爵領を守ってきたのです。なぜっ! 今更、妹に譲れというのです!」
「お前が家の立場を理解しなかったからだ。幸い、クラウディアには男児が生まれ、跡取りもできた。我が家は安泰だ」
父の横には、俯き暗い顔をしている母。
その後ろには我が家の四女である妹とその夫となった青年。父が取り決めた縁談だ。一代限りの貴族で本人は平民。どの家の者だったか、家名は覚えていないけれど、領地の発展に寄与したことは認める。
だけど、それだけで交代は納得できない。
「後のことはお任せください。義姉上」
「お姉様。許して欲しいなど申しません。家の未来のために、引いてください」
十年、夫と共に領地を繫栄させるために身を砕いてきた。
だけど、この場にいる貴族は誰も、わたくしを認めていない。
妹に対する祝福の響きが謁見の間に響き渡っている。
――わたくしは間違っていたの?
父と妹が祝福する拍手がなりやまない。
わたくしこそが、伯爵だったのに。
我が家に男子が生まれなかったこと。
全てはそこから始まった。
わたくしの名は、ヴァレリア。
王国のセルフィス伯爵家の長女として生まれた。
三つ下に妹が生まれ、さらに一つ下にも妹。そこから三年後にも妹が生まれた。
女系ではないけれど。今代は女しか生まれなかった。
四女が生まれた頃、母が荒れ始めた。
父が家に帰らぬことが増えていった。
わたくしは淑女教育が始まり、妹達の手本となるようにと家庭教師から言われ、必死に努めていた。
それから、一年と少し。8歳のときだった。
「わたくしが、家をつぐ?」
「そうだ。我が家では男児が生まれぬ。分家から養子を取ることも考えたが、妹達が嫁いだ家とは折り合いがよくないのでな。婿を取り、お前が継ぎなさい」
「ヴァレリア。期待していますよ、貴女なら大丈夫。頑張りましょうね」
父は難しい顔をしていたが、母の機嫌はとても良かった。
母は私を淑女教育もしっかりとこなしており、跡目教育も耐えうると父に説明をしていた。
「期待している。ヴァレリア」
「はい、お父様! わたくし、がんばりますわ!」
父が毎日帰るようになって、わたくしの成果を確認し、指導してくれるようになった。ちゃんと頑張れば、褒めてくれる父。わたくしは必死に努力をするようになる。
母の機嫌が良くなり、家の雰囲気が明るくなっていき、妹達も前よりも明るく過ごすようになった。
「ヴァルモン子爵家の次男ローランだ。我が家の執事の甥でもある。将来、お前の補佐となる予定だ」
「ローランと申します、お嬢様。どうぞよろしくお願いいたします」
父から共に学ばせると紹介されたのは、同い年の少年だった。
その日から共に机を並べ、教育を受けるようになった。
「ほら、ローラン。ここから、わたくしが治める地が見わたせますのよ」
「素晴らしい眺めですね、お嬢様」
「そうでしょう。頑張りますわ、わたくし」
「お手伝いいたします」
父との視察にも行くようになり、ローランと共に領地を見渡して誓った。
この地に住まう民を守る、素晴らしい領主になると。
10歳になったとき。
わたくしに婚約者ができた。
「ヴァレリア・セルフィスです。どうぞよろしくお願いします」
「ラズライト・アズラフィールです。よろしく、ヴァレリア」
わたくしのカーテシーをじっと見た後、にこにこと笑って名乗った婚約者。
幼い――4つ下、6歳の婚約者。国王陛下の弟である公爵の三男。
幼く、甘えたがりの末っ子。口を開くと兄達の素晴らしさを語っている。
座った椅子で足をぶらぶらとさせるなど見苦しい仕草が目立つ。真ん中の妹と同じ年だが、もっとおとなしく、控えていることができる。
「お前の方が年上だ。色々と教えてやりなさい。仲良くな」
父にはそう言われたが、お茶会の場でも、話が噛み合わない。
最近の流行りも、領地の話も、何も学んでいない。
領地の話なら、ローランとの会話の方が充実している。
妹達と歳が近いため、参加させると話が盛り上がっている。
これなら、妹と婚約させればよいのにと思うけれど。
相手は三男だから、わたくしの婿になるしかない。
それならばせめて努力をしてくれればいいのに。
それから、三年経っても婚約者はわたくしの知識に追い付こうという意志を感じられない。
いつも笑顔で話を聞いているだけで、たまに話をすると的外ればかり。
「お姉様、またお勉強ですか? お二人で?」
「ええ、そうよ。ローラン、行くわよ」
「はい、お嬢様」
「お姉様、講師がいる場ならともかく、自習はメイドをつれてはいかがですか?」
「何を言っているの?」
「半年後には、お姉様は学園に入学でしょう? ラズライト様との交流も減ってしまうのですから、今のうちに適切な距離を取るべきでは?」
「ローランは補佐となるのよ? 互いに切磋琢磨することで、より高みを目指せますわ」
上の妹は、最近、王弟派の侯爵家の嫡男と婚約をした。
だからこそ、婚約者との距離が気になるのかもしれない。
だけど、婚約者は自覚がなく、共に学ぶには足りないのだから仕方がないでしょう。
能力が足りないと困るのは民なのだから、育つのを待つ余裕はない。
「お父様、お呼びでしょうか?」
「ああ、ヴァレリア。うん? ローランも来たのか」
「はい、わたくしの補佐ですから、知っておいてもよいでしょう?」
「ローラン、下がれ。私が呼んだのはヴァレリアだけだ」
「はい」
ローランが下がった後、お父様はため息をついた後、指で眉間の皺を解している。
最近は課題を出されるだけで、お父様自身から教わることは減った。
課題はわたくしと婚約者の双方に出しているけれど、わたくしはローランと共に対策を考え、講師にも素晴らしい言われる出来栄えで提出している。
それに対し、婚約者は知識不足であり、お粗末なものだった。
「ヴァレリア。婚約者と上手くいってないようだな」
「どういうことでしょうか? 毎月、お茶会をしておりますわ」
「妹達も参加しているようだな。課題も共にやれと命じたはずだ」
「わたくしとは考え方が異なりました。魔導士による土壌改良をするという夢物語を主軸にするというので、意見が合いませんでした」
研究費用や魔導士を雇う給金は? 費用がどれほど発生するのか、考えもしない。
ただ、出来るかもしれないという発想だけでは、領地経営など出来るはずもない。
それを妹達のいる前でも恥ずかしげもなく、言葉にする。
責任感の欠片もない。
「お前が年下である彼を嫌がるなら、妹と婚約者を交代させてもよい」
「良いのですか?」
「ああ。妹に継いでもらうことになるがな」
「なぜですか? わたくしは後継者として学んできたのです」
「理解できないのならば、資格はない。よく考えることだ。お前が支え合うべきなのは、婚約者であって補佐ではない」
お父様の話はわたくしの頑張りを否定するものだった。
5年間、必死に学んできた。最近の課題はローランと共に、講師からも褒められている。
わたくしは努力し、あちらは努力をせずに思いつきを言葉にしているだけなのに。
「酷いと思いません?」
「伯爵様も、心配されているのでは? 婚約者と上手くいっていないのは事実ですから」
「いつまでもお子様なんですもの。課題を共にするのも面倒でしょう? 手伝ってもらうなら、ローラン、あなたがいいですわ」
わたくしの愚痴に対し、微笑みながらお茶を用意してくれる。好みの温度、味を把握してくれている。
ローランは話を聞いて、わたくしを肯定した上で、より建設的な意見をくれる。
ずっと、わたくしを支えてくれているローランは最も近い存在だった。
「ふぅ、美味しいですわ」
「光栄です、お嬢様。彼のことより、学園の準備は大丈夫ですか?」
「学園は楽しみですわね。子守りからも解放されますもの」
「同じ年で、爵位を継ぐ方たちとも交流できるかと。第一王子殿下とも同学年ですから」
「そうですわね」
学園に入学した。
5年制で、13歳から18歳まで貴族として学ぶことになる。
爵位を継ぐ女子はわたくし一人で、男子ばかりのクラスで最初は戸惑いもあった。
「女子でありながら、家を背負う立場となるヴァレリア嬢を見習うべきだろう。婿に任せるのではなく、自らが治めるという気概。素晴らしいではないか」
クラスで浮いた存在になりかけていたわたくしに救いの手を伸ばしてくれたのは第一王子殿下だった。
そのお陰で、一学年が終わる頃にはクラスに馴染むことが出来た。
他のクラスよりも結束力が生まれた。とても充実した日々を過ごしていた。
翌年、婚約者の次兄が学園に入学してきた。
「一年以上、婚約者との茶会に参加しないとはどういうつもりだ?」
挨拶もそこそこに婚約者の次兄に責められたが、遊んでいた訳ではない。
女子同士の茶会にも参加し、男子に交じり課外演習も受ける。わたくしの身は一つ、時間がないのだから仕方ない。
「学業で忙しく、実家に帰れておりません」
「学園の期間は、王都の邸宅にて行う取り決めであったはずだ。いくら忙しくとも、7日かけて茶会に参加するために王都に来る婚約者のため、一時間も時間を取れぬとはな。優秀とは名ばかりのようだ」
入学して一年で、わたくしは優秀であるという評価をいただいた。
淑女教育と、領主教育のどちらも身に付けるために勉強をしていることを、皆に評価されていた。それを馬鹿にされた。
確かに、数か月に一度、王都の屋敷に顔を出すと手紙は届いていた。
でも、予定が入って行けなくなったと連絡はしている。
こちらに瑕疵はないと言っても納得しない人の相手は苦痛だったが、ここでも殿下が庇ってくれた。
「爵位を継ぐのはヴァレリア嬢だ。婿に入るしかない家の者の言葉など、気にする必要はない」
「ありがとうございます、殿下」
「なに、気にするな。ヴァレリア嬢には、ローランのが似合いなのにな。叔父上にも困ったものだ」
学園では、爵位を継ぐ者と補佐する者ではクラスは異なった。それでも、ローランはわたくしを支えてくれている。それを殿下も知っていてくれたことが嬉しかった。
学園に入学して、三年半が経過した。
婚約者とは会わないまま、もうすぐ四年。
茶会をセッティングされる日は、課外演習が入ることが多い。
参加するために日程の調整を求めるが、婚約者が応じない。
将来のために、顔を繋いておくことが必要であるのに日程のことばかり。
相手の都合すら理解できないほど、子どもである婚約者との時間に価値を感じていない。
「お姉様。今週は必ず帰ってくるようにと、お父様が王都にいらしています。必ず、と伝言です」
「あら、そうですの?」
すぐ下の妹が入学して、半年。
淑女科でカリキュラムの違う妹はちょくちょく王都の屋敷に戻っていると聞いた。
久しぶりに家族が揃うから、必ず顔を出せという伝言とともに、非難めいた視線をローランに送っている。
「今週は勉強会がありますのに」
「一日中ですの? 朝から夜まで? 夕食もご一緒できないのですか?」
「だいたい、昼前に始めて、夕食も皆様でいただいて解散ですわね」
「では、お姉様は夕食を終えてから屋敷に戻るとお父様には伝えておきますわ」
さっと踵を返して去っていった妹。
ふうっと溜め息が漏れる。
「困りましたわ」
「流石に、顔を出すべきかと」
「お父様もいるなら仕方ありませんわね」
「茶会の時間は昼で、お断りしたのですから。夜間に戻るのは問題ないかと」
今週は婚約者との茶会の日、すでに断りをいれている。
どうせ、あと半年もすれば彼も学園に入学してくるので、会わない訳にはいかないのだから。
そのわずかな時間くらいは好きに過ごしたい。
「久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりですわ」
夕食を終えて家に戻ると、ほぼ4年ぶりに会った婚約者がいた。
未だに声変わりもしていない。幼さの残る顔立ち。
クラスメイト達は淑女として扱ってくれるのに。わたくしの椅子を引きにくることもなく、さっさと自分に用意された席につく。
じっとこちらを観察しつつ、笑顔を浮かべている。
「まさか、こんな時間にいるとは思いませんでしたわ」
「話をしようと思っても、時間をくれないどころか、会うことすらしてくれないからね」
「婿入り教育だけ受ければいい方と違いますのよ? 淑女教育を怠れば、家の名を辱めることに繋がりますもの」
わたくしが会わないからと、こんな時間まで滞在していたこと。不意打ちのような茶会の時間。すでに疲労していて休みたいのに。
「つまらなそうだね」
「ええ。忙しい上に疲れているのに、こんな時間までお相手をしないといけないのですから」
勉強会帰りで疲れているのに、婚約者と一杯の茶を飲んだあとは、父からも呼び出されている。早々に切り上げたい心が出てしまったのか、指摘された。
誤魔化すまでもないと言葉を返すと、「……そう」と少し間をおいて返事があった。
「僕との茶会の日ばかり、勉強会や課外演習が入るって聞いてるけどね」
「殿下が開いてくださるのですから、当然でしょう。将来のために良い関係を作る。参加するのがわたくしの務めですわ」
「君は全てを一人でやるつもり?」
「当たり前でしょう。将来のための課題すらこなせない方に期待はしておりません」
わたくしの言葉に反応をすることもない。言われた言葉が理解できないのか、笑みを浮かべて、お茶を口に含んでいる。
お互いの意見を交わす場で、反論する気概もないならこの時間に意味などない。
「そう。期待してないのはわかった。じゃあ、僕に希望することはある?」
一気にお茶を飲み干した婚約者の言葉。
これで茶会の時間が終わるのに、続いて問い掛けられた言葉に眉間に皺が寄る。
飲み終えているのだから、何も言わずに立ち上がればいいのに。
まだ、会話を続けることすら不快だった。
「わたくしの身も心もあなたに捧げる気はありませんわ。必要なのはわたくしの血ですもの。あなたのような夢物語を語るようになっては困るので、教育にも口を出さないで欲しいですわね」
たとえ、王族の血を持つ、公爵家の血筋であっても。
王位継承権を持っていても。
能力が低く、誰も期待していないから努力もしない三男よりも。
伯爵家の長女、次期伯爵。
将来は王となる第一王子殿下の覚えが目出度いわたくしに価値がある。
それをわからせるための言葉。
その言葉を聞いた瞬間、婚約者は前髪をかき分ける仕草をした。
瞬きの数も増えたが、それを隠すようにしばし目を瞑った。
数秒後に、視線を合わせた婚約者は先ほどと同じように笑みを浮かべていた。
「それが希望? 君は、自分が理解できる物差しでしか測らないよね」
「努力をしないあなたをどう測れというのです? 何もしないで構いませんわ。わたくしとあなたは気が合わないようです。ただ、口を出さないなら領地にて過ごすことは許します」
「わかったよ。この後、伯爵と話があるから遠慮してくれる? 長くなるから、今日の呼び出しはないと思うよ」
席を立った婚約者は、振り向きもせずにお父様の執務室へと向かった。
少しは役に立つつもりがあるらしい。
疲れたこの状況でお父様と話をしなくていいのはわたくしの望みと合致していた。
「よろしいのですか?」
「ローラン、何が言いたいの?」
「言い過ぎではありませんか?」
「役に立たない三男を引き取るのに、文句は言わせませんわ」
殿下との勉強会でも、セルフィス家の領地の内情をアズラフィール公爵家に握られることは、王家も懸念していると言っていた。
あの子には何もさせない。
社交も領地経営も、わたくしとローランでやらなくては、王家からの印象が悪くなってしまう。
「お嬢様は必ず支えます」
「ローラン? いつものように呼んでいいのよ?」
「いえ、ここはお屋敷内ですから。部屋まで、お供いたします」
翌日も勉強のためと早々に学園に戻ることを伝えると、「それがお前の意思か?」と問われた。
「はい。わたくしは学園に戻り、将来のために関係を作ることが肝要だと考えております」
「同学年だけではなく、他の学年とも交流を図りなさい。妹も学園に通っているのだ」
「将来、爵位を継ぐ者はわたくしの学年に固まっております」
「狭い学園という世界で、さらに世界を狭めるな」
むしろ、学園で世界の広さをより感じたのにお父様は首を振る。
お父様の目の下には隈ができている。お父様は無理して、王都まで出てきたのだろうけど、あの婚約者にそんな価値はあったのか。納得は出来なかった。
それから、次の茶会の日取りの連絡が来ないまま入学式を迎えた。
入学式に婚約者の姿はなかった。
「お父様。どういうことでしょうか?」
「お前の用事があるときは帰ってくるのだな。こちらの呼び掛けはいつも応えないようだが」
「そんなことより、説明を」
「お前の望み通り、婚約破棄となった。あちらの有責でな」
学園を卒業しない者は貴族に非ず。
婚約者は学園に入学しなかったため、入婿となる条件を満たさず、婚約破棄となった。
お父様の顔色には疲れが滲み出ていた。
そんな簡単に家同士の約束を無くなるはずがない。何度も話し合いがもたれた上での、破棄だとしても――確定するまで、何も聞かされなかった。
「お父様、どういうことです? わたくしが望んだ?」
「そうだ。四年間、忙しいと理由をつけ、茶会に参加しなかったのだからな。本来はお前が有責になるところだが――良かったな。女の身で爵位を継ぐのは、今代ではお前だけだからと。醜聞にならぬようにとあちらが泥を被ってくれた」
「わたくしは勉学のために、仕方なかったのですわ」
「もう良い。結果が全てだ。お前が有責となることをやらかしたのは事実だ。新しい婚約は直ぐには結ばないが、お前の意見も考慮してやる。今までの行いも含め、一年後までに考えておきなさい」
話は終わりだと言うお父様に礼をして、部屋を出る。
神妙な顔をするように我慢していたが、顔に笑みが浮かぶのを抑えきれない。
家のために気が合わない、無能な婿を迎える必要はなくなった。
部屋の外で話し終わるのを待っているローランにも早く伝えて、喜びを分かち合いたい。
婚約破棄したことが知れ渡ると次男三男からのアプローチが増え、男性陣をあしらわなくてはいけないことが増えた。
茶会にて事情を根回ししようとしたけれど、逆に、今は茶会に来ないでほしいと伝えられた。
「最近は浮かない顔だね。婚約破棄はショックだったのかい?」
「殿下。そのようなこと、絶対にあり得ません。ですが、お父様が認める新しい婚約者を用意するのに、少々難儀しております」
「ああ、伯爵は認めないのか。学園の様子を見れば一目瞭然だろう。クラスメイトの誼だ。君さえ良ければ、口添えしよう」
「よろしいのですか?」
「父上に話を通しておこう。君が爵位を継ぐために必要なことをね」
「ありがとうございます」
殿下の言葉通り、数か月後に父と共に謁見する機会を得た。
陛下からのお言葉はわたくしの努力を認めてくれた。
「素晴らしい淑女であると同時に、学業の出来も素晴らしいのだ。伯爵、もっと娘を信じるべきだろう」
「まだ、未熟で……婚約者を考えさせる課題を出しているところです。結果次第では妹に継がせます」
お父様の言葉に、驚き振り返る。
お父様は冷たい、感情のない瞳で私を見ていた。婚約者として、誰を選ぶか。
それを課題にしていたことを初めて知った。
「ヴァレリア嬢のことは息子から聞いている。彼女には支えがあり、結果を出しているのだ。伯爵、少々見通しが鈍ったのではないか? 領地を任せるには不安が残るようでは困るな。よく考えるように」
「……御意」
陛下の言葉に、お父様の肩が揺れた。ぐっと何かを飲み込んだ後、頷いた。
「自分の力で認めさせるのではなく、私を追い落とすことを選ぶとは――残念だ」
謁見の間から出た父は深いため息をついた後、何かを呟いた。
「お父様?」
「戻るぞ……」
謁見の後、正式にローランが婚約者となった。
ローランが公私ともに、わたくしをバリィと呼ぶようになり、支えてくれることになった。
父は侮蔑するような瞳でローランを見るようになり、家の執事はいつの間にか変わっていた。
18歳になったとき。
学園を卒業後、すぐに婚姻をした。相手はローラン。
父は婚姻と同時に爵位を譲渡して、領地に引っ込んでしまった。
爵位を継いでからは忙しく、慌ただしい日々が過ぎていく。
政略ではなく、共に支え合う愛のある結婚。幸せな日々を夢見ていたのに、少しずつ、問題が積み重なっていった。
結婚して5年。
子どもが出来なかった。
一切の兆候がなかった。
学生時代の友人達に子どもが生まれていく。
さらに、3歳下の妹が子を産み、その下の妹も妊娠報告をするために里帰りしてきた。
父も母も孫を喜ぶ姿を見ながら、わたくしの心境は複雑だった。
父の代で親しく付き合っていた家の一つが土壌開発に成功して、生産性を上げた。
派閥内でもその方法が伝わっていき、国全体の生産力が上がっていくのに、わが家の開発は遅々として進まない。
社交シーズン中も、伯爵家ならば呼ばれるはずの集りに、我が家は呼ばれない。
父の頃には引っ張りだこだったはずが、全く見向きもされなくなっている。
商会との関係も上手くいかない。人気の品がほとんで手に入らなくなってしまった。こちらから話を振っても、人気で手に入らないと言われる。子爵家や男爵家すら手に入るはずのものが手に入らない。
「社交界の様子はどう? うちは最近、疎遠になってしまって」
「お姉様? 何を言ってますの?」
「だから、呼ばれることが減ってしまったのよ」
「当り前じゃないですか。本当に、どうされたの?」
二人の妹はキョトンとした顔で、現状が当たり前だと認識していた。
二人とも、家の苦境を知っていて、だからこそ社交でフォローをしているのだという。
「ど、どうして?」
「だって、お姉様。在学中に、散々反感を買ったじゃないですか」
「なんのこと?」
「やらなくていい勉強会の数々ですわ。毎週のように出掛けたり、勉強会を開いたり。当時から婚約関係にあった女性からは良く思われていませんでしたわ」
「ええ。特に、婚約者に何を買っていいかわからないからと、お姉様に相談した件は有名ですわ。相手方はとてもご気分を害していました」
「え? そんなはず……」
「お姉様のクラスの方々、奥様に学生の頃は殿下の手前、仕方なかったとアピールしてますわよ?」
クラスの仲間たちから、一切接触がない理由。
あれほど仲良く過ごしていたのに、そんなことになっているなんて知らなかった。
「でも、昔からの派閥は……」
「お姉様。たとえ、あちらが有責となった婚約破棄でも、皆様、ご存知ですわ。証言者も多く、もう、覆りませんわ」
「え? あちらの有責よ?」
「表向きでしょう? お姉様が茶会に参加しなかったことは知れ渡っています。王弟派にとって、その子供を婿に与えられる名誉を突き返した女伯爵なんて、認めるはずがありませんわ」
クラスの仲間からも、所属する派閥からも疎まれている。
妹達はそれを知って、フォローしつつも他家に嫁いだ身だから許されていた。嫁いだ妹二人が当然のように外から見た我が家の状況を語る。
「お姉様方。それだけではないでしょう?」
「クラウディア?」
「一番の問題は王が介入してまで、お父様からお姉様に爵位を譲るように動いたこと。自分のことしか考えず、父親を蹴落とすような人が信用を得られるはずがありません」
止めのように、一番下の妹、クラウディアが睨むように宣言をした。
この子はまだ、学園で学ぶ学生。
四女であり、家の評判も悪化したため、婚約の話は全くお声がかからない。このままでは嫁ぐことすら難しい。
そのせいか、わたくしに反抗してくることが多い。
「伯爵領の開発もお姉様のせいで、進みません」
「え?」
「土壌改良はラズライト様の発案です。魔力が高く、権力がある王族だからこそ考えられる手法で実用させた。夢物語ではないことを10年とかからずに証明するのですから。お姉様にはあの方のすごさは理解できないのでしょうけど」
「あんな貴族としての責務も理解しない……」
「あの方は自らの将来を捨てる覚悟で、お姉様と婚約破棄をしたのです。責務として、自分が提案した手法はしっかりと引継ぎ、成果を出した。自身はその栄誉を一切受け取ってません。お姉様は何の覚悟も無く、今まで我が家の不興の理由すら調べずに過ごしていたなんて」
その言葉に、かつての幼い婚約者の姿が浮かんだ。
確かに、課題として与えられ、魔法を使っての土壌改良という手法提言。
わたくしはそれを読んだはずなのに。
その内容は覚えていない。
家の中の書類を整理しても、わたくしの課題はあるのに、彼の課題はなかった。
領地にいる父に確認の手紙を送ると、わざわざ王都までやってきた。
「お父様。ご存知でしたの? 各領地で活発に取り入れられている土壌改良の技術について」
「知らぬはずがない。だが、婚約破棄の時に彼に頼まれたのだ。自分の出した課題については全て廃棄することを」
「そんな!」
「それが、彼を表向きに有責とする条件だった。学園に入る前から、領地に興味を持ち、独自の視点で物を考え、改善を考える視点があった。魔力も彼ならば十分、研究費用も王弟殿下が婿入りのための準備金に嵩ましてくれるという話すらあった。魔力が低い我が家では無理でも――好機だったのだ。お前にはその価値は理解できなかったようだがな」
父は諦めたように説明をする。父の元婚約者への評価は高かったことを初めて知った。
半面、お父様がローランに対して、いつも厳しく、冷めた目をしていたことを思い出す。
3年後。一番下の妹、クラウディアが結婚をした。
相手は妹よりも一つ下。
功績を上げた一代限りの爵位を得た冒険者だった魔導士の息子。平民だった。
「お父様、わたくしは認めません。伯爵家として、平民を婿に迎えるなどできませんわ」
「お姉様。婚約者を得られなかった原因、誰のせい? 社交界の評判が悪く、貴族からの招待がない家の娘に価値がないのだから、平民でも貰ってくれるだけ良いのに……妹が幸せになる権利すら奪いますの?」
「そうは言ってませんわ」
「なら、許可を。お姉様の伝手では嫁ぎ先を用意できないのですから」
平民との婚姻が妹の幸せであるはずがないのに。
婚約はお父様に許可を取っていたけれど、婚姻は家長として私の許可が必要だった。
「お父様……わたくしは」
「二人は私の手伝いをしてもらう予定だ。領地と領民のことは任せなさい。しっかりと現地で指揮を取れば、いきなり没落することもあるまい」
「ですが……平民など」
「貴族と結ばせることができなかったのはお前ではなく私の不手際となる。許可を出すだけでいい」
父は今更だと、取り合いはしなかった。
わたくしでは相手を用意できず、父はせめて貴族の子を用意できただけマシということだろう。
すでに派閥内からも、クラスの仲間達からも見捨てられていた。誰一人、わたくしに手を差し伸べる人がいなかった。
そのことを突き付けられたわたくしに、父は冷めた瞳を返すだけだった。
それでも、民のためにできる事をしなくては――。
妹の夫は、平民となることを受け入れ、魔導士として生計を立てるつもりだった。
彼によって、他の領地に遅れととりながらも、領地の土壌改良が始まった。
婚姻から10年。
夫の浮気が発覚した。若い村娘に手を出していた。
本人と身内から子を身籠ったという訴えに対し、父は当然のように告げた。
「それは種なしだ。我が伯爵家の血筋には不要だからな」
わたくしが子ができずに苦しんでいた十年。
父によって、夫とわたくしに子ができないようにしていたためだと知った。
浮気のショックと、父のせいで子ができないようになっていたショック。
わたくしが動けぬ間に、全てを父とクラウディアが処理をしていた。
気付いた時には終わっていた。
妹は淡々と、貴族に対し偽りを述べ、金を得ようとしていた浮気相手の家ごと、処分していた。
「……知っていたの?」
「ええ、お姉様。お姉様とローランに子ができては困るでしょう? 野心で主家を乗っ取ろうとする者の子など――伯爵家の次代も貴族から総スカンをされる訳にはいきませんから」
当たり前のように、答えた妹のお腹は大きく、目立っている。
受け継ぐ爵位がなく平民となった夫との間にできた子。魔導士として優秀な魔力を持って生まれるだろう子。
「その子を、養子にしろというの?」
「もし、養子にしても、お姉様に教育を任せることはありませんけれど。お父様は時勢を見極めるとおっしゃっていましたので、まだわかりませんわ。クラスメイトからは切捨てられたお姉様ですけど、第一王子が王となるならまだ道はあります」
妹の言葉に、ガンっと頭を強打されるような錯覚が起きた。
この10年。
何も、何も援助などなかった第一王子が、王となって――何か変わるの?
それでも、それしか希望がなかった。
そして、翌年。
世界に変革が起きた。伯爵領には、影響は少なかったけれど。異邦人が現れ、世界が変わる。
国王陛下がやらかし、誤魔化すために王弟を幽閉。
王弟殿下を救うために兵を上げ、王都を奪還したのは元婚約者。
王弟殿下は救出され、国王陛下から譲位されて王となることが決まった。
そのすぐ後には、親交のあった第一王子殿下が亡くなったという知らせを受け取った。
「国王陛下が変わった。お前は爵位をクラウディアに渡しなさい。大人しくしていれば、領地で暮らすことを許そう」
父の言葉に、納得できずに元婚約者の状況を調べ、接触を図った。
彼の愛人と言われる薬師とも話をしようと思った。
元婚約者は学園を卒業していないため、貴族として過ごせていない。
今からでも婿となるなら、彼も貴族社会に復帰ができる。
愛人を連れてきても、構わない。
むしろ、優秀な薬師であるから治療をさせることでわたくしも子を持てるかもしれない。
そう、考えた。
だけど。
今、妹が盛大な拍手により、祝福されている。
わたくしは、爵位を譲渡後は、ヴァルモン子爵が治める土地にて幽閉が決まった。
夫、ローランの兄が治めることになった小さな町。
特産品も何もない、伯爵家の領内で、最も田舎で、栄えていない土地。
そこから、一生出ることは許されない。
もし、わたくしが一歩でも外に出れば、ヴァルモン子爵家も爵位を失うことになる。それが、主家を裏切った夫と、その夫を輩出した分家に課された罰。
「どこで、間違えてしまったの?」
浮気をした後は開き直り、「こんなはずじゃなかった」と酒を煽る夫。
夫の夢見た華やかな社交界での生活は、存在しなかった。
年々にひどくなっていく領地経営のために奔走するだけの日々に嫌気がさして、若い女に手をだした。
もう、互いに支え合うことなどない。
答えの出ない問いを繰り返す。
わたくしの人生は、どこで間違えてしまったのか。
『君は、自分が理解できる物差しでしか測らないよね』
昔、婚約者の言った言葉。
わたくしには、理解できていなかった。
彼の価値。血筋、派閥、魔力、考え方……わたくしとは違う、努力の仕方があった。
父がわたくしに必要だと用意したのに、わたくしが不要だと判断してしまった。
もし、彼の言葉を少しでも聞く努力をしていたら。
自分の価値観、都合のいい言葉だけで測らずにいたら、違う未来があったのかもしれない。
それを知る術は最早失われてしまった。
小さな窓から見えるのどかな風景を見ながら、過去のことだけが浮かんでは消えていく。
後書き失礼いたします。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
本作ですが、ラズライト視点での話もあります。
対になる物語となっており、同じ出来事でも見え方が異なる形になっています。
どちらが正しいというものではありませんが、
もう一つの視点もあわせて読んでいただくことで、
より深くお楽しみいただけるかと思います。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




