終幕
晴れやかな空に雲が足早にかけていった、その雲を押す風は高い木々を揺らし視界には無数の木の葉が舞っている
天候に恵まれたのもあるが終幕というのは恐ろしくないだけでなく穏やかなものだというのは今日まで知らなかった
ああ、忘れ去られるというものは存外恐ろしいものではないのだと悟ったのはいつだったか
そんなことは忘れてしまったけれどそう思い始めてから今までが途方もなく長い時間だったのは恐らく気のせいではない
しかしやはり存在と引き換えに安寧を得るというのは中々に良いものだ
人へ尽くし恩恵を授ける、もしくは人を脅かし恐怖を植え付ける、そうして人々の言葉や心の中に座し生き永らえる
この道を選ぶ者達を愚弄しているわけでも見下しているわけでもない、私も昔はそうだった
ただあるときにふと悟った
長い時間の大半を人に捧げ超常の存在でありながらも人よりも命に執着するその生き様は、人が抱く私に対する認識だけで私の意識など関係無しに中身が変容し、命が簡単に終りを迎える酷く脆いものであることを
そう悟ってからは人に尽くすことをやめた
そうすると自分でも不思議なほどに気が軽くなって街から街へ移り県を超え空を渡り世界を見て楽しんできた
偶に、残る力を使って命を繋ごうとする者達にほんの一助を添えたりもした
そうしても最後にはこの今すぐ崩れようかというほど廃れた社に戻ってきた、やはりここが我が家なのだ
世界を楽しみ最後は慣れ親しんだ我が家で命尽きるというのは役目を放棄した神にしてはかなり贅沢なのではないだろうか
もう望むこともない、このまま綺麗な森の中で眠るように尽きていこう
しかしこう思っていることに嘘はないけれど、直前の恐怖がないということもない
受け入れている、だが相反する感情などあって当然
元々は命にしがみついていたのだ、今も散っていく力を少しでも留めようと自我の確立の為にこんな事を考えている
ああそうか、自我も何もかもが溶け切った正体の定義すらできない烏合の衆のような存在がこの世に溢れかえっているのはこの恐怖故か
最後の恐怖に掻き立てられてどうにか誰かの心に残ろうと彷徨い、抗う力も無くなった頃に同じような存在に取り込まれる
やはり私は理解が遅い、昔から鈍いままだ、実感が伴わねば何も理解できない
そんな神ですら何かの願いを託され叶えられていたのだから、あの集落の人間達は随分と私を崇拝してこの思考を冴えさせてくれていたのだな
あれだけ信仰されていてもあの者達は死後何処へ行ったか私には検討もつかない
人は命尽きればその後の家を見守る存在になるという、あるいは天国に、地獄に行くという、極楽浄土や輪廻転生やら何やらと数え切れぬ程に行先がある
せめて私が命を繋ごうとしていたときに意図せずとも組みしてくれていたあの者達の行く末は幸せであると良いのだが
そういえば、人の道は多岐に渡るが私の命が消えたあとの行先はなんなのだろう、私だけでなくとも人ならざるものとして在ったもの達にはどのような道が用意されているのだろうか
予想もできない消滅後に神よりも上位の誰かが最後の善行を鑑みて少しは良い未来に導いてくれたりする希望を抱いてみるのもこんな時なら一興でないだろうか
一つの願いを込めて腕を上げ勢いよく両の掌を合わせ打ち鳴らせば周辺に大きく音が響き葉が揺れた
もう既に体が消え始めている、当たり前だ、こんな大きな願い事を添えたのだから鳴らした時点で消えなかっただけ上々だろう
_実際は、これをしたところでその後など無く消えるだけなのは分かっている
だが最後の恐怖が考えていくうちに羨望に変わったのだ、この世界で命を絶やさぬ者たちの強さへの羨望に
私達は否定された、それでもなお懸命生き抜こうとするその強さに最後だけ憧れた
だから応援するのも最後だけだ
かつては大集落にて全ての信仰を集めた私が最後にこの存在を持ってして祈ろう
「命続けようと足掻く人ならざるものたちへ出来る限りの悠久を!」




