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私は私で、幸せになろうと思います  作者: みなと


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ジェレミーを除いた、公爵家の怒り

 がしゃん、と公爵夫人の持っていたティーカップが床に落ちて、割れた。

 顔色は可哀想な程に真っ青で、ガタガタと震えている。


「……あ、あの、母上?」

「お前……今、何と……」

「ですから、レイラと別れて婚約者をリベリアに交代する、と」


 たかがそれだけなのに、何をこの母は震えているのか。どうしてこちらを化け物のようにして見つめてくるのか、とジェレミーは不思議そうにしていた。


「まさかとは思うけれど、そのことをレイラには……」

「ああ、言いました」

「!?」


 何てこと! と悲鳴を上げながら慌てて母であるグレッタはどこかへ走って行ってしまった。だがしかし、母がこの様子ではきっともうまともに話を聞いてもらえないだろう。そう判断したジェレミーは、父の帰宅を待って、きちんと婚約者の交代についての話をしよう、と考えた。

 この時までは、とても楽観視していたのだが、ことはそう簡単には収まらなくなっていっていることに、ジェレミーは未だ気付いていなかったのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「――は?」


 グレッタに話したように、しれっと夕食の席で婚約者の交代に関しての話を切り出したところ、父であるライアンからとんでもなく蔑んだ目で見られた。


「お前、気は確かか?」

「は?」

「風邪でも引いたんじゃないか? ああそうだ、医者を呼ぶと良い。執事長、夕食が終わるころに手配をしておいてくれ」

「待ってください、父上! それは」

「そうでなければ、頭がおかしいか、どちらかだ」


 ライアンは王宮にて役人として働いている。

 公爵位を賜ってはいるものの、王位については何の興味もなく、現王とも関係は良好だ。王家の親戚として必要であればパーティーにも参加などをしているし、グレッタやジェレミーだって、そのパーティーに参加もしたことがある。

 場合によってはレイラもジェレミーの婚約者として参加しており、社交界では『ジェレミーの婚約者はレイラである』という認識なのだが、それを呆気なく婚約者の交代をしたい、とジェレミーはライアンに告げた。


 悪びれることもないし、自分がおかしなことを言っている、という自覚すらない。


 グレッタはどうにか持ち直したのか、夕食の場にはいるもののジェレミーとは顔を合わせようとはしていない。意図的に視線を合わせないようにと、努力すらしているようだった。


「母上、さっきから何なんですか! 別に婚約者を代えることくらい……」

「お黙りなさい!」

「……っ」


 言葉の途中で鋭く叱られ、ジェレミーは思わず肩を竦める。

 母であるグレッタは、王族の行儀作法を教えに行っていることもあってか、誰かが悪いことを叱る時はとても怖い。ジェレミーやレイラだって、それを味わっているから、既に十七歳とはいえど、母の怒った声というものには反射的にびくついてしまうのだ。


「何て呆れた提案なんでしょう……! ああ、レイラにどんな顔で会えば良いの!」

「まったくだ。……ヴェルティ伯爵だけは、にこにこしながらリベリア嬢との再婚約の書類を当家に送り付けてくるだろうが……何とも理解に苦しむ」

「いやだから、待ってくれ! まだヴェルティ家からは何も来ていないんだろう!? それなのにそんな風に言わなくても!」

「想像できるから、言っているんだ。どうせ、意気揚々と送り付けてくるに違いない」


 はぁ、と大きなため息を吐いてジェレミーのことを、ライアンはギロリと睨みつける。


「まさか、我が息子がレイラとの婚約の意味を()()()()理解していないとはな……。呆れて物も言えん」

「だから、一体……」

「それに、そのリベリア嬢は礼儀作法はきちんとできるんだろうな? 学校にもまともに行っていないと聞くが?」

「それは、リベリアは体が弱いから仕方なくて!」


 ここまで黙って話を聞いていたジェレミーの兄・シルヴィオが口を開いた。


「体が弱いから何だっていうんだ? せめて成績優秀なんだろうな? 例えば、学年トップ……ああいや、それはないな。だって本来の力を発揮さえしてしまえば、学年トップなのはレイラ嬢なんだから。余計なものに足を引っばられているレイラ嬢の、何とも可哀想なことだ」

「は!?」

「普段、馬鹿に付き合っているから成績が優れない。それを可哀想と言って何が悪い?」

「な、なんだと!?」

「陰ながら努力をしているレイラ嬢の足を引っ張るような馬鹿がお前の婚約者になった、ねぇ……」


 小ばかにしたような口調のシルヴィオに、ジェレミーの顔はカッと赤くなる。

 実際、リベリアは中間テストや期末テストなどには、きちんと登校している。レイラだってリベリアのためにノートをめちゃくちゃ綺麗にまとめているのだが、それを用いてもリベリアの成績は大変悪い。


「そ、それは」

「せめて学年十位以内だろうな?」

「あの……」


 だらだらと冷や汗をかいているジェレミーだが、ここで本当のことを言えばどうなるか、だなんて目に見えている。

 シルヴィオには馬鹿にされるだろうし、きっと両親からは『そんな成績で、しかも体が弱くて、何をどうしていくつもりなんだ!?』と叱られてしまうことは明白。

 ただ妻でいるだけなら、それこそリベリアでなくても良い。何なら、国王にお願いをして、他国の王女なり王家の親戚筋のご令嬢を紹介してもらえれば良いだけの話なのだから。


「ジェレミー、リベリア嬢を我らは詳しく知らんが……レイラから彼女のことは話題には上がっていなかった、とわたしは記憶しておる」

「わたくしもです」


 うんうん、と頷いている夫妻に、ジェレミーはますます追い詰められていくような感覚になっていく。もう既にリベリアには婚約をしようと申し出ているから、今更なかったことにはできないだろう。まして、先日ヴェルティ伯爵に会ったときには『リベリアと結婚したいです!』と伝えてしまっているから、取り消そうにもできやしない。

 自分で何もかもを追い詰める方向にもっていっているだけなのだが、ジェレミーの頭の中にはこの場を切り抜けようとするだけの考えしか湧いてこないのだ。


「(……どうすれば良いんだ……!)」

「大体、婚約の意味を分かっていない息子だと、どうして思えるんだ」

「本当ですよ、国王陛下や王妃殿下だって、ジェレミーとレイラが結婚するのはいつなのか、って楽しみにしてくださっていた、というのに」


 まさかそんなことになっているだなんて! と、ジェレミーは顔色を悪くしてしまうが、ここまで来てしまっては取り消しなんてできやしないだろう。


 リベリアはとても頭が悪い、というか学問に興味がない。

『どうせレイラがやるんだから』といつも笑っていたし、ジェレミーだって『リベリアは体が弱いんだから、レイラは彼女のことを助けて当然だ』くらいにしか考えていなかった。


 それにそもそも、婚約の意味、というのが一体何なのだろうか、とジェレミーはようやく疑問に感じた。

 国王夫妻にまで喜ばれるほどの魅力なんて、レイラにあるわけがないんだ、と思い込んでいるから、ジェレミーはとても不思議そうに首を傾げていたのだが、一足先に夕食を終えたシルヴィオが食後の紅茶を一口飲んでから、口を開いた。


「あのさ……婚約者の交代、ってお前は簡単に言うけど……そんな簡単にできることじゃない、って理解してるか?」

「いや、それは書類を……」

「社交の場に、お前はレイラ嬢と一緒に参加しているんだから、周囲がどう見るかっていうことも考えた上で交代したいとか言ったんだよな?」

「顔が同じなんだから、別にそれは……」

「駄目だ」


 ハッ、と小ばかにしたように笑ってから、シルヴィオは残りの紅茶を飲み干して、すっと席を立った。


「お前、もう取り返しがつかないところにまで足突っ込んでるんだから、自分で……ああ違った、リベリア嬢とやらと二人でどうにかしろよ。父上、母上、こいつに手を貸さないでください」

「勿論ですとも! レイラには……当家に来てくれるようにお願いの手紙を書いたから……わたくしが責任をもって謝ります」

「それなら俺も……」

「お前は不要です、むしろ来ないで頂戴な」

「……え」


 すっぱりと言い切られてしまい、ジェレミーはあんぐりと口を開けたまま硬直してしまったが、グレッタもライアンも、容赦などしなかった。


「お前は好きにしたらいい、もう来月の誕生日を迎えれば成人なんだ。責任は自分でとれるだろうさ」

「ええあなた、そんなことよりもレイラにお詫びの品を……」

「母上、父上、何かいいものがないかどうか、俺も婚約者に聞いてみます」

「そうして頂戴! レイラは貴方の婚約者のリーシェ王女とだってとっても良好な関係を築けていたんですからね!」


 あれよあれよと話は進んで行ってしまい、ジェレミーだけがぽつんと取り残されたような感覚になるものの、さほど状態が悪いとは思っていなかった。

 むしろ、『ああ、婚約者は無事に交代できるのか』と安堵していたため、ジェレミーはすっかり冷めてしまったその日の夕食を食べ進めていった。


 ……そんなジェレミーのことを、兄シルヴィオが蔑みきった目で見ているとも知らず……時間は流れていったのであった。

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