成り代われるわけもなく、思考回路は重症寸前
「がらら、とクラスの扉を開けた先、そこは地獄絵図でした……っていうのが良いのかしら」
「あらレイラおはよう。そうね、地獄絵図よ」
ひらひらと手を振っているチェスカに対して、レイラはおはよう、とだけ返す。
床に座っているリベリアを見て、また何かやったんだろうと思いながら溜め息を吐いて、持っていたカバンを自分の机に置いてから、リベリアのところに向かった。
「何……してるの?」
「ひ、っぅぐ、……ううう~」
駄目だなこれは、と呆れたようにまた溜め息を吐いたレイラのことを、リベリアは素早く睨む。人のクラスで一体何をしているのだろうか、とげんなりしている顔のレイラを見て、リベリアは悔しそうに唇を噛みしめる。
「何よ、リベリア」
「アンタのせいで……!」
「はぁ……」
何を言っているんだ、という感情を込めてわざと溜め息を大きく、とても大げさに聞こえるほどに吐き出してみせてから、レイラは白けた顔をリベリアに改めて向けた。
「あのね、関係ない人のクラスに入ることって、そもそも禁止でしょう? それに……」
「……」
ぶす、と頬を膨らませているリベリアだったが、わざとらしい溜め息にぎくりと体を震わせる。彼女の中では、まだ『レイラは意地を張って出て行っている』だけなのだから、この反応は当然といえば当然なのかもしれない。
根本が異なっている、だがしかし、それを正してやろうとは思えない。
――だって、限りなく面倒だから。
ゆっくりと口を開いたレイラは、リベリアにとってのみ残酷すぎる事実を叩きつける。
「貴女が思っているより、このクラスの皆ってしっかりと私と『貴女』が判別できているの。そう、私と貴女を『顔が同じだから』だなんて言ってくれた元・婚約者とは違ってね」
「……っ」
そんなこと、先ほど見せつけられたから嫌というほど理解できた。
むしろ、まるでこれが当たり前であるかのように、彼らは一様に冷めた目でリベリアを見ている。
「きっと、貴女とジェレミー様がお考えになっているほど、甘くはないわ。何もかも、ね」
「何を……言ってるの」
簡単なはずだ、とリベリアは何度も何度も自分に言い聞かせていく。
だって顔が同じだから。
声だってさほど変わらない。
身長だって、体格だって変わらない。
「私と、レイラは双子なんだよ……? おじいさまやおばあさま、親戚の皆だって、今も区別できていないんだから……」
「だから、何」
「だから、婚約者を代えることだって、そんなに悪いことなんかじゃ……」
ああ、この子もジェレミーも本気でそう思っているのか、とレイラやリッド、チェスカは呆れた。クラスの面々も同じように呆れており、リベリアはここでようやく自分の言っていることがおかしいのか、と気付き始める。
とはいえ、もう遅いこと。
婚約者を交代したから、お披露目会をやるのできてください、と招待状まで出してしまったのだから、物事は進めていくことしかできないのだ。
「……ぁ」
か細く、呟かれた声にレイラが困ったように肩を竦めた。
すっと手を伸ばして、ぐっとリベリアの腕を掴み、力を込めて立たせようとする。力が必要だが、腕を引っ張ればリベリアが痛がるのでそこまで力は必要ない。引き上げられるがままに立ち上がって、ぶすっとした表情をまた浮かべたかと思えば、乱暴にレイラの腕を振り払った。
「離して! この乱暴者!」
「はいはい」
言われてからすぐに手を離せば、リベリアは少しだけよろける。気にしてないレイラは自分の席に向かって歩いていこうとするが、ふと足を止めて振り返った。
「そうだ、私は貴女とジェレミー様の婚約式にはいかないわ。だってそうでしょう? 私、あの家の厄介者で、可愛げもなくて、親から捨てられたようなものじゃない。……ねぇ?」
「そ、そうよ!」
こう言えば、こう返ってくる。レイラはそれを熟知していたから、そうなるようにリベリアを誘導した。
――この場所が、どこなのかも忘れてリベリアは叫んでしまう。
「アンタなんか来なくて良いわ! その方が、みーんな幸せな気持ちで、婚約式ができるんだもん!」
叫んだリベリアは、レイラが平然としていることにぽかんとするが、ここでようやく気付いた。
しまった、ここはレイラのクラスだ、と。
こんなことを叫んでしまえば、証人は当たり前ながら、レイラのクラスメイト達に親友であるチェスカやリッドだっているのだから、レイラ側の証人になるということは分かりきっているというのに。
「…………っ」
「まぁ、私も行かないけどね。招待状来てると思うけど、破棄しておくから」
「俺も行かない。だって、レイラの婚約式じゃないんだから」
「私はまぁ、さっき言った通りかしら」
俺も、私も、とクラスのあちこちから同じような声が聞こえてくる。
リベリアにとって、レイラのクラスの皆なんか、参加しなくて構わない。どうでも良い存在だから。
だが、このクラスにだって貴族はいるのだから、レイラと別れて婚約者を交代させたジェレミーが幸せなのだ、と見せしめを行おうと思っていた。
「とりあえず、自分のクラスに戻りなさい。授業も始まるし、貴女がいると先生だって困っちゃうじゃないの」
「……分かったわよ」
戻れば良いんでしょ、と不貞腐れて呟いてから、リベリアは渋々自分のクラスへ戻っていった。
「一体、何だったの」
呆気にとられたレイラが呟けば、チェスカやリッドは顔を見合わせてから困ったように肩を竦めている。何から話せばいいのやら……と呟いたチェスカによって、あれこれと事情を説明されて、何とも言えない表情を浮かべた。
「……ええと……私の、フリ……?」
「そう。きっと、騙せる、って思ったんじゃない?」
「いやいや、何のために……」
「大方、レイラの友達を奪おうとしたんじゃないかな。無駄なのにね」
あはは、と笑うリッドの言葉に頷いているチェスカは、開きっぱなしのクラスの扉を閉めてから自分の席に戻っていく。
「私やリッドが、あの仮病女と私の大事なレイラを見間違える……ううん、区別できない、って思う方がおかしいのよ」
「積み重ねてきた信頼もあるし、そもそも俺たちが遊んでいたのはレイラなんだ。区別できない、って言っちゃうとレイラに怒られるからね」
二人の言葉が、じんわりと胸を温かくしてくれる。
ああ、この二人がいてくれて本当に良かった。心の支えにもなってくれて、いざという時には色々な面で頼りになる存在なのだから。
「……本当に……ありがとう。二人がいてくれて、良かった」
薄ら涙を浮かべながらお礼を言ったレイラだったが、背後から不意に『ごほん』という声が聞こえた。
「……」
これはもしかして、と背後を振り返ったレイラの視線の先に居たのは、担任の先生。入寮についてもお世話になったし、困ったことがあれば相談にだって乗ってくれている。
だがしかし、今の先生の顔はそう、めちゃくちゃ怒っていて般若のようになってしまっている。
「……おはよう、ございます……」
「はいおはよう、レイラさん。荷物は席にあるようなので、ご自身も着席お願いいたしますね」
「はい……」
「リッドさんとチェスカさんも、聞こえましたね?」
「…………はい」
「大変申し訳ございません……!」
しゅばっと先生に頭を下げたリッドとチェスカも、レイラにならって席にいそいそと座る。うっかりさんとはいえ、あれだけリベリアに時間をかけてしまってはこうなることは目に見えていたのにも関わらず、だ。
「どうせ、リベリアさんがここに乗り込んできたんでしょう。そこのところはお察ししますが……時間は厳守ですよ? 三人とも、良いですね?」
「はい……」
三人揃ってしゅんと小さくなり、声まで揃っている三人を見て、クラスメイトは笑いを零す。
ああそうだ、リベリアがいないとこれだけ平和なんだった、と改めて思ったレイラは、クラスメイトの笑い声を聞きながら、出席を取り始めた先生の声を聞き洩らさないように教科書を机に仕舞い始めた。
そうして、レイラの平和な一日が開始されていくのだった。
リベリアの思い込みも、ここまでくると最早病気なのではないのだろうか、という旨の手紙をグレッタに書いたことで、ジェレミーが将来の旦那様としてリベリアの手綱をしっかりと握れ、とグロネフェルト家でとてつもなく絞られたのだが、そこまではレイラに届かなかった。
レイラの平和な日常を守るため、という名目でとことんまで内緒にされ、家から解放されたレイラは卒業までのわずかな日数とはいえ、寮生活を大変満喫していったのである。




