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【完結】精霊王の御子を身ごもりまして  作者: 夏まつり


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7/7

07.同じ結末にはしないから




「断言します。また私とあなたたちが協力しても、同じ結果にはなりません」

「……そんなの、わからないじゃないか」

「時代が違うんです。彼女が生きた四百年前は、精霊の存在を信じる者がまだ残っていました。でも今は、もう我が家の者くらいしか精霊を信じていません。密猟者たちを捕縛したとして、捕縛の原因が精霊と人の関わりにあるなんて、そんな発想自体が出てきませんよ」

「どうかな。人間の考えることなんてわからないよ」


「それに私のような、精霊たちの声を聞ける人間がいる意味は、きっとこういう時のためにあると思うんです」

「意味なんて、なくてもいいよ。――っ」


 ぞわっと私の腕に鳥肌が立つのと同時に、ライムウッドさんが顔をしかめた。強く胸を押さえた彼の額に脂汗が浮いてくる。


「ごめ、またあとで」

「待って!」


 立ち上がりかけた彼の両肩をつかんで椅子に押しとどめ、額に口付けた。ふわりと香る、懐かしい森のにおい。その体勢のまま、彼の呼吸が落ち着くまで、じっと待った。『焼け石に水』でも、『ないよりマシ』でも、それは無意味とは違うから。


 しばらくして、ライムウッドさんが強張っていた体の力を抜き、長い息を吐き出した。体を離すと、途端に軽い疲労感に襲われる。この疲れの分くらいは、彼の助けになれただろうか。


「このままでは、ライムウッドさんが倒れてしまいます」

「僕が倒れても、ただぜんぶ忘れて還るだけ。僕は構わない」

「っ、そんなことになったら、今いる精霊たちが悲しみます!」


 ライムウッドさんは何も言わずに目を伏せて、私を見ないまま、「そうかもね」とぽつりともらした。私なんかが言わなくても、彼は十分にわかっている。そんな気がした。


「……だから、あの子に手伝ってほしいんだよ。約束する、無理はさせない。僕からあふれた分を、少しもらってくれたらそれでいいから」

「そんなの一時しのぎです。元をどうにかしないと」

「やだ」

「ライムウッドさんだって、このままでいいわけないことは、わかっているでしょう」

「わかるけど……っ。それでも僕は、僕らと関わったことで、君をまた失うのは、嫌だ!」


 私たち二人しかいない書庫にライムウッドさんの声が響いて、それから静かになった。彼は一瞬バツの悪そうな顔をしてから、笑みを広げて私を見る。


「大きな声を出してごめんね。とにかく僕は、君が安全ならそれでいいから」


 私は口を開こうとして、ゆっくりと閉じた。言い返したいことならある。死んでも還るだけだと言ったのはライムウッドさんじゃないか、とか。


 でも、何を言えば彼の心を動かせるのかわからなくなってしまって、すぐには声が出てこなかった。安全であればいい、それは何もしないでほしいと言われている気がして――でも、私は、何もしないままでいるのが嫌なのだ。


「私は、自分にできることは全てやりたいです。だって私は、フォレスの母親だから」


 一番に守りたいのは我が子。でもフォレスと一緒に遊んでくれた精霊の子どもたちのことも、健やかに育ってほしいと願っている。精霊の子どもたちに『まだ早いから』と言って浄化させなかったライムウッドさんだって、皆を守りたいと思っているのではないだろうか。だから。


「私が安全であればいいというなら、精霊たちと密猟者について会話するのは、屋内に限定しましょうか。使用人たちにも緘口令を敷きましょう。それでどうです? リスクを最小限におさえる努力をします」

「いや、安全が確保できれば手伝うよって意味で言ったわけじゃないんだけど……」


「一緒に守りませんか。森と、フォレスと、精霊たちのこと」


 ぴくりとライムウッドさんの肩が揺れ、私に向けられた空色の目が見開かれる。ややあって、ライムウッドさんが苦笑を広げた。


「君は、生まれ変わっても同じことを言うんだね」


 ライムウッドさんが困ったように眉尻を下げ、口を閉ざした。彼の視線が左下に向けられ、その表情が何か考えているように見えたから、ただ黙ってじっと待った。彼が私を見てくれるまで。


「……一緒に森と精霊たちを守ろうって、そんな約束をしたね。ずっと昔に」

「その約束、今も有効ということでお願いします」

「君は覚えてないでしょう?」

「でも、あなたは覚えてる」

「それはまあ、そう、なんだけど」

「でしたら有効で」

「ええー?」

「有効で」

「待って怖い」

「大事な約束なんですから、守ってくださらなかったら……えっと、どうしましょう」

「そこは考えてから言おう?」


 ライムウッドさんが、眉尻をさらに下げて、視線を落とす。


「うう……君はどうしていつもそう……はあ、結局押し負けて折れるのは、いつも僕のほう」


 静かな声に、ため息が混ざった。諦めたような、懐かしむような、不思議な温度の混ざった息だった。


「わかったよ……でも、条件を二つ追加させて。まずは、僕らから聞いた話を伝える相手は、君の家族だけにして。ウッドリアンの人たちが森のために行動してくれてるのは知ってるけど、それ以外の人間を僕は信用できない」

「いいですよ。少し不便ですが、それであなたの安心が買えるなら」

「僕の安心じゃなくて、君の安全を買って。少しでも君が危険だと感じたら、僕はすぐに降りるからね。絶っっ対、だからね」


 不満気な顔を向けられ、つい口元がゆるんでしまった。彼の表情がすねた子供みたいで、フォレスそっくりだったのだ。


「それで、もう一つの条件は?」

「あの子と――フォレスと、一度話をさせて」

「何の話を?」

「澱みの浄化の話と、限界を超えそうな時の抑え方。まだ何も教えてないのに、こんな森のそばまで連れてこないでよ。体調崩したらどうするのさ」

「それは、むしろお願いします」


 私も気にかかっていたところなので、すぐにフォレスを書庫に呼んだ。ライムウッドさんとフォレスの話は感覚的で、私にはよくわからなかったけれど、最初は私の後ろに隠れていたフォレスがケラケラと明るい笑い声を上げ始める程度には、二人には通じ合うものがあるらしい。




   ◇


 


 密猟者については、精霊たちのおかげで簡単に――とは、いかなかったけれど、最終的にはなんとかなった。ウッドリアン家の人間は他領の範囲まで見回るわけにいかないうえ、森に散った者と屋敷の人間の情報伝達には時間がかかる。その点、制約のない精霊たちが飛び回ってくれたことは助けになった。


 隣の領地の貴族が裏で動いていたようで、平民の処罰をするより大変だったらしい。そのあたりはお父様とお兄様がすべて対処してくれたので、半年がかりでやっと片付く見込みが立ったということしか聞けていない。


 その半年の間に、木々は鮮やかに色づき、風を冷たく感じる日も増え始めた。でも肌寒いかどうかなんて関係なしに、フォレスは朝食を終えたらすぐに森に遊びに行く。一応、屋敷の中庭にブランコやすべり台などの遊具を作ってもらったのだけれど、フォレスは森の中を駆け回る方が好きらしい。


「おはよう。今日も早いね」


 森に入ってすぐ、ライムウッドさんが迎えてくれた。じっと見上げると、やわらかな笑みが返ってきた。うん、顔色は悪くない。


 この半年の間に、フォレスも精霊たちも少し手伝って、森に溜まっていた澱みをひとまず浄化しきったらしい。でも、会うたびにライムウッドさんの顔色が悪くないか確認してしまう癖は、まだ抜けない。


 一歩進んで、彼の頬に口付ける。彼の肌のやわらかさを感じてから、そっと離れた。私に向けられるのは、ここのところいつも不思議そうな顔だ。


「ねえ、僕、今日も元気だよ?」

「それは見ればわかります」

「……そう?」


 別にもう、力の回復を意図してキスしているわけではないのだけれど。まるでわかっていない鈍感男には、もうしばらく内緒にしておこうと思う。


「ママー! ライー! おにごっこするよー!」

「今日もなのね……」


 少し離れた木の下で、精霊たちに囲まれたフォレスが手を振っている。あの子が人として生きるのか、いつか森を選ぶのかはわからないけれど、どちらにしてもフォレスの希望に沿ってあげたい。


 フォレスがどちらを選んでも、私はもう、他の家に嫁ぐことなくこの森のそばで生きていこうと決めている。お父様たちも『望んだ道ならそれでいい』と言ってくれたから。


「ところで、ライムウッドさん。今度、本邸のすぐ隣に離れを増設しようとしているんです。完成したら、フォレスと私と、そこで暮らしませんか?」

「心配してくれなくても、僕、野宿生活に不自由してないよ?」

「……そういうことではないんですよ」


 本当に、鈍感。離れが完成するのは夏頃だと聞いている。それまでには、一緒に暮らすことの意味を伝えよう。


「ママってばー!」

「はーい」


 待ちくたびれて頬をふくらませているフォレスのほうに歩き始めると、ぱあっと顔を輝かせて走っていく。彼を追いかける前に振り返れば、ライムウッドさんが木漏れ日みたいにやわらかく笑っていた。その笑顔が、いつか私の帰る場所になればいいと、心から願う。



END












最後まで読んでくださってありがとうございました!


私、寿命差カップルがヘキでして……!(*ノvノ)

他にもいろいろと好みを詰め込んだので、なんらかの同志に出会えていたら、とても嬉しく思います。


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― 新着の感想 ―
うわーーー!!! めっちゃよかったーーー! 鈍感だねえ、鈍感だねえ! キスも一緒に暮らすのも意味があるんだよ(笑) でも、そこがまたいいなあ。 にこにこする素敵なおはなしをありがとうございました!
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