06.遠い昔の悲しみ
翌朝になっても、ライムウッドさんは姿を見せてはくれなかった。森に帰ったのか、まだこのあたりにいるのか、精霊に聞いても教えてもらえなくて。
いつもどおりにフォレスと朝食をとったあと、お父様宛に森の事情を知らせる手紙を書いたけれど、私とフォレスを家に呼び戻してほしいと書くか迷って、まだ出せずにいる。
フォレスが庭で精霊と遊んでいる様子を見に出ると、一つの小さな光が私に寄ってきた。
《ねえミア、おーさまにおこった?》
「ううん、私が怒られたんだと思うけど……どうして?」
《おーさま、しょんぼりしてたの》
しょんぼりしてた、そう言う精霊の声もしょぼくれていた。
「あのね、悪い人たちを捕まえるためにライムウッドさんと協力したいんだけど、断られちゃったの。どうしたらいいと思う?」
《うーん、それはむずかしいねえ》
「どうして?」
《わたしね、ちょっとだけおぼえてるの。わたしが、ちがうわたしだったときのこと》
この子が『違う私だった時』のこと? ライムウッドさんが、あの森にいた精霊たちは次の生に巡ったと語っていたから、前世の記憶の話なんだろうか。
《そのときミアはね、リーアだったのよ。おーさまとなかよしだったの》
「私の……前世ってこと?」
《うーん、もっとまえ》
「私は何度も転生してるの?」
《してるよー》
ライムウッドさんの話から、薄々そんな気はしていたけれど、あっさり肯定されるとなんだか不思議。
《まえにもね、じょうかがおいつかなくて、こまったの。そのときはね、にんげんがもりにはいってきたら、みんな、おーさまとリーアにおしえてたのよ》
「それで……解決した?」
《うん。でもね、そしたらリーアが、にんげんにころされちゃったの》
「えっ!? どうして?」
《わすれちゃった。おぼえてるのは、おーさまが、たくさんないてたことだけ。だからね、おーさまがね、こんかいはミアにはないしょだよって。ずっとないしょで、ごめんね》
「そうだったの……」
ずっと精霊たちに森のことを聞いても何もわからなかったのは、皆がライムウッドさんの言いつけを守っていたからなのかもしれない。
もしかしてライムウッドさんは、リーアさんのことが好きだったのだろうか。唇へのキスは、私じゃなくてリーアさんに向けたものだったのかもしれない。そして、リーアさんの生まれ変わりである私を危険から遠ざけようとして――?
澄んだ空のような目を思い出し、なぜだか胸の奥がもやりとしたけれど、今はその理由なんて考えなくていい。このまま人間は何もしなくていいなんて、そんなはずがないんだ。
「ねえ、お願い。もう一度ライムウッドさんに会いたいの。協力してくれないかな?」
《いいよ。わたしね、リーアとおーさまがいっしょにいると、こころがポカポカしたの。ミアとおーさまも、なかよくなってくれたらうれしいの》
「ありがとう」
すぐに、お父様に手紙を出そう。朝一で書いたものを少し直して。家に戻って調べ物をして――そうしたら、もう一度ライムウッドさんと話をするのだ。
◇
お父様に手紙を出したら、すぐに迎えが来た。フォレスを連れて帰るかは迷ったけれど、精霊たちが、
《しんぱいならね、おうちにいればいいのよ》
《フォレスのほうにくろいのがきたら、けしてあげる》
《おーさまは『まだちいさいからダメ』っていうけど、わたしたちだって、すこしはじょうかができるのよ》
《だからね、おーさまのこと、おねがいね》
《だいじょうぶ、みんなミアのみかた》
と口々に言ってくれたから、フォレスと一緒に馬車に乗り込んだ。私にとっては育った実家だけれど、フォレスにとっては初めての場所。広い屋敷を探検しながらかくれんぼをするのが楽しいようだし、精霊たちだけでなくお父様やお母様もフォレスと遊んでくれるので、実家に戻ってから三日間はどうにかフォレスを屋敷内に留めておけている。
その隙に私は書庫にこもって調べ物だ。屋敷に戻って三日目の夕方、窓も扉も締め切っていたはずの書庫に、ふわりとやわらかな風が吹いた。精霊が言伝を伝えてくれたようだ。
「どうして戻ってきたの」
読んでいた本を閉じて振り向けば、私の後ろにはライムウッドさんが立っていた。整った眉尻が悲しげに下がっている。あまり顔色が良いようには見えなかったから、まずは椅子を勧めた。
「あなたともう一度話をしたかったので、精霊たちに協力してもらいました」
「いつもそう。みんな、最後は僕のお願いじゃなくて、君の言うことを聞くんだよね」
「みんな、弱っていくあなたが心配だったのだと思いますよ」
ライムウッドさんは目を丸くして、それからちょっと苦笑気味に口元をゆるめた。
「それで、何の話かな? あの子に浄化の手伝いをお願いしてもいいって話?」
「その話もありますけど……リーウェアリア・ウッドリアンという女性のことを調べました」
「……っ、そう……」
ふっとライムウッドさんの顔から表情が消えて、目が伏せられる。でも重い沈黙はほんの数秒で、彼は淡い笑みを作って私を見た。
「誰かに聞いたの? リーアの名前を覚えてる子なんて、もういないと思ってた」
「はい。彼女はあなたたちと協力し、当時密猟を行っていた首謀者を捕まえて、その逆恨みで殺されたそうですね」
肯定も、相づちも、返ってはこない。でも彼が悲しげに私から顔を背けたことが、全てを語っていた。書庫に残っていた記録はきっと正しい。
「そういう話なら、聞きたくないな。帰ってもいい?」
「待って、続きを聞いてください」
今の話が彼にとって辛い記憶なのはわかっている。それを突きつけたいわけではない。私は、その先の話がしたいのだ。




