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【完結】精霊王の御子を身ごもりまして  作者: 夏まつり


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04.森の異変の理由



「あの森はさ、あのあたり一帯で潰えた命が浄化されて還るための場所なんだよ」

「還る場所……」

「そう。『辛い』とか『痛い』とか、負の感情を森に預けて、次の生まで眠るゆりかご」


 初めて聞く話なのに、ライムウッドさんの言葉は胸にストンと落ちた。あの森に感じていた居心地の良さと、ゆりかごという単語が繋がった気がしたのだ。


「なんだかここ十年くらい、あのあたりで狩られる動物が多くてね。君にフォレスを預けたあの夜は、森で消えた命が多くて、(よど)みが浄化しきれなくてあふれたんだ」


 つまり、あの黒い霧のような何かは、死んだ生き物たちの負の感情、ということ……なのだろうか。あれを怖いと感じるのは、もしかしたら本能的なものなのかもしれない。


「その、澱みに襲われていた精霊たちは、無事なのですか」

「……? 君には、精霊が襲われていたように見えたの?」

「違うんですか?」

「あれは、救いを求めて寄ってくるだけ。害意なんてないよ」

「でも、私にフォレスを託した精霊は、消えてしまいました……!」


 穏やかな笑顔のまま、ライムウッドさんが少し間を置いた。視線をすっと横に移動させた彼は、少しだけさみしそうに見えた。


「浄化には力を使うからね。力を使い切れば、僕ら精霊も森に還るよ。普段は力を使い切る前に回復できるんだけど、あの日は一気に吹き出したから、みんな耐えきれなかったんだね」

「そんな……」


 子どもだった私と遊んでくれた精霊たちは、みんないなくなってしまったのだろうか。精霊の姿を見かけなくなった森の様子から、察してはいたし、覚悟していたつもりだった。でも、こうして現実を突きつけられると、体温がずっと下がったような気分だ。


「大丈夫。みんな、ちゃんと次の生へと巡ったよ。君のそばにいることを望んだ子たちは、このあたりにいるね」

「そう……だったんですね」


 フォレスといつも遊んでくれている精霊たちに懐かしさを覚えたのは、錯覚でもなんでもなかったんだ。生まれ変わるときに私のそばを望んでくれた。そのことに、胸がじんわりあたたかくなる。


「……さて、と」


 にこやかな笑顔で私を見ていたライムウッドさんが突然大きく口を開けた。


「僕、眠くなっちゃった。あとはまた明日ね。部屋を出てもらっていい?」

「えっ」


 ライムウッドさんはまたソファーに寝転がり、目を閉じる。さっき起きたばかりで、もう寝るの? 話の途中でまた出て行けと?? ――まあ、自由なのが精霊か……。


 精霊が風邪をひくかどうかはわからないけれど、夜は冷えるし、毛布くらいはかけてあげよう。応接室の奥にある棚の前に移動し、中段の取っ手に手をかけた。確かここに薄いブランケットをしまっていたはずだ。


 ――と。


 背後でぞわりと何かが動いた気がして、慌てて振り返った。何もない。でも、空気が異質だ。特に、ソファーのあたりが。


「ライムウッドさん!?」

「えー、もー、早く出てってよー……」


 ソファーに横たわるライムウッドさんは苦笑いを浮かべているけれど、顔色が悪い。まさか、昼間に寝ると言った時も、私が部屋を出たあとにこんな状態になっていたの?


 部屋の温度が急に下がっていくように感じられて、むき出しの二の腕がふるりと震えた。フォレスを預かった、あの夜と同じ気配。動けずにいると、ライムウッドさんの襟の下から、黒い霧のようなものが首筋を登っていくのが目に入った。


「あのっ、私に何かできることは!?」

「ない、から、そっとしといて……」


 ライムウッドさんの顔が苦しそうに歪む。直後に廊下が騒がしくなったと思ったら、部屋に泣きべそをかいたフォレスが飛び込んできた。


「ママ!!」

「今は来ちゃダメ!」


 止めるまもなく、フォレスが私のところまでかけてきて、強い力で腰にしがみついてくる。とにかくこの子を守らなくちゃ。慌ててフォレスを押し戻しながら、開いたままの扉に向かう。廊下ではフォレスを追いかけてきてくれたらしい使用人が、申し訳なさそうに頭を下げていた。


 背後で、ずるり、と闇が動いた気配がした。顔だけで振り向けば、ライムウッドさんの体から黒い霧が這い出すように出てきて、こちらに向かってくる。


 ――だめ!


 フォレスをできるだけ隠そうと、体を丸めて彼を抱きしめる。でも、その霧は私に触れる直前に消えた。最初から何もなかったみたいに。


「……消えた……?」


 ずっと私にしがみついていたフォレスが、力を抜いて、部屋をきょろきょろと見回し始めた。この子も、あの霧の異質さを感じ取っていたのかもしれない。


 待って、そんなことより、今のはフォレスが消したの? フォレスを私に託して消えた精霊を思い出し、血の気が引いた。


「フォレス、大丈夫!? 具合の悪いところはない!?」

「え? うん」


 フォレスは私を見上げ、不思議そうに目をしばたいた。胸をなでおろし、ほうと息を吐く。


「大丈夫だよ、それだけ力を蓄えてれば、これくらいは」


 そう言って、ライムウッドさんが体を起こした。やわらかく笑ってはいたけれど、体が重そうな動きだし、まだ顔色も悪い。


「ライムウッドさん、今のは」

「んー、まあ、もっかい座る? しばらくは大丈夫だよ」

「いえ……フォレスを寝かせたいですし、ライムウッドさんも休まれたほうがいいですよ。隣のゲストルームをお使いください」


 フォレスを抱き上げ、彼の背中をトントンと優しく叩きながら自室に戻る。ベッドに寝かせると、フォレスはしばらく私に強く抱きついていたけれど、次第に体温が上がってきて、規則正しい寝息をたてはじめた。


 小さな頭をそっとなで、やわらかな手を握る。ライムウッドさんがこの子を迎えに来た理由は、彼一人では澱みを浄化しきれなくなったからではないだろうか。でも、まだ小さなこの子に、そんな大きな役割を背負わせるなんて、早すぎる。何よりフォレスの意思が入っていない。ライムウッドさんも、もしかしたら限界なのかもしれないけれど――


「……ん?」


 そういえば、ライムウッドさんは、ちゃんとベッドで眠ったかしら? 動くのも辛そうに見えたし、もしかしなくても、あのままソファーで寝ているのではないかしら?


 彼は私とフォレスにしか見えていないから、使用人に運んでもらうこともできない。休めば力は回復すると言っていたのだから、彼にしっかり眠ってもらうのは誰にとっても大事なことのはずだ。


 それに、なんだか放っておけない気がして。


「……戻ろう」


 使用人にフォレスを見ていてほしいと頼み、応接室に戻ることにした。



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