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【完結】精霊王の御子を身ごもりまして  作者: 夏まつり


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3/7

03.近すぎる距離、触れてはいけない線



 『ライムウッド』と名乗ったその人は、私とフォレスにしか見えていないようだった。それでも使用人たちは、『精霊が客として来ている』と伝えると、応接室にティーセットを準備し、私にしがみつこうとするフォレスを連れ出してくれた。


「ご自由におくつろぎくださいませ」


 使用人たちがそう言って頭を下げて出ていく前から、ライムウッドさんは私の向かいのソファーにだらんと寝そべっている。


 いくらなんでも、くつろぎすぎでは!?


 眉間に刻まれたしわを指で押し伸ばし、咳払いすることで自分の心を落ち着ける。精霊に人の常識を求めても無駄なんだろう。きっとそう。


「今、森はどうなっているのですか?」

「説明が難しいな。君以外の人間の目には、いたって平穏な森に見えると思うよ」

「あなたの目から見て何が起きているかを知りたいです」


 膝の上のドレスをきゅっと握り、ライムウッドさんを見据える。表情も手振りも、何一つ見逃すまいという気持ちで。なのに、ライムウッドさんはへらっと笑って目を閉じた。


「うーん……その話、あとでいい? 僕疲れたから一回寝る」

「は?」

「キスしてくれたらもうちょっと頑張ってもいいけど」

「しません」

「じゃあ寝る。おやすみー。しばらく出てってもらっていい?」

「ふざけないでください!」


 思わず立ち上がって彼の前に歩み寄ったけれど、私がソファーの前にたどり着く頃には、彼はもう目を閉じていた。


「……嘘でしょ」


 初めて訪れた他人の家で、大事な話の前に眠るなんて。どれだけ自由なのよ!


 私の言いつけをキッチリ守るフォレスとは正反対だ。似ていない。全っ然、似ていない! 寝顔を睨みつけてみたところで彼が起きることはなく、苛立ちが増しただけだった。寝顔がフォレスに似ているところが、さらに腹立たしい。


 ――ふと。


「……?」


 彼の姿がすうっと薄くなり、見えないはずのソファーの柄が目に入った。思わず彼の頬に触れたら、元の色を取り戻す。


「目の錯覚、よね……?」


 きっとそうだ。ライムウッドさんが現れてから緊張し続けていたから、疲れたのかもしれない。


 彼の頬を触ったついでに軽くつねってみたけれど、ライムウッドさんは身動きひとつしなかった。




   ◇




 自室に向かう途中、軽い足音が近づいてくると思ったら、フォレスが廊下を走ってくるところだった。不安げな表情のまま、私に抱きついてくる。


「ママ! おはなしおわったの?」

「ううん、ちょっと休憩。どうしたの? 何かあった?」

「……」


 黙ってしまったフォレスを連れて部屋に戻ると、ローテーブルの上には積み木で作られた家があった。三体の精霊が、笑い声を上げながら出たり入ったりしている。ドレスを軽く引かれてフォレスに視線を向けると、彼は不安げな顔で私を見上げていた。


「あのね、ぼく、ママとずっといっしょがいい」

「……」


 ママもずっと一緒にいたい、とは返せなかった。私だって、できることならフォレスが大人になるまで側にいたい。でも彼は精霊から預かった子なのだ。


 そっと抱き上げ、彼の額にキスを落とす。ぎゅうと抱きついてくるフォレスの背を、優しくなでた。


 ――そういえば。


 さっきライムウッドさんが、私がフォレスにキスしたのを見て「今の、何!?」と聞いたのは、なんだったのだろう。


「ねえ、フォレス。ママのキスって、何か変?」

「? ううん、あったかくて、だいすき。ぼくもちゅー」

「ふふっ」


 私の頬に小さな唇が触れる。そのくすぐったさが、私の胸を幸せで満たしてくれた。この子は何より大切な宝物。フォレスの父だと名乗ったあの人は、この子の幸せを一番に考えてくれるかしら――?


 ライムウッドさんのことを考えたら、さっきキスされた時の感触を思い出してしまって、胸がざわついた。慌てて首を振る。思い出さなくていい、それは。なんだか体温も上がってきてしまった気がして、手の平をぱたぱたと振り、自分に気持ち程度の風を送った。




   ◇




 ライムウッドさんがようやく起きたのは、外が真っ暗になり、フォレスも寝てからのことだった。


「ふあー、よく寝た。おはよう」

「もう夜です。こんばんは」

「こんばんは? 起きたのに? 人間の挨拶って難しいよね」


 嫌味はまったく通じていないようだ。長時間爆睡しておいて、ライムウッドさんに悪びれる様子はない。それどころか、ソファーに座る私の横に移動してきたかと思ったら、自分の頭を私の膝に乗せて寝転がった。なぜ膝枕……?


「あの、降りてください」

「なんで?」

 

 不思議そうな表情で見上げられたけれど、なぜかという問いを向けたいのはこっちだ。眉間にしわが寄りかけたのをなんとか耐え、落ち着くために心の中で唱える。


 ――相手は精霊、相手は精霊、人の常識を求めるだけ無駄……っ!


「降、り、て、く、だ、さ、い」

「えー? 前はいいって――ああ、あれは前の()り人か……」


 そう呟いてから、ほんの一瞬だけ視線が私の頬に落ちた。懐かしむような、困ったような、でもすぐに誤魔化すみたいな目。


「ごめんごめん、懐かしい夢を見たから間違えちゃった。君が嫌なら降りるよ」


 ふっと遠い目をしてから、ライムウッドさんが億劫そうに体を起こした。元の席に戻るでもなく、私の隣に座る。もう文句を言う気力もわかなくて、私はライムウッドさんの向かいのソファーに移動した。


 今の発言が気にならないこともないけれど、今は森とフォレスのことだ。


「そろそろ聞かせてください。フォレスを預かったあの日、森で何が起きたのか」

「わかったよ……でも、一つだけ約束して。何を聞いても、君は手出ししないで」


 穏やかに笑っているのに、声に拒絶の響きが混ざった。何なんだろう、この人は。物理的な距離感は近すぎておかしいくせに、こんなふうに線を引いてくる。


「わかりました。それが()()()()()()()()()()()、手出しはいたしません」

「うん。約束は守ってね」


 ホッとした表情を向けられ、ずるい言い方をした罪悪感で胸が痛んだ。


「まずは、あの森の役割から話そうか」



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