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第8話 自業自得

 園崎の首輪が、赤く脈動していた。

 暗い部屋の中で、その光だけが異様に明るく輝いている。まるで、彼女の命が燃え尽きようとしているかのように。

 ピピピピピ——

 電子音が、速くなっていく。まるで、心臓の鼓動のように。いや、心臓よりもずっと速い。死へのカウントダウンだ。

 園崎は、椅子から立ち上がっていた。両手で首輪を掴み、必死に外そうとしている。爪が首筋に食い込んで、血が滲んでいる。でも、外れない。首輪は、彼女の首にぴったりと張り付いている。金属の冷たさが、彼女の肌に食い込んでいるのが見える。


「待って!」


 園崎が、叫んだ。

 涙と鼻水で、顔がぐちゃぐちゃになっている。化粧は完全に崩れ、別人のような顔だった。


「なんで私なの!? 私は何も悪いことしてない!」


 園崎の声は、悲鳴に近かった。

 部屋中に響き渡る、絶望の叫び。


「うるさかったからだろ」


 俺は、冷たく言った。

 立ち上がって、園崎を見つめている。


「お前は、一番うるさかった。一番、場を乱してた。だから、票が集まった」

「そんな……そんなの……」


 園崎の目が、大きく見開かれた。

 俺の言葉が、彼女に突き刺さっている。


「あなたが扇動したんでしょ!」


 園崎が、俺を指差した。

 震える指。涙で濡れた目。


「あなたが、みんなを操って、私に投票させたんでしょ!」

「自分に入れろって言っただろ」


 俺は、溜息をついた。


「お前が、従わなかったんだ」

「……」


 園崎の口が、開いたまま止まった。

 反論できない。俺の言葉は、事実だ。

 俺は、全員に「自分に投票しろ」と言った。それに従えば、全員が1票で同数になって、誰も死なずに済んだ。

 園崎は、従わなかった。俺に投票した。

 そして、他の誰かも園崎に投票した。

 結果、園崎が最多得票になった。


「自業自得だ」


 俺は、園崎を見つめながら言った。


「俺の案に従っていれば、お前は死なずに済んだ。お前が、自分で選んだ結果だ」

「そんな……そんなの……」


 園崎の声が、か細くなっていく。

 もう、反論する気力もないのだろう。


『処刑を実行します』


 AIの声が、冷たく響いた。

 園崎の首輪が、さらに強く光った。

 ピーーーーー——

 長い電子音が、部屋に響く。


「嫌——」


 園崎が、最後の叫び声を上げた。

 その瞬間、首輪から複数の針が射出された。

 細い、銀色の針。

 それが、園崎の首筋に突き刺さった。


「あ……」


 園崎の目が、大きく見開かれた。

 体が、ピクリと震える。

 そして——


 園崎は、その場に崩れ落ちた。

 ドサリ、という重い音が、部屋に響いた。

 椅子が倒れ、テーブルにぶつかる。端末が床に落ちて、ガラスが割れる音がした。

 園崎の体は、床の上で動かなくなった。

 目は開いたまま。口も、半開きのまま。

 血の気を失った顔が、天井を見つめている。

 さっきまで叫んでいた口から、もう声は出ない。涙で濡れていた頬は、今は乾き始めている。

 生きていた人間が、物体に変わる瞬間。

 俺は、それを見た。

 田辺の時も、鈴木の時も見た。でも、慣れることはない。人が死ぬ瞬間を見るのは、いつだって心に重くのしかかる。


 沈黙が、部屋を支配した。

 誰も、口を開かない。

 誰も、動かない。

 ただ、園崎の死体だけが、床の上に転がっている。


「園崎さん……」


 最初に声を出したのは、佐藤だった。

 震える声。涙が、頬を伝っている。


「園崎さん……そんな……」


 佐藤は、灰垣にしがみついていた。

 体が、ガタガタと震えている。


 杉内は、無言だった。

 椅子に座ったまま、園崎の死体を見つめている。

 その手は、テーブルの下で拳を握りしめていた。白くなるほど、強く。

 顔は蒼白で、唇が震えている。何か言いたそうにしているが、声が出ないようだった。

 杉内は、園崎と同じように俺を疑っていた。「怪しい」と言っていた。

 今、彼女は何を思っているのだろう。自分も園崎と同じ運命を辿るかもしれない、と恐れているのか。それとも、俺の言うことを聞いておけば良かった、と後悔しているのか。


「なんということじゃ……」


 山田が、呻くように言った。

 皺だらけの顔が、苦痛に歪んでいる。


「また、人が死んだ……また……」


 山田は、両手で顔を覆った。

 肩が、小刻みに震えている。


「……仕方なかった」


 田中が、静かに言った。

 腕を組んで、園崎の死体を見つめている。


「園崎さんは、協力しなかった。自分に投票しなかった。だから、こうなった」

「でも……」


 佐藤が、田中を見た。


「でも、死ぬなんて……」

「死ぬゲームなんだ」


 田中の声は、冷静だった。

 だが、その目には、複雑な感情が渦巻いている。


「従わなければ、死ぬ。それが、このゲームのルールだ」


 田中の言葉に、誰も反論しなかった。

 反論できなかった。田中の言う通りだ。これは、死ぬゲームなんだ。


 俺は、園崎の死体を見つめていた。

 信頼がない状況での多数決。

 想定展開通りだった。

 ノートには、こう書いてあった。「信頼関係がない集団で多数決をすると、『場を乱す者』に票が集まりやすい」と。

 人間は、嫌いな奴に投票する。うるさい奴に投票する。自分を不快にさせた奴に投票する。

 匿名だから、報復を恐れる必要がない。本音が出る。

 園崎は、まさにそれだった。

 一番うるさかった。一番、他の参加者を不快にさせていた。一番、攻撃的だった。俺を主催者の仲間だと決めつけて、執拗に攻撃してきた。

 だから、票が集まった。

 四票。四人が園崎に投票した。

 白岩と山田は、自分に入れたはずだ。俺も自分に入れた。

 残りの黒岩、田中、佐藤、灰垣が、園崎に入れたのだろう。

 園崎を「危険人物」と判断したのだ。

 誰が入れたかは、分からない。匿名だから。

 でも、結果は明らかだ。

 想定展開通りだ。

 くそ。

 分かっていたのに、防げなかった。

 園崎を説得できなかった。彼女の恐怖を、和らげることができなかった。

 結果、彼女は死んだ。


「お前の案が正しかったな」


 白岩が、俺の隣に立っていた。

 眼鏡をクイッと上げながら、小声で言っている。


「全員が自分に投票していれば、誰も死なずに済んだ」

「分かってても、実行できなきゃ意味がねえ」


 俺は、苦い声で言った。


「園崎を説得できなかった。他の奴らを、完全に信用させることもできなかった」

「限界はあった」


 白岩が、肩をすくめた。


「15分の話し合い時間で、全員の信頼を得るのは不可能だ。お前のせいじゃない」

「……」


 俺は、何も答えなかった。

 白岩の言葉は、正しい。15分で全員の信頼を得るのは、不可能だった。

 でも、それでも——園崎は死んだ。


「今回の結果、評価:6点」


 白岩が、独り言のように呟いた。


「満点は全員生存。今回は2人死亡。減点だ」

「……お前、こんな状況で評価すんなよ」

「評価は感情じゃない。事実の整理だ」クイッ


 正しい戦略があっても、協力がなければ無意味だ。

 信頼を築く時間が、足りなかった。


『ゲーム2終了。生存者8名。休憩時間を開始します。休憩時間は30分です』


 AIの声が、部屋に響いた。

 壁の一部がスライドし、休憩室への扉が現れる。


『参加者の皆様は、休憩室へ移動してください』


 参加者たちが、ゆっくりと立ち上がった。

 誰も、園崎の死体を見ようとしなかった。目を逸らしながら、扉に向かって歩いていく。

 佐藤は、灰垣に支えられながら歩いている。

 杉内は、無言のまま、他の参加者たちについていく。

 山田は、腰を押さえながら、ゆっくりと移動している。

 田中は、一度だけ園崎の死体を見て、小さく頭を下げた。

 白岩と黒岩は、俺の後ろについてきた。


 俺は、最後に部屋を出た。

 扉をくぐる直前、もう一度だけ振り返る。

 園崎の死体が、床の上に転がっている。

 目は開いたまま。天井を見つめている。

 あの目に、何が映っているのだろう。

 恨み? 後悔? 恐怖?

 分からない。もう、分からない。


 休憩室に入ると、空気が重かった。

 誰も、口を開かない。

 ソファに座り込む者、壁に寄りかかる者、立ち尽くす者。

 それぞれが、自分の世界に閉じこもっている。

 蛍光灯の白い光が、全員の顔を照らしている。疲労と恐怖が、その顔に刻まれていた。

 田辺、鈴木、そして園崎。

 三人が死んだ。残りは、八人。

 まだ、ゲームは続く。まだ、死は終わらない。

 自動販売機の前に立っている者は誰もいない。飲み物を取りに行く気力さえ、みんな失っているようだった。


 俺は、部屋の隅に立った。

 ポケットからノートを取り出して、次のゲームの情報を確認する。

 周囲に気づかれないように、体で隠しながら。

 ゲーム3:椅子取りデス。

 椅子の数は、参加者マイナス1。

 座れなかった者は、死亡。

 また、死ぬゲームだ。

 でも、このゲームには穴がある。攻略法がある。

 「突き飛ばす」は禁止だが、「一緒に座る」は禁止されていない。

 二人で一脚に座れば、椅子が足りなくても全員座れる。

 今度こそ、全員を救える。


「次のゲームに集中しろ」


 俺は、全員に向かって言った。

 声を張り上げて、全員の注意を引く。


「園崎のことは、後で悼めばいい。今は、生き残ることを考えろ」


 参加者たちが、俺の方を見た。

 疲れた目。怯えた目。憔悴した目。

 でも、俺の言葉を聞いている。


「次のゲームも、攻略法がある。俺が説明する。だから、落ち着いて聞け」


 俺は、ノートをポケットにしまった。

 まだ、ノートのことは全員に明かしていない。明かす必要もない。

 俺が攻略法を知っている——それだけ分かれば、十分だ。


「……分かった」


 田中が、頷いた。


「聞こう」

「私も」


 灰垣が、穏やかな声で言った。

 佐藤を支えながら、俺の方を見ている。


「聞きます……」


 佐藤が、か細い声で言った。

 まだ震えているが、俺の言葉を聞こうとしている。


 山田も、杉内も、頷いた。

 白岩と黒岩は、最初から俺の味方だ。


 これで、八人全員が俺の話を聞く態勢になった。

 園崎がいなくなって、空気が変わった。

 反発する者がいなくなった。

 皮肉なことに、園崎の死が、協力の基盤を作ったのかもしれない。

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