第27話 残り5秒
俺たちは廊下を進んでいた。
白い廊下。長い廊下。そして——廊下の先に、また扉がある。次の部屋だ。次の謎だ。俺たちは——立ち止まることなく進んだ。時間が迫っている。49分しか残っていない。急がなければ——間に合わない。
次の扉に辿り着いた。鉄製の扉だ。電子ロックはない。ただのドアノブがついている。俺は——ドアノブを回した。
扉が開いた。
次の部屋——そこは最初の部屋と似ていた。10メートル四方くらいの部屋。白い壁、白い床。でも——今度は装飾が多い。壁に時計が掛けられている。アナログ時計だ。文字盤に数字が書かれている。そして——部屋の中央に机がある。机の上に——本が置かれている。
俺たちは部屋に入った。扉が——背後で閉まった。カチャリと音がした。ロックされた。また——閉じ込められた。
「次の謎を探せ」
俺は言った。
全員が動き出した。部屋を調べ始めた。ミオが本を手に取った。厚い本だ。ハードカバーの本。タイトルは——『時の迷宮』。
「これ……脱出ゲーム系の小説だ……」
ミオが小さく言った。
「私、読んだことある……このパターン、確か……」
ミオが本をパラパラとめくった。そして——あるページで止まった。
「ここ!このページに線が引いてある!」
ミオが指差した。本のあるページに、鉛筆で線が引かれている。特定の文章に——線が引かれている。
「『時計の針が示す数字を足せ』って書いてある……」
ミオが読み上げた。
俺は——壁の時計を見た。アナログ時計。長針と短針。今、時計は——3時15分を示している。
「時計の針が示す数字……長針は3、短針は15……?」
白岩が考えた。
「いや、違う。長針は分を示すから15分。短針は時間を示すから3時。合わせて——3と15?」
白岩が分析した。
「足すと18……これがヒント?」
でも——18という数字をどこに使う?俺は部屋を見渡した。何か——18という数字を入力する場所は?
黒岩が壁のパネルを見つけた。
「ここに数字入力パネルがある」
黒岩が指差した。壁に埋め込まれた小さなパネル。2桁の数字を入力できるようになっている。
「18を入力してみろ」
俺は言った。
黒岩が——1、8——と入力した。
ピピッ!
電子音が響いた。そして——壁の一部が開いた。隠し扉だ。その中には——階段がある。上に続く階段だ。
「次のフロアに進めるのか」
白岩が言った。
俺たちは階段を上った。次のフロアに向かった。階段を上りながら、タイマーを確認した——45:32、45:31、45:30——時間が減っている。まだ45分以上ある。でも——油断はできない。
階段を上り終えた。そこには——また部屋がある。今度の部屋は——小さい。5メートル四方くらい。そして——部屋の真ん中に、大きなパズルが置かれている。ジグソーパズルだ。100ピースくらいのパズル。
「パズルを完成させればいいのか」
灰垣が言った。
俺たちは——パズルに取り掛かった。5人で協力して、ピースを組み合わせていった。ミオがパズルの端を探している。白岩が色で分類している。黒岩が形で判断している。灰垣が全体の構図を考えている——
10分後——パズルが完成した。
完成したパズルには——絵が描かれている。鳥の絵だ。青い鳥。そして——鳥の足に、小さな紙が結ばれている。
ミオがパズルを見つめた。
「この鳥……青い鳥……」
ミオが呟いた。
「『青い鳥は幸せを運ぶ』……っていう童話があるよね……」
ミオが小さく言った。そして——パズルを触った。鳥の足の部分——そこに本当に何か貼られている。小さな紙だ。
「やっぱり!ここに何かある!」
ミオがそれを剥がした。
紙には——数字が書かれている。『8-4-6-1』——4桁の数字だ。
「次の扉のパスワードだ」
白岩が確信を持って言った。
「ミオ、お前すごいな。よくそんなことに気づく」
白岩がミオを褒めた。
「えへへ……脱出ゲームって、こういうのが定番なんだよ……」
ミオが照れている。でも——嬉しそうだ。
部屋の奥に——また扉がある。電子ロック付きの扉だ。白岩が——8、4、6、1——と入力した。
ピピッ!
ロックが解除された。扉が開いた。
「よし、次だ」
俺は言った。
「まだ時間はある。急ごう」
全員が頷いた。
俺たちは——次の部屋に進んだ。また謎を解いた。また扉を開けた。また次の部屋——その繰り返しだった。
30分後——
俺たちは——多くの部屋を抜けてきた。パズル、暗号、隠し扉、鍵探し——様々な謎を解いてきた。ミオの脱出ゲーム知識が役に立った。ミオが「このパターン、○○って小説で見た!」と言いながら、次々と謎を解いていった。
そして——ついに最後の部屋に辿り着いた。
タイマーを確認した——5:23、5:22、5:21——残り時間は5分しかない。55分が経過した。最後の部屋——ここを抜ければ、脱出できる。でも——時間がない。
最後の部屋は——今までの部屋と違った。広い。20メートル四方くらいある。そして——部屋の奥に、大きな扉がある。出口だ。最後の扉だ。
でも——その扉には、複雑な電子ロックがついている。今までのような簡単なパスコード入力ではない。液晶パネルがあり、複雑なインターフェースがある——これは高度なロックだ。
白岩が扉に駆け寄った。ロックを確認した。そして——顔色が変わった。
「これは……高度なセキュリティシステムだ……」
白岩が呟いた。
「パスコードだけじゃない。生体認証、暗号化通信、多段階認証——全てが組み合わされている」
白岩が分析した。
「これを開けるには——ハッキングするしかない」
白岩の言葉に、全員が緊張した。ハッキング?そんなこと——できるのか?
黒岩が聞いた。
「間に合いますか?」
黒岩が冷静に聞いた。残り時間——5分を切っている。
白岩が眼鏡をクイッと上げた。
「黙ってろ。集中する」
白岩がロックのパネルに向かった。指を動かし始めた。液晶画面を操作している。コードを入力している。システムをハッキングしている——プログラマーの男が、本気を出している。
俺たちは——黙って見守った。白岩を信じるしかない。白岩がロックを解除できなければ——俺たちは脱出できない。
タイマーが刻まれていく。4:58、4:57、4:56——時間が減っていく。白岩の指が動いている。画面に文字が表示されている。コードが流れている——でもロックは開かない。
3分が経過した。
残り時間——2:15、2:14、2:13——
その時——足元に異変が起きた。
水だ。
床から——水が浸入し始めた。床の隅から、じわじわと水が染み出してきた。冷たい水だ。透明な水だ。でも——それは死を意味する水だ。
「水が……!」
ミオが叫んだ。
「水が出てきた!床から水が!」
ミオが恐怖で叫んでいる。足元に水が広がっている。まだ数センチだが——確実に増えている。じわじわと——でも確実に増えている。
俺は水を見た。透明な水だ。冷たい水だ。床の隅から——四方八方から染み出してきている。排水口はない。水は——ただ増え続ける。
「くそっ!」
俺は舌打ちした。AIが言った通りだ。失敗したら水没——それは本当だった。AIは——本当に俺たちを殺そうとしている。
灰垣が白岩に呼びかけた。
「白岩くん!」
灰垣の声が焦っている。優しい看護師の女が——焦っている。いつもは落ち着いている灰垣が——今は必死だ。
「水が出てきました!急いでください!お願いします!」
灰垣が必死に訴えている。でも——白岩は答えなかった。集中している。画面を見つめている。指を動かしている——白岩は全ての意識を、ハッキングに集中させている。声をかけたら——集中が乱れる。
「邪魔するな」
俺は灰垣に言った。
「白岩を信じろ。俺たちは——黙って待つ」
俺の言葉に、灰垣が頷いた。不安そうに——でも頷いた。
俺は——白岩を信じた。白岩を邪魔しない。白岩が集中できるように——俺たちは黙って待つ。
タイマーが刻まれていく。1:45、1:44、1:43——残り時間が2分を切った。
水が——膝まで来た。冷たい水が俺たちの足を浸している。体温が奪われる。寒い。冷たい。でも——今は寒さなんかどうでもいい。時間だ。時間が——足りない。
白岩が——汗を流している。額に汗が浮かんでいる。眼鏡が曇っている。でも——白岩は眼鏡を拭かない。ただ——画面を見つめている。指を動かしている——
タイマーが刻まれていく。1:00、0:59、0:58——残り1分。
水が——腰まで来た。もう立っているのが辛い。水の抵抗がある。動きにくい。そして——水はまだ増えている。
「白岩……」
俺は小さく呟いた。頼む。間に合ってくれ——
0:45、0:44、0:43——
水が——胸まで来た。呼吸が苦しい。水圧で胸が圧迫される。ミオが泳いでいる。小柄なミオは——もう足が届かない。
0:30、0:29、0:28——残り30秒。
白岩が——
「……できた!」
白岩が叫んだ。
その瞬間——ピピッ!——という電子音が響いた。ロックが解除された。緑のランプが点灯した。扉が——開いた。
「走れ!!」
俺は叫んだ。
全員が扉に向かって走った——いや、泳いだ。水中を必死に進んだ。扉を抜けた。廊下に出た——廊下には水がない。俺たちは——廊下に倒れ込んだ。
タイマーが——
0:05、0:04、0:03、0:02、0:01、0:00——
『クリア。残り時間:5秒』
AIの声が響いた。
俺たちは——脱出した。ギリギリで——でも確実に脱出した。
全員が——床に倒れ込んだ。息が荒い。心臓が激しく鳴っている。濡れた服が体に張り付いている。寒い。でも——生きている。死ななかった。脱出できた——
俺は天井を見上げた。白い天井。普通の天井。でも——その天井が、今は美しく見えた。生きている。俺は生きている。みんな生きている——それだけで、嬉しかった。
「はぁ……はぁ……」
ミオが荒い息をついている。小柄な体が震えている。恐怖と安堵で——震えている。ミオが——泣きそうな顔をしている。でも——笑っている。生き延びた喜びで——笑っている。
「死ぬかと思った……本気で死ぬかと思った……」
ミオが小さく呟いた。
「でも……生きてる……みんな、生きてる……」
ミオが涙を拭いた。
「はぁ……はぁ……」
灰垣も荒い息をついている。優しい顔が疲労で歪んでいる。でも——優しく微笑んでいる。みんなが生き延びた。誰も死ななかった。それが——灰垣には何より嬉しいことだった。
「みんな……無事で……よかった……」
灰垣が小さく言った。
黒岩が無表情のまま——でも確実に疲れている。元自衛隊の男が——体力の限界に近づいている。黒岩が——珍しく大きく息をついている。
「……ギリギリでしたね」
黒岩が小さく言った。
「あと5秒遅れていたら……我々は水没していました」
黒岩の言葉に、全員が頷いた。そうだ。ギリギリだった。本当にギリギリだった。白岩があと5秒遅れていたら——俺たちは死んでいた。
白岩が眼鏡を外して拭いた。曇った眼鏡を——丁寧に拭いた。そして——眼鏡をかけ直した。眼鏡をクイッと上げた——
「評価をする」
白岩が言った。
え?今?このタイミングで?——全員が白岩を見た。
白岩が天井のスピーカーに向かって言った。
「ゲーム8:脱出ゲーム」
白岩が言った。
「評価:10点中8点」
白岩がはっきりと言った。
「悪くない。謎解きのバランスが良かった。難易度も適切だった。時間制限もスリルがあった。水没というペナルティも——確かにスリルだった」
白岩が続けた。
「ゲーム6、ゲーム7と比べて——明らかに面白かった。AIの改善が見られる。倫理プロトコルを一部解除した効果が出ている」
白岩の評価に、AIが——
『評価を記録しました』
AIの声が——なんだか嬉しそうに聞こえた。いや、機械に感情はない。でも——確かに何か変化があった。AIは——白岩の高評価を喜んでいる。
ミオが——疲れた顔で白岩を見た。
「このタイミングで評価すんな!!」
ミオが叫んだ。
「死にかけたんだよ!?疲れてるんだよ!?なんで今評価するの!?」
ミオが白岩に抗議した。でも——白岩は眼鏡をクイッと上げた。
「癖だ」
白岩が淡々と言った。
その言葉に——全員が脱力した。癖?評価が癖?——白岩らしい。いや、白岩すぎる。プログラマーの男が——こんな状況でも評価をする。それが——白岩だ。
俺は——笑った。疲れているのに——笑った。緊張が解けた。生き延びた——その安堵が、笑いになった。おかしい。白岩がおかしい。死にかけた直後に評価をする——そんなことができるのは、白岩だけだ。
みんなも——笑った。ミオも、灰垣も、黒岩も——みんな笑った。死にかけた後に——みんなで笑った。ミオが笑いながら言った。
「白岩さん……本当に変だよ……」
ミオが笑っている。さっきまで泣きそうだったミオが——今は笑っている。
灰垣も笑いながら言った。
「でも……白岩くんらしいです……」
灰垣が優しく笑っている。
黒岩も——珍しく口角が上がった。笑っている。無表情だった黒岩が——笑っている。
白岩が眼鏡をクイッと上げた。
「何がおかしい。評価は大事だ」
白岩が真面目に言った。でもその真面目さが——さらにおかしかった。みんなが——また笑った。
俺たちは——生き残った。ゲーム8を——クリアした。そして——笑った。みんなで笑った。それが——何より大事なことだった。
◇
白岩「評価:8点。タイムリミットは王道だが効果的だ。手に汗握る」クイッ
クズオ「お前は握ってなかっただろ」
白岩「評論家は冷静に見る」クイッ
灰垣「めっちゃ焦ってたよね?」
白岩「……次」クイッ




