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第26話 ゲーム8:脱出ゲーム

 タイマーが刻まれていく。


 56:00、55:59、55:58——時間が容赦なく減っていく。俺たちに残された時間は、もう56分を切った。60分以内に脱出しなければ——俺たちは水没して死ぬ。


 俺たちは部屋を調べ続けていた。必死に。冷静に。でも——ヒントが見つからない。白い壁、白い床、鉄の扉、電子ロック、そして壁に飾られた一枚の絵——それ以外に何もない。


 白岩が扉の電子ロックを調べている。パネルを触って、構造を確認して——でも開かない。4桁の数字が必要だ。0000から9999まで、10000通りの組み合わせ。総当たりで試すには——時間が足りない。どこかにヒントがあるはずだ。4桁の数字のヒントが——どこかに。


 黒岩が壁を叩いている。コンコンと音を確かめている。隠し扉がないか、空洞がないか——一つ一つ丁寧に確認している。壁の上から下まで、左から右まで——全てを調べている。でも——壁は固い。コンクリートだ。隠し扉はない。空洞もない。ただの固い壁だ。


 灰垣が扉を押している。力いっぱい押している。体重をかけて押している。でも——扉はびくともしない。鉄製の重い扉だ。電子ロックがかかっている。力では開かない。パスコードを入力しなければ——この扉は開かない。


 ミオが部屋を見渡している。キョロキョロと視線を動かしている。何かヒントがないか——探している。小柄な体が緊張で震えている。赤い瞳が不安で揺れている。でも——諦めていない。必死に探している。


 俺は——全体を見渡していた。みんなの動きを確認していた。何か見落としがないか——考えていた。脱出ゲームには必ずヒントがある。必ず解けるように作られている。それが——脱出ゲームの基本だ。だから——ヒントはある。どこかに——必ずある。


 でも——どこだ?この部屋のどこに?


 タイマーが刻まれていく。54:32、54:31、54:30——時間が減っていく。5分以上が経過した。でも——まだ何も見つかっていない。このままでは——間に合わない。


 白岩が苛立った声で言った。


 「くそっ!どこにもヒントがない!」


 白岩が眼鏡を外して顔を覆った。いつも冷静な白岩が——焦っている。プログラマーの男が——パニックになりかけている。白岩の手が震えている。眼鏡を持つ手が——小刻みに震えている。


 「この部屋には何もない!壁も床も天井も——何もない!ただの白い部屋だ!」


 白岩が叫んだ。声が裏返っている。白岩が——限界に近づいている。


 「4桁の数字のヒントが必要なのに——どこにもない!AIは『ヒントなし』と言った!本当にヒントがないのか!?これは——解けない問題なのか!?」


 白岩が天井のスピーカーに向かって叫んだ。


 でも——AIは答えなかった。沈黙している。冷たい沈黙だ。AIは——俺たちが苦しむのを楽しんでいるのかもしれない。


 黒岩が冷静に言った。


 「落ち着け、白岩」


 黒岩が白岩に近づいた。無表情のまま——でも声には安定感がある。


 「焦っても解決しない。深呼吸をしろ。冷静になれ」


 黒岩が白岩の肩に手を置いた。


 「お前は頭がいい。冷静になれば——必ず答えを見つけられる」


 黒岩の言葉に、白岩が深呼吸をした。一度、二度、三度——ゆっくりと深呼吸をした。眼鏡をかけ直した。落ち着きを取り戻そうとしている。


 「……すまん」


 白岩が小さく言った。


 「取り乱した……」


 白岩が自分を恥じている。でも——仕方がない。時間が迫っている。命がかかっている。焦るのは——当然だ。


 俺も言った。


 「黒岩の言う通りだ。焦るな」


 俺が全員を見渡した。


 「ヒントは必ずある。脱出ゲームには必ずヒントがある。俺たちが見落としているだけだ」


 俺の言葉に、全員が頷いた。そうだ。見落としがあるはずだ。もう一度——冷静に部屋を調べよう。


 ミオが——じっと絵を見ていた。


 壁に飾られた一枚の絵。海の絵。青い海、白い砂浜、青い空——平和な風景画だ。額縁に入れられて、壁に飾られている。この部屋で唯一の装飾だ。


 ミオが絵に近づいた。小柄な体が絵の前に立った。じっと見つめている。何かを——考えている様子だ。


 「ねえ……」


 ミオが小さく言った。


 「この絵……なんか……」


 ミオが首を傾げた。何かに気づいた様子だ。


 「何か分かったか?」


 俺はミオに聞いた。


 ミオが絵を見つめたまま言った。


 「この絵……傾いてる……」


 その言葉に——全員がミオを見た。


 傾いてる?絵が?——俺は絵を見た。確かに——わずかに傾いている。右側が下がっている。数度だけ——でも確かに傾いている。


 「本当だ……傾いてる……」


 白岩が確認した。


 「でも——それがどうした?単に飾り方が雑なだけじゃないのか?」


 白岩が疑問を口にした。


 でも——ミオは首を横に振った。


 「違う……脱出ゲームで、絵が傾いてたら——それはヒントだよ」


 ミオが真剣な表情で言った。


 「絵の裏に何かある。メッセージとか、鍵とか、パスワードとか——必ず何かある」


 ミオの言葉に、俺は頷いた。そうだ。脱出ゲームの定番だ。傾いた絵——それはヒントの合図だ。絵の裏に何かある——それが脱出ゲームのお約束だ。


 「確認しろ」


 俺はミオに言った。


 ミオが絵に手を伸ばした。額縁を持って——ゆっくりと壁から外した。軽い。簡単に外れた。そして——絵を裏返した。


 額縁の裏側——そこには——


 「数字!」


 ミオが叫んだ。


 額縁の裏側に、白いテープで数字が貼られていた。黒い文字で書かれた数字——『3-7-2-9』——4桁の数字だ。


 「3、7、2、9……」


 ミオが数字を読み上げた。


 「これ……パスワード?」


 ミオが俺たちを見た。


 白岩が駆け寄ってきた。絵の裏を確認した。そして——頷いた。


 「間違いない。これが電子ロックのパスコードだ」


 白岩が確信を持って言った。


 「3729——この4桁の数字を入力すれば、扉が開く」


 白岩が扉に向かって走った。電子ロックのパネルに——数字を入力し始めた。3、7、2、9——


 ピピッ!


 電子音が響いた。そして——ロックが解除された。緑のランプが点灯した。扉が——開く。


 「やった!」


 灰垣が嬉しそうに言った。


 でも——扉は完全には開かなかった。わずかに開いただけだ。数センチだけ。そして——止まった。


 「え……?」


 白岩が扉を押した。でも——開かない。何かが引っかかっている。何かが——扉を止めている。


 俺は扉の隙間を覗いた。わずかな隙間から——向こう側が見える。廊下だ。出口だ。でも——扉が開かない。


 「チェーンだ」


 黒岩が言った。


 「扉の向こう側にチェーンがかかっている。内側からは外せない」


 黒岩が冷静に分析した。


 チェーン?——俺は理解した。電子ロックを解除しても、チェーンが扉を止めている。だから——扉が開かない。これは——二重のロックだ。


 「じゃあどうやって開けるんだ?」


 白岩が焦った声で聞いた。


 俺は——考えた。チェーンを外す方法は?内側からは外せない。外側からしか外せない——それがチェーンの仕組みだ。でも——俺たちは内側にいる。どうやって外側のチェーンを外す?


 ミオが小さく言った。


 「次の謎……だね……」


 ミオが呟いた。


 「電子ロックを解除したら、次はチェーンを外す。そのためのヒントが——またどこかにあるはず……」


 ミオの言葉に、俺は頷いた。そうだ。脱出ゲームは段階的だ。一つの謎を解いたら、次の謎が待っている。それを——順番に解いていく。それが——脱出ゲームだ。


 「もう一度部屋を調べろ」


 俺は言った。


 「次のヒントを探せ。チェーンを外す方法を——見つけろ」


 全員が再び動き出した。部屋を調べ始めた。次のヒントを——探している。


 タイマーが刻まれていく。52:15、52:14、52:13——時間が減っていく。まだ50分以上残っている。でも——油断はできない。次の謎、その次の謎——まだいくつ謎が残っているか分からない。早く——解かなければ。


 白岩が床を調べている。何かないか——探している。黒岩が天井を見上げている。何かないか——確認している。灰垣が壁を触っている。何か隠されていないか——調べている。


 ミオが——また絵を見ている。今度は絵の内容を——じっくりと見ている。海の絵。青い海、白い砂浜、青い空——何か意味がある?この絵に——何かメッセージがある?


 俺は——部屋全体を見渡した。何か見落としがないか——考えた。床、壁、天井、扉——全てを確認した。そして——気づいた。


 床に——わずかな凹みがある。


 床の隅、扉の近く——そこに小さな四角い凹みがある。数センチ四方の——小さな凹みだ。


 「おい、これ——」


 俺は凹みを指差した。


 黒岩が駆け寄ってきた。凹みを確認した。そして——凹みを押した。


 カチッ!


 音がした。そして——床の一部が開いた。小さな蓋が開いた。その中には——


 「金庫だ」


 黒岩が言った。


 小さな金庫が床に埋め込まれていた。ダイヤル式の金庫だ。3桁の数字を合わせるタイプだ。


 「これを開ければ——何かある」


 黒岩が言った。


 「おそらく——チェーンを外すための鍵か、道具か——何かが入っている」


 黒岩の分析に、俺は頷いた。そうだ。この金庫を開ければ——次のステップに進める。


 でも——問題がある。ダイヤル式の金庫だ。3桁の数字が必要だ。000から999まで、1000通りの組み合わせ。総当たりで試すには——時間がかかる。


 「3桁の数字のヒント——どこかにあるはずだ」


 白岩が言った。


 ミオが——海の絵を見ている。じっと見つめている。何かを——考えている。


 「ねえ……この絵……」


 ミオが小さく言った。


 「海に……船が浮かんでる……」


 ミオが絵を指差した。確かに——遠くの海に、小さな船が描かれている。白い船だ。ヨットのような船だ。


 「船に……番号が書いてある……」


 ミオが目を凝らした。


 「372……船に『372』って番号が書いてある……」


 その言葉に——全員が絵を見た。確かに——船に小さく数字が書かれている。『372』という数字だ。


 「372……これが金庫のパスワードか?」


 白岩が聞いた。


 「試してみよう」


 黒岩が金庫のダイヤルを回し始めた。3、7、2——


 カチャッ!


 金庫が開いた。


 中には——小さな鍵が入っていた。金属製の鍵だ。


 「これで——チェーンを外せる」


 黒岩が鍵を手に取った。


 でも——問題がある。鍵は手に入った。でもチェーンは扉の外側にある。内側からは——届かない。


 どうやって——外側のチェーンに鍵を使う?


 俺は——考えた。そして——気づいた。


 「扉の隙間から——鍵を通せ」


 俺は言った。


 「扉は数センチ開いている。その隙間から腕を伸ばして——外側のチェーンに鍵を使え」


 俺の提案に、黒岩が頷いた。そして——扉の隙間に腕を伸ばした。細い隙間に——腕を通した。そして——外側を探った。チェーンを探した。鍵穴を探した——


 「……見つけた」


 黒岩が小さく言った。


 「チェーンに南京錠がかかっている。鍵穴がある——鍵を差し込む」


 黒岩が慎重に鍵を使った。見えない場所で——手探りで鍵を使った。


 カチャッ!


 南京錠が開いた。チェーンが外れた——ジャラジャラという音が聞こえた。


 「開いた!」


 黒岩が言った。


 そして——扉を押した。今度は——扉が開いた。完全に開いた。廊下が見えた。出口が見えた——


 「やった!」


 灰垣が嬉しそうに叫んだ。看護師の女が——安堵の表情を見せた。


 でも——俺は気づいた。まだ終わっていない。これは——まだ最初の部屋だ。脱出ゲームは——まだ続く。


 俺は廊下を見た。扉の向こうに広がる廊下を——確認した。長い廊下だ。白い壁、白い床——そして廊下の先に、また扉がある。次の部屋がある。次の謎が——待っている。


 「まだ終わってない」


 俺は全員に言った。


 「これは最初の部屋だ。脱出ゲームには複数の部屋がある。次の部屋、その次の部屋——全ての部屋を抜けて、最後の出口に辿り着かなければ——俺たちは脱出できない」


 俺の言葉に、全員の表情が引き締まった。そうだ。喜ぶのは早い。まだゲームは続いている。


 タイマーが刻まれていく。49:08、49:07、49:06——まだ49分残っている。最初の部屋に10分以上かかった。次の部屋、その次の部屋——まだいくつ部屋がある?時間は——足りるのか?


 白岩が眼鏡をクイッと上げた。


 「急ごう。時間がない」


 白岩が冷静さを取り戻している。プログラマーの男が——戦闘モードに戻っている。


 黒岩が頷いた。


 「次の部屋に進む。警戒を怠るな」


 元自衛隊の男が——全員に指示を出している。


 灰垣が優しく微笑んで言った。


 「大丈夫です。みんなで協力すれば——きっと脱出できます」


 灰垣の言葉に、全員が頷いた。


 ミオが小さく言った。


 「次も……頑張る……」


 ミオが決意を固めている。自分の知識を——また役立てようとしている。


 「次の部屋に進むぞ」


 俺は言った。


 「まだゲームは終わっていない。でも——俺たちは諦めない。必ず脱出する」


 全員が頷いた。そして——廊下に出た。白い廊下を進んだ。次の扉に向かった。次の謎に——挑むために。


 廊下を歩きながら、俺は考えた。あと何部屋ある?あと何個の謎がある?時間は——足りるのか?——その答えは分からない。でも——俺たちは進むしかない。立ち止まれば——死ぬ。進めば——生きる可能性がある。だから——進む。

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