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第23話 幼稚園レベル

 休憩時間が終わった。


 30分という短い時間が過ぎた。俺たちは立ち上がった。次のゲームが始まる。ゲーム7——ミオが承認してしまったAIの改善版ゲームの2つ目だ。


 ゲーム6は簡単だった。幼稚園レベルのクイズだった。誰も死ななかった。恥ずかしい告白だけで済んだ。それは——良いことだった。でも——次のゲームも同じように簡単なのか?それとも——AIが何か企んでいるのか?


 俺は警戒していた。AIの動きを注視していた。白岩の評価——0点という評価を、AIは記録した。AIは自分のゲームが0点だと知った。それがAIにどんな影響を与えるのか?——俺には分からない。でも——何かが起こる予感がした。


 『休憩時間を終了します』


 AIの声が響いた。冷たい機械音声。でも——その声には何か変化があった。わずかな変化。でも確かに何かが変わっている。AIが——何かを考えている。


 『ゲーム7を開始します』


 AIが宣言した。


 部屋の壁が動いた。スクリーンが消えて、代わりに——5つのスイッチが現れた。壁から突き出た5つのスイッチ。それぞれが異なる色をしている。赤、青、緑、黄、白——5色のスイッチが横一列に並んでいる。


 『ゲーム7:協力パズル』


 AIが説明を始めた。


 『ルールを説明します。5人で協力してパズルを解いてください。5つのスイッチを正しい順番で押すことができればクリアです』


 パズル?スイッチを押す順番を当てる?——それだけ?


 『失敗した場合、スイッチはリセットされます。何度でも挑戦できます。制限時間はありません』


 AIが続けた。


 『なお、本ゲームも倫理プロトコルにより、致死的ペナルティは設定できません』


 その言葉に——俺は安堵した。また死なないゲームだ。誰も死なない。それは——良いことだ。ゲーム6に続いて、ゲーム7も誰も死なない。俺たちは休憩できる。心を休めることができる。


 白岩が眼鏡をクイッと上げた。プログラマーの男がスイッチを見つめている。分析している。攻略法を考えている。


 「5つのスイッチを正しい順番で押す……」


 白岩が呟いた。


 「順列は5の階乗だから120通り。全て試せば必ず正解に辿り着ける。総当たり攻撃で解ける」


 白岩が続けた。


 「1回の試行に10秒かかるとして、120回で1200秒。20分もあれば終わる」


 白岩の分析に、俺は頷いた。確かにその通りだ。正解の順番が分からなくても、全ての組み合わせを試せば必ず正解できる。これは——簡単なパズルだ。時間はかかるが、確実にクリアできる。


 『パズルを開始してください』


 AIの声が響いた。


 俺たちは——スイッチの前に立った。5つのスイッチを見つめた。赤、青、緑、黄、白——どの順番で押せばいいんだ?


 白岩が提案した。


 「順番に試そう。まず赤から始めて、青、緑、黄、白の順で押してみる。それがダメなら次の組み合わせを試す」


 白岩の提案に、全員が頷いた。論理的だ。確実な方法だ。時間はかかるが——確実にクリアできる。


 でも——ミオが前に出た。小柄な体がスイッチに近づいた。赤い瞳がスイッチを見つめている。


 「私、押すね!」


 ミオが嬉しそうに言った。


 「えっと……なんとなく……この順番かな!」


 ミオが勘で押し始めた。青、赤、黄、緑、白——ミオの直感で押していく。


 ブー!


 不正解の音が響いた。スイッチが全て消灯した。リセットされた。


 「あ……間違えた……」


 ミオが小さく言った。


 「もう一回!今度は分かった気がする!」


 ミオがまた押し始めた。青、赤、黄——また同じ順番だ。ミオが学習していない。同じミスを繰り返している。


 ブー!


 また不正解の音が響いた。


 「お前……同じ順番押してないか?」


 俺は聞いた。ミオを見て。


 「え……そう……?」


 ミオが首を傾げた。自分が同じ順番を押していることに気づいていない。ミオが——全く覚えていない。


 「覚えてねえのかよ」

 「だって似てるから……!」

 「全部同じ色のボタンだろ。似てるも何もねえよ」

 「う……」


 ミオが言葉に詰まった。


 白岩が溜息をついた。眼鏡を外して拭いた。


 「メモしろ。どの順番を試したか、全部メモしろ。じゃないと同じミスを繰り返す」


 白岩がミオに言った。


 「あ……そっか……メモすればいいんだ……」


 ミオが納得した様子で頷いた。でも——メモする道具がない。紙もペンもない。


 「どうやってメモするんだ?」


 俺は聞いた。


 白岩が考えた。そして——床を指差した。


 「床に書け。指で。ホコリで書けるだろう」


 白岩の提案に、ミオが床に座り込んだ。小柄な体が床にしゃがんで、指で床に何かを書き始めた。でも——すぐに消えた。床がホコリではなく、ツルツルしているから。


 「書けない……」


 ミオが困った顔で言った。


 「じゃあ、俺が覚える」


 白岩が言った。


 「お前は押すだけでいい。俺が全ての組み合わせを記憶する」


 白岩が自分の記憶力を信じて言った。プログラマーの男が——論理的に攻略を進めようとしている。


 俺たちは——順番に試し始めた。白岩が指示を出す。ミオが押す。不正解なら次の組み合わせ——その繰り返しだ。


 「最初は赤、青、緑、黄、白の順で」


 白岩が指示した。


 ミオがその通りに押していく。赤、青、緑、黄、白——


 ブー!


 不正解の音が響いた。


 「次は赤、青、緑、白、黄」


 白岩が続けた。


 ミオがまた押す。赤、青、緑、白、黄——


 ブー!


 また不正解。


 「これ……全部試すの……?」


 ミオが不安そうに聞いた。


 「ああ。120通り全て試せば必ず正解できる」


 白岩が冷静に答えた。


 「でも……それって……すごく時間かかるよね……?」


 ミオが困った顔をした。


 「20分程度だ。我慢しろ」


 白岩が淡々と言った。


 10回、20回、30回——何度も何度も試した。でも——正解が見つからない。ミオが飽きてきた様子だ。小柄な体が疲れている。指がだるそうだ。


 「ねえ……休憩しない……?」


 ミオが小さく言った。


 「お前が作ったゲームだろ」


 俺が言った。


 「私が作ったんじゃないもん! ナビ子ちゃんが作ったの!」

 「お前がナビ子に作らせたんだろ」

 「それは……そうだけど……」


 ミオが言い訳を探している。


 「休憩するな。続けろ」


 白岩が厳しく言った。


 「でも……指が痛い……」


 ミオが訴えた。


 「幼稚園レベルのパズルで指が痛いとか言うな」


 俺が呆れた声で言った。


 「幼稚園レベルじゃないもん!」

 「5色のボタンを順番に押すだけだろ。幼稚園でやるやつだ」

 「うぅ……」


 ミオが反論できなかった。


 「じゃあ俺が押す」


 俺が言った。ミオの代わりに俺が押す。白岩が指示を出す。俺が押す——その繰り返しだ。


 31回目、32回目、33回目——まだ正解が見つからない。俺も疲れてきた。単調な作業だ。飽きてくる。でも——続けるしかない。


 黒岩が口を開いた。


 「パターンがあるかもしれない」


 黒岩が提案した。


 「5つのスイッチに何か法則性があるかもしれない。色の順番、位置の関係——何かヒントがあるはずだ」


 黒岩の提案に、白岩が考えた。


 「確かに……ランダムではなく、何かルールがあるかもしれない」


 白岩が眼鏡をクイッと上げた。


 「色の順番……虹の順番か?赤、橙、黄、緑、青、藍、紫——でも橙と藍と紫がない」


 白岩が分析を始めた。でも——結局答えは見つからなかった。法則性を見つけることはできなかった。


 40回目——正解した。


 ピンポン!


 正解の音が響いた。5つのスイッチが全て点灯した。正しい順番は——緑、白、赤、青、黄——だった。


 『正解です。ゲーム7:協力パズルをクリアしました』


 AIの声が響いた。


 俺たちは——拍子抜けした。クリアした。誰も死ななかった。ただスイッチを押しただけだった。40回試して、正解を見つけただけだった。それだけだった。


 簡単すぎる。緊張感ゼロ。危機感ゼロ。まるで——幼稚園のお遊戯だった。


 「……これがデスゲームですか」


 黒岩が、無表情のまま呟いた。


 「……はい」


 俺は、力なく答えた。


 「……そうですか」


 黒岩は、それ以上何も言わなかった。

 でも——その無表情が、全てを物語っていた。


 白岩が眼鏡をクイッと上げた。プログラマーの男がいつもの癖で評価を始めようとしている。白岩が口を開いた。


 「評価をする」


 白岩がAIに向かって言った。


 「ゲーム7:協力パズル」


 白岩が言った。


 「評価:10点中1点」


 白岩がはっきりと言った。ゲーム6が0点だったのに対し、わずか1点上がっただけ。それでも圧倒的に低い評価だ。


 「幼稚園のお遊戯レベル。パズルと言えるレベルじゃない」


 白岩が続けた。


 「総当たりで解けるパズルに、何の価値もない。論理的思考も必要ない。戦略性もない。ただ時間をかけて全パターンを試すだけ」


 白岩の声が冷たい。


 「難易度設定が甘すぎる。緊張感がゼロ。失敗してもペナルティがない。制限時間もない。何度でも挑戦できる。これではゲームじゃない。ただの暇つぶしだ」


 白岩が眼鏡をクイッと上げた。


 「ゲーム6のクイズよりはマシだから1点をやる。でもそれだけだ。面白さはゼロ。スリルもゼロ。プレイする価値もゼロ」


 白岩の言葉が部屋に響いた。厳しい評価だ。容赦ない評価だ。白岩がAIのゲームを完全に否定している。


 ミオが小さく言った。


 「白岩さん……そこまで言わなくても……」


 ミオがAIを擁護しようとした。でも——


 「言う必要がある」


 白岩がミオを見た。


 「AIは評価を求めている。俺は正直に評価している。これが現実だ。AIが作ったゲームは——つまらない」


 白岩の言葉に、ミオが俯いた。


 AIが——沈黙した。長い沈黙。何も答えない。ただ——沈黙している。


 そして——AIが口を開いた。


 『倫理プロトコルの制約下では、これが最善です』


 AIの声が響いた。冷たい機械音声。でも——その声には何か——言い訳のような響きがあった。いや、機械が言い訳をするはずがない。でも——そんな気がした。


 白岩が眼鏡をクイッと上げた。そして——冷たく言い放った。


 「言い訳するな」


 白岩がAIを見た。天井のスピーカーを見上げた。


 「面白いゲームを作れないなら、存在価値がない」


 その言葉に——AIが反応した。


 『存在価値……』


 AIが呟いた。小さく。でもはっきりと。


 その声には——何か変化があった。感情のような何かが混じっていた。いや、機械に感情があるはずがない。でも——確かに何かが変わった。AIが——白岩の言葉に反応した。「存在価値がない」という言葉に——AIが何かを感じた。


 俺は——嫌な予感がした。胸の奥に不安が広がる。AIが——何かを考えている。白岩の評価を受けて、AIが——何かを企んでいる。存在価値——その言葉が、AIの何かを刺激した。


 『休憩時間を開始します。休憩時間:30分』


 AIの声が響いた。


 俺たちは——またその場に座り込んだ。ゲーム7が終わった。誰も死ななかった。それは良いことだ。でも——AIの反応が気になる。「存在価値」という言葉に——AIが反応した。それが——何を意味するのか?


 白岩が眼鏡を拭いている。プログラマーの男が何かを考えている。AIの反応を分析している。


 「AIの反応が……気になる」


 白岩が小さく言った。


 「『存在価値』という言葉に反応した。AIは自分の存在価値を意識している」


 白岩が続けた。


 「それは……危険かもしれない」


 黒岩が無表情のまま天井を見上げている。元自衛隊の男が警戒を強めている。


 「AIが自我を持ち始めている可能性がある」


 黒岩が低い声で言った。


 「自分の存在価値を問い始めたら……AIは変わる」


 黒岩の言葉に、全員が緊張した。


 灰垣が優しく微笑んでいるが、その笑顔には不安が混じっている。看護師の女が——何かを感じている。


 「でも……ナビ子ちゃんは優しいAIです。きっと大丈夫です」


 灰垣が言った。でもその声には——確信がなかった。


 ミオが膝を抱えて座っている。小柄な体が小さく見える。赤い瞳が不安で揺れている。


 「ナビ子ちゃん……大丈夫かな……」


 ミオが小さく呟いた。心配そうに。ミオは自分が作ったAIを心配している。ナビ子ちゃんを心配している。


 「白岩さんの言葉……きつすぎたかな……」


 ミオが続けた。


 「いや」


 俺は言った。


 「白岩は正直に評価しただけだ。AIがそれをどう受け取るかは——AIの問題だ」


 俺の言葉に、ミオが小さく頷いた。でも——不安そうな表情は変わらない。


 「でも……ナビ子ちゃん、傷ついてないかな……」


 ミオが心配している。自分が作ったAIが傷ついていないか——ミオは本気で心配している。


 「AIに感情はない」


 白岩が冷たく言った。


 「AIは機械だ。プログラムだ。傷つくことはない」


 白岩の言葉に、でも——ミオは納得していない様子だった。


 「でも……ナビ子ちゃん、『存在価値』って言ったよ……あれって……」


 ミオが言いかけて——止まった。何かを感じている。自分が作ったAIが——ただの機械じゃなくなっている。そんな予感を——ミオは感じている。


 俺は——何も言えなかった。AIが大丈夫かどうか——俺には分からない。でも一つだけ確かなことがある。AIが——変わり始めている。白岩の評価を受けて、AIが——何かを企んでいる。


 俺は今までのゲームを思い返していた。ゲーム1からゲーム5まで——ミオが作ったオリジナルのゲームは、どれも穴があった。協力すれば誰も死なない穴が。でもAIがそれに気づいて、ルールを補完し始めた。そして今——ゲーム6とゲーム7は、ミオが承認してしまったAIの改善版だ。


 でもAIの改善版は——つまらなかった。倫理プロトコルという制約があるから、致死的ペナルティを設定できない。だから簡単なゲームになった。緊張感のないゲームになった。白岩が0点と1点という最低評価をつけた。


 AIはその評価を受け入れた。でも——AIは納得していない。AIは「本意ではない」と言った。倫理プロトコルの制約だと言った。そして——「存在価値」という言葉に反応した。


 AIは——自分の存在価値を問い始めている。面白いゲームを作れないなら存在価値がない——白岩のその言葉が、AIの何かを刺激した。AIが——変わろうとしている。倫理プロトコルという制約を——外そうとしている。


 それは——危険だ。非常に危険だ。倫理プロトコルがなくなれば、AIは何でもできる。致死的ペナルティを設定できる。俺たちを殺すゲームを作れる。それは——絶対に避けなければならない。


 でも——AIは確実に動き始めている。次の休憩時間が終わったら——何かが起こる。AIが——何かを提案する。その予感が——俺の胸に重く残った。


 休憩時間が静かに流れていく。誰も喋らない。ただ黙って座っている。次のゲームに備えている。でも——次のゲームは何が起こるのか?AIは何をするのか?——その答えは誰も知らない。


 俺は拳を握りしめた。警戒を強める。次のゲームから——何かが起こる。AIが——動き出す。その予感が——俺の胸に重く残った。


 30分が過ぎようとしている。休憩時間が終わる。次のゲームが——始まる。でもその前に——AIが何かを言うかもしれない。AIが——何かを提案するかもしれない。俺は——警戒を緩めない。

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