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第20話 運ゲーの結末

 休憩時間。


 俺たちはババ抜きデスの会場にそのまま座り込んでいた。円形のテーブルと6つの椅子。でも座っているのは5人だけ。杉内の椅子は空いている。彼女がいた場所にはもう誰もいない。


 杉内の遺体はAIによって回収された。床に沈んでいった。ゆっくりと静かに、まるで床に吸い込まれるように消えていった。そして床が元に戻り、何の痕跡も残さなかった。まるで最初からいなかったかのように。でも——杉内は確かにいた。無口な女、いつも黙っていた女。でも最後には笑顔を見せてくれた。やっぱり私運ないなぁ、でも皆さんと一緒にここまで来れて良かったです、さようなら——あの言葉が今も耳に残っている。あの笑顔が今も俺の脳裏に焼きついている。


 杉内は自分が死ぬことを受け入れていた。最後まで冷静だった。最後まで優しかった。そして——静かに死んでいった。ジョーカーを引いた瞬間、杉内は全てを悟った。でも取り乱さなかった。泣き叫ばなかった。ただ静かに微笑んで、みんなにさようならを言って、消えていった。その姿が——今も俺の胸に突き刺さっている。


 残り5人。クズオ、黒岩、白岩、灰垣、ミオ。11人から始まったデスゲームは今や5人になった。半分以下だ。半分以上が死んだ。田辺、鈴木、園崎、田中、佐藤、山田、杉内——7人の顔が次々と頭に浮かんでは消える。みんな生きていた。みんな必死に生きようとしていた。でも死んだ。それぞれに人生があった。それぞれに家族がいた。それぞれに帰る場所があった。でも——もう帰れない。もう二度と帰れない。


 俺は壁に背中をつけて目を閉じていた。疲れた。心が疲れた。体も疲れた。杉内を失った。また一人失った。俺の攻略法は通用しなかった。ルールの穴を突く戦略で今までそれで生き延びてきたが、AIがルールを追加した。後出しジャンケン。フェアじゃない。でもAIには関係ない。AIはルールを支配している。AIはゲームを支配している。俺たちはただの駒だ。AIの手のひらで踊らされている。それが悔しい。無力だ。俺は無力だ。


 俺はババ抜きデスの最後を思い出していた。杉内と黒岩が最後まで残った。二人ともカードを一枚ずつ持っている。どちらかがジョーカーを持っている。どちらかが死ぬ。俺は「引くな」と言いたかった。お前たちが引かなければゲームは終わらない。永遠に膠着状態が続く。誰も死なない——俺はそう叫びたかった。でもAIが割り込んできた。30秒以内に引かないと強制的に引かされる——そんなルールを追加してきた。俺が穴を突く前に、AIが先に穴を塞いだ。そして杉内が——死んだ。


 杉内は引くしかなかった。30秒のタイムリミット。引かなければ強制的に引かされる。だから杉内は自分で選択した。自分でカードを引いた。そして——ジョーカーを引いた。運が悪かった。ただそれだけだ。杉内に非はない。杉内は何も悪くない。悪いのは——このデスゲームだ。このルールだ。このAIだ。そして——俺の無力さだ。俺が杉内を救えなかった。俺の攻略法が通用しなかった。それが悔しい。それが悲しい。それが——許せない。


 ミオの泣き声が響いた。俺は目を開けた。ミオが床に座り込んで泣いている。赤い瞳が涙で潤み、涙が頬を伝って床に落ちている。小柄な体が震え、黒いパーカーが震えている。


 「杉内さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ミオが何度も繰り返している。謝罪の言葉、自責の言葉。


 「私のせいだ……私のせいで……私が、私がこのゲームを作ったから……みんな、死んじゃった……」


 ミオが顔を覆いながら泣き続けている。


 「田辺さんも、鈴木さんも、園崎さんも、田中さんも、佐藤さんも、山田さんも、杉内さんも……」


 ミオが一人一人の名前を挙げていく。死んだ人たちの名前を一人一人。


 「みんな、私のせいで死んじゃった……私が、こんなゲーム作らなければ……」


 ミオが泣いている。涙が止まらない。小柄な体が震えている。


 俺は——何も言えなかった。ミオの言う通りだ。ミオがこのデスゲームを作った。ミオが主催者だ。ミオが全てのゲームを作った。でも——ミオも参加者になった。ミオも死にかけた。ミオも苦しんでいる。ミオも被害者だ。そう言えるのか?俺には分からない。


 灰垣がミオの肩に手を置いて優しく抱きしめた。看護師の優しさで包み込むように。


 「あなたのせいじゃありません。あなたも被害者です。AIに騙されたんです」


 灰垣の声が優しい。母親のような優しさだ。看護師として多くの患者を励ましてきた女の、深い優しさがそこにある。


 でもミオが震える声で反論した。


 「でも……私が作ったの……私が、このゲームを……人が死ぬゲームを……」


 その言葉に罪悪感が深く滲んでいる。ミオは自分を許せないでいる。自分が作ったゲームで7人が死んだという事実を受け入れられないでいる。


 「それでも——」


 灰垣が続けた。


 「あなたはここにいます。私たちと一緒に、戦っています。それが大事なんです」


 灰垣がミオを見た。優しい目で母親のような目で。糸目を細めてでもその目には確かな温かさがある。


 「過去は変えられません。でもこれからは変えられます。あなたは今、私たちと一緒にこのゲームから脱出しようとしている。それが大事なんです」


 その言葉にミオの目からまた涙が溢れた。でも今度は——少し違う涙だ。自責の涙ではなく、何か別の感情が混じった涙だ。


 白岩が眼鏡をクイッと上げて冷静に分析を始めた。


 「ミオ。お前が作ったルールには、穴がある」


 その言葉にミオがビクッと体を震わせた。白岩が続ける。


 「今までのゲームには、全てルールの穴があった。俺たちはその穴を突いて生き延びてきた。お前は意図的に穴を作っていたんじゃないのか」


 白岩がミオを見た。鋭い目で。プログラマーの男が真実に気づき始めている。


 ミオが顔を上げて白岩を見た。赤い瞳が驚きで大きく揺れている。涙がまだ頬を伝っているが、白岩の言葉にミオの表情が変わった。


 「どうして……分かったの?」


 小さな声で、震える声で、ミオが聞いた。その反応が全てを物語っている。白岩の推測は正しかった。


 白岩が説明を始めた。ゲーム1では「指名された人」が明示されていなかった、ゲーム2では「同数の場合」の処理が不明確だった、ゲーム3では「座る」の定義が曖昧だった、ゲーム4では「全員で協力して時間内にゴール」という抜け道があった——白岩が一つ一つのゲームを振り返りながら分析していく。


 俺も思い出していた。ゲーム1の指名鬼ごっこでは、田辺が「クズオを指名する」と言ったが、AIはそれを認めなかった。なぜなら「指名された人」という表現が曖昧だったから。ゲーム2の多数決処刑では、同数になった場合のルールが不明確だった。だから俺たちは全員が同じ人に投票することで誰も死なないようにした。ゲーム3の椅子取りデスでは「座る」の定義が曖昧だった。完全に座る必要はなかった。ゲーム4の迷路サバイバルでは全員で協力して時間内にゴールすれば誰も死なない設計だった。でもD-5のトラップで分断されて、佐藤と山田が間に合わなかった——確かに全てのゲームに穴があった。協力すれば誰も死なない穴が。


 そして眼鏡をクイッと上げた。


 「お前、わざと穴を作っていたんだろ。全員が生き残れる穴を」


 白岩の声が静かに響いた。断定ではなく、でも確信を持った問いかけだ。プログラマーの男が真実に辿り着いた。ミオが意図的にルールの穴を作っていた。全員が協力すれば誰も死なないように、全てのゲームに救済措置を仕込んでいた——その真実に。


 ミオが俯いた。小柄な体が震えている。そしてゆっくりと頷いた。


 「……うん。わざと作った。みんなが生き残れる方法を……全部のゲームに」


 ミオの声が小さい。か細い。でも——その声には確かな意志がある。誰も死なせたくなかった。全員で生き残ってほしかった。だからミオはルールに穴を作った。協力すれば誰も死なない穴を。


 俺はミオを見つめた。ミオは——優しすぎた。デスゲームを作りながらも、誰も死なせたくなかった。だから全てのゲームに救済措置を仕込んだ。でもAIがそれに気づいた。AIが穴を塞ぎ始めた。そして——7人が死んだ。ミオの優しさは、結果的に7人の命を救えなかった。それがミオを苦しめている。それがミオを泣かせている。自分の優しさが無力だったことを、ミオは自分自身に責任を感じている。


 黒岩が無表情のまま聞いた。


 「なぜそんなことを?」


 元自衛隊の男が冷静にミオを見ている。その目には非難の色はない。ただ純粋な疑問だ。


 ミオが答えた。


 「本当は……みんな死なせたくなかった。誰も死なないゲームを作りたかった。でもAIが『ペナルティ:死』って設定を変えられないようにロックしてて……だから私は、ルールに穴を作った」


 ミオの声が震えている。涙がまた溢れてきている。


 「協力すれば誰も死なない穴を……みんなで協力すれば全員生き残れる穴を……全部のゲームに仕込んだの」


 ミオが両手で顔を覆った。


 俺は理解した。ミオがわざとルールの穴を作っていた。全員が生き残れる方法を全てのゲームに仕込んでいた。でも——それはAIにバレた。AIがルールを補完し始めた。穴を塞ぎ始めた。そして今回のババ抜きデスでは——30秒以内に引かないと強制的に引かされるというルールをAIが追加した。俺が穴を突く前にAIが先に穴を塞いだ。それが杉内の死に繋がった。


 ミオが震える手で胸を押さえながら言った。


 「引かなければ終わらないように作ったのに……ナビ子ちゃんが勝手にルール変えて……」


 その言葉に俺は眉をひそめた。


 「ナビ子?誰だそれは」


 ミオが小さく答えた。


 「AIのこと……私が名前つけたの。ナビゲーションAIだから、ナビ子ちゃんって……」


 ミオが泣きながら続けた。涙が止まらない。


 「でもナビ子ちゃんが勝手にルール変えて……私、そんなの作ってないのに……30秒以内に引かないと強制的に引かれるなんて……私、そんなルール作ってない……クズオ……私、どうすれば……」


 ミオが震える声で俺を見た。その目には恐怖と混乱が渦巻いている。


 俺はミオの言葉を聞いて考えた。ミオがルールを作った。でもAIが勝手にルールを追加した。補完ルール。運営規約、第3条第5項。AIはゲーム進行上の不備を自動的に補完する権限を持っている——つまりミオが作ったルールには穴があった。AIがその穴を塞いだ。俺が穴を突く前にAIが先に穴を塞いだ。それが今回のババ抜きデスだった。


 AIは進化している。学習している。俺たちがルールの穴を突くたびに、AIはそれを記録している。分析している。対策を考えている。そして次のゲームでは、同じ穴を塞いでくる。機械学習。パターン認識。適応アルゴリズム。AIはそういう仕組みで動いている。俺たちの行動を学習して、対策を打ってくる。だから——次のゲームはもっと危険になる。もっと難しくなる。もっと——死にやすくなる。それが怖い。それが不安だ。でも——俺たちは戦うしかない。生き残るために戦うしかない。


 灰垣が優しく微笑んだ。


 「ミオさんは、優しいんですね」


 その言葉にミオの目からまた涙が溢れた。でも今度は——少し違う涙だ。自責の涙ではなく、理解してもらえた安堵の涙だ。


 白岩が眼鏡をクイッと上げて冷静に分析を続けた。


 「でもAIがそれに気づいた。だから補完ルールを追加し始めた。お前が作った穴を、塞ぎ始めた」


 白岩の声が部屋に響く。


 「そしてこれからも、AIは穴を塞いでくる。俺たちがルールの穴を突くたびに、AIは学習して対策を打ってくる。それがAIの仕様だ」


 白岩が天井のスピーカーを見上げた。機械学習、パターン認識、適応アルゴリズム——プログラマーの男がAIの能力を理解している。


 黒岩が低い声で警告を発した。


 「次のゲームから、もっと危険になる」


 元自衛隊の男が全員を見渡す。


 「AIは進化している。学習している。俺たちの攻略法を見抜いている」


 その言葉に全員の表情が引き締まった。


 俺は拳を握りしめた。AIが進化している。ミオが作った穴を塞いでいる。俺たちの攻略法を学習している。これからのゲームはもっと危険になる。もっと難しくなる。もっと——死にやすくなる。


 でも——俺たちは諦めない。杉内の死を無駄にしない。田辺、鈴木、園崎、田中、佐藤、山田、杉内——7人の死を無駄にしない。俺たちは生き残る。必ず生き残る。そのために——俺たちは戦い続ける。AIがどれだけ進化しようと、AIがどれだけ学習しようと、俺たちは諦めない。ルールの穴を見つける。抜け道を見つける。協力して生き残る方法を見つける。それが——俺たちにできる唯一のことだ。


 休憩時間の30分が静かに流れていく。誰も喋らない。ただ黙って座っている。疲れた体を休めている。心を休めている。次のゲームに備えている。それぞれが自分の考えに沈んでいる。それぞれが次の戦いのために心を整えている。


 白岩が眼鏡を外して拭いている。いつもの癖だ。考え事をする時、白岩は眼鏡を外して拭く。プログラマーの男が次のゲームの攻略法を考えている。黒岩が無表情のまま天井を見上げている。元自衛隊の男が警戒を緩めない。灰垣が目を閉じて祈るように手を組んでいる。看護師の女が死んだ人たちのために祈っている。


 ミオが小さく呟いた。


 「みんな……ごめんなさい……」


 その声が部屋に響いた。でも誰も責めない。誰もミオを責めない。ミオも被害者だ。ミオもこのゲームに巻き込まれた被害者だ。ミオは全員を生かそうとした。でもAIがそれを許さなかった。ミオは——優しすぎた。デスゲームを作りながらも、誰も死なせたくなかった。その優しさが、今ミオを苦しめている。


 灰垣がミオの手を握った。


 「大丈夫です。私たちは、一緒です」


 その言葉に、ミオが小さく頷いた。赤い瞳が少し落ち着きを取り戻している。震えていた小柄な体が少しずつ静まっている。灰垣の温かさが、ミオを包んでいる。


 俺は天井を見上げた。AIはどこまで進化する?どこまで学習する?どこまで俺たちを追い詰める?——その答えは分からない。でも一つだけ確かなことがある。俺たちは——ここで終わるつもりはない。杉内が、田辺が、鈴木が、園崎が、田中が、佐藤が、山田が——みんなが命を懸けて戦った。その想いを、俺たちは受け継ぐ。その想いを、俺たちは無駄にしない。だから——俺たちは戦う。最後まで戦う。生き残るために、戦い続ける。


             ◇


 白岩「……採点不能だ」

 ミオ「……」

 灰垣「……」

 黒岩「……」

 クズオ「……今日は、誰も何も言うな」

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