第18話 ゲーム5:ババ抜きデス
休憩時間。
俺たちは、ゴール地点の床に座り込んでいた。
誰も喋らない。
静寂だけが、訪れている。
重苦しい空気。
佐藤と山田を失った後の、沈黙。
佐藤と山田の遺体は、AIによって回収された。
迷路の入口に倒れていた二人の体が、床に沈んでいった。
まるで、床に吸い込まれるように。
ゆっくりと、静かに。
そして、床が元に戻った。
まるで、最初からいなかったかのように。
何の痕跡も残さず、二人は消えた。
残り6人。
クズオ、黒岩、白岩、灰垣、杉内、ミオ。
田辺、鈴木、園崎、田中、佐藤、山田。
6人が死んだ。
半分だ。
11人から始まったこのデスゲームは、今や6人になった。
俺は、壁に背中をつけて、ノートを開いていた。
次のゲームを、確認する。
ページをめくる音だけが、静かに響いた。
ゲーム5:ババ抜きデス。
俺は、ノートのページをめくった。
『ゲーム5:ババ抜きデス』
『ルール:通常のババ抜きを行う。最後にジョーカーを持っていた者が死亡』
『制限時間:なし』
『禁止事項:カードを見せる、交換を強要する、カードを捨てる』
ババ抜き。
子供の遊びだ。
でも、デスゲームになれば、話は違う。
最後にジョーカーを持っていた者が、死ぬ。
制限時間は、なし。
つまり、どれだけ時間をかけても構わない。
禁止事項。
カードを見せる、交換を強要する、カードを捨てる。
この3つが禁止。
でも——
『引かない』は、禁止されていない。
俺は、ノートを閉じた。
「私のせいだ……」
小さな声が、聞こえた。
ミオだ。
ミオが、床に座り込んで、膝を抱えている。
赤い瞳が、涙で潤んでいる。
小柄な体が、震えている。
黒いパーカーの袖で、顔を覆っている。
「佐藤さんも、山田さんも……私のせいで……」
ミオの声が、震えている。
か細い声。
自責の声。
「今更だろ」
俺は、冷たく言った。
ノートから目を離さずに。
「お前がこのゲームを作ったんだ。今更、後悔しても意味がない」
ミオが、顔を上げた。
赤い瞳が、俺を見つめている。
涙が、頬を伝っている。
「でも……でも、私……こんなつもりじゃ……」
「こんなつもりじゃなかった?」
俺は、ミオを見た。
鋭い目で、ミオを見つめた。
「デスゲームを作っておいて、人が死なないとでも思ったのか?」
ミオが、言葉に詰まった。
「……思ってた」
ミオが、小さく呟いた。
「夢だったから……小説みたいに、カッコよくて……神様みたいで……」
ミオの声が、かすれている。
「でも、現実は違った……人が死ぬって、こんなに……こんなに……」
ミオが、言葉を失った。
涙が、止まらない。
「泣いてる暇があったら、次のゲームに集中しろ」
俺は、ミオを見た。
「お前も『参加者』だ。泣いてても、死ぬだけだ。佐藤や山田と同じように、死ぬだけだ」
ミオが、ハッとした表情になった。
赤い瞳が、大きく見開かれている。
「死にたくないなら、生き残ることだけを考えろ。後悔は、生き残ってからすればいい」
ミオが、口を閉じた。
涙を拭いて、小さく頷いた。
「……分かった」
ミオが、立ち上がった。
小柄な体が、まだ震えている。
でも、涙は止まった。
決意の色が、赤い瞳に浮かんでいる。
俺は、他のメンバーを見渡した。
黒岩は、壁に寄りかかって、目を閉じている。
白岩は、眼鏡を拭きながら、冷静な表情を保っている。
灰垣は、糸目を細めて、穏やかな笑顔を浮かべている。いつもの笑顔に戻っている。
杉内は、相変わらず無口だが、こちらを見ている。
「次のゲームは、ババ抜きだ」
俺は、全員に向かって言った。
ノートを閉じて、メンバーを見渡す。
「ババ抜き?」
白岩が、眼鏡をクイッと上げた。
疑問の表情。
「ああ。最後にジョーカーを持っていた者が死ぬ」
俺は、ノートの内容を伝えた。
簡潔に、要点だけを。
「制限時間は、なし。禁止事項は、カードを見せる、交換を強要する、カードを捨てる。この3つだけだ」
白岩が、眉をひそめた。
何かを考えている表情。
「制限時間がない……つまり、どれだけ時間をかけても構わないのか」
「ああ」
俺は、頷いた。
「そして、重要なことが一つある」
俺は、全員を見渡した。
「『引かない』は、禁止されていない」
白岩の目が、光った。
眼鏡の奥の目が、鋭く光っている。
「……なるほど」
白岩が、眼鏡をクイッと上げた。
理解したようだ。
「膠着状態に持ち込むのか」
「ああ」
俺は、言った。
「最後の2人が引き拒否すれば、ゲームは永遠に終わらない。ジョーカーが移動しなければ、誰も死なない」
黒岩が、目を開けた。
無表情だが、興味を示している。
「それで、AIはどう反応する?」
「分からない」
俺は、正直に言った。
「ルールには、『必ず引け』とは書いていない。つまり、引かなくてもルール違反にはならないはずだ」
俺は、ノートを見た。
「でも、試す価値はある。これで、誰も死なずに済むかもしれない」
灰垣が、糸目を細めて笑った。
「面白い作戦ですね」
穏やかな声。
でも、その声には、わずかな期待の色が滲んでいる。
「評価:10点中8点」
白岩が、言った。
「リスクはあるが、理論上は成立する。AIがルールの穴に気づいていなければ、成功する可能性は高い」
白岩が、眼鏡をクイッと上げた。
「問題は、AIがどう対応するかだ」
ルールには、「引かない」ことを禁止する記述がない。
つまり、引かなくても、ルール違反にはならない。
もし、最後の2人が引き拒否を続ければ——
ゲームは、終わらない。
誰も死なない。
『休憩時間終了。ゲーム5を開始します』
AIの声が、響いた。
冷たい声。
機械的な声。
俺たちは、立ち上がった。
6人全員が、同時に立ち上がる。
もう、休憩は終わりだ。
『ゲーム会場へ移動してください』
俺たちは、指示された方向へ歩き始めた。
迷路の出口とは反対側の扉が、開いた。
白い扉。
ゆっくりと、スライドして開く。
その向こうには、白い通路。
明るい照明。
迷路の薄暗さとは対照的な、明るい空間。
通路を進む。
足音が、規則正しく響く。
6人分の足音。
以前は11人だった。
でも、今は6人だけ。
通路の先に、また扉がある。
白い扉。
自動的に開く。
部屋に辿り着いた。
白い部屋。
天井は高く、壁は真っ白。
中央には、円形のテーブルがある。
黒い天板の、大きなテーブル。
テーブルの周りには、6つの椅子。
黒い椅子。
背もたれが高く、座り心地が良さそうだ。
『着席してください』
俺たちは、テーブルの周りに座った。
俺、黒岩、白岩、灰垣、杉内、ミオ。
6人が、円形のテーブルを囲んでいる。
時計回りに座っている。
椅子に座ると、思ったより座り心地が良い。
柔らかいクッション。
でも、これからババ抜きデスをするのに、座り心地なんてどうでもいい。
テーブルの中央に、トランプのデッキが置かれた。
どこから出てきたのか、分からない。
床から、せり上がってきたようだ。
赤い裏面のトランプ。
52枚+ジョーカー1枚。
『ゲーム5:ババ抜きデス。ルールを説明します』
AIの声が、響いた。
部屋全体に響く、冷たい声。
『ルール:通常のババ抜きを行います。最後にジョーカーを持っていた者が、死亡となります』
最後にジョーカーを持っていた者が、死ぬ。
シンプルなルールだ。
でも、命がかかっている。
『制限時間:なし』
制限時間は、ない。
つまり、俺たちの作戦が通用する可能性がある。
『禁止事項:カードを他の参加者に見せること。カードの交換を強要すること。カードを捨てること』
3つの禁止事項。
でも、『引かない』は禁止されていない。
『違反した場合は、即座に処刑されます』
即座に、処刑。
首輪が作動する。
『それでは、カードを配布します』
トランプのデッキが、ひとりでに動いた。
カードが、自動的に配られていく。
まるで、見えない手が配っているかのように。
一枚ずつ、丁寧に配られていく。
カードがシュッ、シュッと滑るように移動する。
俺の前に、カードが並んだ。
9枚。
俺は、カードを手に取った。
確認する。
心臓が、早く打っている。
ハート:3、7、K
スペード:2、5、10
ダイヤ:4、J
クローバー:8
ジョーカーは、ない。
良かった。
ペアは——
ない。全部バラバラだ。
数字も、マークも、全部違う。
『カードの確認が終わったら、ペアを捨ててください』
俺は、カードを見直した。
ペアがない。
だから、捨てるカードもない。
9枚のまま。
他のメンバーも、カードを確認している。
黒岩が、2枚のカードを裏返しにして、テーブルに置いた。
ペアがあったようだ。
無表情のまま、静かに置く。
白岩も、2枚を捨てた。
眼鏡をクイッと上げながら、冷静に。
灰垣も、2枚。
糸目を細めて、笑顔のまま。
杉内は、4枚。
無言で、淡々と。
2組のペアがあったようだ。
ミオは——
何も捨てなかった。
ミオの顔が、こわばっている。
赤い瞳が、不安で揺れている。
手が、わずかに震えている。
ミオは、ジョーカーを持っているのか?
それとも、単にペアがないだけか?
いや——
ミオの反応を見る限り、ジョーカーを持っている可能性が高い。
『それでは、ゲームを開始します。楠生蓮から、順番にカードを引いてください』
俺から、か。
俺は、隣の黒岩を見た。
黒岩が、手札を扇状に広げて、俺に向けた。
カードの裏側だけが、見える。
赤い裏面。
7枚。
どれを引くか。
全部同じに見える。
運だ。
俺は、適当に1枚を選んだ。
真ん中のカード。
少し右寄り。
引く。
ダイヤの4。
俺の手札には、すでにダイヤの4がある。
ペアだ!
俺は、2枚のダイヤの4を、テーブルに捨てた。
パッ、と音を立てて。
手札が、7枚になった。
次は、黒岩の番。
黒岩が、俺の手札から1枚を引く。
無表情のまま、淡々と。
黒岩の顔に、変化はない。
ペアにならなかったようだ。
そして、次は白岩。
白岩が、黒岩の手札から1枚を引く。
眼鏡をクイッと上げながら。
白岩が、2枚のカードを捨てた。
ペアが揃ったようだ。
ゲームが、進んでいく。
灰垣の番。
灰垣が、白岩の手札から1枚を引く。
糸目を細めて、笑顔のまま。
ペアにならなかったようだ。
杉内の番。
杉内が、灰垣の手札から1枚を引く。
無言で、淡々と。
杉内が、2枚のカードを捨てた。
ミオの番。
ミオが、杉内の手札から1枚を引いた。
ミオの顔が、わずかに歪んだ。
赤い瞳が、不安で揺れた。
ペアにならなかったようだ。
そして、また俺の番。
ゲームが、回っていく。
時計回りに、順番にカードを引いていく。
カードが、徐々に減っていく。
ペアが揃うたびに、カードがテーブルに捨てられる。
カチャ、カチャという音が響く。
俺の手札は、5枚になった。
そして、3枚。
さらに減って、1枚。
ジョーカーは、まだ俺のところには来ていない。
他のメンバーの様子を観察する。
黒岩は、無表情。何を考えているか、読めない。元自衛隊の男は、ポーカーフェイスが完璧だ。
白岩は、冷静。眼鏡の奥の目が、鋭く光っている。計算しているのだろう。
灰垣は、笑顔。糸目を細めて、穏やかな笑顔を浮かべている。いつもの灰垣だ。
杉内は、無口。表情に変化がない。相変わらずの杉内だ。
そして、ミオ——
ミオの顔が、明らかにこわばっている。
赤い瞳が、不安で揺れている。
手が、震えている。
カードを持つ手が、小刻みに震えている。
ミオは、ジョーカーを持っている。
間違いない。
「お前、ポーカーフェイス下手すぎだろ」
俺は、ミオに向かって言った。
呆れた声で。
「う、うるさい!」
ミオが、顔を赤くした。
赤い瞳が、俺を睨んでいる。
「私だって、頑張ってるもん!」
頑張っても、顔に出ている。
分かりやすすぎる。
小説やアニメの世界と、現実は違う。
ミオには、ポーカーフェイスは無理だ。
ゲームが、さらに進む。
俺の手札は、1枚になった。
スペードの5。
最後の1枚。
ペアの相手が来れば、これも捨てられる。
そして、俺はゲームから抜けられる。
黒岩の番。
黒岩が、俺の手札を見る。
1枚しかない。
選択の余地はない。
黒岩が、そのカードを引いた。
スペードの5。
俺の手札が、なくなった。
俺は、ゲームから抜けた。
生き残った。
次は、白岩。
白岩の手札も、2枚になっている。
少ない。
灰垣が、白岩の手札から1枚を引く。
糸目を細めて、笑顔のまま。
灰垣の顔が、にっこりと笑った。
ペアが揃ったようだ。
灰垣が、2枚のカードを捨てた。
テーブルにパッと置く。
灰垣の手札も、なくなった。
残りは、4人。
黒岩、白岩、杉内、ミオ。
そして、ジョーカーは——
ミオが持っている。
間違いない。
ミオの顔を見れば、一目瞭然だ。
ゲームが、続く。
白岩が、黒岩の手札から1枚を引く。
白岩が、2枚のカードを捨てた。
白岩が、ゲームから抜けた。
残りは、3人。
黒岩、杉内、ミオ。
ミオの番。
ミオが、白岩の手札から——いや、白岩は手札がない。
ミオが、黒岩の手札から1枚を引く。
ミオの顔が、パッと明るくなった。
赤い瞳が、希望の色を帯びている。
ペアが揃ったようだ。
ミオが、2枚のカードを捨てた。
嬉しそうに、テーブルに置く。
「やった……!」
ミオが、小さく喜んだ。
ミオの手札が、なくなった。
ミオも、ゲームから抜けた。
残りは、2人。
黒岩と、杉内。
黒岩の手札:2枚。
杉内の手札:1枚。
ジョーカーは——
黒岩が持っている。
間違いない。
黒岩は、無表情だが、手札を見る目が、わずかに鋭くなっている。
杉内の番。
杉内が、黒岩の手札から1枚を引く。
無言で、淡々と。
杉内の表情に、変化はない。
ペアにならなかったようだ。
杉内の手札:2枚。
黒岩の番。
黒岩が、杉内の手札から1枚を引く。
黒岩の表情に、変化はない。
ペアにならなかった。
黒岩の手札:2枚。
杉内の手札:1枚。
ここで——
俺は、気づいた。
このままでは、永遠にゲームが続く。
杉内が黒岩の手札から1枚を引く。
黒岩が杉内の手札から1枚を引く。
それを繰り返すだけだ。
でも、ルールには「引かなければならない」とは書いていない。
つまり——
「待て」
俺は、立ち上がった。
「杉内、黒岩。引くな」
二人が、俺を見た。
「ルールに『必ず引け』とは書いていない」
俺は、言った。
「引かなければ、永遠に終わらない。誰も死なない」
白岩が、眼鏡をクイッと上げた。
「なるほど……ルールの穴を突くのか」
灰垣が、糸目を細めて笑った。
「それなら、誰も死なずに済みますね」
ミオが、顔を上げた。
赤い瞳が、希望で輝いている。
「本当……?誰も死なないの……?」
「ああ」
俺は、頷いた。
「ここで『引かない』を続ければ——」
◇
白岩「評価:7点。ババ抜きは分かりやすい。だが新鮮味がない」クイッ
ミオ「私も評価していい!?」
白岩「どうぞ」クイッ
ミオ「えっと……8点!」
白岩「根拠は?」
ミオ「なんとなく!」
白岩「評価基準が不明確だ。お前の評価は0点」クイッ
ミオ「私が評価されてる!?」




