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第16話 置いていけない

 俺たち6人は、迷路の最後の通路を走っていた。

 クズオ、黒岩、白岩、灰垣、杉内、ミオ。

 ゴールまで、もうすぐだ。


 前方に、光が見えている。

 出口だ。

 迷路の外から、光が差し込んでいる。

 白い光。眩しい光。

 長い迷路を抜けて、ようやく見えた光だ。


「見えた!」


 ミオが、叫んだ。

 赤い瞳が、希望で輝いている。

 黒赤のウルフカットが、風に揺れている。

 小柄な体が、必死に走っている。


「ゴールだ」


 俺は、言った。

 最後の力を振り絞って、走る。

 足が重い。疲労が蓄積している。

 でも、止まれない。


 そして——


 俺たちは、迷路の出口に辿り着いた。


 目の前に、広い空間が広がっていた。

 白い床。白い壁。天井には、明るい照明。

 迷路の薄暗さとは、対照的だ。

 清潔で、広々とした空間。

 ゴール地点だ。


 部屋の中央には、巨大なデジタル時計がある。

 高さ3メートルほどの、巨大な時計。

 赤い数字が、カウントダウンを刻んでいる。

 一秒ごとに、数字が減っていく。


 【残り時間:00:15:23】


 残り15分。


「ゴールだ……」


 白岩が、眼鏡を拭きながら言った。

 息を切らしている。

 眼鏡が、汗で曇っている。


「着いたな」


 黒岩が、頷いた。

 無表情だが、疲労の色が滲んでいる。

 額には、汗が滲んでいる。

 腕も、まだD-5で壁を押さえた時の痛みが残っているだろう。


「やった……やったよ……」


 ミオが、床に座り込んだ。

 赤い瞳が、涙で潤んでいる。

 小柄な体が、疲労で震えている。


「私、生き残れた……」


 ミオの声が、震えている。

 主催者だった女が、今は「参加者」として生き残った。

 皮肉な話だ。


 杉内は、相変わらず無口だが、壁に寄りかかって息を整えている。

 灰垣は、糸目を細めて、穏やかな笑顔を保っている。

 でも、その笑顔は、少し疲れている。


「でも、山田さんは……」


 灰垣が、糸目を細めて言った。

 心配そうな声だ。

 笑顔の奥に、不安が滲んでいる。


「まだ来てない」


 俺は、迷路の入口を見つめた。

 山田が、そこから出てくるはずだ。

 迂回路を通って、ここに来るはずだ。

 ——一人で。

 佐藤はもういない。壁に挟まれて死んだ。山田を押し出して。


「間に合うのか」


 白岩が、時計を見上げた。


「分からない」


 俺は、正直に言った。

 迂回路は距離が長い。山田のペースで、15分で辿り着けるか。

 しかも一人だ。支えてくれる人がいない。

 分からない。


 俺たちは、その場で待った。

 誰も座らない。全員が立ったまま、迷路の入口を見つめている。

 山田を、待っている。


 時間だけが、過ぎていく。

 時計の赤い数字が、一秒ごとに減っていく。

 カチ、カチ、カチ……

 秒針の音はないが、心の中で時間を刻む音が聞こえる気がする。


 【残り時間:00:14:00】


 まだ来ない。

 迷路の入口は、空っぽだ。

 山田の姿が、見えない。


 【残り時間:00:13:00】


 まだだ。

 誰も喋らない。

 全員が、黙って迷路の入口を見つめている。

 待っている。

 ただ、待っている。


「……遅いな」


 白岩が、呟いた。

 眼鏡をクイッと上げながら、時計を見上げている。


「迂回路は、距離が長い」


 俺は、言った。


 ※


 一方、その頃——


 山田は、一人で迂回路を進んでいた。


 迂回路は、D-5の壁トラップを避けるための通路だ。

 距離は長いが、トラップはない。

 ゆっくり進めば、安全に通過できる。

 そのはずだった。


「はぁ……はぁ……」


 山田の息遣いが、通路に響いていた。

 杖を突きながら、一歩ずつ。

 もう、限界を超えている。

 顔は真っ赤で、汗が滝のように流れている。

 呼吸が、完全に乱れている。


 隣に、佐藤はいない。

 もう、いない。

 あの壁で——山田を押し出して——佐藤は死んだ。


「佐藤さん……」


 山田が、呟いた。

 かすれた声が、通路に響く。


「なんで……ワシなんかを……」


 涙が、頬を伝っている。

 老人の涙が、止まらない。

 佐藤の笑顔が、脳裏に浮かんでいる。

 「山田さん……生きて……」

 最後の言葉が、耳から離れない。


「……すまんのう」


 山田が、杖を強く握った。

 震える手で。


「すまんのう……佐藤さん……」


 足が、動かない。

 膝が、笑っている。

 心臓が、悲鳴を上げている。

 70歳の体は、もう限界だった。


 でも——


 山田は、足を止めなかった。


「……行かねば」


 山田が、呟いた。

 老人の目に、決意の光が宿っている。


「佐藤さんが……ワシを……生かしてくれた……」


 一歩。

 杖を突いて、一歩。

 足が重い。体が重い。

 でも、進む。


「無駄には……せん……」


 山田の頬を、涙が伝っている。

 でも、足は止めない。


 通路の先に、光が見えている。ゴールだ。

 でも、遠い。

 あまりにも、遠い。

 100メートルほど先に、光が見える。

 でも、山田のペースでは、何分かかるか分からない。


「……孫に……会いたい……」


 山田が、呟いた。

 老人の目から、涙が溢れている。


「美月に……会いたい……」


 山田には、孫がいた。

 中学二年生の孫娘。美月。

 賢い子で、将来は医者になりたいと言っていた。

 その学費のために、このデスゲームに参加した。

 報酬の一億円があれば、孫の夢を叶えてやれる。


「……生き残らねば……」


 山田が、杖を突いた。

 一歩。また一歩。

 ゆっくりと。でも、確実に。


 佐藤の犠牲を、無駄にしてはいけない。

 生き残らなければ。

 孫のために。

 佐藤のために。


 山田は、前に進み続けた。


 ※


 ゴール地点。


 俺たちは、まだ待っていた。

 誰も動かない。

 全員が、迷路の入口を見つめている。


 【残り時間:00:10:00】


 残り10分。


「……来ないな」


 白岩が、言った。

 眼鏡をクイッと上げながら、時計を見上げている。


「まだ、時間はある」


 俺は、迷路の入口を見つめたまま言った。

 拳を握りしめている。


「迂回路は長いが、トラップはない。山田さんのペースでも、10分あれば——」


 その時——


 迷路の入口から、人影が見えた。

 通路の奥。まだ遠い。

 でも、確かに人影がある。


「来た!」


 ミオが、叫んだ。

 赤い瞳が、希望で輝いている。


 でも——


 人影は、まだ遠い。

 通路の奥。ゴールまで、まだ距離がある。

 50メートルほど。

 普通に歩けば、1分もかからない距離。

 でも、山田のペースでは——


「山田さん!」


 俺は、叫んだ。

 声を限りに叫ぶ。

 でも、声は届かない。

 山田は、まだ遠い。


 返事はない。

 でも、人影が、ゆっくりと近づいてくる。

 山田だ。

 一人で、杖を突きながら、よろめきながら。

 間違いない。


「急いでください!」


 灰垣が、叫んだ。

 糸目が開いている。珍しい。

 焦っている。

 灰垣の声にも、不安が滲んでいる。


「お願い……間に合って……」


 ミオが、小さく呟いた。

 赤い瞳が、涙で潤んでいる。

 小柄な体が、震えている。

 主催者だったミオが、今は参加者として、山田の無事を祈っている。


 杉内は、無言で迷路の入口を見つめている。

 いつもと同じ、無口な杉内。

 でも、拳を握りしめている。

 心配しているのだろう。


 【残り時間:00:09:00】


 残り9分。


 山田が、ゆっくりと進んでいる。

 杖をつきながら、一歩ずつ。

 よろめきながら。

 倒れそうになりながら。

 でも、前に進んでいる。

 一人で。


「間に合うか……」


 白岩が、時計を見上げた。

 眼鏡の奥の目が、不安で揺れている。


「……分からない」


 俺は、拳を握りしめた。

 爪が、手のひらに食い込んでいる。

 痛い。

 でも、拳を緩めない。


 山田が、必死に進んでいる。

 でも、遅い。

 あまりにも、遅い。


 時間だけが、過ぎていく。

 容赦なく。

 残酷なほどに。


 【残り時間:00:08:00】


 まだ、ゴールには遠い。

 40メートルほど。

 まだ、遠い。


 【残り時間:00:07:00】


 少しずつ、近づいている。でも、遅い。

 山田の足が、もう限界だ。

 一人で、杖だけを頼りに。

 必死の表情だ。


 黒岩も、無言で迷路の入口を見つめている。

 無表情だが、拳を握りしめている。

 D-5で壁を押さえていた時と同じ、強い握りこぶし。

 何もできない自分に、苛立っているのかもしれない。


 【残り時間:00:06:00】


 俺は、歯を食いしばった。

 間に合うのか。

 このペースで、間に合うのか。

 30メートル。

 まだ、遠い。


 俺の判断は、正しかったのか。

 D-5で壁を押さえた時、もっと早く全員を通過させるべきだったのか。

 いや、山田の体力では無理だった。

 佐藤が、山田を庇った。

 佐藤が、死んだ。


 俺は、考えを振り払った。

 今は、それを考えている場合じゃない。

 山田が、生き残れるかどうか。

 それだけを考えろ。


 【残り時間:00:05:00】


 残り5分。


 山田は、まだゴールに辿り着いていない。

 通路の途中だ。

 ゴールまで、あと20メートルほど。

 普通に歩けば、30秒もかからない距離。

 でも、山田のペースでは——


「……間に合わない」


 白岩が、呟いた。

 眼鏡を外して、顔を覆っている。


「まだ、時間はある」


 俺は、言った。

 でも、自分でも分かっている。

 このペースでは、間に合わない。

 5分で20メートル。

 可能か?

 山田のペースでは、厳しい。


 山田が、必死に進んでいる。

 杖を突きながら、よろめきながら、前に進んでいる。

 一歩。

 また一歩。

 遅い。

 でも、止まらない。

 諦めない。


 でも、時間が——


 時間が、容赦なく過ぎていく。


 【残り時間:00:04:00】


 残り4分。

 20メートル。

 まだ、遠い。


 俺は、拳を握りしめた。

 爪が、手のひらに食い込んでいる。

 血が出そうなほど、強く握りしめている。


 間に合ってくれ。

 頼む。

 間に合ってくれ。


 山田さん。

 諦めるな。

 生き残れ。


 でも——


 時計は、止まらない。


 カウントダウンは、続いていく。


 赤い数字が、一秒ごとに減っていく。


 容赦なく。


 残酷なほどに。


 運命のカウントダウンが、続いている。

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