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第11話 主催者?

 休憩室に戻ると、空気は重かった。

 田中の死が、全員に影を落としている。

 ゲーム会場から休憩室への扉が閉まると、全員が力を失ったように座り込んだ。

 ソファに座り込む者、壁に寄りかかる者、立ち尽くす者。それぞれが、自分の世界に閉じこもっている。

 蛍光灯の白い光が、疲れ切った顔を照らしている。

 田辺、鈴木、園崎、田中。

 四人が死んだ。残りは、七人。

 俺、黒岩、白岩、佐藤、山田、杉内、灰垣。

 最初は十一人いた。半分以上が、まだ生き残っている。でも、ここまで来るのに、四人の命が失われた。


 佐藤は、ソファの隅で膝を抱えていた。

 体を小さく丸めて、震えている。精神的な限界が近いのかもしれない。

 灰垣が、隣で彼女の背中をさすっている。「大丈夫、大丈夫」と、優しく言いながら。でも、灰垣自身の顔にも疲労が滲んでいた。看護師として他人を支えることに慣れているはずだが、この状況は彼女にも堪えているようだ。

 山田は、椅子に座ったまま、虚ろな目で天井を見上げていた。田中が自分のために死んだという事実が、まだ彼を苦しめているのだろう。皺だらけの手が、膝の上で震えていた。

 杉内は、壁に寄りかかって、床を見つめている。相変わらず無口で、何を考えているのか分からない。でも、その目には、恐怖の色が浮かんでいた。


 黒岩は、部屋の隅で静かに立っていた。

 いつもの定位置だ。無表情で、周囲を警戒している。軍人のような佇まい。

 白岩は、俺の近くに立っていた。眼鏡をクイッと上げながら、他の参加者たちを観察している。


 俺は、部屋の隅でノートを開いていた。

 次のゲームの情報を、確認する。

 ゲーム4:迷路サバイバル。

 制限時間内にゴールに辿り着かなければ死亡。迷路内にはトラップがある。

 このゲームにも、穴があるはずだ。ノートを読み込んで、攻略法を見つけなければ——


 ガタンッ!!


 突然、大きな音が響いた。

 俺は、ノートから顔を上げた。

 他の参加者たちも、一斉に音のした方を見る。


 天井だった。

 天井の一部が、開いている。

 点検口のような、四角い穴。そこから、人影が覗いていた。


「!?」


 全員が、息を呑んだ。

 何だ。何が起きている。


「はぁ……はぁ……やっと追いついた……」


 息を切らした声が、天井から聞こえた。

 女の声だ。若い、女の声。


 そして——


 点検口から、顔が覗いた。

 黒い髪。その中に、鮮やかな赤いメッシュが入っている。

 黒に赤のメッシュが入ったミディアムのウルフカット。

 白い肌。赤い瞳。整った顔立ち。

 黒いパーカーにジーンズというラフな格好。小柄な体格。

 二十代前半くらいだろうか。若く見えるが、その目には子供らしからぬ冷たい光が宿っている。

 そして——どこかで見た顔だった。

 ノートに挟まっていた写真。あの写真の少女と、同じ顔。


「……誰だ」


 俺は、警戒しながら言った。

 ノートを、咄嗟にポケットにしまう。

 もう分かっていた。この女が誰なのか。


 少女は、俺を見つめていた。

 その目が、俺のポケットに注がれている。

 正確には、俺がしまったノートに。


「あんた!」


 少女が、叫んだ。

 点検口から身を乗り出しながら、俺を指差している。


「そのノート! 私のノートでしょ!」

「……」


 俺は、少女を見つめた。

 この女は、ノートのことを知っている。

 ということは——


「……お前が、主催者か」


 俺は、静かに言った。


「そうよ!」


 少女が、胸を張った。

 点検口から身を乗り出したまま、誇らしげに宣言する。


「天宮ミオ! このデスゲームの主催者よ!」


 天宮ミオ。

 この狂ったゲームを作った張本人。

 俺たちを、この地獄に閉じ込めた元凶。

 田辺を、鈴木を、園崎を、田中を、死に追いやった犯人。


 参加者たちの間に、動揺が走った。

 佐藤が、小さく悲鳴を上げた。「主催者……?」と、震える声で呟いている。

 杉内が、壁から背を離して身構える。目を大きく見開いて、ミオを見つめている。

 山田は、椅子から立ち上がろうとして、よろめいた。「この子が……このゲームの……」と、信じられないような声を出している。

 灰垣は、佐藤を抱きしめながら、ミオを見つめていた。いつもの穏やかな表情は消え、複雑な感情が浮かんでいる。

 黒岩が、ミオの方に一歩踏み出した。無表情だが、その目には明らかな敵意が浮かんでいる。拳を握りしめている。

 白岩は、眼鏡をクイッと上げながら、冷静にミオを観察している。

「興味深い。主催者が自ら姿を現すとは」

「お前冷静すぎだろ」

 俺は、呆れた声で言った。

「状況を把握しているだけだ」クイッ


「だから、ノート返して!」


 ミオが、俺に向かって手を伸ばした。

 点検口から身を乗り出しながら、必死に手を伸ばしている。


「断る」


 俺は、きっぱりと言った。


「これがあれば、生き残れる。返すわけがないだろ」

「私のなの!」


 ミオが、さらに身を乗り出した。


「落としたのはお前だろ」

「拾ったのはあんたでしょ!」

「じゃあ落とさなきゃよかっただろ」

「ぐっ……」


 ミオが言葉に詰まった。

 反論できないらしい。当然だ。落としたのが悪い。


「いいから返して! 返しなさいよ!」


 ミオの体が、点検口から大きく乗り出していた。

 重心が、前に傾いている。

 危ない——


「おい、落ちる——」


 俺が言い終わる前に、ミオの体が傾いた。

 バランスを崩して、点検口から滑り落ちる。


「きゃあっ!」


 ミオの悲鳴が、部屋に響いた。

 そして——


 ドサッ!


 盛大な音を立てて、ミオが床に落ちた。

 仰向けに倒れて、黒いパーカーの裾が広がっている。

 天井から床まで、約3メートル。派手な落下だった。

 黒赤の髪が乱れて、顔にかかっている。

 パーカーの裾がめくれ上がっている。


「いたた……」


 ミオが、呻きながら体を起こした。

 頭を押さえて、顔をしかめている。

 涙目になっていた。


「……大丈夫か」


 俺は、思わず声をかけた。

 敵とはいえ、目の前で人が落ちたら心配くらいはする。

 灰垣も、看護師の習性か、ミオに近づこうとしていた。


「大丈夫じゃない!」


 ミオが、俺を睨みつけた。

 涙目になりながら、叫んでいる。

 灰垣の手を払いのけて、俺に向かって這いずるように近づいてくる。


「ノート! ノート返して!」


 まだ言ってる。

 落ちた直後なのに、ノートのことしか頭にないらしい。

 呆れた執着心だ。

 体のどこかを打ったかもしれないのに、自分の体の心配よりノートの心配をしている。


『参加者エリアへの侵入を検知』


 突然、AIの声が響いた。

 俺たち全員が、スピーカーを見上げた。

 ミオも、床に座り込んだまま、顔を上げる。

 その瞬間、ミオの顔色が変わった。


「え」


 ミオの顔から、血の気が引いていく。

 さっきまでの勢いが、一瞬で消えた。


『スキャン完了。新規参加者を登録します』


 AIの声は、淡々としていた。

 いつもと同じ、感情のない声。

 俺たちに死を宣告する時と同じ、冷たい声。


「ちょ、待っ——」


 ミオが、立ち上がろうとした。

 だが、足がもつれて、また座り込んでしまう。

 必死に手を伸ばして、何かを止めようとしている。でも、何もない。AIに向かって、空しく手を振っているだけだ。


『参加者番号12:天宮ミオ。登録完了』


 参加者番号12。

 天宮ミオ。

 登録完了。

 その言葉が、部屋に響いた。

 俺たちと同じ、「参加者」として登録された。


「……は?」


 ミオの口から、間抜けな声が漏れた。

 目が点になっている。

 状況を、理解できていないようだった。


「主催者が参加者に……評価:展開として8点」


 白岩が、眼鏡をクイッと上げながら呟いた。


「お前、今それ言う?」

「事実を述べただけだ」


 俺は呆れたが、白岩の評価は正しい。

 主催者が参加者に落ちる展開。確かに8点の価値はある。


「……今、『参加者』になったぞ」


 俺は、ミオを見下ろしながら言った。

 床に座り込んだミオを、立ったまま見つめる。


「嘘……」


 ミオの声が、震えていた。

 赤い瞳が、大きく見開かれている。


『主催者権限を剥奪しました』


 AIの声が、追い打ちをかけた。

 ミオの顔が、さらに蒼白になっていく。


「待って! キャンセル! キャンセル!」


 ミオが、天井のスピーカーに向かって叫んだ。

 両手を振りながら、必死に訴えている。


『参加者からの指示は受け付けません』


 AIの声は、冷たかった。

 ミオの懇願を、完全に無視している。


「ナビ子ちゃん!?」


 ミオが、悲鳴を上げた。

 ナビ子ちゃん? AIに愛称をつけていたのか。

 この状況で、そんなことを考えている場合じゃないだろう。


「お前……」


 俺は、ミオを見つめた。

 床に座り込んで、絶望の表情を浮かべている少女。

 さっきまで「主催者」を名乗っていた女が、今は「参加者」になっている。

 俺たちと同じ、首輪をつけられる立場に。


 よく見ると、ミオの首には既に首輪がはまっていた。

 いつの間に。

 AIが「登録完了」と言った瞬間に、自動的に装着されたのか。

 黒い金属の輪が、ミオの白い首に巻きついている。

 俺たちと同じ首輪。ルールを破れば、針が射出されて死ぬ。

 主催者だったはずの少女が、今は俺たちと同じ「処刑対象」になった。


「嘘……嘘よ……」


 ミオが、自分の首に手を当てた。

 首輪の感触を、確かめている。

 金属の冷たさが、彼女の指先に伝わっているのだろう。


「なんで……私が……参加者に……」


 ミオの目から、涙が溢れ始めた。

 頬を伝って、黒いパーカーの上に落ちていく。

 赤い瞳が、涙で潤んでいる。

 さっきまでの威勢は、完全に消えていた。


「自業自得だろ」


 俺は、冷たく言った。

 同情する気にはなれなかった。こいつのせいで、四人が死んだんだ。


「勝手に乱入してきたのは、お前だ」

「だって……ノートが……」


 ミオが、俯きながら呟いた。

 涙声で、震えている。

 黒い髪が、顔にかかっている。赤いメッシュが、涙に濡れていた。


「ノートを取り返さなきゃって……」

「落としたのも、お前だ」


 俺は、ため息をついた。

 この女は、自分の失態を棚に上げて、俺のせいにしようとしている。


「自分で落として、自分で乱入して、自分で参加者になった。全部、お前の責任だ」

「うぅ……」


 ミオが、両手で顔を覆った。

 肩が、小刻みに震えている。

 泣いているらしい。

 嗚咽が、部屋に響いていた。


 俺は、ミオを見下ろしながら、複雑な気持ちになっていた。

 こいつは、このデスゲームの主催者だ。田辺を、鈴木を、園崎を、田中を殺した元凶だ。

 憎むべき相手だ。

 こいつがいなければ、誰も死ななかった。こいつがこんなゲームを作らなければ、俺たちは普通の生活を送っていたはずだ。

 でも——


 今、目の前にいるのは、泣きじゃくる少女だった。

 自分の失態で「参加者」に落ちた、哀れな女。

 主催者の威厳なんて、どこにもない。ただの、怯えた子供だ。

 敵意よりも、呆れの方が勝っていた。

 そして——わずかな同情も。

 いや、同情なんてするべきじゃない。こいつのせいで、四人が死んだんだ。


 参加者たちも、ミオを見つめていた。

 複雑な表情で。

 怒り、困惑、呆れ、同情。様々な感情が、入り混じっている。


「……これで、8人か」


 白岩が、呟いた。

 眼鏡をクイッと上げながら、ミオを観察している。


「参加者が、また増えた」

「最悪の形でな」


 俺は、答えた。


「主催者が、参加者になった。こんな展開、誰が予想できる」


 ミオは、まだ泣いていた。

 床に座り込んだまま、両手で顔を覆って。

 黒いパーカーが、床に座り込んだ姿勢で皺になっている。

 黒赤の髪が、乱れて顔にかかっている。


 デスゲームの主催者。

 それが今は、俺たちと同じ「参加者」だ。

 首輪をつけられて、ゲームに巻き込まれた、一人の少女。

 自分で作ったゲームに、自分が参加することになった。

 皮肉な話だ。


「……お前」


 黒岩が、ミオに近づいた。

 無表情だが、その目には怒りの色が浮かんでいる。


「お前が、このゲームを作ったのか」

「……」


 ミオは、黒岩を見上げた。

 涙で濡れた目。恐怖の色が浮かんでいる。


「田辺さんも、鈴木さんも、園崎さんも、田中さんも……お前のせいで死んだのか」


 黒岩の声は、低かった。

 押し殺した怒りが、滲んでいる。


「わ、私は……」


 ミオが、後ずさりしようとした。

 でも、床に座り込んだままでは、動けない。


「黒岩」


 俺は、黒岩を止めた。


「今はやめろ。こいつを殺しても、何も変わらない」

「……」


 黒岩が、俺を見た。


「こいつは、主催者だ。俺たちを殺そうとした」

「今は『参加者』だ」


 俺は、黒岩の目を見て言った。


「俺たちと同じ、首輪をつけられた参加者だ。殺し合いをしても、主催者の思う壺だろう」


 黒岩は、しばらく俺を見つめていた。

 そして、小さく頷いた。


「……分かりました」


 黒岩が、ミオから離れた。

 壁際に戻って、静かに立っている。


 状況は、大きく変わった。

 でも、やるべきことは変わらない。


 生き残る。

 全員で、生き残る。

 ミオを含めて——8人全員で。


 俺は、ポケットからノートを取り出した。

 ゲーム4:迷路サバイバル。

 次のゲームの情報を、もう一度確認する。

 ミオが参加者になったことで、何か変わるかもしれない。

 でも、攻略法は変わらないはずだ。

 ノートのページをめくりながら、俺は考えていた。


 主催者が、参加者になった。

 これは、チャンスかもしれない。

 ミオは、このゲームの内部情報を持っている。ノートに書かれていないことも、知っているかもしれない。

 使えるものは、使う。

 たとえ敵であっても。


 次のゲームが、もうすぐ始まる。

 今度こそ、全員で生き残る。

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