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女神の護符  作者: のはな
第九章 かわりゆく第二騎士団編
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番外編 頭上の花


 ある日のケンジ。

 突然、今度は人の頭の上に花が見えるようになった。

 道行く人々の頭上に、それぞれ違う花が咲いていた。

大輪のものも、小さなものも、色とりどりに揺れている。

子供の頭上には瑞々しい蕾、老夫婦には寄り添うように並んだ花。


(なんだこれ……)


 出勤しながら観察していると、ひとつの法則が見えてきた気がした。穏やかそうな人間ほど、花が綺麗だ。


 執務室のドアを開けた瞬間、ケンジは思わず立ち止まった。


 イーゴリの頭上に、花があった。


 腐っていた。


 どす黒く変色した花びらが垂れ下がり、どんよりとした瘴気をまとっている。


それでいて——時々、禍々しく大きく開くのだ。まるで何かに怒り狂うように。


「なんだ、突っ立って」


 イーゴリが書類から顔を上げた。いつもの金色の瞳がこちらを見る。


「…いえ」


 言えるわけがなかった。


 ※


 気になって、騎士団の面々を観察して回ることにした。


 レオニードの頭上——何もなかった。


 花どころか、茎も葉もない。ただ、何もない。


(……そうか)


 何も聞けなかった。


 ナターリヤの頭上には大輪の花が誇らしげに咲いていた。アレクサンドルも同じだ。兄妹揃って、堂々とした大輪。


(育ちがいいってこういうことか……)


 オレグの頭上には、真っ直ぐに咲いた花。清潔で、迷いがない。


「………なんですか」


 じっと見ていたら気づかれた。

「いえ、綺麗な花だなと」

「………は?」

「なんでもない」


 ルカの花も綺麗に咲いていた。生真面目な男らしく、整った花だった。


イワンは——蕾だった。

まだ開いていない。これから何かが変わるのか、それとも開かないまま終わるのか。


 ※


 最後に、ヴェーラのところへ向かった。


 彼女は静かに書類を整えていた。銀髪が窓から差し込む光を受けて、柔らかく揺れている。

 ケンジはその頭上を見た。


 何もなかった。


 花も、茎も、葉も。レオニードとは違う「無」だった。

あちらは最初からそういう人間の「無」だとしたら、ヴェーラのそれは——失った「無」だった。


「ケンジ?」


 ヴェーラが顔を上げた。いつもの無表情。でもその目には、確かな温度がある。


「……なんでもないです」


 ケンジは静かに微笑んで、視線を逸らした。


 ※


 その日の午後、王宮への報告業務でケンジは王太子・ミハイル殿下の執務室へ赴いた。


 扉を開けた瞬間——。


(ひぃぃぃーーー!?)


 心の中で絶叫した。


 ミハイルの頭上に咲く花は、イーゴリの腐った花とは比べものにならなかった。


巨大で、黒く、どす黒い瘴気を撒き散らし——そして、口がついていた。ぱくぱくと動いている。明らかに何かを喰おうとしている。


(人喰い花!?口が動いてる!?変な匂いまでしてる!?)


 ガタガタと震えながらも、表情だけは必死に平静を保つ。


「サトウ書記官。報告書を」


 ミハイルの声は穏やかだった。整った顔立ち、優雅な所作。誰もが頭を垂れる王太子殿下。


(でも頭の上が……!)


 その時、扉が開いてポリーナが入ってきた。

 明るく可憐な花が、ぽわりと頭上に咲いている。


(ポリーナ王女の花が綺麗すぎて余計に怖い……!)


 無邪気に微笑むポリーナの隣で、人喰い花がぱくぱくと口を動かしている。



(なんでこんな組み合わせに……!)


 ケンジは書類を渡しながら、ふと思った。


 イーゴリの腐った花と、ミハイルの人喰い花。

二人は似ている、と騎士団ではよく言われる。確かに、どちらも普通ではない花だ。


 だが——決定的に違うことがある。


 イーゴリの花は腐りながらも、時々開く。


死んでいない。まだ、何かを求めている。


 ミハイルの花は——喰う。


(似てるけど、全然違う……)


 ケンジは青い顔のまま一礼し、足早に執務室を後にした。

 廊下に出て、大きく息を吐く。


 そしてふと、腐った花の団長のことを思った。


 あの花は、いつか変わるだろうか。


 腐ったままでも——実をつける日が来るだろうか。


 答えは分からないまま、ケンジは王宮の長い廊下を歩いていった。

何の関係を示す花かはあえて書きません。

ご想像にお任せします。

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