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金曜日の夜の愛妾2
濡れた瞳が……
君が……
ここから出してほしいと、言っているような気がした。
言葉は一度も交わさなかったが、ヴィンセントはニーナの母親の手を取った。
瞳を見てからひと月後の、満月の夜だった。
熱病に浮かされたような頭では、正常な判断など下せない。
細くて白い手は、少し冷たく……そして、柔い。
鳥のように、細く軽い手のひら。
それを力強く握ってから、確かめるように言った。
『……行こう』
ニーナの母は、消えそうなか細い声を吐いた。
『……はい』
すでに身重だった。
ニーナをその身体に宿した彼女を、ヴィンセントはそれでも欲しいと思った。
これは、病だ。
誰もが生涯に一度は罹る病なのだと、そう思った。
毒のように体をその熱が巡り、王の追手を殺すことすらためらわない。
逃げ延びるために、脚を失ったとしても――
それすら、安い代償だとさえ思えた。
淡い青い目と視線を交わしたあの瞬間に、
すべては決まってしまったのだろう。
君のために…
何もかも捨てて、ここから出ていってしまおうと。




