8.少年騎士オレグ〜過去〜
オレグは不敵に笑うイーゴリの横顔を見つめながら、ちょうど1年前の事を思い出していた。
ちょうど見習い騎士の期間が終わり、それぞれ所属する騎士団を探していた時期だ。
その日は、見習い騎士の最終日。
一堂に集まった団長たちの前で、自分の技を披露し、所属を勝ち取る恒例の実演。
剣を振るい、馬を操り、全力で戦い抜いた。
技は冴えていたはずだ――だが、声はかからなかった。
背丈が低い。その一点だけで。
見栄えのいい仲間に声がかかるのを、ただ横目で見送るしかなかった。
個の強さは抜きん出ていたが、使い道が限られると判断されたのかもしれない。
オレグはそこで「終わった」と感じていた。
『よう』
鋭い声が背中に落ちる。
振り向くと、そこに立っていたのは第二騎士団団長イーゴリ。
そして、その隣に第一騎士団団長アレクサンドル。瞳に氷の温度を宿らせ見下ろしている。
二人の大物に同時に見据えられ、オレグの喉が一瞬鳴った。
『お前、ちょっと構えてみろ』
アレクサンドルは一度だけイーゴリを見やり、何も言わずに背を向けて歩き去った。
残されたのは、笑みを浮かべるイーゴリと、剣を握りしめる自分。
『打ってみろ。俺に』
抜刀したイーゴリの声に、殺気を感じた。
殺すつもりで行っても、多分この人は気にしない。
これで最後だと思い、息を深く吸う。
剣を上段でこめかみ辺りに構え、低く長く息を吐いて集中した。
体から殺気を炎のようにまとわせるイメージが沸き、剣が小刻みに震えて揺れた。
オレグは全神経を集中させた。
この一撃で落とされても構わない。
いや――むしろ、ここで全てを出し切れなければ、もう道はない。
「はぁぁぁっ!!」
渾身の力を込めて振り下ろした剣は、空気を裂き炎のような殺気をまとった。
だが――。
カン、と軽い音が響いただけだった。
イーゴリは片手で剣を受け止めていた。表情は一切変わらず、ただ無造作に。
本気で斬り込んだはずの一撃が、まるで子供の木刀遊びのように止められていた。
『……なるほどな』
イーゴリは剣を押し返し、にやりと笑った。
『お前は面白い。炎みたいに真っ直ぐで、まだ形になってねぇ。だが、伸びる』
オレグは息を荒げ、全身から汗を噴き出していた。
だが、その言葉に胸の奥が熱くなる。
初めて――自分の力を「面白い」と言ってくれる大人に出会ったのだ。
イーゴリは剣を鞘に納め、軽く顎をしゃくった。
『オレグだな。……俺のところに来い。第二騎士団に入れてやる』
耳を疑った。
一瞬前まで、騎士団から声がかからずに絶望していた自分が――。
今、目の前の男の手によって未来を引き上げられている。
オレグは両拳を握りしめ、深く頭を垂れた。
『……はい!!』
その時の熱と衝撃を、彼は一年経った今も鮮明に覚えている。
イーゴリが笑うたびに、あの日の声が甦る。
(――俺は、あの人に拾われた。絶対に応えなければならない)
※
馬と一体となり駆けていく少年騎士を見つめ、イーゴリはケンジに「あれで16だ」と誇らしげに言った。
「アレクサンドルと取り合ったんだがな。俺が欲張るなって言って譲らせたんだ」
イーゴリは楽しげに笑い、まるで大したことでもないように肩をすくめた。
「と、取り合い……ですか!?」
ケンジの声は裏返った。
絶対修羅場だ。そばにいたくない。
「おう。レオニードと双璧にして育てたいって言いやがってよ。ずりぃだろって畳み掛けたら、あいつ真面目だからなぁ! はっはっはっ」
豪快に笑う団長の姿に、ケンジの頭の中で鉄仮面のアレクサンドルが少し迷惑そうに眉をひそめる様子が浮かんだ。
「俺が責任持って育ててやらねぇとな。あいつも……お前も」
唐突な言葉に、ケンジは目を瞬かせた。
「……え?」
イーゴリは柔らかく笑い、年よりも落ち着いた瞳でこちらを見ていた。
その笑みは、いつもの軽薄なからかいとは違い――確かな温度を帯びていた。
(……この人は、人に愛される。そう仕向けるくらい、底が見えないほど愛情深いのかもしれない)
騎馬訓練場の中央で、オレグが目を輝かせながら鉾を振るう。
その姿は、確かに未来の英雄を予感させるものだった。




