第二騎士団の変貌
オレグがイーゴリを探しに出てから早2日。
ケンジは気づいた。
電報を打とうにも、オレグの行方がそもそも不明ということに…。
(これは…?一度、王都に帰って、ちゃんと探しに行きたいと騎士団に連絡したほうがいい…のでは?)
そうと決まれば、ヴェーラと2人で行動は早かった。
帰りのチケットの電車発車時刻には十分間に合う。
「一旦帰りましょう!情報が無さすぎますから!!」
戦闘中に崖から落ちて消息不明のイーゴリが、早々に死ぬはずがない。
ケンジは荷物を抱えながらヴェーラの手を引き、全速力で駅まで走った。
(あの人のことだ…!生きてる!ゴキブリ並みの生命力のはずだ!)
絶望は不思議なほど、感じていなかった。
朝に南部を飛び出てはやる気持ちで汽車で半日揺られて王都へ舞い戻ると、そのまま私服とトランク一つでヴェーラと第二騎士団の本拠の騎士の館まで行った。
「あ!!ケンジ!!」
ケンジが第二騎士団へ勤めてから初めての、甘いロマンス旅行。
そんなふうに噂されたヴェーラの里帰の同行帰りに、仲のよい若い騎士が姿を見るなり声をかける。
「お前何やってんだよぉ…!団長死んじゃったよぉ」
「ぎゃぁぁぁぁーー!?縁起でもない!!」
見れば、騎士の館のホールにイーゴリの絵が祭壇のように祀られている。
しょぼんとした涙目の若い騎士…通称「情報通」は鎮魂の祈りを捧げていた。
「ヴェーラさんっ見ないでください!!これはっ先走りすぎの行為ですから!!」
「……死んだことになってるんですね」
青ざめた顔で、ヴェーラは唇をかみしめている。
周りの騎士達も葬式を始める気満々のようで、みんなで花を運んだり「この絵、なんかマッチョすぎじゃね?」と感想を述べながら祭壇を派手にしている。
筋肉3割増しで、イーゴリが絵のなかで神々しく上半身裸で剣を大地に突き立て、光っていた。
「死体はまだ発見されてないんでしょう!?先ばしりすぎじゃありませんか!?」
「…とはいっても、なぁ?」
「崖から落ちて、下は濁流になってた川だし?」
死んだんじゃね?
死んだだろ?
騎士達のドライな反応は、次々に「惜しい人をなくしたなぁ…」とうなづいている。
「まぁ…そんな団長だから。ここは派手に送ってやろうって話になってな」
「……よくわかりませんが、神格化するギリギリの感じで…こんな絵を祀ることに」
異動してきたばかりのイワンは、常識人でありながらも神々しい後光の差したイーゴリの絵を指差した。
光り輝く筋3割増しのイーゴリは、上半身裸で剣を高々と空に突き上げて満面の笑みで描かれている。
これでいいのか…?と、イワンが戸惑っているが、乗るしかないのか周りに合わせている。
「団長ぉ…あの世でも元気でやれるかなぁ」
「…ウラジミール上級書記官はどちらにいらっしゃいますか!?誰かまともな人と話たいです!」
情報通の騎士を無視してケンジは切実に叫ぶ
しかなかった。
※
第二騎士団、イーゴリ・メドヴェージェフは消息不明。
そして、生死不明。
とはいえ、王都を守る要の第二騎士団を率いる団長の席を空けるわけにはいかないのだろう。
イーゴリ不在の中、団長の席に就いたのは意外な人物であった。
ケンジとヴェーラはとんぼ返りするなり、自分の呼びの書記官の制服を職場のロッカーから引っ張り出し、新しい騎士団長との顔合わせを行った。
執務室へ入るなり、いつもはイーゴリが座る席に居る男が威圧に満ちた顔で二人を見る。
職場で甲冑姿以外をみることは初めてだった。
「…戻ったか。2人して不在のせいで、ウラジミールが困っていた」
漆黒の髪と瞳。
己のルーツとなる東洋系の顔立ちを色濃く受け継ぐ、唯一無二の一騎当千。
極北の獅子、レオニード。
すべての騎士の頂点に立つ、最強の騎士。
彼は、第一騎士団から異例の出向という形で、そこにいた。
(…まさか…レオニードさんが…第二騎士団にくるなんて。しかも、団長…)
彼が戦場を駆けて槍を振るえば味方は歓喜し、敵は恐れおののき震え上がる。
ケンジはどこかで、レオニードは第一騎士団を離れるはずがないと勝手に決めつけていた。
彼は、アレクサンドルの忠実な部下であり親友であり、そして第一騎士団の象徴である。
王国に天下無双の獅子あり…
と、周辺諸国でもレオニードの強さは語り継がれているのだ。
生ける伝説の最強騎士が、前線ではなく指揮官に近い団長となる日がくるとは、一体誰が想像しただろうか。
「すみません…2人とも私用で里帰りしていました」
「…………」
「あの。団長は…本当に…」
「…死体はまだ見つかって無いのですよね?」
ケンジよりも先にヴェーラの言葉は核心に触れた。
レオニードは腕を組んだまま、無表情でいる。
普段からあまり感情の機微を見せないが、その感情の無さは冷淡にも見えた。
「…下は、氾濫した濁流だった。一応、翌朝に偵察部隊が確認したが、遺体はなかったと報告を受けている」
淡々と言われる。
「希望的観測を言えば、流されてどこかで生きていることも考えられる。
しかし、氾濫した川というのはただの水ではない…様々な物流れてくる」
そもそも…と、さらに別の絶望も言われた。
「川そのものも浅い。叩きつけられ、死なない保証はどこにもない」
執務室は水を打ったかのように、静まり返っていた。
何も取り繕わないレオニードの言葉は、彼の生き様のように潔く、そして殺傷能力の強いものだった。
ケンジは思わずヴェーラの顔を確認する。
イーゴリの死の可能性を濃厚に示された事で、ヴェーラの目は開いたままだ。
そして、電報で初めてイーゴリの生死不明を言い渡された時のようになんの感情も映し出していない。
(わかってる…レオニードさんは、こういう人だ。何の悪気も無い。でも…これじゃあ、あまりにも…)
両親を早くに亡くし。そして今、長年家族として共にいたイーゴリの死の可能性を言い渡され…
ヴェーラは、抜け殻のような目で立ち尽くしている。
「待ってください…それは、あまりにも…っ」
いたたまれず、ケンジは怒りにも似た感情で考えるよりも先に言葉が出てしまった。
「そう…ーーあまりにも、配慮に欠ける言い方よ。レオニード」
※
執務室にノックもせずに入ってきたのは、赤く長い燃えるような髪をした美しい女騎士だった。
現れたナターリヤに無表情だったレオニードの顔が、ほんの一瞬だけ柔らかく人間味を帯びた。
だが、一瞬だけ。
入ってきた彼女を目だけで確認し、また元の感情の無い顔になる。
「…え…ナターリヤさん…?」
「こんにちは、ケンジ。それにヴェーラ。
私もこっちにレオニードと出向…というか、出世したの。副団長よ!女、初のね」
まだ10代特有のはつらつさで明るく微笑み、ナターリヤは誇らしげに胸を張った。
団長になったレオニードも第一騎士団だったが、そこにナターリヤまで加わると第二騎士団のカラーは圧倒的に塗り替えられてしまっていた。
第一騎士団の団長の妹、ナターリヤ・モーリャ。
数少ない女騎士であり、若い牝鹿のような溌剌とした性格の美しい少女だった。
「ごめんね、レオニードっていっつも言葉がたりないから!
イーゴリは死んだ可能性もあるけど、生きてる可能性もある状態よ」
レオニードをフォローしつつ、それはナターリヤの希望を口にしているとこもあった。
「その証拠に、オレグが単独で探しに行ってるから。あの子、野生の勘が鋭いし…私、見つける可能性高いと思うのよねぇ」
「…まぁ、たしかに…オレグくんはそういうところありますよね」
妙に納得してしまったが、ナターリヤの明るさはヴェーラの暗かった瞳に少しだけ光をあたえた。




