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女神の護符  作者: のはな
第八章 北の小国編
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鬼ごっこから鬼へ

(搾取…されてんのか)



初めて山賊の話を村人達から聞いたとき、イーゴリは集まった村人の人数を数えた。


村というより、山奥の集落。

ヴィンセントとニーナとその母親が住む家をふくめて四軒程しかない。


朝からヴィンセントが険しい顔つきで、麻袋に干し肉やチーズを家から集められるだけ入れている。その時から、違和感はあった。


イーゴリは、家の庭でニーナと体のリハビリがてら隠れ鬼ごっこをしており、鬼はオレグという地獄のような過酷さで必死に走っていた。


「イーゴリ様ぁぁぁーー!!見つけましたぁぁーーー!!」

「うおおおおーーー!!!ニーナ!!ちんたら走ってんじゃねええええーーー!!」


痛みを堪えて必死に腕を振って走り、オレグのロケットダッシュから逃れ、ニーナを脇に抱えた。


「きゃーーー♡はやいーーー♡」


ニーナは最近覚えたイーゴリ達の言葉で手足をばたつかせて喜んでいる。


イーゴリは庭の角を高速で曲がり、オレグから逃げる。が、それを読んでいるオレグは簡単に前方へ回り込んできた。


「おらぁぁあ!!」


と、そこでニーナをオレグに投げつけ、イーゴリは高笑いした。鬼がニーナに代わった。



「イーゴリっひどい!」

「卑怯ですよ?」


幼女を抱えながらオレグも呆れる。


「うるせぇっ!!俺が鬼にならなきゃいいんだよ!!おらっニーナ!!悔しかったら俺を追いかけて鬼にしてみろ!!」


手を前に出して煽ると、ニーナは素直に怒ってオレグの腕のなかではねた。


「イーゴリ!オニにしてやる!」

「ちんたら走ってんじゃねぇ!!リハビリにならなかったらはっ倒すぞ!!」


追いかけられながら毒を吐き、5歳相手にオトナ気なく笑って煽った。


「いやな男!!」

「オレグ!!お前もちゃんと逃げろ!!」

「…これ、意味あります?」

「早く走れっニーナ!!オレグをつかまえたら、また馬に乗せてやる!!」



麻袋に集められるだけの食材をいれ、肩に担いでいたヴィンセントは、庭の大騒ぎにいらいらした。


不機嫌にイーゴリを睨みつけながら、荷物を義足で不安定になりながらも運んでいく。


ヴィンセントの小さくなっていく背中を見つめ、イーゴリは汗をかけたところで一次休戦を2人に伝えた。


「…どうされましたか?」


オレグはいち早くイーゴリの視線の先に気づき、しばらく経ってから聞いてきた。



「さんぞく、くる!」


ニーナが父親代わりのヴィンセントを指さして説明した。




よくある話。といえば、そうなる。


イーゴリは、集落の入り口でヴィンセントを含め数名の男達が集められるだけの食料と酒を麻袋に入れて寄り集まっている場所へ顔をだし、そんな感想を持った。


この北の小国の外れの集落は、数年前から山をねぐらにしている山賊達に蹂躙されているらしい。


一番若い男のヴィンセントは他の男達よりも体力や気力もあるため、集められた麻袋を手際よく仕分けている。

また、他の男達は現状に絶望している目であった。

物資の少ない山間の生活は自給自足であり、生きられるギリギリの生活からなんとか切り出した食料だと分かる。


イーゴリがオレグ達とそこへ現れるなり、ヴィンセント以外の男達は顔を合わせるのも嫌なのかすぐに散っていった。


元々人間が嫌いでこんな山奥に住んでいるのか。それとも、人との接触が少なすぎる故に警戒心が高いのか。


愛想のない男達の反応を観察したが、イーゴリの感情は特に何も動かなかった。


こちらを睨むヴィンセントには、助けてもらった恩は感じるが他の集落の男達には何も感じていない。


睨むヴィンセントの口の重さには慣れている。

しかし、この義足の男の言葉の足りなさには辟易している部分もあった。


ニーナは、イーゴリの手を握りながら見上げて聞いてきた。


「イーゴリ。さんぞく、やっつける?」


ニーナは毎日ただイーゴリ達と鬼ごっこをしていたわけでなかった。


言葉は未だによく分からなかったが、イーゴリに頼りにされていることだけは分かった。



ヴィンセントの顔付きが一層険しくなった。



『何様のつもりだ』

『そう言うなよ。お前も、元戦士だろ?』


イーゴリは淡々と言いながら、笑みは崩さなかった。


義足のせいで身体のバランスは失っているが、身のこなしや体つきからしてヴィンセントはただの男ではない。

おそらく、イーゴリが鍛え上げてきた第二騎士団の騎士達の精鋭でも、十分にやっていけた実力者だ。


何よりも、この目だ。


普通の男であれば、イーゴリの放つ殺気や威圧にすぐに怖じ気づく。

しかし、ヴィンセントは臆することなく常にイーゴリを見据えて睨み返してくる眼光があった。


オレグは二人のにらみ合いを見つめながら、ヴィンセントがいつ躍りかかってもイーゴリを守れるようにゆっくりと間合いへ入っていった。


背格好もどこか似ている二人だが、睨むヴィンセントに対してイーゴリは余裕たっぷりに笑っている。


対照的であった。



『・・・助けてもらったよしみだ。俺とオレグの2人で、山賊を一掃する』




集落から食料や酒を集めるのは、いつも決まって金曜日の夜だった。


山賊の一団は首領を頂点とし、全部で20名。


村を襲わない約束として月に二度、取れるだ取って絞り上げているという。


これが始まったのは、1年ほど前の事だ。


集落は今や4軒しかないが、かつては10軒ほど軒を連ねていたという。


残りの6軒はどこへ行ったのか。


逃げおおせたのか。それとも…


ヴィンセントはそこに関しては語りたくないようであった。

イーゴリは、そこに口にするにもおぞましいことが成し遂げられた…

という、可能性を感じた。


家のなかで声をひそめるように話を聞きながら、ヴィンセントの隣にいるニーナの母親が小刻みに震えている。


若い女はもはや、この母親しかいない。


イーゴリは警戒心の高いヴィンセントが、なぜ素性も知れない自分を何の見返りもなく助けてくれたのか、ずいぶん前から疑問であった。


しかし、なんとなくこれで合点がいく。


(…こいつは、山賊に太刀打ちできるだけの仲間を集めようとしていたのか。俺を見て、それができると判断した)


他の集落の男達は皆、年老い目に光がなかった。



しかし、ヴィンセントは口数こそ少ないが目の光を失ってはいない。


イーゴリとオレグの二人で山賊を退治すると言った瞬間は、激しく警戒心むき出しにしてきたが話してみると段々と情報を語り出す。



長い月日の中で、集落で山賊達と戦うことを想定した計画すら口にした。



「…1年か。気力を失ってもおかしくない長さだ。連中をなぜこの国の自治体は放っておく?」


オレグに早口でヴィンセントから聞いた内容を伝えた後、イーゴリは感想を独り言のように言った。


「俺なら、一ヶ月で山賊に抵抗します」

「気長だな。俺は初手から好きにさせない。…が、それは俺たちが民間人ではない戦闘に慣れた職業人だからだ…」


話しながらヴィンセントに視線を移す。

この男は1年も耐えていたのか。

それか…かつては同じような若い男達が居て、抵抗をしたのかもしれない。



『…下手をすれば、殺される。無慈悲な奴らだ』


ヴィンセントは時前で描いた集落とその周辺の地図を広げていた。



山を降りる道は1本しかない。

そこを、山賊達はいち早く抑え込んでしまったという。


助けを呼ぶことも、逃げることもできない。


「…オレグ。お前、よくここに来れたな」


「道があったんですね」


「…………どういうことだよ、お前」


相変わらず天然な部下の顔を見ると、心底驚いている。


迷子に近い感じで川沿いをずっとくだり、野生の勘でイーゴリの元へたどり着いたのかもしれない。


呆れるイーゴリだったが、いかにもオレグらしい奇跡の起こし方だった。


「ふぅん…つまり、川か。

山賊どもに囲われているように見えて、川までは奴らも目が行き届いていない…だから、お前はここに来れた」


イーゴリは地図を確認し、トントンと指で川をなぞった。


オレグは顔を変えなかったが、ヴィンセントの目がわずかに引きつる。


『俺がここに来た時は、川は氾濫していたが普段はおだやかで下へ下りやすい。うまくいけば、ここからニーナとお前たちくらいは手製の舟で逃げれるはずだ』



一ヶ月でイーゴリもこの国の言葉が随分上達した。

流暢に喋る男に、ヴィンセントとニーナの母が顔を見合わせて舟の案に何故か難色を示す。



『…逃げてどこへ行く?俺達は、ここしかない』


続けて言われた。


『ここには、逃げて来たから住んでいる。出ていっても、どこにも行けない』



全ては語らなかったが、そもそも複雑な事情が絡み、ここを選んでいるようだった。


一言も話さないニーナの母親と、ヴィンセントの関係もそもそも謎である。


(…体の関係こそありそうだが、夫婦でも…恋人でもねぇな。ヴィンセントが…一方的に護ってるだけだ)


一ヶ月、寝食を共にする中で何度か夜に二人がまぐわっている物音は聞いている。


イーゴリは隣の部屋で寝ながらそのたびに、ヴィンセントの人間臭さを感じて苦笑した。


不器用な男でほとんどむっつりと黙って生活している上に、愛情を昼間には見せない。


微かに聞こえる声や物音から、ヴィンセントとニーナの母親の情事。


妙に生々しく、男と女とは単純ではないのが面白かった。


しかし、イーゴリは笑わなかった。


(……俺は、抱くこともしなかったな。ヴェーラを)



逃げつづけて向き合わなかったヴェーラへの愛情が、ここにきて胸をしめつけた。



ここを出るには恩返しと共に、山賊を一掃することとしよう。


イーゴリはヴィンセントと自分を重ねながら一言


「……じゃあ、ここで生きるために…やるしかねぇな?」


声は低く、静かだった。

ヴィンセントは何も言わず、目だけで頷いた。


その目は、一年前に折れた男のものではなかった。


イーゴリはわずかに口角を上げた。


(……似てるな)


守るしかできない男。

抱けない男。

だが、剣は振れる。


外では風が山を渡っている。

金曜日の夜は、もうすぐ来る。


「オレグ」

「はい」


「遊びは終わりだ。準備しろ」



笑みは消えていた。




今度は、鬼になる番だ。















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