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女神の護符  作者: のはな
北の小国編
85/98

同じ星の下で

ひさびさに普通の文体で

 あの星降る夜に、このまま死んでも良いと…

 イーゴリは、一瞬思った。


 だが、まだ終わらせない。

 生きて帰るしかないのだ。


 ヴェーラがいる限り…




 イーゴリは人気のない庭先にある古びたベンチに身体を預け、あの夜以来の星空を見上げていた。


 山深い集落は、民家は数えるほどしかなく、灯りはほぼ何も気にならない。


 聞こえるのは、夏が近いことを知らせる虫の音。そして、暖を取る目の前の薪の爆ぜる音だけだった。



 見上げた星空に、時折星が流れるのを見る。


 イーゴリはそれを見届けると、手元にある薪をさらに細かく割いて火に焚べた。


 火に投げ込まれた薪は、徐々に赤々と炎に包まれやがて全体を燃やしていく。


 踊る炎を見ていると、自然と心は穏やかなまま保てた。



「団長」



 

 そこへ、オレグが毛布と共に声をかけてきた。


「悪いな、付き合わせて…」

「いえ。イーゴリ様とこうして2人だけで火を囲んで話せるなんて光栄です」


 隣に座ると、慣れた手つきで毛布を広げている。


 オレグは野宿に抵抗がなく、イーゴリと共に今夜からここで寝ることに何の文句も言わなかった。


「これを」


 そして、自分の持っていた予備の短剣を丸越しのイーゴリに簡単に渡してくる。


「俺がこちらでも構いませんが、本当に短剣のみでよろしいのですか?」

「かまわん。無ければ、キッチンナイフで済まそうと思っていた」

「…キッチンナイフは、柔いです。折れますよ?」


 イーゴリは短剣を鞘から一瞬で引き抜くと刃面に映る自分の顔を一つも動かさず手元でクルリと回した。


 重さや刃渡りの長さを確認し、手になじむ感覚を身体に覚え込ませた。

 重心のバランスがよく、手首をひねって返しても全くブレない。

 かなりの業物と感じた。




「…キッチンナイフでも、一撃にはなるだろうよ。でも…これ、借りるぜ?なかなか良い物だ」

「……護身用にと、昔譲り受けました。母の兄…俺の叔父の物だそうです」


 オレグから親族の話を聞くことはほとんどなかった。

 少年は騎士となるために14歳で王立の騎士養成校へ入り、第二騎士団へイーゴリが入れたがその前の経歴はよく分かっていない。


 だが、この少年が騎士としての教育を養成学校に入る前から、長いこと施されていたのは感じていた。


 あまりにも強すぎるからである。


 オレグは熟練の老騎士のような、巧みな技術を持ち合わせた戦い方をする。


 イーゴリは、オレグの生い立ちを深くは知らない。

 だが、ただの平民の出ではないことはすぐに分かった。


「…イーゴリ様は、血の運命って、信じますか?」


 珍しいくオレグからの問いだった。


 オレグは視線を合わさず、枝を何本かまとめて折ると薪にくべた。

  燃える木が爆ぜて、炎が一段階高くなる。


「…会ったことは無いのですが、俺の叔父は…名のある剣士だそうです」


「…ふぅん。名前は分かるのか?」


「同じヴォルゴフで、ファーストネームはユーリだそうです。剣聖ユーリと呼ばれています」


 名前を聞き、イーゴリは一瞬だけ目を瞬く。


「そいつは… すごいことを聞いたな」


「どうやらこの辺りの諸国を特に目的もなく渡り歩いているようなのですが、俺の顔は叔父にそっくりだそうで…」


 オレグは顔を撫で、淡々とさらに続けた。


「イーゴリ様を探している間に、何回か知らない人に昔見た叔父に似ていると言われました。人助けが好きなようです」


「…………」


「……叔父が居たら、俺がこれからイーゴリ様とすることを肯定してくるかもしれませんね

 」


 ほとんど家族のことなど話さないオレグの独白に、イーゴリは炎を見つめなが両親のことがよぎった。


 もはや、親子の縁など断ち切りたいと思うような自己顕示欲の固まりの父。そして、それに黙って従う母。


 騎士の王国を離れ、命だけ助かったイーゴリの現状を2人は知らない。



「…お前だけに語らせんのも悪いからな。これはひとりごとだと思って聞いてくれ」


 ため息とともに、イーゴリは少しだけ自分の生い立ちをポツリと話した。


 幼い頃から勉強が好きだったこと。

 飛び級で12で大学に入り学者の道へ進みたかったこと。

 父親の方針でそれを止められ、無理やり王立の騎士養成学校へ入ったこと。

 当時はひ弱な身体で、どこの騎士団にもはいれなかったことで、親から勘当されたこと。


 なんとか入れた南部の第七騎士団で、ヴェーラの父親だった団長がそれからは親代わりになり育ててくれたこと。


 そして、今は成長した自分に親が過剰な期待をして接してくること。



 ごく簡単に話したが、オレグはその独り言の内容に黙って付き合い、少し戸惑っているようだった。



「…血の運命なんて、分からねぇけど…俺も親父そっくりの顔と身体してる。

 勝手に捨てたくせに、今じゃ手放しで俺の出世ぶりを喜んでるぜ」

 

「…イーゴリ様は、本当は騎士にはなりたくなかったんですね」


「はっきり言うとなると、そうだな。ただ…」


 火の勢いを絶やさないように、薪を何本か投入した。


 騎士としてもう9年働き、気がつけば王太子にも気に入られるような武功を立てていた。


「…好きじゃねぇことも、叶えたいことがあれば続けられんだよ」



 胸元で揺れる女神の護符に触れ、そのままそっと撫でた。


『君を守る』


 幼い頃に誓ったヴェーラへの言葉が、そのままイーゴリを強くさせ、背中を押した。


 そこまではオレグに語れなかった。


 しかし、イーゴリの顔がどこか寂しさと愛しさが混ざる複雑な笑みを浮かべていたため、見届けた。


 夜は更け、闇に浮かぶ星空の光が更に濃くなっていく。


 この星の景色は、どこで見ても同じなのか。



 ※



 星空の濃さが段違いだった。


 ヴェーラは薄い寝間着一枚に、部屋から持ち出したストールを肩に掛けバルコニーで夜空を確認した。


 イーゴリが消えてからもう、一ヶ月以上経っていた。


 騎士の国の王都とは違い、この国の夜空は星の数が圧倒的だった。

 星が集まり、淡い白濁の流れを作って広がっている。


 人は死んだら星になると聞いたことがある。


 2年前に死んだ父も。

 私を産んでまもなく死んだ母も…

 そして、今もどこにいるか分からないイーゴリは…


 あそこにいるのだろうか?


 名前を呼ばれて振り返ると、ケンジが部屋の中から厚手のガウンを持っていた。


「風邪…ひきますよ?」



 イーゴリのいないこの国で、ヴェーラの運命もまた回り始めていた。





次回からスピード感でてきます

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