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女神の護符  作者: のはな
北の小国編
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嘘ではなく、真実の交流を

ヴェーラ…


最後に会話をした時の、泣きそうな顔をした銀髪の女の子の顔を思い出す。


ケンジと南部へ行き、里帰りをしろと突っぱねた時の悲しくも寂しそうな傷ついた目。


淡い青い瞳。


触れそうになった唇を避けたとき、イーゴリは心臓が破けそうになるほど苦しく高鳴ってしまっていた。



「…っ」



金髪の幼女を見て思わず「ヴェーラ」と呼びそうになったが、痛みで声が出ない。


手を伸ばし、触れようとすると幼女は手を握ってきた。

幼い柔らかな手のひらは小さく、温かい。


眉をしかめて言われた。


『おじさん、いたい…いたいなの?』


知らない言葉だったが、声のトーンからして心配されているのは分かった。




『…ニーナ。ここには入るなと言っただろ』



騒ぐ女の声を聞き、家へ戻った義足の男が低い声で制した。


イーゴリは体の痛みで動けなかったが、少し乱暴に男の手が幼女からイーゴリを払うのを感じた。


義足を軸にして不格好に足を動かし、男は健常の脚を曲がらせて少女の目線に合わせて跪いている。


その時、初めて顔をまともに見た。


深い赤茶色の短髪に、アーモンド色の瞳。

そして、無骨な顔立ちと無作法に整えたヒゲが顔を覆っている。


鋭い眼光からは、イーゴリに対する警戒心が透けて見える。


ニーナと呼ばれた幼女は視線を合わせる男に、少しだけ身構えて体を硬くしていた。



『だめなの?どーしてー?』


『前に言っただろ。こいつは、ただの怪我人じゃない』


『…あぶない人?』


『よその国の男だ。おそらく…』



男がためらいながら言葉を選ぶ間、

イーゴリはかろうじて視界を上へ動かした。


部屋の入口。半開きの扉の向こうに、もう一人――人影がある。


若い女だった。

幼女と同じ金髪……ではない。

それよりも淡く、月光を含んだような銀に近い色。

 長い髪を一つの三つ編みに束ね、肩の前へと流している。

 質素な衣服に身を包み、飾り気はないが、不思議と目を引く佇まいだった。


 女は部屋に踏み込まず、ただ静かにこちらを見ている。

 その視線には、驚きよりも――

 慎重さと、わずかな戸惑いが滲んでいた。


(……家族、か……)


 義足の男がニーナの肩に手を置き、軽く背中を押す。


『下がれ。火のそばへ行け』

『……はーい』


不満そうに唇を尖らせながらも、ニーナは男の言葉に従った。

数歩離れてから、もう一度だけ振り返り、イーゴリを見る。

その小さな視線が、胸の奥に引っかかる。


男はゆっくりと立ち上がり、今度は真正面からイーゴリを見据えた。


 鋭い。

 探るような目。


不意に、体の力が抜けそのまま気を失いそうになった。

それでもーーーイーゴリは声を絞り出した。



「…ここはどこだ?なぜ、助けた?」



言葉を紡いだが、伝わっている手応えがまるでない。


話す言葉がまるで異なるのだ。


そうなると、おのずとここがどこなのかイーゴリの頭脳はすぐに察する。


頭だけは、幸いにも損なわれていない。

それが、この状況で唯一の武器だった。


動かずこちらを睨む男に、イーゴリはためしてみることにした。



『少し…言葉、分かル』


イーゴリのいる騎士の王国とは、長らく敵対関係にある北方の小国。

太古の魔術の生きる国の言葉は、かつてほんの少しだけ学んだことがあった。


『騎士』


イーゴリは自分を指差し、淡々と言った。


『剣、甲冑、無い。戦えない。…敵意ない』



男はしばらくイーゴリを無言で見下ろしていた。値踏みするような視線だった。


(通じた…か?)


痛みでまた意識がぐらつく中、イーゴリは気絶しないように自分の太ももの内側を力の限り強く握った。


嫌な汗が噴き出てくる。

男の反応が特にない中、彼はしばらく経ってから何も言わずに踵を返し、部屋を出ていった。


 軋む床板の音が遠ざかる。


(……行った、のか……?)


安堵しかけた、その直後――

外で、鈍い金属音がした。


戻ってきた男の手には、斧が握られていた。


「…っ!!」


 

反射的に、イーゴリの全身に力が入る。


斧の刃は、男の頭と同じくらいの大きさであり、多少の刃こぼれはしていたがよく研がれていて鈍く光っている。


とっさにシーツをたぐり寄せ、イーゴリはそれを紐にして応戦する考えがよぎった。


逃げ場はない。

まともな、武器もない。


それでも、視線だけは逸らさなかった。


 

男は斧を床に置かず、しばらく黙ってから口を開いた。


「……俺も、わかる」


たどたどしいが、確かに“こちらの言葉”だった。


「お前の国の、言葉。……少し」



そう言ってから、自分の脚を――

木の義足を、拳で軽く叩く。


「……昔、やられた」


義足の男の声に感情は乗らなず、事実を並べるだけの口調だった。


「もう、戦えない。でも――」


男は一歩踏み出し、斧を振り下ろした。

刃ではなく背の部分で、床板を叩く


 ――ドン。


家が揺れるほどの音が響く。

威嚇。

それ以上でも以下でもない。


「女、子供」


 一語ずつ、区切るように。


「手、出す。お前……殺す」



短い宣告だった。

イーゴリは男と視線を外さず、目を見たまま息を吐いた。

 恐怖より先に、理解が来る。


 降伏の仕草ではない。

 誓いの時と同じ、胸の高さで止める。


『……俺も』


 喉が焼けるように痛む。


『女、子供。手、出さない』


 一拍、呼吸を整える。


『……騎士。誓い、破らない』


 男は、すぐには答えなかった。

 斧を下ろしたまま、じっとイーゴリを見つめる。


 やがて――

 わずかに、ほんのわずかに警戒の色が、薄れた。



「…名前」


男は自分を指さし静かに言った。


「ヴィンセント。…お前は?」


正直に名乗るべきか、一瞬迷った。


しかし、一つ嘘をつけばその後も嘘を重ねて不信感へとつながる恐れが脳裏をよぎる。


イーゴリ・メドヴェージェフの名は、王国では轟いている。しかし、この異国では分からない。

敵国の悪名として知られている可能性もあった。

だが、その時はその時だ。


イーゴリは、まっすぐに自分を見る義足のヴィンセントには真摯に向き合うことに決めた。


握手の手を差し出し、はっきりと名乗った。



「…イーゴリ。イーゴリ・メドヴェージェフ」



ヴィンセントの手を握ると、剣を握っていた名残が掌の豆から感じた。

イーゴリの手も、同様に無骨で多くの切傷を残している。


2人の男の手は握り合い、イーゴリは薄く開いた扉から若い女も自分を見ているのに気づいた。


ニーナと呼ばれる子供の母親は、新しくやってきた男をまだ警戒していた。


平穏な暮らしを脅かす脅威にならないか…と。




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