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女神の護符  作者: のはな
北の小国編
77/83

星降る夜に死ぬのもいい…と、思っていた

合わせて

女神の護符

プロローグも読み返していただけるといいと思います

 カコン…カコン…


 規則正しい何かを打つ音が、朝の光を取り込む部屋の中でも響いていた。


 外から聞こえる、その音。

 イーゴリはやけにクリアになった頭で目覚め、動かせなかった腕を上げることに成功した。


 熱が下がり、汗で冷たくなった額に湿った前髪がかかっている。



 朦朧とした意識のなかで見た男の姿は、どこにもない。

 ただ、簡素な作りの部屋の中で清潔なシーツを敷いたベットに寝かされている。


 目に映る天井には、逆さにされて干された薬草がいくつか下がっている。

 簡素な暮らしの痕跡に、ここが民間人の住む家と分かった。


 朝日が差し込む窓に目をやると、白いカーテンのかわりの布が覆っている。

 規則的な音は、窓の外から途切れることなく流れている。


 イーゴリは目を細め、カーテン代わりの布に浮かび上がる動く影を見つけた。


(…薪割りか…?)


 広い背中を持つ男の影が両手で斧を持ち、何度も割っては薪を立てて細分化して割っている。



 王都では見かけない燃料の労働だった。


(そうだ…俺は、落ちた…それから…)



 イーゴリは、微かに残る記憶が脳内で流れていくのを感じる。



 着ていたはずの全身を覆う甲冑は、すでに無い。

 ほぼ、半裸に近い格好で上半身は薄いシャツ一枚でボタンもとれている。


 だが、アルマンを崖から無理やり腕一本ですぐ上げた時は全身を重装備で固めていた。



 ※



  あの後…

 雷鳴と共に、真っ白になるほどの落雷が木をなぎ倒してイーゴリを巻き込んで崖から落ちた。


 咄嗟に顔を覆っていた兜を投げ捨てたのが、その後の濁流で溺死を逃れた。


 崖下の濁流は、多くの危険な漂流物を轟音と共に運んでいた。

 イーゴリは共に落ちた大木に捕まりながら、、何度も岩に打ち付けられて痛めつけられたのを覚えている。


 身を切るような寒さと痛みで、朦朧としていく意識。

 長く水の中にいることで、体の感覚は徐々に失っていった。


 夜の闇に包まれたどこまでも続く大河の流れに、このまま粉々になるまで突き進んでいくのだと思った。



 しかし、運命のいたずらがあった。


 イーゴリは何度目か分からない岩への激突を背中で受け、そのまま大木に押し上げられるようにして対岸へと打ち上げられたのだ。


 嵐はすでに止んでいた。

 濡れた対岸の岩場で、イーゴリは口から何を吐き出しているかも分からず何度も嘔吐した。


 息を吸うことができ、倒れたまま空をみあげるとかつて見た事のある美しい夜空が広がっている。


 星が落ちてくるように何千人何万と、こぼれるように光り輝いている。


 静かで風もない夜の星空だった。



 イーゴリは、その星を見上げながら…


 この美しい星々が、死ぬ時に見る最後の景色ならば、それで良いと思った。



 いつか見た…


 ーーー 女神の護符を渡された、夜の星空と同じだった。


 星空を見上げたまま、イーゴリはしばらく動けずにいた。


 星空に手を伸ばすと、腕を覆う甲冑の無機質な姿が目にはいる。


 ヴェーラを守ると誓った男の手は、未だに抱きしめてやることすらできていなかった。



 ※



 肺に入る空気は冷たく、吸うたびに胸の奥が軋む。それでも――呼吸は、できている。


(……終わりでいいと思ったはずなのに)


 視界の端で、夜露に濡れた甲冑が鈍く光っている。

 歪み、ひしゃげ、もはや守るべき形を失った鉄の殻。

 イーゴリは、ゆっくりと腕を伸ばした。

 指先に伝わる冷たさに、顔をしかめる。


 まだ、終わりたくない――


 その感覚だけが、胸の奥に残っていた。

 留め具を外す指は震えていた。

 鎖が外れ、肩当てが地面に落ち、鈍い音を立てる。


 胸甲を引き剥がすと、冷気が一気に肌へ流れ込んだ。

 重装備の甲冑を脱ぎ捨てるたび、身体が軽くなる。

 同時に、何かを置き去りにしていくような感覚があった。


 這うようにして森へ入り、倒木の陰に身を寄せる。


 腰の小袋から、緊急用の火付け道具を取り出した。

 指先に力が入らない。

 何度も石を打ち、火花が散っては消える。


 それでも、諦めなかった。


 乾いた草に、かすかな赤が灯る。


 息を吹きかけると、弱々しい炎が揺れ、やがて小さな火となった。


 あたたかい。

 その事実に、喉の奥が詰まる。


 焚き火の前に身を横たえ、イーゴリは空を見上げた。

 枝葉の隙間から、星がまだ瞬いている。

 意識が、ゆっくりと遠のいていく。


 だが今度は、闇に引きずり込まれる感覚ではなかった。


(……まだ、終われねぇ……)


 その思いだけを胸に残し、

 イーゴリは静かに、深い眠りへと落ちていった。



 ※


 イーゴリが覚えていたのはそこまでだった。


 そこから先は、記憶は途切れ途切れになり、片脚の男に水を飲まされ額にタオルを当てられた出来事に飛ぶ。



(…つまりは、あの森の中で…俺は、ここに運ばれて助けられたのか)


 無理やり体をベットから起き上がらせると、イーゴリは冷静に考えていた頭を真っ白にさせるほどの痛みが全身を覆った。


 息が詰まり、ほぼ息を吸えない。


「…っ!」


 体の奥がえぐられるような痛みの強さに、悲鳴すら上げられず体をくの字に曲げて耐えた。



 今まで戦場で受けたどんな傷よりも、痛い。


(…これ…やばくねぇか…!?)


 何かが折れたというより、内臓を引っ張られて潰されたような冷や汗の滲み出る激痛。

 ひたすら痛みに耐え、息を吸い込むのもためらうほどだった。



『あ!おきたーー!』



 そんな中、イーゴリに拍子抜けするほど幼く明るい声が背後からふりかかった。



 パタパタと軽い足音が部屋になだれ込み、痛みで顔を上げられない視線は床しか映らない。


 床の上で小さな靴を履いた脚が、ぴょんぴょんとはねている。



『だめよ、ニーナ。ここに入っては』


 次に聞こえたのは聞き慣れない言葉を話す若い女の声だったか、振り向けない。


 イーゴリは下を向いて耐えていたが、そこでぐっと下からこちらを覗き込んでくる幼い少女と目が合い固まった。


 くりくりした大きな青い目と小さな鼻。整ったかわいい顔に、美しい金髪をおさげ髪にした幼い子どもが興味深く観察している。



『痛くない?もう大丈夫なの?』



 その顔は、どこか幼い頃のヴェーラと似ていた。


 イーゴリは驚きの中で、少しだけ痛みが治まっていくのを感じた。










と、いうわけでイーゴリは助かった過程を描きました。でも、満身創痍という状態。



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