1.お墓参りと、父ボリス
ここからケンジのちょっと頭脳が冴えてくる感じとなります。
まずは、ゆっくり導入から
父が亡くなる前のことだ。
一つだけ、気になる事を言われたのを覚えている。
『…ヴェーラ。お前は、イーゴリが好きか?』
その時、ヴェーラは何時もの通りに夕食後の皿洗いを終えて食器を拭き上げていた。
イーゴリは、すでに独身寮で生活をしていた。
お互い、異性と意識し合っていた2人は長年一つ屋根の下で生活することを止めた。
父が亡くなる1年前からである。
ヴェーラは17歳の学生だったが、この国では16歳からの結婚を認められている。
同級生の中には、何人か早めの結婚を決めた女の子達もいた。
父の問いに、ヴェーラは当然のごとく頬を赤くしてまごついた。
好き…と言いたいが、気持ちを父の前で吐露すれば戻れない気がした。
気持ちを口にすれば、もう抑えられない。
そんな娘の反応に、父のボリスは気持ちを汲み取るように微笑む。
『…無理に答えなくていい。よくわかったから』
幼い子供みたいに頭を軽く2.3回ポンポンとたたかれ、そのまま撫でられた。
そして、何も言わずに自分の私室のある二階へと上がって行った。
亡くなかった父に言えなかった、問いの答え。
イーゴリが好きか?
それに、今答えるならばこうだ。
イーゴリが好きだ。
たとえ、何年経とうと。
彼が、私を遠ざけても…こちらを見ようとしなくても。
私の人生から、イーゴリが出ていかない。
それほど、惹かれて止まない。
結ばれることがなくても、生涯この気持ちは消えないほどに…。
※
父が眠る墓標は、かつて住んでいた町外れの平原の墓地にあった。
第七騎士団の団長を務めた事もある父の墓碑は、シンプルながらも威厳に満ちてた物だ。
それらは、全て娘のヴェーラに代わり、イーゴリが選んで整えてくれた。
突然の父の死に、泣くことすら疲れて放心していたヴェーラは、ほとんど葬儀の記憶がない。
イーゴリはヴェーラのそばを離れず、至極冷静にその葬儀を最初から最後まで取り仕切り、ヴェーラのかわりに喪主を務めた。
イーゴリが泣いたのは一度だけ。
地中に埋められる父の顔を見る最後の時だけ、涙を流し頬を雫が降りていった。
本当はもっと泣きたかったのかもしれない。
私を気遣う彼の優しさは、いつも自分を後回しにする。
そう気づいたのは、だいぶ後になってからだった。
南部の何もない平原は、海からの潮風が吹いて凪いでいる。
イーゴリと共に王都へ出て2年。
1度も墓参りへ行けなかったせいで、父の墓の周りは少し荒れていた。
ヴェーラは墓周りを掃除し、綺麗にしてから街で買った花束を父の墓標に捧げた。
時折イーゴリがこの近くの人間を雇い、墓参りと清掃をさせていたのは知っていたが、やはり2年という月日は長すぎた。
ケンジは祖国の墓地とは違う様子に少し戸惑いつつも、王国の形式に従い手伝う。
(立派な…お墓だ)
大きさは、他の墓標よりも倍近くある。
ここに来るまでの道のりで、ヴェーラから父親が第七騎士団の団長であることを聞き正直驚いた。
王国には7つの騎士団があるが、団長クラスとなるには相当な功績を挙げるか優秀な人間でなければならない。
特に、地方の騎士団は小規模精鋭のエリート集団の第一、第二騎士団とは異なり、騎士の団員数が桁違いだ。
ヴェーラはあっさりと「お父さん、人を動かすのは得意だったから」と団長になった理由を言ったが、そんな簡単なことではない。
おそらく、南部では相当名を馳せていたのだろう。
地元の人間に慕われ、この墓碑も建てられたのだろうか。
一個人の墓とは思えないほどの規模であり、墓地の最も目立つ場所に存在している。
静かに祈りをささげていたヴェーラは、不意に祈りを終えて静かに言った。
「ありがとう…一緒についてきてくれて」
女神の泉のそばにある古い墓標。
南部特有の湿った草の匂いが漂い、風がそよぐたびにヴェーラの胸に着けた女神の護符がかすかに鳴った。
ヴェーラはしゃがみこみ、花をなで、そっと墓石に触れた。
その横顔が、あまりにも静かで、胸が締めつけられるほど綺麗だった。
「私、お母さんが私を産んですぐに死んじゃったから、お父さんだけに育てられたんだけど…凄く優しい人だった」
そして、昨日はごめんね…と護符を見せる。
「この護符は…お父さんがイーゴリとお揃いでくれたものだから…直してくれてありがとう」
しばらくケンジとヴェーラのパートになります




