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女神の護符  作者: のはな
第一章
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6.少年騎士オレグ


王都の市場は今日も賑わっていた。

香ばしいパンの匂い、果物を呼び売る声、行き交う人々のざわめき――その中心に、怒声が響き渡る。


(…変なもの頼んでるな、あのひと。なんだこの本のタイトル)


ケンジが第二騎士団の書記官となってから、早1ヶ月半ほど経っていた。

頼まれた簡単な買い物リストを目にし、生活用品と共に差し込まれた本のタイトルは口に出すのも恥ずかしいものばかりである。


「絶対俺のことからかってるよな…」


第二騎士団の団長イーゴリ・メドベージェフ。

泣く子も黙る大胆不敵で豪快な騎士団長様であるが、実は読書家というインテリな一面も持ち合わせている。

執務室の壁一面の本は全て読了しており、単に売るのが面倒ということで一部だけ残していると説明された。


おそらく一ヶ月の読書力は100冊をゆうに超える。

そのため、日常的に買い物リストに本の購入を促されていた。


『夜の戦闘技術』

『はてしない女体の世界』


本日の本のタイトルにイライラし、胃も痛んだ。


(模擬戦まであと二週間しかないのに、なんでこんなもん読んでんだ!?あのひとは!!)


「はぁ…所属の騎士団って異動できないのかな…」


イーゴリ以外の、まともな騎士団長のいる素敵な環境に思いを馳せた時だった。


「俺を誰だと思ってやがる!? 第二騎士団所属の騎士様だぞっ!」


市場の怒鳴り声は、明瞭な言葉となりケンジの耳へ届いた。


(え…?な、なんだ?)


悲鳴や大きなざわめきが後方からきこえる。

人だかりの中、次のような光景が目に入った。



血走った目の大男が、露天商の店主を胸ぐらから掴み上げていた。

片腕にだけ粗末な鎧をつけ、髭は伸び放題。どこからどう見ても、正規の騎士の風貌ではない。


(……第二騎士団? 嘘だ)


市場に買い物へ出ていたケンジの目が鋭くなる。

新任の書記官である彼は、団員の顔ぶれをある程度知っている。だが、この男を見たことはない。


勇気を振り絞り、ケンジは声を上げた。


「やめろ!」


大男が振り返る。

ギラついた眼光に威圧されても、ケンジは毅然と前に出る。


「勝手に騎士を名乗っていましたが……あなたを俺は第二騎士団で見たことはありません!」


ざわつく群衆から囁きが漏れる。

「傭兵崩れか?」

「やっぱり偽物だ」


その声が大男の逆鱗に触れた。

「ガキがぁ! 騎士でもねぇくせにいい度胸じゃねぇか!」


ドッと迫る腕がケンジの頬を打ち抜いた。

痛みに視界が揺れ、次の瞬間には胸ぐらを鷲掴みにされて持ち上げられる。


「ぶっ殺してやる……!」

酒と血の匂いが混じった息が、至近距離から吹きかけられる。


それでもケンジは視線を逸らさなかった。

顔を歪めながらも、真っ直ぐに相手を睨み返す。

(……団長の恐ろしさに比べれば、大したことじゃない!)


その瞬間――。




「ぶっ殺してやる……!」

大男が拳を振りかぶり、ケンジの顔にさらに殴打を叩き込もうとした、その時だった。


「やめろ」


小さな声が空気を裂いた。

気づけば、いつの間にか一人の少年がそこに立っていた。

間合いを簡単に詰められ、音もなく現れた姿にケンジも唖然とする。


(…!?…子供…?)



己の半分の背丈にも満たない――それなのに、大男は言いようのない威圧を感じ、思わずじろいだ。


ローブを深く被ったその少年は、すっと手を伸ばし、大男の腕を掴むと軽く振り払った。

信じられないほどあっさりと。


「なっ……!?」


驚愕で間を取ったその刹那、少年は後方に跳んだ。

助走もなく、地を蹴っただけで宙に舞い――背面跳びで男の頭上を越え、空中から踵を振り下ろす。


ドガァッ!


顎に直撃した衝撃音が市場を震わせた。

大男の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「……痴れ者が」


ローブの影から淡々と声が落ちる。


「お前のような奴、第二騎士団にはいない。勝手に騎士を名乗り、物を奪おうとしたな」


気絶した大男に向かって、なお睨みつけるその姿は――少年というより獣に近かった。


周囲の市民がどよめきと歓声を上げる。

「すげぇ……!」

「子供なのか……?」


ケンジは呆然と立ち尽くした。

頬の痛みも忘れ、ただその小さな背中を見つめる。

(……子供……? いや……なんだ、この威圧感は……!)


店主が慌てて駆け寄り、落ちた商品を拾い上げる。

「助かったよ、坊や! これは礼だ、持っていきな!」

袋いっぱいのパンを差し出すが、少年は小さく首を横に振った。


ケンジは胸を押さえながら、必死に整えた呼吸で声をかける。


「た、助かったよ……本当に」


振り返った少年は、ほんの一瞬だけフードをずらした。

亜麻色の短い髪が汗に濡れ、額に張りついている。

灰色の瞳がまっすぐケンジを射抜いた。


その顔立ちは、まだ若いはずなのに精悍で――人間というよりも野生の狼を思わせる迫力があった。

あまりに真っ直ぐで、あまりに無垢で、それなのに人を圧倒する気配。


「礼はいい。……勝手にやっただけだ」


低い声を残し、ローブの裾を翻す。

群衆の中にその小さな背中が消えていく。


呆然と立ち尽くすケンジは、自分の心臓の鼓動が速くなっていることに気づき、知らず喉を鳴らした。


(……なんだ、あの少年は……)





執務室の扉が勢いよく開いた。


「イーゴリ様!ただいま帰りました!」


声を弾ませて飛び込んできたのは、ローブ姿を脱ぎ捨てた若き騎士――オレグだった。


イーゴリの姿を見つけた瞬間、目をキラキラと輝かせ、駆け寄って深々と頭を下げる。

その忠犬のような仕草に、執務室にいたケンジは言葉を失った。


「え!?君…」

あっけにとられた声をもらすケンジ。


すぐにオレグの視線がこちらに向く。

澄んだ瞳が真っ直ぐにケンジを射抜いた。


「……あなた、あのときの」


「お? なんだお前ら、もう知り合いだったのか?」

イーゴリが笑いながら肩を揺らす。


ケンジは慌てて頷き、必死に言葉を繋げた。


「あ、あの! 今朝、市場で助けられまして……本当にありがとう! あのときは命拾いしました!」


だがオレグは小さく首を振り、真剣な面持ちで言い切る。


「礼には及びません。それに最初に店主を助けたのはあなたです。俺は少し加勢しただけ」


真っ直ぐな瞳と、あまりにも率直な言葉。

ケンジは面食らい、思わず胸を押さえた。

彼の芯が通った心を、そのまま突きつけられたようだった。


(……やっぱり、普通の子じゃないな)


イーゴリはそんな二人を見て楽しそうに笑った。

「はっはっは! いいじゃねぇか。これから一緒に働く仲間だ。仲良くやれよ」


イーゴリはいつも笑っているが、珍しく目を細めて少年の肩を叩いた。

かわいくてたまらないとでもいうように頭を撫で回し、子犬感がただよう。


「ケンジ!こいつは、強いぞ。第二騎士団のNo.1だ。斬り込み隊長!」


強いことは今朝の事で分かっていたが、その言葉にはやはり面食らった。

背丈もケンジより小さく、だいたい160センチほどしかない。あどけない顔が、褒められたことにすぐ反応して輝く。


「はい!イーゴリ様のために、命を捧げる心づもりです!」


(……慕っている!?それも、なんの躊躇も無く!!)


確かにイーゴリは優秀な男だが、度重なるセクハラ発言や傍若無人な振る舞いをみているせいでケンジにそこまでの忠誠心は無い。


引きつった顔の書記官に、イーゴリは「何か文句でも?」と笑顔でにじり寄る。


「いえっ単にピュアすぎて追いつけなかっただけですっっデコピンやめてください!!」

「ほう。お前も…俺にピュアな気持ちで俺に追いつけ!!良くしてやってんだろ!!」

「デコピンやら関節技やらエロ本買わせる行為をさせるくせにっっ!!できるはずがないでしょうっっ!?」


取っ組み合い、近づく指の攻撃から何とか逃れ、とにかく叫んだ。




「オレグ・ヴォルゴフです。お名前をうかがっても?」


慕うイーゴリと親しくしている書記官に、オレグは手を出した。

二カ月間彼は北部の荒くれ者ばかり所属している第四騎士団へ出向、という名の武者修行をしていた。

ケンジが新任として来た頃と被っている。


純粋な東洋人は初めて見たが、この国の者より物腰は柔らかく年もオレグと同じくらいに見える。

しかし、人当たりがよく市民を救うために声を張り上げるなど、人格が優れている印象を持った。


「ケンジです。ケンジ・サトウ。書記官としてまだ浅いですが、よろしくお願いします」



オレグは真っ直ぐにケンジを見つめていた。

灰色の瞳は澄んでいるのに、底に潜むものは野生の獣そのもの。


ケンジは知らず喉を鳴らす。


(……おかしい。年端もいかない顔立ちなのに……目の奥は、大人の戦場を何度も見た兵士のそれだ)


どう見ても子供――だが、纏う威圧感は歴戦の猛者に近い。


「……君、失礼だけど、いくつなんだ?」

思わず問いかけると、オレグは淡々と答えた。

「十六です」


ケンジの口が開いたまま固まった。


「じゅ、十六……!? 嘘だろ……」


まるで二十年は鍛え抜いた剣士の佇まい。

自分より年下どころか、少年と呼んでいい存在に命を救われたことに、強烈な眩暈を覚えた。


イーゴリは楽しそうに笑って場を和ませる。


「いいだろう? こいつは俺の自慢の弟子だ。第二の牙だな!」


イーゴリは椅子に腰をかけ直し、にやにやと顎を撫でた。


「まぁ、模擬戦が近いからな。気張れよオレグ。絶対に勝つぞ!」

「はい!」オレグの即答に、室内の空気が明るくなる。


だが次の瞬間、イーゴリの声がいやらしい色を帯びた。

「勝ったら、ご褒美をやろう。そうだな……お前らを娼館に連れて行ってやる!」


言うと思ったが、2人同時にユビを刺されるとやはり慌ててしまった。


「そういうのはいいですから! やめてください!!」


イーゴリは高らかに笑い飛ばす。

「はっはっは! 戦いのあとの身体は滾るもんだ。穴を見たら何でも入れたくなるレベルだぞ!」

「……変態ですか!? そんなこと未成年の前で言わないでください!!」


イーゴリはオレグの肩を豪快に叩き、ケンジへ振り返った。


「なんだケンジ。こいつ、とっくに経験済みだぞ」


しばしの間と静寂がその場を包んだ。

笑顔のイーゴリが無表情のオレグに「な?」と確認している。


「……は?」


ケンジの顔が真っ青になり固まる。

16歳のオレグの無垢な顔はイーゴリの言葉を理解しているのか?とすら思うほど、ピュアである。


横でオレグが淡々と頷いた。


「はい。あそこ、好きです」


「よぉし!また行こうな!」

イーゴリがニヤリと笑えば――


「毒牙にかけていたのか!?鬼畜め!!」


ケンジは真っ赤になり胸ぐらを掴んだ。

始めて敬語をかなぐり捨てて、道徳的に切れた。

今までにない怒りの般若顔に対し「はっはっはっ!」と飄々に笑うイーゴリ。


「未成年に対する性的な虐た…ーーーっ」

「お前優しいなぁ。この国は15で働き出したら大人とみなされんだぞ?俺なんて14で…」

「いらない告白やめてください!!」


大人の2人がもつれ合い、ケンジがひたすらイーゴリを教育している。

だが、オレグはまったく動じない。


「やめてください。俺、もう働いてますし、女は大好きなんで」


いなされ「だよな」と肯定したイーゴリが、ケンジに勝利した。

幼いながらも女好きを公言したオレグは、豪快に笑うイーゴリに心酔しているのか、キラキラ光る瞳で懐いている。



(ああああーーー!なんだこの師弟関係!?作り変えられたのか!?それとも、元々こういう子なのか!?)


後に分かるが、オレグは単なる筋金入りの女好きである。

野生の勘で好みの女を嗅ぎ分け、ストレートに口説いて浮名を流し、強さを証明するように色を好むのだった。







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