15.嵐の夜に 後半(イーゴリ編)
イーゴリ編だけまとめました。
ヴェーラもまとめる予定です
嵐の中、たった5騎で蛮族の首領アルマンへの奇襲を仕掛ける。
その、大胆不敵な作戦を成功させるために…
アレクサンドルは、正面から軍勢で蛮族の大軍と剣をかち合わせる事となっていた。
通常、戦闘は夜間に行われるものではない。
しかも嵐の中、見通しは悪い。
深い森の戦闘は、蛮族の最も得意とする歩兵と槍兵を活躍させられる悪条件である。
騎兵を中心に構成する騎士団の戦法には、どれも分が悪かった。
しかし、もはや10年以上もこの戦いに決着がつないのである。
平原にさそいこみ、騎士達が得意とする騎兵の戦闘では、この戦争を終わらせられぬと王太子はアレクサンドルにけしかけた。
『勝つために、定石など捨てろ。お前達の正攻法は、もはや蛮族との戦いでは知り尽くされている』
軍事会議にて、アレクサンドルに対してそう残酷に切り捨てた。
『アルマンを生け捕りにして、我が王国で見世物とし処刑する。
これ以上の結末で、国民が納得させられる策があるなら、聞く。
あるのか!?どうだ!?』
異論はなかった。かくして、イーゴリが指揮をとる精鋭部隊が作られたのである。
アレクサンドルは自分の戦いを全うすることに集中した。いわば、囮となって第一騎士団を動かし、注意を完全に引きつける。
イーゴリたちは迂回してしずかにアルマンの本陣に回り込み、奇襲をしかけるだろう。
屈辱的な役目とは分かっていたが、決して顔には出さなかった。
暴雨は酷くなり、アレクサンドルは痛いほどの雨を他の騎士達と同様に打たれ続けて指揮を取った。
あまりにもひどい嵐に、双方が戦える時間はわずかだと分かっていた。
アルマンを捕らえれば、信号の花火が上がる手はずとなっている。
「退くな。苦しいのは向こうも同じだ。必要なら下馬してでも戦え」
アレクサンドルは騎士たちを鼓舞し、ぬかるんだ大地に足を取られる騎馬兵に対してそこまで言った。
やわな鍛え方はしていない。
しかし、強力な戦闘力を誇るレオニードとルカの2人が不在という穴は大きかった。
もはや残された時間はわずかだ。
進むも地獄。退くも地獄であった。
イーゴリが失敗すれば…
という、最悪のシナリオもよぎる。
しかし、あの男はおそらくやり遂げ事だろう。
終生の好敵手を誇りに思い、アレクサンドルは冷たい雨に濡れる身体からほとばしる闘争心に火を焚き付ける。
同じ時代に生まれたことが憎くもあり、幸運でもあった。
今のこの状況のように…ーー!
※
イーゴリの射るような視線が横をすりぬけて行くのを感じながら、オレグは馬上で護衛の男にとどめを刺しにかかった。
護衛の重い鎧が悲鳴を上げ、オレグの槍の連撃でえぐるように打たれる。
大げさな音を立てて鎧がひしゃげていた。
敵の利き腕は完全に潰れている。
切断よりも残酷な仕打ちに、オレグはわざと声を上げて笑う。
敵を討つこの瞬間は、何よりも血が躍った。
イワンは敵の逃走を許さず、完全に背後を陣取る。そして、護衛の男をオレグの間合いに収めた。
イワンの手腕に満足し、オレグは槍を大きく振り被る余裕すら持てた。
鎧と兜を繋ぐ、首の唯一緩い鎖帷子の隙間を縫い刃が通る。
鈍い音を立てて跳んで行く首よりも、激しい雨音と雷鳴がその場を覆っていた。
仕留めた男の亡骸が馬上から力なく堕ちるのを見届け、オレグは血を吸った槍を振るい滴る血と油をなぎ捨てた。
残るは、アルマンを捕らえるだけである。
イワンと共に言葉も交わさず、先へ行ったレオニードとイーゴリを追った。
馬が寒さで冷えて走れなくならないように、鞭打ち体を走らせる。
今殺した敵に対する感情など、ない。
騎士というより、獰猛な獣に近かった。
嵐は最早、水中に入っているに等しいほどだった。
溺れる前に、アルマンを見つけ出す。
捕らえて王国で処刑することが、平和をもたらす。
オレグは森を駆け、道なき道を進み奥へと入っていった。
そして…
森の木々を抜け開けた先にある崖で、激しい戦闘の音がようやく耳を打つ。
アルマンは、崖を背にレオニードとイーゴリに追い詰められていた。
※
「殺すな…レオニード!無傷で捕らえろ」
追ってきた王国の騎士の一人が、鋭く命令していた。
全身黒ずくめの甲冑の騎士の名は、レオニード。極北の獅子と呼ばれる王国最強の騎士のことを、アルマンはよく知っていた。
だが、5人の騎士をまとめる指揮官の男を見るのは初めてだった。
(…この男…厄介だ)
兜の前方のシールドを全て下ろし顔が隠れてい るせいでその顔はよくわからない。しかし、身体は大きく立派であり、直接戦わなくても異常な迫力をつくっている。
名のある騎士か…それとも、どこかの騎士団を率いる騎士団長なのか。
アルマンは雷雨で少し先の景色すら見えぬほど激しい雨の中、崖下の濁流に視線を一度落とす。
大きな唸り声を上げ、茶色くなった濁流は容赦なく大地を削りながら進んでいく。
…はずだ。
暗い夜と豪雨のせいで、ほとんど下は確認できずただ闇だけが広がり、恐ろしい音を立てる濁流が地響きを起こしていた。
「降りろ」
指揮する男がレオニードより前へ出て、槍の切っ先を向けてくる。
レオニードはアルマンの間合いに入り、指揮する男の後方にいる。
いつでも殺せる距離からこちらを見ていた。
激しい嵐の中、再び雷鳴が真上で響きひどく近いのが分かった。
青い稲妻の光で、顔の見えない騎士がにじり寄ってくる。
アルマンは護衛2人が戻ってこない事を確認し、もはやあの2人に生きて会えることは無いと悟った。
心残りは、老いたヴィルヘルムと最後に交わした会話が思い出せない事だった。
『行け…!』
確かそう言ったか。
雨のなか血走った瞳が前を見て、一切の妥協を許さない。
生きて逃げ延びることで、王国から支配され続ける民族の誇りを守れとあの目は叫んでいた。
アルマンは一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
様々な思いが交差する。
しかし、浮かぶ顔は皆違った。
自分を慕い、王国からの自由を願い集った…名も無き者。
戦士ですらない民の顔だ。
王国の支配は、血も涙もないものだった。
国を持たない森の民を蛮族と呼び、必要以上の税を取り立てる。
税が取れなければ、集落の家畜を根こそぎ搾取し、果ては人間ですら奪っていく。
その残酷な支配から解放されるために立ち上がった者たちと、王国で育て上げられたアルマンは同じ血を持つ者同士だ。
王国で最大の傭兵騎士団の団長へと登りつめた男は、同胞が虐げられる現実から目を背けることができなくなった。
正義とは、時に立場が変われば簡単に逆転する。
「…貴様らは、鬼だ。いや、鬼ですらない…」
崖を背に、アルマンの顔が不自然なほど冷たく笑った。
自由を得るために、戦いの前線で戦ってきた男が見せた仄暗い笑みは、王国の騎士たちを一瞬瞬がせた。
暴風がアルマンを押し、崖へと馬が下がっていく。
「犬畜にも劣る…獣共め。俺達の自由は、こんな所で終わらん」
※
イーゴリは笑ったアルマンが馬の腹を蹴り、強引に崖へと駆けて行くのを見た。
生きて捕らえろ
王太子の命令が、瞬時に脳裏で鋭く響く。
蛮族の独立と自由は、この男を生きたまま王国へ連れ帰り、処刑することで徹底的に打ち砕ける。
そのために、命をかけてこの奇襲を指揮してきた。
(…っ生死不明なんかに…させるかよ!!)
恐れる馬が一度躊躇し、崖先で大きくはねてアルマンを振り落としそうになる。
しかし、アルマンは鞭打ち馬をけしかけた。
イーゴリは叫び、崖の底へと飛んだ馬に乗るアルマンのマントに手を伸ばした。
ほぼ、イーゴリの身体も崖の口の中へと跳んでいた。
マントを手がつかむ。
力付くでそのまま上へ引き上げた…次の瞬間だった。
ついに雷鳴は天の鉄槌を振り下ろし、稲妻そのものとなってイーゴリの真横の大木を切り裂いた。
青い電撃が光となり、轟音と共に真っ白な世界が辺りを包んだ。
悲鳴にも似た馬達のいななきが、一瞬聞こえた。
しかし、イーゴリは静寂の中にいた。
アルマンの身体を崖外へ引き釣り倒し、大地へ戻したのを確認した。
音も、衝撃も感じず、無事に任務を果たしたのを見届けられた。
「イーゴリ様…!!」
気がつくと、自分がどこにいるのかもわかない闇のに覆われ、オレグの声だけ響いていた。
イーゴリは一瞬、気を失っていた事に気付く。
そして、置かれた事態が最悪である事も分かった。
覆われていたのは闇ではなかった。
落雷で倒れた大木が身体を抑え、絡まる葉と枝で視界はほぼみえない。
分かったのは、崖の中腹で大木がゆっくり下へとイーゴリを押しこもうとしていたことだった。
濁流の激しい音が、まるで地獄の入り口のように下で響いている。
ほのかに燃えた大木の先が、灯りとなってオレグが見えた。
イーゴリはとっさにかぶっていた兜を脱ぎ捨てる、手を伸ばすオレグを確認した。
普段は滅多に感情のブレないオレグが、必死に手を伸ばしている。
その顔は、泣きそうなくらい必至な目でこちらを見ている。
手は届かない。明らかに、遠すぎた。
落ちていく大木の上へよじ登り、イーゴリは叫んだ。
「アルマンは…!?捕らえたのか!?」
「はい!イーゴリ様の命令通りに…!」
しかし、そんなことは重要ではないとオレグは続けたいようだった。
「早く!!上がってこれますか!?このまま落ちれば…」
下の様子は闇に覆われ分からなかった。
ここからどれほど下へ落ちていくのか。
そして、落ちた先がむき出しの大地や、流れる漂流物で体が砕ける事も想像できた。
イーゴリは、オレグの手を掴もうと腕を伸ばしたが、すぐにそれは無駄だと悟った。
大木が落ちていく速度が加速し、このまま下へ引き釣り込まれるのは時間の問題だった。
「オレグ。お前は、そのままレオニード達と王太子殿下の元へ帰って使命を果たせ」
「なにを…」
「いいか…お前まで俺を追って落ちるなよ?俺なら、大丈夫だ」
生きるか死ぬか。その選択が迫っていたが、イーゴリは生き延びる勝算がゼロとは思わなかった。
いつものクセで、逆境にある時こそ笑みが出てしまう。
イーゴリのその顔を見た瞬間、オレグは落ちていく大木が唸り声に近い音を立てていくのを聞いた。
男を巻き込んで落ちる。
少年騎士は狂ったように叫んだ。
その声は、ひたすら続く闇の中へ吸い込まれていった。
イーゴリを吸い込んだ闇と共に、どこまでも溶けていった。
次は、ヴェーラまとめへ。
このラストはかなり前から決めていたので、納得して書けていました。
イーゴリのその後も、ぜひよろしくお願いします…。




