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女神の護符  作者: のはな
第六章 南部編
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14.嵐の夜に 中編

中編なので続きます


ルカは普段とは打って変わり、獰猛な猛攻を仕掛ける。

脚で馬をけしかけ前へ出ると、イーゴリと交互に槍をヴィルヘルムへ向けた。


老獪な男がルカの槍筋を防ぎ、互いの槍がかち合う。

馬を留めたルカは叫んだ。


「ヴィルヘルム卿!!貴殿は私がここで生け捕りに致します!!」


雨が口の中へ入り、叫ぶ声は溺れるように水を吐く。

ルカが間合いを取り男を止めたのを確認し、その横をオレグとイワンがもう一人の護衛を追って雷鳴と共にすり抜けていく。


イーゴリはその2人と先を行くレオニードを追った。


「いいかっ必ず捕らえろ!!」



ルカにその場を任せ、殺さん勢いで念を押した。命令に背けば容赦はしない。

その点、ルカは生真面目で信頼が置けた。



そして、レオニードの次に強い。

化け物の一人だった。



――技も、判断も、迷いのなさも。



ルカは先を行く四人の騎士を見送ると、ヴィルヘルムと呼ばれる老獪な男と対峙した。

大柄な体躯を甲冑で固め、男は大剣を上段に構えて隙がまったくない。


まるで森に構える巨石のようだ。


重厚な構えは、何十年と戦争をくぐり抜けた男の狂気よりも、静けさがある。


どこか、不気味であった。


ルカは槍を下段に構え直し、荒ぶる愛馬を脚できつく挟むと制止させた。


水を含むぬかるんだ大地に、軍馬をわざと深く沈ませて留める。


そのまま、槍の切っ先をヴィルヘルムにむけ、熱い息を深く吐いた。


兜の中で、普段は柔和で穏やかな男の目が変わった。


打ちつける雨も、鳴くように吹く風ももはや何も感じない。

それほど、深く静かに集中する。


殺すほうが、簡単だ。

しかし、殺さずこの男を戦闘不能にする。


そのために馬上から、叩き落とせねばならない。


そして、逃げることなどできなくなるほどの圧倒的な力でねじ伏せる。


構えを徐々に上段へと腕を上げ、ルカは槍を担ぐように形つけた。


ルカの放つ殺気とその間合いに、ヴィルヘルムの顔が一瞬だけ引きつる。


年の頃おそらく、まだ20を少し過ぎた頃の若い騎士だ。

しかし、放つ闘気はすでに他者を圧倒させる恐ろしさがあった。



雨が、痛い。

何十年も戦場を歩いてきたが、これほど冷たく鋭い雨は久しくなかった。


泥を蹴立て、馬を前へ出す。


視界の向こうに立つ若い騎士――

槍を構える姿は細身で、拍子抜けするほど静かだった。


(……若造か)


そう思った瞬間、

違和感が背骨を走った。


速さではない。

力でもない。


――近づけない。


間合いが、噛み合わない。

こちらが一歩詰めるたび、見えない壁が一枚ずつ増えていく。


(妙だ……)


ならば、一撃で終わらせる。

長年染みついた判断だった。


同時に馬をけしかけ、互いに獣のように唸り声をあげて躍りかかった。


ヴィルヘルムは大剣を振り上げ、

喉を断つための最短軌道を描く。


――当たる。


そう確信した、その刹那。


視界が、ずれた。


風か?

いや、違う。


消えたのだ。


若い騎士の姿が、刃の先から。


(――どこへ)


考える暇はなかった。


ーーーーーー!!


衝撃。


腕に、雷が落ちたかのような衝撃が走る。


骨が鳴った。

音ではなく、感触でわかった。


(折られ……)


言葉になる前に、世界が裏返る。


次に来たのは、顎を打ち抜く鈍い衝撃だった。

歯が噛み合わず、頭の中が白く弾ける。


意識が、ほどける。


(……しまっ……)


最後に感じたのは、

肩を掴む若い指の、異様な強さ。


そして――

空が、落ちてきた。


泥の冷たさが背中に叩きつけられ、

肺から息が抜ける。


視界の端で、雨の向こうに立つ騎士が見えた。


槍を構えたまま、

一切の感情を見せずに。


(……殺さない……だと?)


それが、

ヴィルヘルムが完全に意識を失う前に抱いた、

最後の思考だった。





ルカが、低く言った。


「動くな。

動けば、脚を折り、腕を切り落とす」


馬上から、槍の穂先が顎の下にぴたりと当てられる。

雨粒が伝い、冷たい金属が皮膚を押した。


その声に、感情はなかった。

怒りも、興奮も、勝利の誇示すらない。


――ただ、事実の宣告。


ヴィルヘルムは、息を呑んだ。


(……本気だ)


威嚇ではない。

脅しでもない。


動けばそうなる、という未来を、淡々と告げているだけだ。


馬上の若い騎士は、呼吸一つ乱していない。

雨に打たれ、泥に濡れながらも、刃のように研ぎ澄まされている。


顎に当たる槍先が、わずかに沈み込む。

力を込めなくとも、骨を砕ける距離。


(……この男……)


いや、男ですらない。

戦うためだけに形作られた“道具”。


ヴィルヘルムは、ゆっくりと両手を開いた。

剣を落とし、泥の中に沈める。


生き延びるためではない。

これ以上、戦う意味が存在しなかった。


ルカはそれを確認すると、

何の余韻も残さず、槍を引いた。


「――よし」


それだけだった。


勝者の言葉でも、捕虜への侮蔑でもない。

作業が終わったあとの、簡潔な確認。


ヴィルヘルムは、その背中を見上げながら理解した。


自分は負けたのではない。

“制圧された”のだ。



(ま…まずい。衝立てがあるけど、何の意味もない気がする!!)


宿屋の夕食を済ませ、部屋に帰るなりケンジは襲いかかる試練に耳を塞ぎたい衝動に駆られていた。


部屋の中にはベットが2つあり、並んでいる。

入り口付近のベットはケンジ。

その奥の窓際はヴェーラと決め、真ん中に簡易的な衝立を立てで空間を区切るまでは良かった。


が、寝る前にシャワーは浴びなければならないという話題となり…


『あ…先にどうぞ!女性のほうが何かと時間がかかるでしょうし!』


ケンジは必死に言うと、レディーファーストでヴェーラの入浴を先に促した。

ヴェーラは自分のミスで同室になってしまったことで、負い目を感じている。


そのまま『でも、ケンジ先に入って』としばらく押し問答したのだが、結局はケンジに促され先に入ることとなった。


部屋の中でドア一枚で隔たれたシャワー室から、絶え間なく流れる水の音と湯船の着水音が聞こえてくる。


ケンジはだめだとわかりつつ、中でヴェーラが入浴している姿を想像し赤面していた。


(…っ。そういえば、女の子と二人きりで一晩過ごすなんて初めてだ)


思えば、遠い祖国でもこの異国でも勉強ばかりしていて、学生時代も周りが女遊びをするなかでもケンジはそういったことをしてこなかった。


以前、イーゴリに娼館へ無理やり連れて行かれた時も。

そして、温泉街で女に囲まれて酒を浴びるように飲んだ夜も、手が出せなかったのである。


情けないことに、商売女には魅力を感じないし、どこかで初体験は心の通いあった恋人としたいとずっと思ってきた。


しかし、ヴェーラは恋人ではない。


ケンジはため息をつき、なんとか高鳴る心臓を落ち着かせようと、水差しからコップに移した水を口に運ぶ。



(…恋人じゃないけど。好き…なんだよなぁ。困った…)


今日一日一緒に過ごして、何度ヴェーラと距離を詰めて抱きしめたいと思ったことか分からない。

ケンジは頭をかきながら、抑えられない感情の限界が近いことを感じている。


ヴェーラからは…おそらく嫌われてはいない。


それどころから、信頼されて最近は微笑んでくることは当たり前になってくれているし、名前もいつの間にか呼び捨てで親しい。


イーゴリとヴェーラの仲に入り込めない絆があるのも分かっているが…



「…ケンジ?」



ふと、気づくと…何度かヴェーラが呼んでいたようだった。


ハッと我に返り、ケンジはほんの一瞬意識を失うように入眠しかけていたことに気づいた。


衝立ての向こうでヴェーラが既に入浴を済ませ、そこに居る気配がする。



(なんか考えすぎて寝かけてた…?)



「あ、すみません…半分寝てました」



正直に言うと「大丈夫?」と姿は見えないが声は聞こえる。


いろんな意味で大丈夫ではなく、ほのかに香る石鹸の香りに理性がまた揺らぐ。


「先にありがとう。お風呂入ってね」


「あ、ありがとうございます」


(よくよく考えたら、ヴェーラさんが入ったあとにシャワー浴びるのしんどいなぁ…でも、汗かいてるし…)


そそくさと中へ入ると、やはり使用後ということもあり石鹸とシャンプーの香りに混ざり、ヴェーラの残り香が漂ってる気がして体が反応しそうだった。


というか…



(え…団長は最近まで一緒に住んでて、いろんなところを共同で使ってたのに、一切手を出さなかったってすごくないか!?)



自分なら1週間も保たない。

すでに一日目だったが、理性が擦り切れて伸びていき、悲鳴を上げていた。


頭から熱いシャワーをかけ、ケンジはため息をついた。



(とにかく!!何も考えず、部屋に帰ったら…布団に入って寝て…)


と、その時足に冷たい感触が当たり、チリン…と音を立てて前方へ滑っていった。



「…?」



見ると、鎖についた銀色のメダルのようなペンダントが落ちていた。


ケンジは指でそれを摘むと、シャワーを切って手に乗せ、確認する。


何処かで見たような気がしたが、思い出せない。


銀のメダルには美しい女神の横顔が彫り込まれ、裏面には


【Богиня источника 泉の女神】


と、ある。



護符を繋ぐ、二重の螺旋で編み込まれた美しい鎖が切れていた。




シャワーを終え、ケンジは上半身裸のままタオルで髪をわしゃわしゃと拭いていた。

 濡れた前髪から落ちた水滴が、鎖骨を伝って胸元を滑り落ちる。


レオニードから柔道の指導を教わり始めて、まだ日は浅い。

服を着ていると相変わらず細く見えるが、肩から背中、腕にかけては以前より明らかに筋がつき始めていた。


そのことを本人が自覚することはない。


(これ…って、ヴェーラさんのか?俺の前にシャワー浴びてたし)



 手の中にある銀色のペンダントに、ふと視線を落とす。

 女神の横顔が彫り込まれたそれを、無意識に指でなぞりながら、髪を拭く手を止めた。



 鎖は切れている。

 しかも、二重の螺旋で編み込まれた精巧なものだ。


(イーゴリ団長の護符と……似てる気がする……)


 温泉街で見た、あの黒ずんだ銀。

 外すことはほとんどないと言っていた、あの護符。


 考え込んだ、その瞬間――


 ――ガチャッ。


 勢いよく、部屋の扉が開いた。


「ケンジ……!!

 ここに護符、落ちて――――」


 言葉が、途中で凍りついた。


 視界に飛び込んできたのは、

 上半身裸で、タオルを頭にかぶったまま固まる男。


 数秒の沈黙。


「……」


「……」


 次の瞬間。


「ぎゃあああああああ!!!!!」


 ケンジが赤面し、人生最大音量で叫んだ。


「い、い、いやあああああ!!!!!」


 ヴェーラも、負けじと悲鳴を上げる。


 二人同時に、反射的に目を背けた。


「み、見ないでください!!」


「ご、ごめんなさい!!」


 ケンジは慌ててタオルを頭から引き剥がし、胸元に押し当てる。

 意味はない。まったくない。


「す、すみません!!

 完全にノックするの忘れてました!!」


「い、いえ! 俺も!!

 まさか入ってくるとは思わなくて!!」


 二人の声が完全に裏返る。


 ヴェーラは顔を真っ赤にしながら、慌てて視線を床に落とし――

 そのまま、ケンジの手元にあるものに気づいた。


「あ……」


 指差す。


「……それ……」


「え?」


 ケンジも、そこで初めて我に返った。


 手に握られた、銀の護符。


「あ、あの……これ……落ちてて……

 たぶん、ヴェーラさんの……」


 二人は同時に背を向けた。


 まるで示し合わせたかのように、距離を取り、壁を見る。


 しばし、沈黙。


「あの……

 と、とりあえず……服、着ますね……」


「は、はい……

 お願いします……」


 その声は、どちらもまだ震えていた。


 外では、遠く雷鳴が低く鳴った。


 ケンジは背中越しに、ぎこちなく声を出す。



「これ…団長とお揃いのものですか?あの…切れてて…」


シャツのボタンを止め、振り返ってヴェーラへ護符を差し出すと見たこともない目をしてそれを見ていた。



鎖が切れているのを見て、泣きそうな目をして固まっている。



その時、まともに正面からヴェーラの薄い寝間着姿を見た。


雷鳴が、もう一度だけ遠くで鳴った。


鎖の切れた護符は、

二人の間で、静かに揺れていた。









初めてケンジの色気?を描きました笑


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