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女神の護符  作者: のはな
第六章 南部編
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8.南部へ。そして、作戦のこと全貌へ

旅立ちのお話です。


ヴェーラとケンジは南へ

そして…イーゴリは…?



久々に父の夢を見た。


父の広く大きな背中は、今のイーゴリに少し似ている。


その背中に乗って、幼い頃はよく寝たふりをして揺られて家に帰るのが好きだった。


暖かい父の背中で揺られて居ると、まるで小さな船にのって海の波の上を漂っているようだった。


南部の温和な夏の海には、幼い頃からよく父と遊びに行った。


帆も無い簡易的なボートを借りて、父は対岸から沖にこぎ出すと慣れた手つきで巧みに操った。


水平線を指さし、かつて仕事で回った世界中の国々の交易について教えてくれた。


父が亡くなった今、その詳しい経歴は分からない。

しかし、おそらく騎士になる前は船乗りであったのだろう。


何もない海の上で正確に方角を見抜く星の見方。

王国以外の様々な国の文化や人々の暮らし。


父はボートの上では饒舌に話してくれた。


広い世界を知っていた為か、父は常に細かい事を気にしない質だった。


悪く言えばおおっざっぱだったのかもしれないが、情にあつい上に、涙もろい。


だから、イーゴリを連れて帰ってきたときもこう言った。



『イーゴリだ。今日から一緒に住むぞ』


細かい説明はほぼ無かった。

玄関には、背ばかり高い細い身体の少年が下を向き、全くこちらを見なかった。


犬か猫でも拾ってきたような物言いに、ヴェーラは唖然とする。


少年はボロボロのコートを羽織り、少しばかりの荷物がはいった鞄を持ったまましばらく置物のように動かなかった。


それが、イーゴリと初めて会った時の様子だ。


彼は、警戒するように家の中をゆっくり観察し、最後に射貫くような目でヴェーラを確認した。


金色の瞳に睨まれ、ヴェーラは思った。


絶対、仲良くなんかなれない・・・と。




汽笛が鳴り、白い蒸気がホームを覆った。

ヴェーラは夢の余韻を胸に抱えたまま、ケンジと並んで汽車へと歩み出した。


3等席の簡易的なボックス席は、狭くて少し埃くさい。しかし、旅費を浮かせるためには贅沢は言っていられなかった。


ヴェーラは持ってきたブランケットを重ねてケンジの座る席にまでそれをかけた。


「はい。こうすると、少しお尻痛くなくなるから…」


慣れた手つきでセットしたヴェーラの横顔に、ケンジは慌てる。


「い、いや!そんな。俺はいいです。あの、ヴェーラさんに二枚敷いてください」


「でも…着くまでに6時間もかかるから…」


「俺も長旅には慣れてますから!故郷の島国なんか、帰省するのに汽車で半日。船で1泊ですよ?」


驚くべき長距離だが、それでもヴェーラは付き合ってくれるケンジを気遣いたいようだった。


「大丈夫。私も、ちゃんと敷いてるから。ケンジだけに痛い思いさせられないわ」


どこかまだ付き添ってもらう事を、申し訳なく思っているような顔だった。


微笑んだヴェーラに、ケンジは反射的に赤面した。


(…っ俺。ずっと紳士でいられるだろうか…)



今夜は一泊。

部屋は別々だとしても、泊まりで2日間もずっと2人きりの旅行に意識しないわけがない。


「じ、じゃあ、俺は通路側に座るのでヴェーラさんは窓際で!ゆっくりしてください!」


受け取ったボストンバッグを上の荷物入れにいれると、目も見れず早口で言った。


ブランケットを入れてきた為か、鞄は大きいが中身はあまり入っていないのかとても軽い。


ヴェーラは旅慣れた感じで、貴重品だけ小さなショルダーバッグに入れて「ありがとう」と優しいケンジに言った。


向かい合って座る小さな娘と、壮年の父親がそんな2人の前で早速持ち込んだサンドイッチを分け合っている。


汽車が発車していく中、ヴェーラはそんな親子を四人がけのボック席で何気なく観察した。


幼い頃の自分と、父を見ているようだった。


じゃれつく娘を時折叱りながらも、食べこぼしが頬につくと手でぬぐう。ひざに乗せて微笑み、流れ行く景色に親子で目を向けた。


見れば、すでに王都の街を抜けていた。

青々とした平原を切り裂くように線路が伸び、そこを走っていく。


進行方向の右手には、海岸と海原が見えた。


そのままずっと、先へ行くと…ヴェーラが生まれ育った南部の地方都市へと着く。



二年前には、隣の席にイーゴリが座っていた。


南部の田舎の第七騎士団から、王都の第二騎士団の団長へと駆け上がった男の出世劇には、最小限の荷物とヴェーラだけを連れて来た。



長旅で疲れて、腕を組みながら眠るイーゴリの横顔。

共に王都へ行けることが嬉しかった。


例え、それが恋人同士の同居でなくとも。




王太子の隣で、イーゴリは静かに時を数えた。


約20秒…充分惹きつけてから、わざと下を向いたまま一度大きく息を吸う。



「お前たちに集まってもらったのは、ほかでもない。ーーーこの国で、最も強い騎士達だからだ」



王太子の命令は一つ。

己の代わりに、騎士共を焚き付けろと言われた。


後ろの席に長い脚を組み、ゆったりと座る王太子の前へ。

イーゴリは大きな身体を揺らし、王太子を背に玉座から一段ずつ降りていく。



身につけた甲冑は重く、着ているだけで体力を奪う。重装備に身を包み、歩くごとに脚にも履かせた鎧が鳴った。


支配するような目で見下ろすイーゴリに、最年少のオレグは一切の感情を見せず跪いている。


王都から約3日かけて、北部の森林深部まで進軍した。

オレグはその間、イーグルから一切の説明を受けなかった。


なぜ、このような編成なのかと。



王太子の遠征用のテント内には、イーゴリ以外の四人の騎士がいる。



騎士なら、皆が一目を置く強い者たちばかりであった。



極北の獅子…レオニード・ヴォストーク


この国の騎士の頂点に立つ男。


彼もやはり、一切の感情を見せない。


その並外れた体躯は、漆黒の特注の甲冑で覆われている。

この男のそばにいると、身を切り裂かれるような殺気に呑まれる。



その横には、イワン・レベジェフ


オレグの次に若いこの男は、選ばれたことを誇りに思うのか、薄い笑みを顔に湛えている。

跪きながらも、どこか踊りだしそうな軽やかさを持つ。

しかし、彼もまた騎士の中で頭角を現した一人だ。

オレグと第二騎士団で組み、見事な連携プレイで敵を震えがらせた。



そして、ルカ・ザイツェフ


長年、レオニードの隣を任せられるのはこの男しかいない。

第一騎士団のNo.2である。


普段は顔のいい、ただの優男にしか見えない。

騎士とは思えないほど穏やかで優しい口調で、第一騎士団の女性書記官に口喧嘩で負けるほどの気の弱さ。

今も、選ばれた事で緊張しているのか苦笑したまま下を向いている。


しかし、一度馬上で槍を振り抜けば、恐ろしいほどの強さを誇る。


聞けば、この男は一度教えられたことをすぐに実戦できる才能の持ち主のようだ。


長年の戦闘であらゆる経験を積み、まるで何百人もの騎士からその技を引き継いだかのような多彩な技術を持ち合わせていた。


(…俺は、イーゴリ様にどう評価されているんだろうか。だが、第二騎士団でNo.1というのは正式な評価のようだ)


オレグは支配者の目を持つイーゴリに選ばれた誇りで、燃えた。

この四人の中で、イーゴリを最も知るのは自分である。


彼の手足となるためにこの1年半、どの様な命令にも従い、多くの敵を殺してきた。


武人として、最も強くありたいと願うのは当然のことだ。


今の実力が、たとえこの中で最下位だったとしても、イーゴリへの忠誠心は誰にも負けない。


これからくだされる命令も、作戦も…すべて何の抵抗もなく受け入れる。


受け入れて、イーゴリのために身を捧げる覚悟はとうにできていた。



「王太子殿下は嘆いておられる。蛮族共といつまで遊んでいるつもりか…?と」


長年に渡る小規模な戦闘を繰り返す北方民族を、この国では蔑み「蛮族」と呼ぶ。

アレクサンドルなどは、蛮族との戦闘で名を挙げた騎士の一人だ。


豚にも劣る犬畜生共…と、憎しみを込めて、士気を煽るためにわざと騎士団の前で対峙する北方民族に言い放ったことすらあった。


もう何年も戦っているにもかかわらず、いまだに彼らとは何の決着もついていなかった。


イーゴリの言葉を後方で聞きながら、王太子はこの泥沼の戦状を好機と捉えていた。



「 明日。お前たちは俺だけの命令を聞いてもらう。5人のみの編成で、奴らの懐を切り裂くのだ」


短く、そしてわざと簡単にイーゴリは言った。


そこで、ようやく狡猾に笑う。


計算し尽くされたイーゴリの笑みは、オレグ以外の騎士も惹きつけた。


「わかるか?」


静まり返った場にふさわしく、ここで声を跳ねさせた。


「蛮族の首領だけを狙う…一世一代の…大捕物だ…!」




















ルカ初登場でした。

なかなか可愛い面もあり、いつか彼の恋愛とかも書いてあげたいキャラです。





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