表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の護符  作者: のはな
第六章 南部編
59/83

7.すれ違いの扉

王都にいるのはここまでの予定です。


イワンを一時的とはいえ加入させたのは、他の思惑もあった。


イーゴリは、先日冷たくヴェーラに言い放った時のことを思い出し少し胸を押さえる。


『…一人で行って来い。大人なんだから』


あの時の、ヴェーラの悲しい瞳。

捨てられたような目でこちらを見て、想像以上に傷つけたと分かった。


ヴェーラが執務室から出ていった後、直ぐ様激しい後悔が胸に去来する。



(…っ、やりすぎた。あいつが一人で行くのが…どんなに辛いか…知ってくるくせに)



それからは喧嘩してしまったように気まずい雰囲気が流れ、声をかけてもヴェーラは返事こそするが…


目も合わせず淡々と接してくるようになった。



イーゴリは自分のせいであると分かりつつも、その反応に終始きついと思うようになる。


(…俺は、何がしたい…?微笑まれたら目が離せなくなり、抑えが利かないから…冷たくしたのに)


冷たくして傷つければ距離を縮めてくるような行動はしてこないはず…


それで必死に遠ざけたというのに、ヴェーラが傷ついた目でよそよそしくなると、今度は優しくしたくなる。


明らかに矛盾していた。


それでも…


(…遠征に行くのは第二もごく一部の騎士だ。イワンが居れば…少しだけ日程を変更させるのも納得させられる)



イーゴリは決意した。


ヴェーラに謝り、遠征の日程を彼女との南部の帰省より後にしてもらう。


イワンが馴染むまでの猶予をほんの数日欲しいと言えば、王太子も納得するはずと算段した。



(2人きりの旅行…?そんなの、前もいっしょに住んでいたんだ。ヴェーラとは上手く距離を取って俺が我慢すれば何ら問題はない)



イワンを第二に迎えた日、さり気なく王太子に日程を2.3日猶予してもらえないかと確認した。


王太子はスケジュールを確認し、意外なほどあっさりと「構わん」と承諾した。


今回はただの遠征ではない。

イーゴリ達とごく一部の騎士を集めた、緻密な作戦が待っている。

成功させるために必要な猶予であれば、投資と理解していた。



王太子に感謝し 、日程に関してはイワンとオレグの連携がどこまでの精度まで仕上がるか、確認してからまた相談するとした。




頭の中では、すぐにヴェーラの事が浮かんだ。


あの日のことを謝り、共に南部へ行ってまた微笑んで欲しいと恥ずかしいくらいに思ってしまった。



微笑まれると、なんでも叶えてやりたくなる。

危険だと分かっていても、ヴェーラをずっと手元に置いておきたいとまた思ってしまう。



(…矛盾してる、でも…それでも、いい。ギリギリで俺は踏みとどまれる。ずっとそうしてきた)



騎士の館へ帰るとすでに就業時間を過ぎ、着替えたヴェーラが帰宅のために出口までの廊下を歩くのを見つけた。



「…ヴェーラ!」



意を決して声を掛けると、振り返ったヴェーラの目が驚いている。



数日ぶりにまともに目をあわせ、はやる気持ちを悟られないように近づいた。





振り返ると、珍しく肩で息をするイーゴリが少し離れた場所からこちらへ向かってきていた。


午後からは王太子との話し合いで不在となっていたため、いつの間に帰ってきたのだろう。


走ってきたのか、少しだけ頬も赤い。


(……?私に声を掛けるなんて…珍しい)



「…っ少し話せないか?もう帰るか?」


何故か腕を掴まれ、大きな身体で上から睨まれるように言われた。


怖いくらいの真剣な顔に、一瞬何事かと体が震えた。



「え…?なに…?」


廊下には誰もいないが、少しだけ近い距離に掴まれた手から、自分の心臓の鼓動が速くなったのを気づかれないかと恥ずかしくなる。


思わず目をそらすと、そのまま手を引かれた。



「こっち来い。ちょっと話すだけだ」



団長の執務室の扉に入るなり、イーゴリは少しだけ強くヴェーラの肩を抱き、背中を扉へ押さえた。


逃がしたくない一心で、思わずやってしまった。

だが、簡単にそれができたことが妙な気持ちを刺激した。



「…?イーゴリ?」



やはりヴェーラの身体は細く華奢で、力を込めなくても自由を奪えてしまう。



「……っ」


これ以上は危険と分かり、肩にかけていた手をすぐに離した。そして、溜息と共に言う。



「…この前は悪かった」


顔を見れず、ほぼ下の床を見つめながら全部一息に言ってしまうことにした。


「お前が一人で行くのがどれほどつらいか分かってたのに、あんな言い方。

だから、一緒に行けるようにあの後調整したからな?いっしょに行くぞ」


恥ずかしすぎて抑揚もなく、最後までザーーと流して言った。



しばらく沈黙が部屋を包み、イーゴリは何も言わないヴェーラを待つ羽目になった。



(…???な、なんだ。この、謎の間は…?)



「…調整してくれたの?」



おそらく…今の自分は


盛大 に照れたせいで顔は真っ赤だろう。


イーゴリは熱くなった顔を感じながら、ヴェーラの涼やかな声を聞いてピクリと肩だけ反応させた。


「あ、ああ…なんとか、なりそうだったからな。お前と…行けるように」


「うん…」


「というか…たまたまだ。たまたま、上手く調整できただけで…」


まだヴェーラの顔はまともに見れない。


偶然を必死に取り繕っていた時だった。



「あの…ごめんなさい。もう、ケンジといっしょに行く約束してるの…」



思いも寄らない返答に、男の名前が入っていた。







(…………は?)



その時、ようやくヴェーラの顔を正面から見れた。


ヴェーラは少しだけ頬を赤くし、戸惑いを見せながらもこちらを見てくれていた。


しかし、ケンジの名前を出されたせいでその顔が誰を想っているのかは分からない。


優しく誠実なケンジの顔が浮かぶ。


ヴェーラと仲よく手をつなぎ、南部へ出発する姿まで脳裏をよぎり、カッと頭に血がのぼった。



「…ごめんね。せっかく、調整してくれたのに…」


「……………」



「あの…お土産買ってくるから。なにがいい?イーゴリの好きな、パイナップルのケーキかな?」


的外れな質問をされ、その瞬間かなり苛立ちがピークに達した。



「は?俺とケンジで上手いこと転がしてんのか?お前」



わかりやすい嫉妬でついきつく言った。


すぐさま、ヴェーラの瞳がまた怯えるように大きくなり、体が息を呑んだのがわかる。


「…図星か?すげぇな…男と付き合ったこともねぇくせに」


低い声でさらに畳み掛けると、止まれなかった。


「ち…違…」


「違わねぇだろ。俺がダメならケンジって約束したんだから」


「…っそんなふうに言わないで!ケンジは、イーゴリの代わりなんかじゃない…!」


ヴェーラは必死に言った。


ケンジの誠実な優しさにすくわれたからこそ、簡単に乗り換えたかのように言われたことが許せなかった。



また冷たい目にもどってしまったイーゴリが、納得いかないような表情で見てくる。


まるで両天秤にかけたような物言いに、つい声が大きくなった。



「ケ…ケンジは、私が困らないようにって気を遣って、迷惑じゃなければって言ってくれたの。チケットも買い取ってくれたし…宿だって別々だし…」



「へえ」


「なんで怒ってるの…?」


イーゴリの考えていることが全然分からず、つい泣きそうになって聞いた。


冷たく突き放されたと思ったら、追いかけてきて仕事の調整までしてくれた。


なのに、また気に入らないようにきつい言葉を吐いてくる。



「……ケンジと行け。悪かったな、混乱させて」



言葉では謝るが、イーゴリはヴェーラの質問には一つも答えなかった。

怒っているのかという問いに答えは無く、ただこちらを睨むように見る。


気がつくと、2人の顔がかつてないほど近くなっていた。



イーゴリの顔が、吐息がかかるほどの距離にある。

本当は整った顔なのに、わざと粗暴に見せたくて伸ばした無精髭や、後ろに撫でつけてセットした髪。

日焼けした肌と金色の瞳を覆う長い睫毛も、すぐそばで感じられた。


ヴェーラの心臓は痛いくらいに脈打ち、

イーゴリの顔を見ながら思った。



(…嫌い。大嫌い…!そう思いたいのに)



嫌いになれなくて、このままキスしてくれたらどんなにいいかと目を閉じそうになる。


思わず顔を傾け、鼻先がイーゴリの頬をくすぐった時だった。



「…っ、やめろ…!」



イーゴリの顔は反射的に離れ、ドアが開いた。




「え…?」



きょとんとした顔が、間抜けな声と共にある。


勝手に開いたドアの先に、見たこともない顔の騎士団長が立っている。


真っ赤になった頬。

大きな肩で息をし、感情を押し殺した顔で瞳を下に伏せている。


「あ…、ケンジ」



イーゴリに驚いていたせいで、ケンジはドアと自分の隙間に挟まっていたヴェーラにしばらく気づかなかった。


「え…?あ…?ヴェーラさん…?え?」



ただならぬ雰囲気が二人の間にあったが、何故かケンジの方が冷や汗が止まらなくなってしまった。



見てはいけないものを見てしまったような…そんな、やばさだった。



「あ…!ヴェーラさん…!?」



先に居た堪れなくなったのは、ヴェーラだった。

ドアを抜け、そのまま廊下を走り去っていく。

ケンジが思わず声をかけたが、無駄だった。


残されたケンジは青い顔のままだったが、持ってきた書類越しにイーゴリを再び見る。


すでに背をこちらに向け、団長の椅子にため息と共に腰掛けていた。



顔は、もう赤くない。



「残業か?無理するな」


しかし、珍しく声がすこし上擦っている。


先程見たあまりにらしくない真っ赤になった顔が、以前見たことのある顔と思い出す。


もうだいぶ前だ。


模擬戦の後、医務室で治療を受けていたイーゴリが少年のように赤面していたのを見た。


(……ヴェーラさんに?団長が…?)


あの時も、走り去ったヴェーラとイーゴリの間に何かがあったのかと思った。


しかし、そこでやはりと思った。


いや、ずっとわかっていたが見ようとしていなかった。



二人は、惹かれあっている。


それこそ…イーゴリが隠しきれない程に…強く。


椅子に座って平静を装うとしているが、手は震え、必死に感情を押し込めているのが見て取れた。


ケンジはそんなイーゴリの必死さに、少しだけ愛しさを感じた。




書いていて

いろんな結末を考えたのですが、結局はケンジの優しい感じで落ち着きました。


この子も人格者だなぁ…と、しみじみ思います。


次回はついに旅立ちへ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ