表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の護符  作者: のはな
第六章 南部編
58/83

6.サーシャちゃん作戦と黄金の相棒

南部へ行く前にシリアスなお仕事編です


第二騎士団、薄暗い早朝の稽古場。


砂利を敷き詰めた、騎兵専用の稽古場は敷地内でも最も広範囲に柵で覆われている。

縦に長く、騎兵の突撃を模した攻撃を再現できるようになっている。


そこへ、イーゴリは記録係のケンジを従え携帯用の椅子に軽く腰をかけた。


春とはいえ、霧の立ち込める肌寒い気温に馬の吐息は白く立ち上っている。


馬上、3人の騎兵が勢揃いしていた。


彼らは最近「騎兵」に昇格したての年上の新米エリート……のはずだった。



「よし、オレグ。実力テストだ。三人同時に相手しろ」


三人の騎士の前にひときわ身体の小さな少年騎士がいる。

彼は、葦毛の愛馬に馬上し重い甲冑に身を包んでいる。

実践さながらの重装備で槍を肩に担ぎ、イーグルの命令を受けた。


オレグは慣れた手つきで冷たい兜のシールドを下ろす。


野生の狼を思わせる鋭い眼光が、騎兵になったばかりの男達を睨むように見据えた。

肩から下ろした槍を構え、小さく息を吐く。

殺気をゆっくりとほとばしらせた。



「はい。やります」


オレグは一言だけ返し、ゆっくりと助走をつけて三人の騎士のもとへと駆けた。


次の瞬間――


ドガン!!

バキィン!!

ズドドッ!!!


稽古場に響く悲鳴と土煙。


オレグは三人をまとめて叩き落し、馬上から槍の柄で「はい落ちた」「次落ちた」「最後落ちた」と

淡々と処理していた。


「……イーゴリ様。この人たち、弱い。鈍い。下手です」


「んなこたぁ分かってんだよ。だからお前が面倒みろ」


年上の新米騎兵三人は、

16歳の少年にまとめて負けたショックで転がったまま起き上がれない。


ケンジは早朝から記録を淡々とつけ、食べた朝食を吐き出しそうになった。

えげつないほど、容赦が無いオレグの気迫が胃にきたためだ。


(つよ……こえぇ……才能って残酷……)



その日、イーゴリは王宮内の第一騎士団の会議室へケンジを書記官として同行させた。


王国の騎士団は全部で七つ。


王都を護り七つの騎士団の中で最も戦闘能力が高いとされる第一、第二騎士団。


西部の華やかな文化を土産にやってくる第三。


北部の山岳地帯で常に蛮族とやり合う血気盛んな第四。


東部は大国の東洋文化を受け継ぐ地区を長く守る第五。


南部の温和で全ての騎士団のサポートに手厚い第七。


そして、隠密任務ばかり行う実体のない第六。


それぞれの騎士団の団長が集うこの団長会議。


どの騎士団長も一癖も二癖もあるため、おそらく本日の会議も長丁場となることだろう。


イーゴリは、ため息をついて一番乗りで円卓の席へ座った。


「・・あと5分で会議開始だぞ。誰もいねえってやばくねぇか?」

「ノーコメントです・・・」



ケンジは苦笑し、遠くの空を窓から見た。


この会議には3ヶ月前から参加させてもらっていたが、ほとんど開始時刻にはじまったためしがなかった。


第一、二騎士団以外は、遠路はるばるそれぞれの地方都市から、会議のために王都へ来てくれて居るのだ。

その苦労をねぎらうべきと思うが・・・。


イーゴリは「っち」と舌打ちをする。


真面目なアレクサンドルすら遅刻というのだから、本当にこの団長会議はやっかいである。


会議が始まる前から、誰が優位に立つべきかと恐ろしい心理戦が始まっている。


「なんなんですかね・・・あの、遅刻すればするほど、相手をいらつかせて俺が優位に話を進ませたいみたいな、駆け引き」


「くだらねぇよな。俺はしないぞぉーそんな子供くせえぇこと!」


「あんた、この前は1時間遅刻しましたよね!?思いっきりゲームに乗ってるじゃないですか!!」


イーゴリは先月、わざと昼寝をしてのらりくらりと歩き、あくびをしながら登場した。

同行したウラジミールは「近年まれに見る修羅場でしたね」と履き捨て、同行を今回拒否した。


イーゴリにいらついた他の6人の団長に睨まれ、怒鳴られ、会議の発言に全て殺気を放たれらしい。

しかし、イーゴリはそのいらだちを逆手にとり、余裕綽々策で会議を牛耳ったようだ。


「くそが。みんな俺の真似して遅刻か!?遅刻した奴に発言権はねぇ!!って言ってやるからな!」


(どうしよう。この人の書記官としてなにも記録したくねぇ)


このクズ団長の下に仕える仲間と思われたくない。

ウラジミール上官の気持ちが分かり、深いため息をついた。


イーゴリはギリギリと歯ぎしりを起こし、ケンジに「ちょっと来い」と声を潜める。

指でちょいちょいと招かれ、「耳貸せ」と誰もいないのに警戒していた。


今朝行った、オレグと新しい騎兵3人のバランスについてのはなしだった。


約二週間後に控える王太子に同行する北部遠征・・・その任務に、どうしても第二騎士団の穴が目立ってしまっている。

その弱点とは、簡単でありつつも非常にやっかいであった。


「……オレグ以外、団子状態だな。

 騎兵の戦力バランスが悪すぎる。俺が出ないと崩れる」


ケンジも頷く。

第二騎士団の全体的なレベルは、非常に高い。


しかい、オレグの強さは入団して1年足らずであっという間に、レオニードに次ぐ程の強力な戦闘力を誇る騎士になっていた。


16歳のまだまだ伸び盛りの少年とは思えない程、老獪な騎士にも劣らぬ高い馬術の技術。


背の低さをものともせず、馬上を制する槍の操り方は並の騎士達を瞬時に大地へたたきつける程だ。


騎兵の騎士達と前線で並ばせても、オレグの強さでバランスがおかしくなる。

強すぎる少年騎士と並び、共に戦場を駆る相棒が必要だった。


今は、その役割をイーゴリが買って出る事があった。

オレグと2人並び、前線の騎兵として戦いながら騎士団全体の指揮も行うのだ


できないわけではない。そして、己が前に出ることで全体の志気が上がるといううま味もあった。

しかし、頭と身体を同時に動かしつづけることで、終わった後は非常に疲弊した。


本来ならば、指揮官として自分の仕事に集中していれば良いというのに。



「たしかに、オレグさんだけ突出してて……

 戦場で二人並ぶと“熊と子狼”みたいで不安です」


「誰が熊だコラ」


言いながらも、イーゴリ自身も悩んでいた。

第二には「超精鋭」がもう一人欲しい。


だが育成には時間がかかる。


事実、イーゴリはその育成のために、及第点をつけた三人の騎士を騎兵へとあげた。

結果は散々である。オレグの相棒にはまだとうていなれない。


イーゴリは大きく背もたれに身体を預け、胸の前で組んだ腕のうえで指先でコツコツ叩く。癖だ。


(やべぇ。北部遠征、王太子同行……失敗は絶対できねぇ)


「才能ある奴は、たしかに欲しい。だが育てる時間がねぇ。

 三人まとめて騎兵に上げたが……正直、失敗だったか?」


「い、いや……失敗というより、オレグさんが強すぎるんですよ……!」


ケンジは朝の地獄稽古を思い出して震えた。

“バキィン!!”“ズドドッ!!”という音がまだ耳に残っている。


「……ほんと、才能って残酷ですよね」


「言ってやるな。オレグは真面目に頑張ってるんだよ。あいつは悪くねぇ」


イーゴリはそこで言葉を切り、低く呟いた。


「……問題は、第二の“柱”が足りねぇってことだ」


いつになく真剣な声。

ケンジは思わず息を呑む。


(団長の“戦略脳”が働き始めた……これ、長い会議より怖いんだよな……)


イーゴリは沈思していたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「……第一に頼むしかねぇな。

 “あいつ”のところから、一人借りる」


「え?第一から……?まさかアレクサンドル団長に……?」


「んだよ。嫌がられるのは分かってる。だが言うだけ言う。

 バランスの悪い騎兵で北部なんざ行けねぇ」


イーゴリの獣じみた目がギラリと光った。


「……第一のエース、イワンを借りる。

 オレグと組ませりゃ、北でも戦える。あいつは“人に合わせる天才”だ」


ケンジの目が丸くなる。


以前、温泉街で王太子の護衛すらやってのけた若手のホープだ。


美しい顔や恵まれた体格。

人に弱みを見せない優れた政治感覚も気に入られ、アレクサンドルの信頼も厚い。


まだ19歳だが、完成度は非常に高い騎士だった。


「イワンって……!?

 絶対むりですよ!アレクサンドル団長が許すはず――」


「許させる。

 “サーシャちゃん♡”作戦だ」


謎の作戦名を聞き、ケンジは青ざめたままゴクリと唾を飲み込んだ。

一体どんな芸当をやってのける気なのだ…イーゴリは…!?





騎士団長7名の月例会議。

休憩時間。


アレクサンドル(サーシャ)が資料を読んでいるところへ――

イーゴリがトコトコと可愛らしく歩いてきた。


「サーシャちゃん♡」


「失せろ。貴様が“ちゃん付け”の時はろくでもない」


目をパチパチさせ、乙女のように高い声でもじもじするイーゴリにケンジは吐き気を覚えた。


恐ろしい作戦だった。

気持ち悪さも同居する。


アレクサンドルは美しい顔でイーゴリをから目を背けている。



「サーシャちゃん♡今日も男前♡」


「当たり前だ」


「重兵、欲しくない?♡」


アレクサンドルのこめかみがピクリと動いた。


ケンジは後ろで青ざめながら一部始終を観察していた。


容姿を褒めたら「当たり前だ」と返したアレクサンドルも別の意味で恐ろしい。


だが、イーゴルの気持ち悪い位高い声には他の団長も引いている。


(……このサーシャちゃん作戦。勝機がみえない)


ケンジは見守るが、ほぼ無理ゲーと思う。


しかし、イーゴリは満面の笑み。



「そのかわり……イワン貸して♡」


確信に迫るお願いに、アレクサンドルは沈黙を貫いている。


しかし、イーゴリは事前に調べをつけていた。



(くくくく…っ。第一は騎兵が多くて飽和状態でうらやましいこった。

そのかわり、守りの要の重兵が怪我して不足してんだろ?欲しいだろ?喉から手が出るほど欲しいだろぉ?)


ケンジはイーゴリの心の声が薄気味悪い笑顔の下で漏れているのを感じた。


この男は「寄越せよ!おら!おら!」と言いたいところを、笑顔で隠している。


サーシャの周りの空気が氷点下まで下がる。


「……絶対に嫌だ」


「え~?サーシャちゃんの精鋭、優秀だもんなぁ~♡

 イワン取られたら寂しい?♡可愛いなぁサーシャちゃん♡」


「殺すぞ」



しかし、その後…。


粘り強く…というか、しつこいくらいに交渉を続け、イーゴリは途中で


「頼む!!お前ん所の騎士共は、みんなレベル高いとこまで育ててバランス半端ねぇんだよ!!3ヶ月でどうだ!?」


と、手を合わせて真剣に頭を下げた。


これにはアレクサンドルも参る。


普段はふざけてばかりの男だが、お互い騎士団を率いる団長同士。


育成や騎士団の運営に対して、並々ならぬ気持ちがあるのは分かってしまうのだった。


アレクサンドルは小さく息を吐き、無表情ながらに言った。



「……重兵三人でどうだ」


「乗った!!愛してるぜぇサーシャちゃーーん!!」


「!?」


と、勢い余ったイーゴリは抱きつくなりそのまま…


ぶっちゅううううーー♡♡


頬に濃厚なキスをお見舞いし「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?」と絶叫したアレクサンドルの声は会議室全体を揺らした。


外で悲鳴を聞いた鳥たちが一斉に飛び立つ。





「貴様ぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!?」

「っぬわぁぁぁぁぁーーーー!?」


アレクサンドルは、イーゴリの巨体を抱えるなり後ろへ反って投げ飛ばした。



「あぶし…っ!?」


「ぎゃぁぁぁぁぁーーー!!??首もげるっ首ぃぃーー!!??」


鈍い音とともに首から落下したイーゴリに、ケンジも絶叫した

こうして、サーシャちゃん作戦はイーゴリの首のむち打ちと代償に見事勝利を収めたのであった。




イワンが第二へ出向すると、稽古場はざわついた。


きらめく金髪に上背のあるりっぱな長身の体躯。第一騎士団に入れるほどの美しい、顔の造形。

茶色の瞳を優しく細め、イーゴリに「よろしくお願いいたします」とスマートに握手を求める礼儀正しさ。


「お首の調子はいかがですか?」

「…気にすんな。右に曲がるようになった」


イワンの優しい気づかいに対し、取り外し可能なコルセットをつけながらイーゴリはうめく。


「大げさなんですよ…もうほとんど治ってるのに、わざとイワンさんにアレクサンドル団長が悪いみたいに見せつけて…」


「うるせぇな…!あ、こいつ、ケンジ。童貞の書記官な」


「いらない情報は混ぜないでください!!!」


雑に紹介されたので目をひん剥いて突っ込む。

そんな2人の仲睦まじいやりとりに、イワンはニコリと笑う。


やはり感情は見せないが、とても柔らかい笑顔は場を和ませる。


「よろしくお願いします、ケンジ様。精一杯、やらせていただきます」


「え…俺に様なんてつけなくても…!?」


「いえ。貴方は、イーゴリ団長の懐刀です。私よりずっと重要なお方だ」


「褒めんな、褒めんな。ただのちょっと頭のいい童貞書記官なだけだ」


欠伸をかまし、イーゴリが再びケンジを適当に扱ってくる。

しかし、イワンはケンジこそがイーゴリとの関係を作るためには重要と見抜き、その後もケンジを蔑ろにすることは一切なかった。


頭が良く、人を見抜く力もあるようだとイーゴリが感心したのは言うまでもなかった。


イワンはその後、ほかの騎士たちにも手荒く肩を叩かれたりしながら輪の中へ入り歓迎された。


皆が第一騎士団の精鋭を羨むばかりではない。

人当たりのよいイワンの性格もあり、思った以上に抵抗はなく、なじんでいる。


その様に、イーゴリはしばらくイワンを好きにさせた。


放っておいても勝手に人と交流し、時が経てばさらに人から求められる人物に間違いなかった。



「オレグ!こっち来い!拗ねんな!」


イワンの歓迎の輪に入らず、ジト目で睨む少年騎士。

放っておけば、誰とも交流しない可愛い性格のオレグである。


(ああ…めちゃくちゃ納得いかないって顔してる)


ケンジは苦笑してこちらへやってくるオレグをみた。


イーゴリに呼ばれ、無表情であるが明らかに顔が引きつっている。


顔はイワンの方を向き、他の騎士と早速馬で駆けていく姿を無言で睨んでいた。



「イーゴリ様…。あいつ、嫌です」


「かわいい奴だな。前から嫌いなのは知ってるぞ?でも、お前のために呼んだんだから」


「顔が良くて背も高くてエリートで人当たりが良くてイーゴリ様にも気に入られてて大大大嫌いです」


「よどみなく嫌いなのは分かったけど、もうちょっと抑えて!?」


オレグの言葉に焦るケンジとは違い、イーゴリは大爆笑してやった。

この少年は、普段は淡々としてここまで人に剥き出しの感情は見せない。


「そうか、そうか。イワンが俺に気に入られてるのも嫌か」


ワシャワシャと亜麻色の髪ごと頭を乱暴に撫でてやる。ほぼ大型犬を撫でる飼い主の手付きだった。


我が子をなだめる親のような目をし、ポンポンとそのまま両肩を今度は叩く。


「別にお前が力不足感だから、イワンを呼んだわけじゃねぇよ?バランスだよ、バランス」


「イーゴリ様と2人で前線を行くのはだめですか?」


「そうだなぁ。毎回だとしんどいんだよ。俺もさ、全体見てやんねぇといけねぇから。な?わかるだろ?」


子供扱いを嫌うオレグだが、イーゴリの言葉はほとんど親が子供に言い聞かせるような優しいなだめ方だった。


背の低いオレグに体をかがめて視線を合わせる。そして、何度も安心させるかのように身体をたたいている。


(上手いんだよなぁ…この人は本当に)


イーゴリの人心掌握術の高さには、ケンジも舌を巻く。

こんなふうにイーゴリに微笑まれ、なだめられるだけで、オレグは不機嫌ながらも納得せざるを得ないようだった。


「な?1回合わせてやってみろって。絶対上手くいくから。俺を指揮に集中させてくれよ。お前より若くねぇんだからさ」


「イーゴリ様は指揮官でなくても、大成したと思いますけど…」


「いーや、お前はこの国一番の騎士になるんだよ!俺なんて足元にも及ばねぇんだから」


未だに騎馬訓練でイーゴリと対峙すれば、オレグはほとんど勝てない。

なのに、笑顔でイーゴリはいつも「お前が一番強い!」と言うのだ。


暗示?

それとも、未来の予言?


ケンジも2人のやりとりを横目でみながら、そんなことを思う。


ただ、イーゴリの言うことはいつもあたっていた。


オレグはその後、真剣にイワンと騎馬で槍を噛み合わせ戦い、次に共に並んで2対2の騎馬訓練で相棒として任せた。


だが、組んでみた瞬間に認めざるを得なかった。


(……強い。バランスが良い。俺の動きに、合う)



ほしい時に隣で援護し、敵を倒すために馬を少し蹴っただけで、それに気づき共に追撃をしてくれるカンの良さ。


そして、個人として騎士の力量は高い。


第一騎士団で、普段から最強の騎士「極北の獅子」レオニードと闘っているためか、馬上で槍を合わせても、イワンはオレグの素早い技に対して一切怯まない。


イワンは荒々しく声を張り上げ、馬に脚で合図を送り逃げることなく、正面から槍を押さえてくる。

その気迫に対し、オレグも力の加減は無用と思えた。




訓練用の木槍を交差し、にらみ合いながら馬で押し合った。


久々に高揚する戦士としての血のざわめきに、オレグは笑う。



(強い…!まだ16だぞ?…この化け物め…!)



イワンも年の近いオレグに対し、以前から強烈なライバル意識を抱いていた。


二人の間に走る火花のような緊張に、稽古場の空気が一気に研ぎ澄まされる。


オレグは笑みを浮かべ、跳ねる軍馬を巧みにいなしながら一度距離を取った。


馬が興奮していななき、体がふわりと跳ねても――

彼の上半身は一切ブレない。


そのまま、獣のように低く身体を沈め、矢のような速さでイワンの懐へと潜り込んだ。


「…っ!!」


イワンは反射で盾を上げ、オレグの槍を受け止める。

しかし連撃は止まらない。

盾を叩きつける衝撃が腕を痺れさせる。


あっという間に背後を取られかけ、

イワンは咄嗟に肘を振り抜き、オレグの顔面を殴りつけた。


鈍い音が稽古場に響く。

オレグの顔が一瞬、潰れるように沈む。


だが次の瞬間、何事もなかったようにヒョイと距離を取り、馬ごと後方へ滑る。

その“間”の取り方が異様に上手い。


イワンの背筋を冷汗が伝った。


(…ガキの戦い方じゃない。何をされて育てられたら、こんな怪物になる…?)


ケンジは見てるだけで青ざめ、胃を抑える。

イーゴリはと言えば、まるで今夜の献立でも考えてるような顔でぽつり。


「おお。オレグのじわじわ系は怖ぇな」


「いま、グシャって言いましたよね!?ねぇ!?大丈夫なんですか!?」


ケンジの悲鳴にも似た声を無視し、

イーゴリは楽しそうに片目を細めて観察していた。



互いに何度も槍を交え、馬の蹄の音が稽古場に響きわたる。

最後にオレグが深く馬を引き、イワンも肩で息をしながら槍を下ろした。


イーゴリが手を口に当てて大声を張る。


「――はいそこまでぇ!! 殺し合いじゃねぇんだからよ!!」


ケンジはへたり込みながら叫ぶ。


「今の、普通に戦争でしたよ!!?」


馬をぐるりと回しながら、イーゴリが二人のところへ歩いてくる。


「……まあ、悪くねぇ。

 オレグ、お前の速さは相変わらずバケモンだ。

で、イワン。お前は――よく折れなかったな。普通は逃げる」


息を整えたイワンは軽く笑った。

汗をかいた美しい顔が兜から抜き出て、低く言った。


「……逃げたら負けですから。彼は……強い。噂以上だ」


イワンのその顔は、弱冠の悔しさも滲ませる。

第一騎士団の誇りはなんとか守れた。


オレグも無表情のまま、しかしわずかに口元だけ動かす。


初めて、イワンを正面からしっかりと見据えた。存在を認めるように。



「……あなたも、強かった。背中を取らせなかったのは初めてです」



イーゴリは大きく頷く。


「はいはい、ちゃんと顔合わせて言え。

 はい、握手しろ握手!仲良くやれよ、お前らは今日から“前線コンビ”なんだから」


しぶしぶ、しかしどちらも引かず。

オレグが手綱を握ったまま片手を伸ばす。

イワンも手袋越しにその手をしっかりと握った。


ギュッ。


細い腕とは思えない握力で握り返すオレグに、イワンが目を細める。


「……よろしく。相棒として」


「……よろしくお願いします。負けません」


その握手は、二人の間の火花のようであり――

同時に、妙にしっくりくる、戦場で並ぶ姿が想像できる感触だった。


イーゴリが満足そうに鼻を鳴らす。


「よし!!

 これで北部遠征も安心だな。

 “熊・子狼・黄金の壁”で並べば、どんな敵でもぶっ飛ぶだろ!」


ケンジが漏らす。


「……名前ダサ……」


「うるせぇ!考えるの俺だろが!!」


オレグとイワンは目を合わせて、珍しく同時に小さく笑った。









ちなみに


イワンは温泉街編から出てきています。


オレグにラリアットされて温泉に落ちたりしていますので、気になる方は探してみてください(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ