5.突き返された切符と、救いの手
ケンジが、頑張ってる回です(笑)
彼の魅力は、人に寄り添えるところだなぁ…と、思いながら描けました。
「すみません…個人情報なのに…見てしまって。失礼でした」
改めて言うと、ヴェーラはこんなふうに返してきた。
「ううん。ケンジの事信頼してるから…大丈夫。よかったら遊びに来てね」
すぐに喉が詰まり、飲んでいた水筒のお茶を思わず吹いた。
古典的な驚き方だったが、ヴェーラは動じず黙々とサンドイッチを食べている。
(え… ?すごいことサラッと言われた)
無防備すぎるが、そう言われると逆に手は出せない。
天然の小悪魔を確認し、冷静になるために3個目のおにぎりをひたすら口に入れて噛む。
赤面したまま、隣の女の子の言葉や態度に振り回されていることが、幸せとすら思った。
「あ…あの、はい。是非…行かせて…くだ、さい…!」
「うん」
(ああ…もう…俺、ヴェーラさんが可愛くて…どうしようもない)
早速、今日の夕方に仕込んでおいたおでんでも手土産にし、 訪ねようかと計画始めた。
「 …ケンジと話してると、ホッとする。イーゴリは、優しいけど…ちょっと今日は厳しくして突き放してくるみたいで…」
ポツリとヴェーラがまた元気なく言った。
「…そんなですか?」
「さっき無防備って住所のこと怒られたの。あと、一緒に帰省したいって言ったら…。
仕事だし、大人だから一人で行けばいいって、切符突き返されちゃった」
「え…ええ…!?珍しいですね、そんな冷たいのは」
大抵はヴェーラに甘く、過保護な保護者ムーブのはずだ。
南部の帰省となれば向こうに着くまでは、ほぼ一日がかり。そんな長旅を一人でさせるような男ではないはずだが。
約1年近く2人の関係を見てきたケンジは、様子のおかしいイーゴリに眉をひそめた。
「なんか、極秘の仕事あるみたい」
「…それで今朝、予算が赤字とか色々言ってたのかなぁ…?急に決まったみたいですけど、くわしい話は俺も教えてくれませんでした」
今朝の冷たい態度や雰囲気には、ケンジも同調せざるを得なかった。
(言ってることは正しいんだけど…なんか、わざとらしいというか…どこか、必死というか)
人間観察と勘が働くケンジは、イーゴリの違和感に焦りのようなものと感じていた。
なぜか、必死に…
ヴェーラを近づけさせないように、しているような…。
「…予定も聞かずに、勝手に汽車の切符買って用意してたら…そんなの確かに、大人のすることじゃ、ないよね?」
「………」
イーゴリの厳しさは、ヴェーラをしっかり傷つけていた。
めったに弱音を吐かないしっかり者のヴェーラが、泣きそうな顔をしている。
自分が悪いと、必死に受け止めて反省している顔は、あまりに切なかった。
ケンジはそんな横顔を見て、思わずそれを否定してあげたくなる。
惚れている弱みもあったが、それ以上に優しくしてあげたかった。肯定してあげたかった。
イーゴリが彼女を傷付けるなら…
必死に遠ざけているのであれば…
受け止めて、一緒にいてあげたかった。
「…おいくらですか?」
ケンジは静かに言った。
ヴェーラが膝の上に置いたままの切符へ視線を落とし…
そして、何も迷わず財布を開く。
指先が震えて、しかし目だけは真っすぐだった。
「俺、買い取りますよ」
「え……?」
「ちょうど南部に行きたかったんです。
仕事の休み、合わせれば何とかなりますし…」
軽い調子で言おうとしているのに、声だけはどうしてもやさしくなる。
ヴェーラが傷ついていることが、手に取るように分かったからだ。
「でも…これ、指定席だし…日付も…」
「大丈夫です。
……どうせ、一人旅より誰かと行ったほうが楽しいじゃないですか」
ケンジは微笑んだ。
“勘違いさせないための微笑み”じゃなく、
“安心させるための微笑み”。
イーゴリが突き放した部分を、
痛いほど丁寧に拾い上げるような表情。
「……っ」
ヴェーラの手がほんの少し震えるのを見て、
ケンジはさらに続けた。
「前に言ったじゃないですか。
南部、案内してくれるって。
俺、ずっと楽しみにしてたんですよ」
あくまで――
ヴェーラに負担をかけないように。
あくまで――
「君が悪いんじゃない」と伝えるように。
そして何より、
イーゴリには絶対言えない本音を、心の奥で噛みしめる。
(……君が泣きそうな顔をしてるなら、俺が隣に座りたかった。
イーゴリが傷つけるなら、俺が全部受け止めたかったんだよ……)
「ケンジ…」
ヴェーラの声が震える。
胸の奥の痛みと、あたたかさが混じったような声。
ケンジは優しく笑った。
「……迷惑じゃなければ。
一緒に行かせてください」
あくまで、控えめに。
けれど、絶対に引かない気持ちだけは隠さずに。
その言葉に、
ヴェーラの瞳が少し潤み、
ほんの少し救われたように揺れた。
「ありがとう…いいの?迷惑じゃない?」
「迷惑だなんて、そんな。凄い楽しみですよ!」
満面の笑みを浮かべ、チケット代はほぼ無理やりヴェーラの手に握らせた。
遠慮してお金を受け取らないようにしていたが、きちんと買い取らなければまたヴェーラが責められるかもしれない。
買い取ったのはケンジの希望が強かったから、ということにしなくては。
だから、ここは譲れない。
ヴェーラはようやくホッとしたような、くすぐったいような笑みを浮かべてくれた。
(…ああ、良かった。ちょっとでも…元気になってくれたかな?)
つられてケンジも笑みをまた返し、2人でほんわかするような時を共有した時だった。
「でも、いいのかな…?一泊旅行なんだけど…」
最後に爆弾発言をされ、ケンジ が赤面して絶叫した のはそれからすぐのことだった。
そんなわけで…
2人で旅行へ
がんばれ、ケンジ…(笑)




