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女神の護符  作者: のはな
第六章 南部編
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4.大人になったら…?花木蓮のお花見

ちょっぴり切ないお話です。


ケンジの意外な食のこだわりも読めます(笑)

昨日…


新居祝いでもらった防犯グッズのプレゼント袋の底に、イーゴリの本当のプレゼントが入っていた。


帰っていったイーゴリは何も言わなかったが、袋を畳もうとして、すぐに気づく。


ちいさな手のひらくらいの、綺麗ににラッピングされた箱。

思わず心臓は跳ね、包装紙を解いてでてきたのは…



『おめでとう。がんばれよ。 イーゴリ』



メッセージカードは素っ気なかったが、中に入っていたのはみごとな細工の銀のバレッタだった。



細い銀糸を綺麗に撚り合わせ、花々を散らした銀細工。

まるで雪で作ったように繊細で、白く発光している花みたいだった。


幼い頃に憧れたバレッタだと気づく。


ヴェーラはイーゴリのプレゼントを、思わず胸に抱いてぎゅっと握りしめた。


頬が熱くなり、胸が苦しくなる。




『わぁ、きれーい。見てみて!』

『……大人がつけるやつじゃないか?まだ早いだろ』


同じく幼かったイーゴリは、それよりも幼いヴェーラの手を子守の延長で握って歩いている。


まだお互い10代前半で、イーゴリは面倒を見る兄のみたいだった。


大人用と言われて頬を膨らませて拗ねると、クスクス笑われた。

今のイーゴリよりも何処か繊細で、言葉選びは慎重な少年。



『大人になったら買ってくれる?』



あのとき、特に返答はなかった。


ただ、目を合わせてからふとそのまま笑う。

14歳のイーゴリは、ヴェーラを庇護する対象として、よくそんな目で見てきた。


慈しむような、優しい目で。



そして贈られた現在…


ヴェーラは嬉しさのあまり、イーゴリの名前を何度も何度も唱えた。

高鳴る心臓が、苦しいくらいになる。


嬉しすぎて目頭が熱くなり、泣きそうだった。



だが


(付けてきたのに…なんで、何も言わないの…?不機嫌なのも…分からない)



翌朝、顔を合わせるなり冷たい態度を続けるイーゴリの真意が全く分からなかった。


いつもだったら明るく


「おっ!付けてきたのか!?似合うぞー」くらい軽く言って笑うというのに。



執務室で頭を下げて謝るヴェーラの姿に、イーゴリは少しだけため息をついた。


そして、ようやくこう言った。



「ヴェーラだけ…残れ。悪いがケンジとウラジミールは少しだけ席をはずせるか?」



しかし、目は合わさず空気は重いだけだった。




しん…

と、空気が重い中で、執務室の中は静寂に包まれていた。


歪んだ書類の住所変更を見つめるイーゴリ。

淀みなく言った。


「不用心だ。男の前で、こんなものを簡単に見せるな」


書類を読んでしまったケンジの視線と、嬉しそうに近所だと言った様子。


親しい同僚の言葉に、これから始まる新生活で助けてくれる隣人になるかもしれない。

…としか思っていなかった。


注意するイーゴリの目は冷静で、ごくわずかに眉が片方上がっていた。


しかし、ヴェーラはその顔を見て、初めて叱られた意味がわかった。


イーゴリは、怒っているわけではない。心配してくれていたのだ。

途端に沈んでいた気持ちが盛り返し、浮かれそうになる。


(…良かった…昨日とあまりに違うから、どうしてか、分からなかったから…)


ヴェーラの顔は分かりやすくほころび、微かに口角が上がって期待する目でイーゴリをみた後、視線を上品に下へそらした。


その仕草に、イーゴリはまたも一瞬だけ顔を引きつらせた。


だが、必死に隠すため奥歯をかみしめ、ヴェーラから目をそらさない。

そのまま、睨むように観察する。


淡い期待するような頬の紅潮。

微笑みが花ひらく口元。


ヴェーラは以前とは異なり、感情を見せてくる。こちらにあからさまな好意を包み隠さずさらし、心を寄せてくる。




(…やめろ)



馬鹿なことをしたと、途端に後悔した。


あんなもの、贈らねばよかった。


渡せぬまま取っておいたバレッタを、捨てることもできなかった自分が招いた種。



ヴェーラの笑みは、春の花よりも恐ろしい。


毒花として、イーゴリの冷静な思考を痺れさせるのだ。




「ありがとう…気をつけるね」


ヴェーラは微笑んでからそう言ったあと、少し沈黙した。

実は、今朝から他に言おうとしていたことがあったが、人がいる前では言い出せなかった。


突然黙ったヴェーラに、イーゴリは少し戸惑っている。黙ったまま深く腰掛けていた椅子から少し姿勢を浅くした時だった。


ヴェーラはおそるおそる、持っていたファイルから切符を目の前に差し出した。


「…なんだ?」



「こ、これ…南部行きの切符。イーゴリの分。

私、今年は…お父さんの、お墓参りに行きたいの。イーゴリにも、一緒に来てほしくて…」


少し赤い顔で、うつむきぎみに差し出す。


切符を見て、イーゴリは受け取るかどうか迷っているようだった。

すでに日時の決まった指定席とわかる。


約1ヶ月後の、土日往復だった。


「遠いから…泊まりになっちゃうけど…だめ?」


恥ずかしそうに。でも、期待するように聞いてきた顔に、すぐ目をそらした。

危うく頷きそうになった。


(泊まり…?そんな顔で言うな)


イーゴリは自分の顔が熱くなる前に、奥歯を噛み締め腕を必死に


きつく握る。

痛みを与えることで、ぐらつきそうな理性を必死に保つ。


こんなふうに素直に微笑まれて、泊まりなら我慢出来ない。


泊まった宿屋で押し倒して、自分の好きにしてしまう未来しか見えなかった。


そんなことは許されない。

ヴェーラに触れる資格など自分にはない。


手放して、自由にさせてやるしかない…。



「……行かない。」



ほんの少しの沈黙のあと…


イーゴリは冷たく、本当に切り捨てるみたいに言った。



「……え?」



「というか……行けねぇ。王太子殿下の北部遠征と日程が丸被りだ。仕事だ。外せない。」


適当にあしらうように言い放つ。

何か上手く言い訳を使い、日程をずらす事もできないわけではないが。


王太子の性格上、それは得策とは思えなかった。


「…殿下は、俺の忠誠心に期待してる。お前を優先させるわけにはいかない」


少し、ヴェーラを納得させるために理由を並べすぎただろうか。


イーゴリはヴェーラに、二度と期待するような気持ちになってほしくないと思った。


そこで、わざとため息をつく。


迷惑しているという印象を与えて、傷つけることも厭わなかった。



「一人で行ってこい。…もう大人なんだから」


言った直後、ヴェーラの肩が小さく震えて反応した。


突き放されたことで子供みたいに頬を赤くし、期待した事を後悔しているようだった。





中庭の木蓮を見て、昔住んでいた家の庭にも同じような木蓮の木があったことを思い出した。


大輪の花はいくつも咲き、春の日差しの中で花びらがいくつか落ちていく。


温かく朗らかな陽気にもかかわらず、ヴェーラの心は暗かった。


(…ご飯、食べたくない)


一人暮らし初日ということもあり、髪型もきれいに作り、サンドイッチまで持参。


完璧な大人の女性として、新たなスタートを切った気持ちだったというのに…。


一人しょぼんとして、花の美しさに心を癒される…。


突き返された切符とイーゴリからの「大人なんだから」という言葉に、思いのほか心はえぐられていた。


(…その通り過ぎて…恥ずかしい。ちゃんと予定を確認もせず、勝手に買って切符渡すなんて…デリカシーなかった…よね?)


前までの過保護っぷりを知っていたので、予定を合わせてくれるという勝手な思い込みもあったのかもしれない。


それも子供っぽい考えだった。


イーゴリに飽きられた。

面倒くさそうにため息をつかれて、あしらわれてしまった。


小さな口でサンドイッチの端を噛み、少しだけ食べた。


「…しょっぱい」


涙の味がして、深くため息をついた時だった。



「え…!?あ、ヴェーラさん…!?」


花木蓮で1人花見を決行しに来たケンジ。


偶然その場所に、意中のヴェーラがベンチに一人分のスキマを残して座っていた。


お昼を先に取っていた彼女を追いかけて来たかのような構図に、後輩書記官は異様にあわあわしている。


これでは、ちょっと口説きに来たみたいにみえる。


「ケンジ…」

「す、すみません。ひとりで花見しようと思って来たんですけど…」

「はなみ?」


全く知らない文化の言葉に、ヴェーラは元気のない顔で首をかしげる。



(か、可愛い…子リスみたいなキョトン顔と仕草だ)


初めて会った時よりも、ヴェーラは硬さが取れてきたというか…

小動物系の可愛らしさが、最近は加速している。


単にケンジがすっかり惚れ込んでしまい、なにを見ても可愛いと思ってしまう…というマジックもあるが。


(持ってきてるお弁当も小さくて、可愛い…!

ヴェーラさんと一緒にここでご飯とか、恥ずかしいけど、可愛いからもういいや…!)


「あ、ああ…あの!おとなりよろしいでしょうか!?そこ、絶好の花見スポットのベンチなんで…!!」


言い訳を吐きながら赤面して叫ぶが、ヴェーラはあっさりしたものだった。


「うん」


「あ…あ、ありがとうございますーーー…!」


素早く隣を陣取り、風呂敷に包んできた弁当を膝の上で開けて「いただきます!!」と、箸を持って手を合わせた。


好きな女の子と、花見をしながらお昼を食べる…至福だった。


(すげぇ…花が2つあるみたいな絶景だ…)


木蓮とヴェーラを横目で確認し、おにぎりをとにかく頬張りそう思った。


「…ケンジはいつもお弁当自分で作ってるの?

すごく美味しそう」


「…た、単に昨日の残りものですけど…。たまーに、和食が食べたくなるので今日はおにぎり握ってきました」


米はこの国でも然るべき店に行けば、手に入る。

味噌和えおひたしの味噌は自作。

浅漬も自作。

おにぎりの梅干しも自作。


試行錯誤しながら故郷の食事を作るが、初めて見る食べ物に、ヴェーラは興味深そうにしている。


「凄いなぁ…ケンジ。一人暮らしも私なんかより長いし、大人の人って感じ」


「いやいやいや…ヴェーラさんだって、家事はめちゃくちゃやってるんじゃないんですか?団長は忙しいから、ほとんど任せてるときいた事あります」


「…必要なことやってただけだよ。それに、もう一緒に住んでないから…私、だらけるかも」



「イメージに全然無いです。だらけるヴェーラさん」



一人暮らしの部屋でぼーっとしてるヴェーラ。それはそれで可愛かった。



(それにしても急展開だ。…なんで、同棲解消したんだ?しかも、俺の家から徒歩2分くらいのとこに)



住所をみてしまい、そこは大変申し訳なかったと思うが…


ケンジも男だ。

真面目だが、健全な男ではあるため、下心が当然のように芽吹く。


イーゴリという最恐の保護者から解放され、慣れない一人暮らしをする、徒歩2分圏内にいる一人暮らしの女の子。


しかも、可愛い、

しかも、意中の好きな女の子。



(い、家に遊びに行きたい…!いや、いくらなんでもそれは…!?

あ!?勝手に住所見て記憶してるとか、俺、めちゃくちゃキモくないか…!?)



「す、すみませんでしたぁぁぁぁぁーー!!勝手に住所見て!!許してください!!」


おにぎりを片手に思わず叫ぶと、ヴェーラは挙動不審なケンジを慣れた様子でうなづいてなだめた。


特に不快な気持ちはないため、ケンジの誠実さが嬉しかった。









木蓮の木を春先に見ていると

おおきな花をたくさんつけて咲いている姿が

いつも綺麗だなぁと大好きな事を思い出して書きました。


ヴェーラは、イーゴリと違ってケンジとはきちんと会話ができるので、癒やされています。


頑張れ…ケンジ(笑)


次回も二人の話です。主に。

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