3.予算赤字より深刻....団長が彼女に冷たい日
南部辺ですが、まだ南部へは行ってません…(笑)
ですが、ちゃんと行きますのでよろしくお願いします。
老人は皮肉めいた笑みを見せた。
「……三年前も、似たような紙がいくつか出てな」
「三年前……?」
「詳しくは言わん。だが――
“誰かが、消された”と噂になってたよ。
泉のそばだったな。確か」
ケンジは、女神の泉の老いた神官の声に背筋に冷たいものが走るのを感じた。
イーゴリの顔がすぐに脳裏に浮かぶ。
あの男は…
一体、ヴェーラの父の何を知っていたというのだ。
※
時は約一ヶ月ほど、遡る。
訪れた春は、冷たく氷と雪に閉ざされていた王国の長い冬を溶かし、どこもかしこも美しい花を咲かせる街へと変貌していた。
(おお…!すごい、中庭の木蓮が満開だ。あそこで昼ごはん食べよう)
王宮のすぐ近くにある第二騎士団の本拠地、通常騎士の館。
ケンジは、ここで働く書記官として初めての春に浮かれていた。
先々週までは分厚いコートを着てまだ底冷えする朝に震えていたというのに、日差しは温かい。
渡り廊下を歩き、中庭の木蓮を確認して思わず笑みがこぼれた。
祖国の春を告げる花といえば、梅のあとは桜ときまっている。
だが、王国でそれらの花を見るのは殆ど無かった。
しかし、みごとな木蓮の咲き誇り方に、おもわず声を漏らし見上げてしまった。
ケンジは執務室に戻るなり、思わずイーゴリに笑顔で報告した。
「団長!!見ましたか、木蓮の花!すっごい綺麗でしたよ!」
「…あー?」
満面の笑みで報告したケンジに対し、書類と睨み合い、ウラジミールと予算について議論していた男の声は不機嫌だった。
振り返ったイーゴリは、眉間に皺。
ボサボサの髪をさらに手で無造作にかきあげる。
そして、ぎりぎりと持っていた赤ペンのキャップを歯で噛んでいた。
「……………」
「くそが…っここの予算、もっとだせねぇのかよ」
「いやぁ…ここは無理ですな。上半期にやりすぎました」
ウラジミールはきっぱりと言うと、手を前に出して冷たく首を振る。
頬杖をしたイーゴリは、ペンで何やら紙にバツをつけ始めた。
「まぁ、ここを削れば…こっちの金を増やせるか…」
「あの…木蓮」
「うるっっせぇぇぇなぁぁぁっっ!!」
花を愛でるよりも金が欲しい。
イーゴリの正直な気持ちが叫んだ言葉に乗せられている。
「仕事してんだよっ仕事ぉ!!木蓮が咲くのは春だからだっ!!綺麗なのは受粉させるためだ!!以上!!」
「ちょ…めちゃくちゃ情緒もへったくれもないじゃないですか!!」
祖国では春になると桜の開花を喜び、そして二週間もたたずに散ってしまう、そのはかなさに胸を焦がすというのに。
(花見も無いもんなぁ…?あああー…!桜を見ながら楽しくお酒飲んで、散りゆく花びらを見上げるのが最高なのに…!!)
金の話で頭がいっぱいのイーゴリに、しょんぼりする。
「俺の国じゃあ、春は花を見ながら胸をジーンとさせて酒を飲むんですよぉ!桜じゃないけど、木蓮が綺麗だからワクワクしてたんですけど!!」
「へーへー…そりゃすげぇな。てか、お前も予算考えろよ?このままじゃ、鎧の一つも買えねぇ…!!」
「いいえ、鎧どころか靴下一つ馬に買ってあげられません」
ウラジミールの言葉に、イーゴリは青ざめた。
「由々しき事態だな…」
なぜ急に第二騎士団は、こんなに財政難となったのだろう。
靴下すら買えないと聞いて、ゲンジも震えた。
「え…?上半期は順調だったじゃないですか!?俺も計算してトントンでしたけど!?」
「おう。それがなぁ…来月から、ちょっと予定外の遠征が決まって…全体じゃねぇけど…ごく一部の精鋭がな…」
ケンジはそろばんを出すと、出された予算表を瞬時に計算する。
確かに、その費用を込みにすると下半期は赤字。突然の計算違いにイーゴリと共に悲鳴が出た。
「お…俺の、二年間黒字決算記録が…!!出世に影響が…!!」
7つの騎士団の中で唯一そろばん計算ができる男として、イーゴリは黒字決算に自信を持っていた。
「こうなったら…!!ケンジの給料を天引きして…!!」
「なんで俺!?それ、付け焼き刃ですけど!?」
「黙れ!!!よし、奥の手…だな…!!」
ウラジミールは瞬時にイーゴリの視線を受け取ると、静かに机の鍵のかかる引き出しから革張りのファイルを開いてよこした。
中から白紙の小切手が一枚…。
「…まさか、俺の貞操をかけた成果を、ここで使うとはな…っ」
「な、なんですか…それ?」
嫌な予感がする。
邪悪な笑みを浮かべたイーゴリはクックックと、悪代官にしか見えない顔で小切手をひらつかせた。
1年前、イーゴリは銀行の
…以下略すると、銀行の頭取の奥さんとご飯を共にして気に入られたので、好きな金額をかける小切手をプレゼントされた。
ただし、その金と引き換えに…
「よし!!今夜予定通りに抱きに行…ーー」
「何でジゴロみたいなことしてるんですかぁぁぁぁぁーーー!?」
信じられない活動をしていた男を容赦なく殴って阻止した。
イーゴリは「マーガレットオオオオ!!60でも俺は抱けるぞぉぉぉーー黒字のためならぁぁぁー!!」と叫ぶ。
後に知ったが、マーガレットとはまだ一線を越えていなかった。イーゴリはギリギリの攻防戦だったのである。
ケンジは半泣きでウラジミールと予算を練り直した。試行錯誤したあげく…
「きたぁぁぁーーー!とりあえず、トントンですよ!!団長おお!!」
身を売る危険を回避した時だった。
「あの…何の騒ぎですか…?」
青い顔で執務室へ来たヴェーラは、異様な叫びに首をかしげた。
※
顔を出したヴェーラの髪型をみて、すぐにイーゴリの顔がピクリと微妙に反応した。
しかし、ごくわずかだったため、誰も気づかない。
が、すぐにケンジがヴェーラの髪型の変化に叫ぶ。
「え…ヴェーラさん…髪…!!」
いつもは、肩までの銀髪を低い場所で適当にくるんと無造作におだんごにしている。
しかし、本日のヴェーラの髪型は凝っていた。
まず、上の方の髪を三つ編みの編み込みにしてる。
お団子も全て三つ編みで、丁寧にくるりとひっくり返してからまとめていた。
そして、その上から銀細工の大きめなバレッタが花を添えていた。
大人っぽく華やかな髪型を初めて見た。
そのせいで、眩しいほど美を放つヴェーラに、ケンジは顔を手で覆って「ぎゃあああーーー!?」叫んだ。
「め…めちゃくちゃかわいいじゃないですか!?直視できないっっ!!助けて!!!」
「お、落ち着いて…ケンジ」
取り乱す男に、ウラジミールも「おやおや」と過呼吸用の袋を差し出す。自分の息を吸って落ち着かせるのだ。
「お似合いですな。さすが、上級書記官」
「…ありがとうございます。ちょっと、きちんとしてみました」
今までが洒落っ気がなさすぎたと、ちょっとばかり反省していた。
上司のウラジミールの褒め方は、くすぐったいくらいに上品だ。
ヴェーラは照れくさそうにウラジミールへ頭を下げた。
淡い微笑み。その頬にほんのり桜色がさした瞬間――
イーゴリの手がピタリと止まった。
書類に赤ペンを走らせる音が止まり、
肩がわずかに強張る。
誰も気づかないほど、本当にわずかな反応。
しかし、その瞳の奥で何か黒い炎がぼうっと揺れた。
イーゴリはわざと大げさに咳払いし、わざとらしく視線を外した。
「……で?その髪型なんだよ。仕事に必要か?」
冷たい。
一瞬、室内の温度が下がった気すらした。
ケンジとウラジミールがそっと目を丸くする。
ヴェーラは、きょとんとした。
「え…?き、気分転換で…髪、伸ばしてるので
編み込みのお団子にしてみただけで…」
イーゴリの眉がさらにピクリ。
だが外面は――むしろ冷たい。
「ふーん。で、用件は?」
ひんやりした声にケンジがちょっと震えた。
ヴェーラはバッグから紙を取り出した。
「あの…住所変更届なんですけど」
差し出した書類の内容を、最も近くのケンジがバッチリ見てしまった。
そこに書かれた住所の番地に、ケンジの目が見開かれる。
「…………」
「…………」
その行動に、イーゴリは苛立ち隠さず密かに睨む。
「え!?住所変更!?あの…どこに!?え、これ俺の家の近所ですよね!?近所…え、近所!?近所ってどういうワケで!?ヴェーラさん髪型かわいすぎて息できない!!」
「落ち着けケンジ」
イーゴリは無表情のまま住所を受け取り――
その瞬間、ケンジの目が泳ぐ。
イーゴリの手が紙を握りつぶす寸前だったからだ。
(……読まれた。ふざけんな)
しかし、
「今出さなくてよかっただろ。忙しいんだよ」
冷たい。
ヴェーラは「え…」と再び目を瞬いた。
イーゴリは気づかれないように、そっと深呼吸して平静を取り戻す。
「とりあえずそこ置いとけ。
あとその髪……仕事の邪魔なら、束ねとけよ」
ケンジ&ウラジミール
※同時に思う
(いや既に束ねてますが)
(いや、束ねてるんだよ!!めっちゃ綺麗に束ねてるよ!!なに逆ギレしてんだよ団長!!)
ヴェーラだけは素直に返した。
「……はい。気をつけます」
頭を下げ、かすかに唇を震わせていた。
何がそんなに怒らせているのか、全く分からなかった。
ケンジがだいぶデレてますが…
多分、温泉街でほぼ告白したようなものなので、素直に毎日「ぎゃああああーーー!?かわいいーー!?」と叫んでるんだと思います。
ヴェーラはどう反応したらいいのか分からないので、日常的に「落ち着いて…」と言っています。




