南部編2.保護者の卒業とさすまた
イーゴリの保護者卒業エピソード
そして、出世の仕方が顕著になっていきます
迎えた、待ちに待った春。
この国の厳しい冬が終わりを迎え、短い春が街を覆う。
どこもかしこも花が開き、ケンジ達の働く騎士の館の中庭にも、大輪の花木蓮が咲きこぼれた。
戦争を始めるにも、よい気候だった。
冬より、諸経費等の金がかからない。
1年以上周辺諸国と休戦を続け、地下にくすぶった戦果の炎がゆっくりと顔を出し始めていた。
イーゴリは、王太子からの要請を受け王宮でその気配を感じた。
この国の勇敢な騎士達の強さは、国民を熱狂させる。
王太子は、その炎をたぎらせることで、自分の王位を国民から後押しさせる画策を練っていた。
アレクサンドルではなく、イーゴリを。
王太子の贔屓は顕著となり、イーゴリを巻き込んでいくこととなった。
イーゴリはその采配に、何ら感情を見せなかった。
アレクサンドルを差し置き、自分が戦争の主力として王太子の右腕に取り立ててられても。
第一騎士団に対して、何ら負い目も感じない。
たとえ道化を演じて、王太子に気に入られたとしても、必要な事としてやったまでだ。
(アレクサンドルは頭が硬いからな。つまらねぇと思われたんだろ)
優秀なだけで、出世できたら人生は楽だ。
ただ、彼のことを
世の中の仕組みを分かっていない、不器用な男だと思った。
戦場ではイーゴリに勝るとも劣らない、戦略の騎士。
宿命のライバルを誇らしくもあり、その堅物ぶりがかわいらしくもあった。
仕事で大きな時代の波が迫る中、イーゴリにはプライベートで気になることが一つあった。
ヴェーラの独り立ちの準備である。
※
2人で住むために、王宮のすぐ近くの集合住宅の4階部分をすべて買い上げたのは、資産運用目的でもあった。
一等地のため、買ったとしても売れば損はしないだろうと思い一括で購入してしまった。
2人で住むにしては広すぎたが、適度なキョリを保てたため、案の定2年間ヴェーラとは男女の仲にはならなかった。
家を出たいと言ったヴェーラに、イーゴリは自分が止める義理は無いと思った。
上級書記官になれば、その稼ぎは並の男の収入よりも高い。経済的には自立できる。
そして、その希望を叶えてやるのが保護者としての最後の役割だと思った。
イーゴリは一瞬で計算を終えた。広すぎるこの家は売り払い、宿舎に戻ればいい。
だが、言葉にしたのはただ一言だけだった。
「…偉いな。そこまで考えていたのか」
最後は、ヴェーラが住む安全な地域と家を共に探してやること。そして、必要な物を揃えてやる事は手伝うことにした。
大人な態度のイーゴリに、ヴェーラは何度か何か言いたげな視線を寄せてきた。
だが、気づかないふりをした。
イーゴリの本音は、ヴェーラと共に生活を続けたかった。
しかし、もう手放してやらなくてはならない。
それが、ヴェーラの希望なのだから。
気候の良い春の晴れた週末。
ヴェーラがわずかな荷物をイーゴリと共に運び、あっという間に引っ越しは終わった。
庶民的な小さなアパートの一室だったが、近くには庶民的な市場。そして、学校や病院などもあり、静かな住宅街もある治安の良い地区だった。
「まぁまぁだな。職場からも近いし」
カーテンなどをつけながらそんな感想をイーゴリがつぶやく。女の独り身とバレないようにと、カーテンの色はピンクなどではなく緑と青を選ばせていた。
「ちょっとボロいけど…」
「そうかな。私、古いほうが落ち着くから、好き」
大家の許可を取り、鍵は2重に付け替えさせた。ポストにも鍵を付け、名前も出さない。
玄関には、自分のもう履いていない男物の大きな靴とブーツを二足置かせた。
そして、男物の服も何着かベランダに干した。
「いいか。絶対に家を留守にするときも灯りをつけてから出かけろ。
あと、帰ったときは誰かいるみたいに大きな声で『ただいまー』とか、行くとき『行ってきまーす』もつけろ」
もう何十回と言われていたので、ヴェーラは頷きながら呆れている。
黙々と箱の中から食器を取り出し、買ったばかりの食器棚兼台所の作業台に入れた。
過保護な発言に「お父さんみたい…」と呟くと、茶化されたと思ったのか睨んでくる。
「過去に…ストーカーにやられそうになってたお前が、なんでそんなに呑気なんだ…?馬鹿か?」
「目が怖い…わかってるから」
殺気の放つ目から視線をそらし、ため息をつく。
今度なにかあったら犯人を殺し、絶対に独り暮らしは許さない気迫を感じた。
(…独立したら、ちょっとは私のこと…大人として意識してくれるかな)
その後もテキパキと部屋を調えるイーゴリの横顔を見つめ、そんな淡い期待をにじませた。
温泉街で再び彼を好きだと思った時から、諦めずに思い続けてみようと決めた。
今はまだ、子供のように保護の対象として見られてるだけかもしれないが、きちんと自立して対等の立場になれば…
(イーゴリも、私のことを女として意識してくれるかもしれない。もしかしたら…)
新居を整え終わると、すっかり夕方となっていた。
ヴェーラは夕食にイーゴリを誘ったが、一瞬沈黙をした後に「いや、あんまり長居するのもな」と、目をそらして断られた。
どことなく、寂しそうな目をしている。
「これ、使え」
不意に、ベランダに隠していたらしい紙袋を渡された。
「………え?」
中身は、折りたためるさすまただった。
てっきり新居祝いに何かロマンチックなプレゼントかと思っていたので、夢が砕ける。
「…なんかあったらこれで相手を殴り、捕らえろ。いいか、躊躇するな」
「……………」
最後まで過保護な上、目が本気で切れていた。
引きつった顔のままお礼を言うと、もうさっさと帰ろうと玄関に向かっている。
「イーゴリ」
去ろうとしたイーゴリの背中を見つめ、ヴェーラは振り返らない彼に言った。
「今まで、ありがとう。ずっと護ってくれて」
振り返ると、イーゴリは部屋に一人で残る華奢で小さなヴェーラをしばらく見つめた。
小さな子供の頃の面影は残しつつ、もうしっかりとした大人の美しい女性になっていた。
「やばいな…」
目を合わせ、困ったように笑った。
「…子どもが独立する親の気持ちみてぇだ。…頑張れよ、ヴェーラ」
これが、イーゴリに微笑まれた最後だった。
ヴェーラの淡い期待は、あっけなく裏切られる。
イーゴリはその後、職場でも急速にヴェーラと距離を置き始め、二度と家に入ることも一人暮らしの様子を聞くこともなかった。
まるで
「お前への責任は果たした。もう俺に構うな」
と、言われているようだった。
またしばらくイーゴリのツン期予定です。
相変わらず、気持ちは見せてくれない予定です…




