ストーカー編5.ポリーナ災害
災害レベルはまだ2くらいです。
毎日何らかの災害はおきています。
時は遡り、任命式。
姿の見えない妹のポリーナの名を叫んだミハイルの声は、王宮中に響き渡っていた。
嵐のような天災ばかりを起こす王女、ポリーナ。
しかし、彼女を見れば、どんな男でもたちどころにその美しさに心を奪われるという。
アレクサンドルは、周りが慌てふためき王女を探すなかそんな噂を聞いた。
(…あの、わがまま放題で、鼻水を垂らして泣いていた王女が?)
にわかには信じられず、皇女の逃亡劇に爆笑しているイーゴリの隣で顔を一つも変えない。
幼い頃も可愛らしい外見だった。
つまり、あまり変わっていないということなのだろうか。
※
ポリーナが大切にしている言葉があった。
亡くなった母の言葉だ。
『ポリーナ。貴方が王族として最も大切にすべき事はたった一つです。
ただ、民のために尽くしなさい。
あなたのために民がいるわけでは、ありません。
民がいるから、私たちはこの国の為に尽くすのですよ』
母は父よりも強い信念を持った人だった。
元々、父は直系の王位継承ではなかった。
母と結ばれたことにより、王として据え置かれた。
その立場は、王太子ミハイルと非常に似ていたスタートだった。
病床にいる母に度々ポリーナは諭される。
貴方のわがままは、時に度が過ぎると。
『貧しきもの、弱き者の味方で常にいるように。
その者たちを王と思い、接して尽くしなさい。
いいですか。強い男や権力に媚びへつらうのだけは、許しませんよ』
母は厳しくも優しく、最後まで誇り高かった。
ポリーナが4つの頃に亡くなり、国中が喪に服した。
初代女王の最期の直系の王族だった。
※
「まぁ。本当に、ここにいましたわ」
ポリーナは樹の下に行くなり、高い枝の位置でふるえて降りられなくなっている猫を見つけた。
ほら。と、指さした枝先で、シマシマ模様の猫が耳を垂らして鳴いている。
(猫…)
ストーカー男は探しに来たポリーナの要求に拍子抜けする。
王族2人と騎士団長が訪ねてくるという異常事態だったが、迷子の猫をさがしてここにたどりついたという。
「この子は、私が働いている孤児院で飼っている猫ですわ。今朝は、王宮の木にいましたの」
「…貴様は、任命式を無視して救出にいそしんでいたな」
うんざりした顔のミハイルは、あの時…
ポリーナがシルクのドレス姿で、木にぶら下がって居るのを見て悲鳴を上げた。
周りが慌てふためく中、アレクサンドルだけが下へ飛び込んで行った。
そして、抱きとめる勢いで低い体勢を取り…
落ちてきたポリーナに背中の上に乗られ、潰れた。
「アレクサンドルは勇敢でしたわ…」
「……………」
七年ぶりの再会で華麗に王女を抱きとめられず、カエルみたいにつぶされた。
そのせいで複雑な心境であった。
改めて感謝されたが、アレクサンドルは思い出したくないのか目をそらしている。
乗られた背中は未だに痛い。
「そんなわけで、猫ちゃんを追いかけていましたら…このお宅に。また木に登ってしまいましたわ」
「…は、はぁ」
ストーカーはペースを乱される男2人に珍しく同情した。
ニコニコ笑って大人しい雰囲気のポリーナ。
だが、いきなり太い木にしがみついて登ろうとした。
ドレスから太ももを露わにして、たくしあげる。
白く美しい脚を見て、さすがにアレクサンドルも後ろへ体を引いている。
「お前は何をしているんだ…!?」
「だってお兄様、登って助けないと…」
「やめろ!!」
王太子は必死にポリーナを木から引き剥がすと、脚をすぐさまスカートの中に隠した。
顔は烈火のごとく真っ赤だ。
「アレクサンドル!!」
「はい」
「なにをしている…?肉体労働はお前の仕事だろう!?お前が何とかしろ!!」
アレクサンドルはしばし無言だったが、自分の課せられた使命を果たすため、迷うことなく重い上着をその場で投げ捨てた。
そのまま白いシャツを腕まくりし、隠されていた鍛え抜かれた上腕筋がむき出しとなる。
美しい顔に似合わず、身体は剣を握るため太い。
「お任せください。猫は私がこの手で…」
「アレクサンドル。でしたら、この者のお家の二階からいきましょう」
ボルダリングのように登ろうとしたら、ポリーナはマイペースにそれを止めた。
ストーカーは、ポリーナがニコニコ笑って私室の窓を指差したのを見た。
窓から木の枝はすぐ目と鼻の先であり、確かに理にかなっていた。
が、私室には…
(…俺の部屋には…!!大量のヴェーラのスケッチと、ヴェーラから買ったパンで作った祭壇が…!!!)
愛するあまり、愛が溢れた部屋になってしまっていた。
全身から血の気が引き、警察の騒動となっていた今朝の事を思い出す。
イーゴリのせいで、危険人物とされてしまった今…
部屋をみられたら完璧に終わる!!
「おじゃまいたしますわ」
「って、待ってくださいーーー!!!」
すでに家の中へ入り、二階への階段を登り始めポリーナに慌ててさけんだ。
なんとかポリーナと部屋のドアの前に滑り込むと、乱れ呼吸のまま手をだして必死に制止させた。
きょとんとするポリーナはストーカーが切れ切れに「一分だけ…片付け…させてください!!」と頼んできたことに首をかしげる。
「まぁ。でも、猫ちゃんがかわいそうなので早くしていただけませんか?」
「………」
笑顔だが、どこか早くしろと詰められてる気がしてストーカーは顔を引き攣らせる。
階段を登ってきたアレクサンドルは、一度部屋の前まで来て、少し鼻を鳴らした。
「パン…?」
なんの気無しに呟かれた言葉に、心臓が飛び跳ねた。
追いついたミハイルが、狭い廊下に4人で詰め寄り部屋の前で立ち往生してる様に苛立つ。
「アレクサンドル、お腹が空いたのですか?」
「いえ…」
「ポリーナ。お前のせいで祝賀会が延びに延びている。早くしろ」
ミハイルの威圧は、ストーカー男にも及んだ。
部屋の前で抵抗する姿に、それが王族に対する態度か?と目で示唆してくる。
恐ろしいまでの威圧。
王宮で接しているが、この方は究極のエゴイストである。
もはや万事休す…と思い、一分間の猶予に全力をかけることにした。
※
なんとか部屋の中へ転がり込み、男は息を荒げながらクローゼットの扉を勢いよく開いた。
大量のヴェーラのスケッチ、買い集めたパンの山、そして作りかけの奇妙な祭壇
──すべてを一気に押し込み、無理やり扉を閉じる。
「……よし……!」
次に手に取ったのは、匂い消しのスプレー。
猫を救出しに来たはずが、もはや悪魔祓いの勢いで大量噴射し、甘ったるいパンの匂いと執念の香りをごまかす。
完璧……のはずだった。
だが、ドアの外から響く低い声に、心臓が跳ね上がる。
「……王女を、独身の若い男の私室に立ち入らせることは避けたほうが良いでしょう。ここでお待ち下さい」
アレクサンドルだった。
毅然とした声に、男は凍りつく。
まさか騎士団長が自分の部屋へ入るとは……
嫌な汗が背を伝う。
部屋に渦巻く“禍々しい空気”など、持ち主の彼自身が一番よく分かっていた。
アレクサンドルは一歩中に踏み込み、眉を寄せた。
(……これは……何かいるな)
ミハイルも同じ気配を感じたのか、廊下で待ちながらぼそりと呟く。
「……あの男。お前のことを、王宮でしょっちゅう見ていたな?以前から」
ポリーナは、にっこりと微笑んだ。
「はい。よく見つめられていましたわ」
「……分かっていたのか」
「まあ、お兄様。私、人を見る目は確かですもの」
軽く首を傾げ、さらに続ける。
「あの方、侍女たちにも冷たく当たるのです。
弱い立場の者をいじめたり、見た目で判断したり……。
そういう方は、すぐに分かりますわ」
王女の静かで鋭い言葉に、ミハイルは重々しく息を吐いた。
「捕らえました」と、静かな声でアレクサンドルが猫に顔を引っかかれ、かみつかれてる中言う。
その時だった…
クローゼットが、内側から悲鳴を上げるように**ドンッ!!**と弾け飛んだ。
次の瞬間——
パンの山が雪崩のように飛び出し、アレクサンドルの顔面を直撃した。
「……っ!?」
驚いた猫も跳ね上がり、黄金の美男子の顔にへばりついた。
「シャーーーーー!!」
アレクサンドルは静かに立ちすくみ、パンの雪崩の中で動けずにいた。
そして、猫は離れない。
廊下の2人は、時が止まったように沈黙した。
ポリーナは口元に手をあてて小首を傾げる。
「まぁ…禍々しいですわ。この部屋……何の神様の祭壇なのでしょう?」
「神ではない!!!」
ミハイルは固まったまま動けずにいるアレクサンドルを、なんとか救出する。
スケッチとパンまみれのアレクサンドルは、ようやく猫を引き剥がすと、無言で逃げようとしたストーカーの肩に手を置いた。
——その瞬間、肩の骨が悲鳴を上げた。
「ぎゃぁぁああああ!!?」
「……貴様…変態か?」
氷点下の声でアレクサンドルが呟き、ストーカーは震えながら膝をついた。
こうして…ストーカーの事件は、唐突に犯人逮捕というスピードで幕を下ろした。
アレクサンドルは自宅から連行されていくストーカーを冷ややかに見つめる。
そこへ、タイミングよくイーゴリが駆けつけてきた。
「アレクサンドルーー!!」
パンと猫に敗北した稀代の美男子の姿に、普段動じないイーゴリですら青ざめる。
顔は傷だらけになりパンのくずにまみれた男は、ぼろぼろであった。
「お、お前……っ!ヴェーラの犯人を捕まえるためにそこまで……!」
「……いや、これは……猫と……パンの雪崩が……」
だが次の瞬間、誤解したまま大声を上げた。
「さすが第一騎士団だ!!すげぇぇーー!!」
ガッと抱きつくイーゴリ。
アレクサンドルは虚ろな目で遠くの夕焼け空を見ていた。
(ポリーナのせいだ……だが、もうどうでもいい……)
あの王女と再会したせいで、一日中振り回され、パンまみれとなり、背中も痛い。
アレクサンドルは、遠くの空をぼんやりと見つめたまま、浅く息を吐いた。
背中の奥深くで、さきほどの衝撃がじん、と鈍く痛む。
あの瞬間──
任命式の混乱の中、ポリーナが「落ちますわー!」と明るい声で叫びながら木の上から降ってきた。
下で受け止めようと身構えた自分。
だが、現実は無慈悲だった。
「わっ……!」
華奢なはずの王女の重み(勢いの問題である)が、背中に直撃。
膝が耐えきれず、そのまま地面に押しつぶされるように倒れ込んだ。
――あの屈辱。
――背骨が折れるかと思った瞬間。
だが、背中に馬乗りになったままのポリーナは、ふわっと笑って言ったのだ。
「アレクサンドル、助けてくださりありがとうございますわ!」
まるで本当に、自分が見事に受け止めたかのように。
その笑顔だけが、災厄の中で唯一まぶしく輝いていた。
アレクサンドルは、猫の爪痕とパンのくずが残る顔のまま、また空を見上げる。
……あれこそが、美しさに隠された“災厄”の始まりだった。
そして。
自分がその災厄に、じわりと心を奪われていくことになるなど──
このときのアレクサンドルは、まだ知る由もなかった。
あっさり捕まったストーカー(笑)
次回は後日談などなど…




