ストーカー編4.ストーカーの恐怖体験1
ポリーナが出てきます。
絡めるのに時間かかったので、感無量です
『愛しのヴェーラへ』
(ついにちゃん付けやめた)
『かわいいかわいいヴェーラ!
もう我慢できない!
『君の為に昨日、婚約指輪を買ったよ。』
『サイズは後で直すからすぐにはめてみて』
『 あと、僕のパンにも慣れてほしいから、今夜迎えに行くよ』
『 はやく慣れて気持ちよくなろう。 愛し合えばそんなことは容易いよね?』
3通目の手紙は、今朝パン屋のポストに入っていたという。
イーゴリは中身を店長と確認し、怒りで手紙を破りたくなる衝動と戦いながら震えた。
前に座ったパン職人の店長も頭を抱え、うつむいている。
隣のヴェーラは恐ろしすぎて手紙を読めないため、目を閉じてイーゴリの言葉を待っていた。
「ヴェーラ…」
「はい…」
「ちょっと、店長と話すからお前は…隣の調理室で気晴らしになんか手伝ってこい。10分くらいで終る。絶対1人になるなよ…?」
かつてないほどの低い声と威圧…。
イーゴリの肩がカタカタと震えているのを見つめ、顔面蒼白の店長がその表情を前から確認して悲鳴をあげていた。
よほど怖い顔をしているらしい。
保護者として許せないと今朝も朝食を食べながら怒り狂い、そのままの勢いで早朝のパン屋に殴り込みにきた。
こんなことになる迄、何もしなかった店長。
よくあることと思い無視しろと周りも軽く流し、警察に相談させる教育もしなかった環境。
そして、家族に何の連絡も入れなかった危機管理の無さ…。
その監督責任を取らせると、実に大人の対応をしつつイーゴリはしずかに切れている。
現在、朝7:00…だが、パン屋の朝は早い。
遅く来てパンを沢山作らせる余裕も与えてやったくらいだと、開口一番店長に凄んでみせた。
出ていったヴェーラを確認し、イーゴリは途端に拳を机に打ち付けた。
暴力反対だが、怒りは収まらない。
「…ひぃ!?」
「…失礼ですけど、店長は何年目ですか?チェーン店でしたっけ…ここ?」
「…5年…?あ、いえ!まさか、こんなことになってるとは思ってもみなかったのです…!よくあるファンレターと…」
「へえ。よくあることなら、とくに問題ではない…と?」
痛いところを突かれ、パンばかり作っていた店長はイーゴリの言うとおり危機管理は薄かったと土下座した。
ヴェーラの保護者が、まさかの王家直属の第二騎士団団長。
若いが凄みがあり、詰めてくる言葉は正論過ぎて反論できない。
「頭を下げるのは俺じゃなくて、ヴェーラにだろ。あの子が今日ここまで来るのがどれだけ怖かったか…想像したこと、あります?」
静かに言うと、感情は抜きにしてさらに畳み掛けた。
「あと、女の子の制服を客寄せのために工夫されていますよね?…男性の興味を惹くように、脚の露出が顕著だ」
「…社長のアイディアでして」
「なるほど。では、その素晴らしいアイデアは売り上げに何%貢献しているのでしょう?売り上げから、女の子たちに特別な手当手などは出ていますか?足を出して挑発的な格好で危険手当てみたいな?」
ニコッと笑い、丁寧な口調で意外な確認をされたので、よくわからず首をかしげた。
その反応に、イーゴリの笑顔はピクリと引きつる。
「…大変ですよね?パン職人として働いてるのに、売り上げや従業員の給与管理、人材育成まで…。
元々そんなつもりでパン屋になったわけでもない…というところでしょうか?」
図星すぎて固まっていると、返事のない店長に笑顔のまま「ん?」とわざとイーゴリは首をかしげた。
もはや、確かめるまでもない。
目の前のパンを作るだけの能力に、全振りしてる男だ。
会話が成り立たない!!
「さっきから頭の足りねぇ奴だな…?さっさと警察に連絡しろ。お前みてぇな奴の所でヴェーラを働かせること自体が自殺行為だ!!!」
ふたたび拳を机に振り下ろすと、店長の悲鳴はパン屋中に響き渡った。
その場で警察に連絡し、ヴェーラは1日警察署で過ごすことになり、ようやくイーゴリは安堵してため息をつくことができた。
しかし、初手の対応は最悪だった。
3通の手紙の内容を見て最初の警官は苦笑。
少し大げさなファンレターかと感想を漏らした。
その態度に嫌な予感がし、イーゴリは「上の人と話せますか?」と睨む。
次に来た警官はイーゴリの顔を見て青ざめ、すぐに「これはこれは」と、胸を張ってつばを飲み込んだ。
騎士団とは所属も役割も異なるが、協力関係であり国防というならイーゴリ達は専門職だ。
「…別に団長だからきちんとやってほしいと思ってるわけではありませんし、ファンレターレベルなら呼んでいません」
そこまで詰めて言うと、時刻はすでに午前9時を回っていた。
冷静で丁寧な口調のイーゴリからは、粗暴な雰囲気は無く洗練された頭の良さが透けて見えた。
そのまま警察署まで何人か護衛付きで向かう事となり、パン屋の周りは既に騒ぎを聞きつけ野次馬でごった返していた。
イーゴリは好都合と思い、店から出て周りを観察した。
ストーカーがこれを見ていたら、多少抑止力になると思った。
ヴェーラを見ていた男は、物陰から彼女が向かった場所を確認し、別方向へ駆け出していった。
※
(くそ…くそくそくそ!!あの男のせいで、ヴェーラが完全に自由を奪われた!!とんでもない束縛男だ!!)
家に帰ると、渡すはずだった指輪のケースを握りしめながらイーゴリのどこか勝ち誇ったような顔を思い出し、何度か壁を殴った。
自宅の私室には、過去にぽっかりと開けた穴がいくつか並んでいる。
怒りが頂点に達すると、悪い癖でつい物に当たってしまう。
しかし、家族は何も言ってこない。
いや、言わせない。
幼い頃から優秀だった男は、今や王宮の上級書記官にまで登りつめていた。
上級書記官の1級の資格は二年前に取った。全体の5%にも満たない、超絶エリートである。
仕事のストレスと称して、昔から壁に穴を開ける行為や母親に対して粗暴な口の利き方をしている。
どんな人間も馬鹿で、頭が弱く、騎士ですら屈服させるほどの知識と地位を得ている男にとって、自分以外の人間は支配する対象でしか無かった。
が、女にはとんと縁がなかった。
それは、彼の傲慢な態度のせいだったが、気づいていない。
自分にふさわしい女がいないだけであると結論づけ、男は女への興味を封印していた。しかし、ついに運命の女神は自分にふさわしい少女を届けてくれた。
それが、ヴェーラだった。
初めはその可憐な外見に惹かれた。
珍しい銀髪は腰まで長く、ゆるやかに三つ編みにして、仕事の邪魔にならないようにまとめているところも配慮が行き届いている。
淡い青い瞳は吸い込まれるように美しく、まだ未成熟な華奢な体つきは、汚れ一つない人形のようだった。
仕事帰りにいつも立ち寄るパン屋。
出勤初日から、ヴェーラは外の女のコとは比べ物にならないほど人目を惹く存在感だった。
一目見た時から、内側から発光しているように
輝いていた。
思わず、持っていたパンを落とす。
駆け寄ると、自分を待っていたかのようにニコリとした。
『あの…替えの物を持ってきますね』
彼女もきっとあの時に、王宮のエリート書記官の自分を好きになってくれたに違いない。
それから、話しかけようと機会を伺い仕事が終わるまで外で待っていた。
だが、声をかけようにもいつもあのイーゴリが帰りに迎えに来る。
(騎士団長はそんなに暇なのか!?定時で帰れる仕事だなんて聞いてない!!)
時刻はすでに昼を回っていた。
本来ならば朝からの出勤のはずだった。
しかし、今朝のパン屋の騒動のせいで、精神的に乱れた男は午前の半休を連絡する羽目となった。
本来ならば、イーゴリの任命式に同席した。
しかも、あの男の危険性を上司に知らせる事ができるチャンスでもあったというのに…!
(いや…午後からでも遅くはない。今頃あいつは祝賀パーティーだ。あいつをまずなんとかして…)
クセで爪をかみ、何を混入させてやろうかと思考を巡らせた。
昔から得意だ。
犬や猫を殺すように、人間だって服毒させればあっという間なのだから。
しかし、男の目録はまたもやくずれる。
家を出る直前で、家のチャイムが鳴ったのだ。
母親は買い物へ出ていて、不在。いらだちが募り、舌打ちして私室のある二階から階段を降りて「はい」と乱暴に返事をドア越しにした。
簡単に開けるつもりはなく「何のご用でしょうか?」と尋ねた。
すると、若い女の声だった。
「あのぉ。お願いがございまして…開けていただけませんか?」
どこかで聞いた声だった。
甘く優しい声は聞き取りやすく、謳うようにドアを通り抜けた。
発声練習の訓練を受けている声だった。
※
ドアを開けると、男は一瞬自分の目を疑って思わず後退りした。
立っていたのは、3人のまばゆい光を放つ人間達だった。
「まぁ!貴方のお家でしたの?なんて素敵な偶然!」
とびきり美しい美女の登場に、男の顔は引きつり、神々しい光に体が焼けるような錯覚すら起こした。
美しい金髪を本日は素朴な三つ編みのおさげにし、木綿のドレスを着た王女が胸の前で手を組んでいる。
上級書記官として王宮に出入りする男は、王女にとって馴染みの仕える者だ。
しかし、恐ろしくマイペースな王女は他者を常に引っ掻き回す。
男は、ボリーナがこれまで起こしてきた数々の事件を知るだけに本気で逃げ出したくなった。
(……!!こ、この方だけは…ダメだ…!!怖い!怖すぎる!!)
笑顔でこちら見る王女が、先日は「まあ。お兄様が飛んでいかれたわ?」と、兄を崖から落として殺しかけた事故を思い出した。
ポリーナが呑気にピクニックへ行き、崖の花を取ろうとしたら落ちかけた。慌てた兄がポリーナを助けたが、そのまま落ちたのだ。
偶然下が川だった。ミハイルは助かったが、しばらく気絶して3日寝込んだ。
その他にも…
と、背後にいる殺されかけた兄のミハイルが、うんざりした顔をして同伴していた。
もはや虚無の心なのか、明後日の方向を見ている。
任命式はどうしたのだろうか。
問いただす事は、恐れ多くできない。
異常な訪問者は、その隣にもう一人いた。
諦めモードの王太子とは対象的なくらい、感情の起伏が美しい顔からは読み取れない。
三人の中で最も立派な黄金の髪は、計算され尽くされたかのように長い前髪だけがふんわりと顔にかすかにかかる。
神が悪戯に本気を出して作り上げた顔の造形をもち、式典用の飾り紐と豪華な装飾付きの騎士の衣装に身を包んだ美男子。
アレクサンドルだ。
第一騎士団の団長に任命されたばかりの時の人が、ポリーナの後ろでこちらを見ている。
しかし、なぜか衣装の所々に泥がついている。
何かと格闘したような汚れ具合だった。
「な…何の、ご用でしょうか…?」
長い沈黙の後、男はようやくそんな普通のことしか聞けなかった。
頬はひくつき、とずり落ちたメガネを必死に指で押し上げて直す。
ポリーナは威圧的な男二人を背後に背負いながら、ニコニコしている。
「あそこに、いるんです」
庭に植えてある背の高い木を指さした。
何も見えず冷汗をかく。
しかし、ポリーナ柔らかい声で聞いてくる。
「飼っていた子がいなくなってしまって、皆悲しんでいたんです。ようやく見つかったわ。登っていいかしら?」
タイトルの回収としては
ストーカー(本人)が恐怖体験(ポリーナの災害)ということです。
次も続きます。




