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女神の護符  作者: のはな
第四章 女神の呪い編(七年前)
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女神の呪い5.ポリーナとの別れのキスと初陣

展開的にはタイトルのとおりになります(笑)

牛歩の歩みで申し訳ありませんが、ポリーナ編はもう少しつづきます。



王宮へ送り届けると、ポリーナは去りゆく彼に「待って待って!」と慌てて廊下で引き止めた。

アレクサンドルは、適当に借りた服を着て挨拶もそこそこに立ち去ろうとしていたのだが――二度と会えない気がした。


彼は、まだ濡れたままのポリーナの髪を見て、すぐに心配した。


「風邪をひきます。お構いなく」

「違うのぉ! これ! サーシャの護符! 私がお祈りしてあげたから!」


一生懸命握っていたカフスを、ほぼ強引に手の中に押し込んでくる。


温かな体温を宿した銀のぬくもり。


高級品のため躊躇したが、ポリーナの期待に満ちた笑顔を前に、突き返す勇気はなかった。


「ありがとう……ございます」


「ねぇ、聞いて! サーシャを守ってくださいってことと、

 素敵な恋ができますように――って、女神様にお願いしたの!」


武運長久と恋愛成就。

結局2つとも願ったらしい、貪欲な王女の祈り。

そんな都合よく効いてくれるだろうかと思いながらも、夢を壊すわけにはいかない。


「ねぇ! また会える? サーシャとこれっきりなんて嫌!」


ポリーナの大きな瞳がきらきらと期待に輝く。

あくまで王命による一時的な護衛。

簡単に約束するわけにもいかず、言葉が出なかった。


すると――


「サーシャ、ありがとう。またね」


ちゅっ、と。

音を立ててポリーナの唇がごく自然に頬へ押し当てられ、離れた。


一瞬、何が起こったのか理解できず固まる。

見上げるポリーナは無邪気な笑みを浮かべ、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めていた。


「カフス、付けてね!」


その言葉を残して、白い裾を翻し、彼女は廊下の奥へと駆けていった。

嵐のように去る小動物の背中を、アレクサンドルはしばらく無言で見つめていた。


――可愛い子供の遊びだと分かっている。

それでも、一生懸命やり遂げた任務の報酬としては、これ以上ないご褒美だったのかもしれない。


その夜。

アレクサンドルの私室の机の上で、月光を浴びたカフスがふと、淡く光った。

まるで、少女の祈りが静かに息を吹き返したかのように。




王立103年、冬の頃の事だ。


アレクサンドルは、第一騎士団から第四騎士団へ従軍という形で出向した。

第四騎士団は、北方の山岳地帯を拠点とする。

そこは常に蛮族と国境での戦闘を繰り返す、王国きっての紛争地帯である。


戦闘経験の少ない少年騎士たちは、多くがここで初戦を経験する。


15歳となったアレクサンドルは、モーリャ家の嫡男として騎兵からの花形デビュー戦を迎えた。


隊列を組み雪降る中、凍る河を挟んで何千と膨れ上がった蛮族の軍勢と対峙する。

冷たい風と雪が重装備の軍馬を凍えさせ、顔が興奮と殺気で引きつる。


共に横に並ぶ多くの同期達も、誰もが名門貴族の子息ばかりだった。


重く冷たい甲冑をまとい、 突撃前のジリジリとした体を焦がすような号令前の武者震いを感じた。


かじかんだ指先は、軍馬の手綱を握る。


そこだけの感覚があり、敵を殺す前の生きている実感があった。



己の生きる世界が、ゆっくりと幕を開けていく音が聞こえた。


「アレクサンドル」


隣に並ぶ若騎士が、顔を向けずに名を呼ぶ。


黒き甲冑に身を包み、雪煙の中に立つその姿

――レオニード。


同じ十五歳にしてすでに戦場の空気を吸い慣れた獣のようだった。



「俺のそばを離れるな。お前は殺させん」


遠回しの侮辱かと思い、アレクサンドルは冷ややかに笑う。


だがその瞳は炎ではなく、氷だった。

人の情を捨てた獅子の眼。そこに偽りはない。


「ふざけるな。貴様の庇護など要らん」


短く返し、手綱を握り直す。

寒風が槍の穂先を鳴らし、白い息が列を覆った。


突撃前の構えの号令が、大地に流れる。


前後の騎士達がそれに合わせ、鉾を振り下ろし構えた。

金属の刃の鳴る音は轟音となり、河向こうの蛮族に突き付けられた。


やがて――


「前へッ!」


号令とともに鬨の声が雪原を震わせる。

数千の蹄が凍土を砕き、轟音とともに波のように押し寄せた。


鉄と血と雪が混ざり合う匂いが、アレクサンドルの肺を焼く。


その瞬間、少年は知った。

祈りも恋も遠く、ただ刃の軋む音だけが真実なのだと。


そして、この地獄こそが自らの生きる鬨の声と共に、雪煙が巻き上がった。


先陣を切るレオニードが、長槍を横一文字に薙ぎ払う。


鉄の穂先が唸りを上げ、押し寄せる蛮族の前列を根こそぎ刈り取った。

血と雪が同時に舞う。


その背を追い、アレクサンドルもまた手綱を引き締めた。


馬が嘶き、跳ね上がる泥水を蹴って突進する。

手にした槍が、まるで訓練場の木人のように敵を穿つ。

呻き声も、肉の裂ける音も、ただ遠くの雑音のように感じた。



冷えた風が頬を刺す。


指先まで、妙に澄み渡っていた。


教本に描かれた陣形の通り。突きの角度も、馬の歩幅も。

体がすべて覚えていた。


ふと横を見やると、レオニードは一言も発さず前だけを見ていた。


黒い鎧の男の背に、雪が積もる。

その姿はまるで、戦場の中の神像のようだった。



その背を追い、アレクサンドルもまた馬腹を蹴った。


敵兵の喉を突く。

甲冑の隙間を狙い、刃を捩じ込む。


すべて、訓練通りだった。

感情のない指が、命令のままに動く。


血飛沫が頬を打つ。

雪と混ざり、白が紅に染まった。


その色は、意外なほど美しかった。


恐怖はなかった。


脳のどこかで「これは正しい」と思っていた。

殺すことも、勝つことも、己を証明するための手段に過ぎない。


気づけば、夜が明けていた。

戦場の上には灰色の煙が漂い、

倒れた屍を越えて、冷たい風が通り抜けていく。


(――これが、生きるということか)


その日を境に、アレクサンドルの中の少年は死んだ。

ただ、騎士として“命令を果たす器”だけが残った。




「……見事だな」


後方で第四騎士団の隣で呟いた副長が、前線で奮闘するレオニードとアレクサンドルの二人に息を呑む。


初陣にして、恐怖の気配がない。


少年の瞳は、燃えていなかった。


特にアレクサンドルの状況把握と、視野の広さは群を抜いていた。


彼の目は、凪いだ湖面のように静まり返っていた。


血と雪が舞う。


それでも手元の剣先が、寸分もぶれない。

彼にとって戦闘とは、秩序だった動作の連続――まるで祈りの所作に似ていた。


アレクサンドルは戦歴を重ね、やがて指揮官として簡単な指示を任される立場にあげられた。


「前列、後退! 第二波、俺が押し返す!」


声が鋭く飛び、数百の騎士が動く。

戦場の渦の中で、誰もがその号令に従った。


十五の少年の指示を、大人の将校たちが即座に実行した。



その後の三年間、アレクサンドルは各地の前線で勝利を重ねた。


どの戦でも損耗率を最小限に抑え、撤退戦では最後まで残って味方を守った。


恐怖より冷静を、激情より理性を。

騎士団は次第に、彼の戦術と判断を信じて動くようになっていった。


「敵を見よ。怯えるな。正義を保て。剣は、乱心のためにあるのではない」


若くして指揮台に立つその姿は、王国における“白銀の騎士”の象徴となった。



ポリーナのことは、覚えていたが、ほとんど思い出さなかった。




騎士として強くあること――それだけが、彼の青春を彩った。


やがて、その名は戦友レオニードとともに、国内外に響き渡る。



冷徹な指揮官として。無敗の騎士として。



そして、百年前の英雄の再来として――。



久々の戦闘シーンで描き方をど忘れし、アワアワしながら描いてしまいました(笑)


恋より、仕事…というか、単に強くありたいとか必死に邁進するアレクサンドが描けて本望でした。

しかし、プレイヤーとしてはレオニードよりは若干戦闘能力は下がりますし、元々指揮官希望のためその辺り能力はピカイチのイメージです。


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