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女神の護符  作者: のはな
第四章 女神の呪い編(七年前)
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女神の呪い編3.女神の呪いと接吻。そして、蟹。

神殿へやってきたトリオ。


ミハイルが作者の思惑より少しコミカルになりましたが、気に入っています(笑)

ーーー神殿は祈りを捧げる場ではなかったのか?


ミハイルは人であふれかえり、民衆に護符を配る神官と巫女が、素材で金額に差をつけている様子を冷ややかやに見つめた。



共に列に並ぶのは、妹のポリーナと本日の付き添い少年騎士のアレクサンドル。


もう少し年令をかさねれば似合いの恋人にでもなりそうな二人の美しさは、雑多のなかでもひときわ目立っている。



特にアレクサンドルの容姿の良さは、群を抜いていた。



(…あと5年もすれば、あの男と瓜二つの姿になるだろうな)


豪華な黄金の髪色に、海の色に似たアレクサンドルの美しい紺碧色の瞳。


顔の造形は完ぺきに整えられ、14歳にしては高い背丈と程よい筋肉のついた身体は成長しきっていない瑞々しさで溢れている。


あの男とは、王宮に飾られたアレクサンドルの先祖の男だった。


王国の祖である初代女王に仕え、海の覇者と呼ばれた最強の英雄。


この国では「かの英雄」と呼ばれ、死後も称えられ信仰に近い軍神として崇められている。


アレクサンドルの一族は「かの英雄」を祖に持つこの国一の名門である。


彼の「血」は、王族の端くれに過ぎなかった没落貴族のミハイルよりも、ずっと強い気がした。



「お兄様ぁ。私、ペンダント型の護符が欲しいの。お兄様はなにがいい?」


並べられた護符のバリエーションの多さに、ポリーナは早速踊らされていた。


商売欲がすごい…


俯瞰的に物事をみるひねくれ者の兄は、身につけるアクセサリーからストラップ、果ては財布に入れるカード型まで揃えられた品数に顔を引き攣らせた。


「いらん。お前だけ買え」



「えええええーーやぁだぁぁぁーー!おそろいにするのぉ!!サーシャもお兄様もおんなじにするのおおおおーー!!」


見守る神官たちの手前「くだらん!」とは言い切れず、騒いだポリーナにイライラして睨んだ 。


ポリーナはここに来る前から、女神の護符が南部の癒しの泉の女神であることや、その伝説を兄に散々話していた。


10歳の夢見る乙女というか、少女趣味にうんざりする。



『私も女神の護符を買って素敵恋がしたいなぁ』とうっとりしていたが、悲恋で人が死んでいる伝説にミハイルは引いていた。



しかも、ここは南部でもなければ本物の泉もない。


今回は出張という形で、王都の神殿で女神の護符は販売されている。



「…ポリーナ様。そちらの護符は俺も遠慮します」



高価な値段を見て、アレクサンドルもミハイル同様顔を引き攣らせていた。


ポリーナが銀製のカフスを与えようとしてきたからだ。


真鍮製の一番最低価格は銅貨1枚だが、小さなストラップである。


「こちらで…」と、ストラップを指し、自分の分をさっさと支払った少年騎士にポリーナが「だめーーー!!」と絶叫した。


神殿に木霊すポリーナの悲鳴にまわりがざわつくが、そんなことは気にせずアレクサンドルの腕をつかまえた。



「やめろっ!!見苦しい!!」

「サーシャにはカフス買ってあげたいの!!腕に着けて私のことずッと守ってくれる騎士様なの!!」

「高級品を買っていただくわけにはいきません!!」

「やぁぁだぁぁあーー!お兄様ぁぁあーー!サーシャがいじわる言ってるぅぅーー!」


至極まともなアレクサンドルの遠慮に比べ、ポリーナは支離滅裂な思考回路で兄にすがってくる。


子供特有のわがままに加え、涙と鼻水を垂れ流す恐ろしいほどの激しい感情の乱れ。


こうなるとポリーナはテコでも己の信念を曲げない。


「やだやだやだやだやだーーー!」と癇癪をまき散らし、ミハイルの胸辺りに抱きついて奇声に似た悲鳴を上げて泣き出した。





「ーーーそうか!!分かった!!ならっここの護符を全部買ってやる!!」


ポリーナの悲鳴に脳が焼けるような苛立ちではじけた。


ミハイルはほぼ脅しに近い怒号を解き放ち、持ってきた財布を祭壇に叩きつけた。


これ以上騒がれて泣き叫ばれるより、妹が引いて青ざめたほうが数倍マシだった。


静まり返った神殿の中で、ポリーナは想像以上に青ざめ固まっている。


隣のアレクサンドルは更に顔を引き攣らせ、美しい顔で壊れた人形のようにこちらを見ている。


神官はミハイルの発言に息を呑んで動けない。



「ぜ…全部…ですか?」


「在庫も全部買い取ってやる…っ金貨500枚でだめなら後で残りは払うぞ」


人を殺さんばかりのにらみ顔で凄むミハイルの迫力と財力。

身分を隠しての祭り参加であったはずが、只者ではない雰囲気が既に漏れている。


全商品買取りという前代未聞の暴挙に、ほかの参拝客達も徐々に状況を飲み込み始めてざわつきだした。


「なんだそれ!?こっちは朝から楽しみに来たんだぞ!?」

「え!?もう買えないの!?」


ミハイルは高まる怒号など無視し、神官に腕組みをして「早くよこせ!」と後ろの在庫の段ボールまで顎で指示した。


ポリーナが青ざめたまま震え、ブルブルと首を横に振り兄に抱きついたまま怯えている。


「なんだ…?買ってほしいのだろう?お前が全部持って帰り、城中の奴らに一つ一つ配れ…っアレクサンドルのカフスもあるぞ?それでいいんだろ?」


鋭い目で睨む兄にさらに畳み掛けられた。



「わがままを通したいなら己の言葉に責任を持てっっポリーナ!!」


「いやぁぁあーー…っ!!」



声を上げて泣いた10歳の少女に、アレクサンドルは慌てた。



「殿下!!いくらなんでもやりすぎです!!」


「黙れっっっこのブタに思い知らせてやるだけだ!!」



ごめんなさいぃぃぃーー!と泣いて謝ったポリーナは罰として段ボール1個の護符の在庫をしばらく持たされて放置された。


そして、泣きつかれて神殿の片隅で泣き終わるまで、またも放置され…


ようやく許されたのだった。




(…結局3つ買って後は返品した…恐ろしい方だ)


アレクサンドルはグスグスとまだ泣いているポリーナの背中をさすりながら、致し方なく受け取ったカフスの入った紙袋を持っていた。


大人げない仕置きをしたミハイル。

神殿の階段の最上階に座り、売っていた葡萄酒を飲みながら完璧にポリーナを無視している。



妹を特に説教をすることはないが、最も怖いやり方で懲らしめた。


神殿に入る前の階段に座り、段々と夕闇が迫る時刻になって空が色を変え始めている。


カラスの鳴き声と飛んでいく様を見て、潮時かと思った。



「もう帰りますか?」

「そうだな。目的は達成しただろ?」


ポリーナは泣き腫らした目をこすりながら兄の方を見る。

ふんぞり返り、これ以上ないほどの威圧感で見下ろす8つ年上の兄。



「…お兄様…最後にお祈りしたいの。だめ?」



大きな目で上目遣いをし、実に可愛らしい言い方でポリーナが言った。


自分の可愛らしさに自覚でもあるのか、唇をきつく噛み、放っておけない小動物のような庇護性を魅せる。



「……………」



無言でそんな妹を見下ろし、ミハイルはしばらく何も言わなくなった。


(…多分、甘いな)


半日ほどの付き合いしかないアレクサンドルだったが、だいたい察しがつく。


「…どれくらいで終わる?」


「あのね。お兄様の指輪とサーシャのカフスにお祈りしたいの」



ミハイルは腕を組んだまま睨んではいるが、全くポリーナの要望に否定はしない。


「お願い」と胸の前で手を組み、かわいい妹の頼みごとを聞いている。



「お兄様はお勉強頑張っていらっしゃるから、学業成就にしてさしあげるわ」

「なめてんのか、貴様!?」


「サーシャは武運長久か恋愛成就ね!」

「180度違う祈りではないでしょうか?」


こちらの話も聞かず、いそいそとまた神殿へ駆け足で入っていくポリーナから反省の色が見えない。


南部からの護符の販売は大盛況のようで、まだ長蛇の行列ができている。


そのさらに奥へと走っていくポリーナに、アレクサンドル達は追いかけるかたちですすんだ。



「…たくましいですね、王女」

「たくましいどころではない。あいつはしたたかな奴だ」


呆れ顔のミハイルは、頭痛のする頭を抑えて早歩きで唸る。

妹の「お願い」とやらに一瞬でも可愛いと思い乗ってしまったことを後悔している。


「覚えておけ。あのブタはこっちが少しでも優しくするとつけ上がり、わがままを通し、そして男を堕落させるような笑顔で我を通すぞ」


「………妹君に対する言葉でしょうか」


「黙れ。ポリーナは10歳の皮を被った悪女に近い」



どんな総評なのだろうか。

日頃から妹に振り回されているミハイルの真剣な言葉が、妙に恐ろしかった。


ポリーナは目的の場所へ着くなり「わぁー!」と声を上げて見渡した。


神殿の一角に、滾々と湧き上がる泉を模した巨大な噴水がしぶきを上げていた。


明らかに人為的なその装置は、下からどういう形かは分からないが光を当てて幻想的な青い色から金色へと変化していく。


周りには何人か祈りながら、護符を手に持って入水させていた。



「みてみて!ここに買った護符を水に入れてお願い事すると、叶うの!」



くばられていたパンフレットを片手に偉そうにポリーナは解説した。

人の手が明らかに加わった噴水に、男2人はもはや何も言うまいとたたずんだ。



「お祈りしてくるね!」



アレクサンドルもミハイルにつられ、遠くを見てため息をついた。


本当にこの時は、ご利益などほぼ信じていなかった。

しかし、それが護符の力を強めてしまう大きなきっかけとなるのだった。




ポリーナは無邪気に泉の噴水に置かれた小さな籠を手にしていた。


手のひらに収まる籠には、兄の金の指輪とアレクサンドルの銀のカフスが入っている。


美しい色の変化を繰り返す泉に、隣の若く美しい女性が跪いて護符を入水させ、静かに祈っていた。


ポリーナはやり方を学び、早速真似する。


隣の女性はきっと恋人との幸せを願い、祈っているに違いない。

勝手な妄想も相まり、恋を知らないポリーナは憧れで胸をときめかせた。


二人の護符を沈めて洗い、目を閉じる。


(女神様…どうか、お二人がこの国の為に役に立つ人となり、加護を与えてください。あと、素敵な恋愛も…ふふっ)


兄にはすでに何人か恋人らしき人がいるが、アレクサンドルはまだよく知らない。

しかし、2人の美しい男が将来素敵な恋愛をしたらポリーナはうっとりとして見守る自信があった。


目を閉じてそんな妄想をしていると、籠に入った護符は願いに応えるように一瞬淡い光を放ったがポリーナは気づいていなかった。


「できたぁ!…あれ?私のもいれるのかな?」


無邪気に籠を引き上げると、ちゃっかり首に下げていたペンダントの護符について首をかしげた。


注意書きに

願いこどが個々になる場合は、なるべく一つ一つ籠に入れて祈るようにと張り紙があったが、気づいていない。


ポリーナは、兄と同じ素材の純金の護符を外して周りの様子をキョロキョロと見渡す。


後ろで、あきれ顔の兄と騎士が待っていてくれている。


(うん。もう1回私の分もお祈りしようっと!)


外した護符をかごに入れ、3人分の女神の護符を再び入水させた。


見ていると青から金色に色が変わり、3人の護符が光っている。

先程までは目を閉じていたポリーナは、鈍く光る護符の変化に少し驚いた。



「凄い…皆こうなるのかなぁ?」


純粋なポリーナは気づいていなかった。

それがかなり珍しい現象であることを。



(どうか…私に素敵な恋人ができますように…!沢山愛し合えますように!)





目を閉じて真剣に祈ると、ポリーナはその瞬間光が内側から弾けるような不思議な感覚が身体を襲った。


目を開けたいのに、開かない。

水の中に潜り、その中で目を開けているような音もない世界が広がる。


神殿の中は静まり返り、ポリーナは一人そこにいた。



(え…?え…?)



思わず兄とアレクサンドルの方を振り返り、名前を呼んだ。

しかし、2人も姿がなかった。



『お兄様…?サーシャ…?』


水に似たその中で声を上げ、泳ぐように後ろへ体を反らした時だった。


ポリーナは、不意に透明な何かに両腕を捕まれそのまま背中から押し倒された。


強い力に驚き声を上げそうになるが、浮力に似たフワリとした感覚で痛くはない。


目を開けると、透明な何かに瞳が付いている。



青く美しい瞳は、こちらを射抜くように見つめている。



恐ろしいほどの眼光に子供のポリーナは、それが男の欲情に似た甘い光であるとは気づかなかった。


掴まれた手首が少し痛み、身体は起き上がれない。


(誰…?)



どこかで見た瞳の色。

誰だったかと思って観察していると、瞳はすぐそばまで近づいてきた。


そして、口元に強い圧迫感を覚え思わず口を開いた。

何かがゆっくりと口に差し込まれ、ポリーナは柔らかな感触に体を反応させた。


不思議な感覚と共に苦しくなり声が漏れる。


すると、青い目は急に何処かへ消えてしまった。


次に、深い緑の瞳がポリーナの前に現れる。


代わる代わる起こる理解を超えた現象に、そのまま身を任せるしかなかった。


しかし、ポリーナはその瞳を見てすぐに分かった。


(お兄様…?)


ミハイルによく似た瞳は、透明な身体のままポリーナを抱きしめてくる。


温もりなどは、ほとんどなく体が少し締め付けられるような感覚だった。


再び、口に与えられた圧迫と柔らかな感触にポリーナはゆっくりと意識を失っていくのが分かった。





「おい!?起きろ!」


次に意識がもどった時、ポリーナは兄の珍しい心配した声に頬を叩かれ、感覚を取り戻していた。


ポリーナは目を開くと、アレクサンドルに背中を抱かれいた。

そして、兄が血相変えて揺らしてくる。


初めて見る兄の青ざめた顔と、隣の美少年騎士の瞳の色は先ほどまでこちらを見ていた者とおなじ青と緑だった。



「あれ…?」


アレクサンドルは呆けて間抜けな声を出したポリーナの顔の前で、何度か掌をひらひらと動かす。


「わかりますか?指は何本か数えられますか?」


「えっと、二本」


「………病院に行きましょう」


一本の人差し指を動かしていたようで、アレクサンドルが青い顔で静かに言った。


「これは何本だ!?」

「お兄様…カニみたい」

「御名答です。意識は戻ってきたようですね」


意図せずダブルピースをした兄を蟹と言ったおかげで、無事を確認できた。
















そして、蟹。


というタイトル通りのヲチでした(笑)


だんだんとアレクサンドルが冷静なツッコミ役になっていったのは、書いていてちょっと意外でした(笑)


次回もこのトリオの予定です。

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