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女神の護符  作者: のはな
第一章
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3.勤務1日目〜髪をおろしたら〜

執務室の重厚な扉をノックすると、中からイーゴリの快活な声が返ってきた。


分厚い書類の山を机に積み上げ、豪放に笑う第二騎士団団長。

その傍らには、常にヴェーラが控えている。


午前の仕事は書類整理だった。


慣れぬ文官の仕事に目を白黒させつつも、ケンジは飛び級で大学を出た才気でパターンを見抜いていく。


「これ、二重に記載されてますよね。数字が合わなくなります」


さりげなく指摘すれば、ヴェーラが淡く頷いた。顔色一つ変えぬまま、評価だけを瞳に宿して。


イーゴリは「ははは!そうだな!」と、無邪気に笑ってケンジの肩を叩く。



午後は訓練場。剣を振るう百五十人の兵士たちの記録係を任され、ケンジは一瞬絶望する。


「えっ!?これ全部ですか!?」


だがやがて規則性を見抜き、隊列や手順を整理して表にまとめ始める。

汗だくになりながらも、最後には驚くほど正確に記録を終えていた。


「やるじゃないか、ケンジ!」


イーゴリは豪快に笑い、ヴェーラは淡々と記録を受け取る。

その二人はまるで影と光のように息が合っていて、ケンジはふと「苗字が同じだから、兄妹なのか?」と思った。


しかし、それにしてはあまりにも似ていない。


イーゴリの髪は褐色で瞳の色は栗色で黄金。

身体も大柄だし、顔つきもヴェーラのような洗礼された人形のようではない。堀が深く整っているが武骨ともいえる。


体の線が細く可憐な印象を受けるヴェーラから、イーゴリとの共通点を探そうと目で追う。

が、途中でハッとした。


(いやいや…ジロジロ見すぎた!)


今日会ったばかりだというのに、ヴェーラを意識しすぎており、自分でも困ってしまった。


(この2人…恋人どうしってわけではなさそうだけど…)


だが、イーゴリがことあるごとにヴェーラへ声を掛け、彼女も淡々と応じる様子は「絶大な信頼」に見えた。

ケンジは心の中で「すごいな、この人」とヴェーラの仕事ぶりに感心した。




執務を終え、重々しい扉を後にしたケンジは、ふぅと息を吐きながら廊下を歩いていた。

慣れない仕事に神経を張り詰めていたせいで、心地よい疲労感が全身を包んでいる。


その時――前を歩く人物に気が付いた。


「……あれ、ヴェーラさん?」


彼女は誰かを待っているのか、そのまま館のホール入り口にとまった。


昼間はきっちりとまとめられていた髪が、肩の少し下まで流れるように下ろされている。


夕陽の光を受けてさらさらと揺れるその髪は、飾り気のない普段着――白いシャツにズボン姿ながら、不思議なほど映えて見えた。


普段のきりっとした姿との落差に、ケンジは思わず目を奪われる。


(うわ……髪下ろすと、こんなに可愛いんだ……!)


気づけば見惚れて足を止めてしまっていた。

そこへ後ろから、聞き慣れた低い声が響く。


「おう、新任か」


「……誰ですか?」


振り返った瞬間、ケンジの目はさらに大きく見開かれた。


そこに立っていたのは、髪を下ろしたイーゴリだった。

普段はきっちりと立てている髪が、耳のあたりで整えられ、さらさらと流れている。

重厚で威圧感のある団長の姿とは似ても似つかない――

一見すれば爽やかな好青年、美男子とすら言えるほどの容姿だった。


「イ、イーゴリ様!? 若く見えますね……!」


驚きのあまり、ケンジは素直な感想を口にしてしまう。


「充分若いぞ。二十三だ」

「俺と三つ違い!? 」


目をひん剥いたケンジは、自分の耳を疑った。


「お前等東洋人は童顔だな」


イーゴリはにやりと笑って金色の目を細め、見下ろしてくる。

身長も190センチ近くあるため、170センチ代のケンジとは大人と子供くらいの体格の差がある。

いや…これでも、祖国では平均身長なのだが。


「団長が老けす……いえ、なんでもないです!」

「……ほう?」


イーゴリの目が楽しげに細まり、手がすっと上がる。


「ま、まってください! そのデコピンはやめて! 絶対痛いやつですって! 額壊れると思います!」

「はっはっはっ! お望み通り割ってやろう!」


豪快に笑いながら、イーゴリはケンジの頭をがっしと掴み、額へ指先をぐいと近づける。


「いやいや望んでない! 俺一言も望んでないですからぁぁぁ!」


必死にもがくケンジを片手で押さえつけながら、イーゴリはますます愉快そうに笑った。





ひとしきりケンジをからかったあと、イーゴリは大きな手を放し、豪快に笑い声を響かせながら歩き出す。

ケンジは頭を押さえながら、涙目でその背中を追った。


ホールに差しかかると、そこにはヴェーラが静かに待っていた。

髪を下ろした姿のまま、柱の影に立つ彼女に気づいたイーゴリは、まるでそれが当然であるかのように声をかける。


「待たせたな」


ヴェーラは小さくうなずき、イーゴリの隣に並ぶ。

二人は何事もなかったかのように、当たり前のように歩き出した。


(え……え? な、なんでそんな自然に並んでるんですか? さっきまで団長の隣にいたのもヴェーラさんだし……仕事中もずっと一緒だし……っていうか、一緒に帰るの!?)


思考が追いつかず混乱するケンジを振り返り、イーゴリは苦笑する。


「おい、そんな顔をするな。親戚関係だ。一緒に住んでいるし……まあ、腐れ縁というやつだな」


イーゴリの説明に、ケンジはまだ半信半疑の顔でついていく。

横を歩くヴェーラは相変わらず無表情で、まるで慣れきっているかのようにイーゴリの歩幅に自然と合わせていた。


(やっぱり……自然すぎるんだよな、この二人……)


耐えきれず、ケンジはおそるおそる口を開いた。


「……あの、団長。ひとつ言っていいですか?」


「ん?」


「ヴェーラさんに構いすぎじゃないですか? 今日だって執務室で何回も声かけてましたよね。あれ、仕事中じゃなかったんですか?」


イーゴリは一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに肩を揺らして豪快に笑いだした。


「はっはっは! ケンジ、お前、俺がヴェーラを口説いてると思ってるのか!」


「ち、ちがっ……そういうんじゃないですけど!」


「残念ながら俺は、少年愛の趣味はないからな! ヴェーラはほぼ胸…」


そう言い終わる前に、ヴェーラは無表情のままバシッとイーゴリの肩を叩いた。

さらに何度か肩を叩き続ける。


「おっ。ん? お? 怒ったか?」と、殴られるテンポに合わせて声を出し、イーゴリは嬉しそうにからかう。

目をかすかに釣り上げてイーゴリを睨むヴェーラは、いつもの無機質な表情と比べかわいらしかった。


「ヴェーラ!怒るな、怒るな。今日は俺が飯作ってやるから」

「いつものポークソテーなんていらない」


そのやり取りを見て、ケンジはさらに混乱した。


(……あまりに仲良すぎるだろ!でも、これが信頼関係ってやつか……)



しかし、23歳でこの威圧感……。


大学を飛び級で卒業し、頭脳に自信はあるはずの自分でも、この堂々とした佇まいと端正な顔立ち、鍛え上げられた体を見ると、圧倒されずにはいられない。

大人の男として、存在感と余裕を兼ね備えたイーゴリは、ただ年齢を聞いただけで、ケンジの中で羨望の対象となった。


新参者の自分でも、この二人の間に加わり、ここでやっていける――

その思いを胸に、ケンジは歩調を整えて、二人の後ろを静かに歩き出した。

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