温泉街編8.湯けむりの中で、理性が死んだ
タイトル通りの展開となります(二回目)
余談ですが
混浴には最近、混浴用の着衣があるそうです。
それなら行ったみたいなぁーなんて考えています。
静寂の中、ケンジはヴェーラと同じ温泉に浸かるという、天国という名の地獄を味わっていた。
湯の表面がとろりと揺れ、ほのかな硫黄の匂いが鼻を刺す。
さっきまでは、肩と肩が触れ合うほど近くにいた。
けれど沈黙の中、ヴェーラがわずかに動く。
「あ……あの、私、出ますね」
湯気に掠れた声。
ケンジの心臓が小さく跳ねる。
見るな、と思いながら――視線は勝手に向いた。
湯けむりの向こうで、ヴェーラが髪をかき上げる。
濡れた銀髪が肩を滑り、白い肌に張りつく。
細い首筋、光を帯びた鎖骨。
そのすべてが、理性という最後の鎧を軋ませた。
視線を逸らさなければと思うのに、どうしても離せなかった。
月明かりに照らされた湯面が揺れ、白い肩がゆっくりと沈む。
肌に流れる湯が光って、まるで触れれば溶けてしまいそうだ。
(……触れたい)
その考えが頭に浮かんだ瞬間、息が詰まった。
触れたら終わると分かっているのに、
理性よりも先に、指先がかすかに震えた。
しかし、その静寂を打ち壊す騒音がまるで雪崩のように襲ってきた。
廊下の向こうから、ドタドタと響く足音と笑い声。
「イーゴリ団長ーーっ!!」
「混浴いくぞおぉぉぉ!!」
まるで戦場突撃の雄叫びだ。
ケンジの顔から血の気が引いた。
(げっ!! よりによってこんな時に!!)
下品な笑い声と共に、あの悪魔が率いる騎士たちの群れが突入してくる。
湯の表面がざわりと揺れる。
もうすぐ、あの悪魔が率いるバカ騎士どもがこの扉を開ける。
想像しただけで、ヴェーラの白い肌がその連中の目に晒される光景が脳裏に浮かび、ケンジは考えるよりも先に行動していた。
「ヴェーラさん!! ほかの男達が来ます!! 逃げましょう!!」
「えっ!? え、でも――」
「早く!! 裸見られますよ!!!」
その一言に、ヴェーラの目が見開かれた。
次の瞬間、二人はほとんど反射的に立ち上がり――
ヴェーラの手をとって、岩陰に滑り込んだ。
狭い空間に二人の身体が重なり、彼女の背中がケンジの胸に触れる。
逃げ場がない。動けば、湯が波立つ。
ヴェーラの銀髪がケンジの頬にかかり、ほのかに甘い香りがした。
彼女の背に腕を回す形になっていることに気づき、心臓が跳ねる。
(……この距離、やばい)
息を殺して、外の笑い声を聞く。
ヴェーラの肩が小さく震え、そのたびに背中越しに体温が伝わる。
湯の中で溶けるように、二人の体温が混ざっていった。
※
二人は息をひそめ、露天の奥――大きな岩の陰に身を潜めた。
湯気が白く流れ込み、視覚的にはまるで天国。
だがケンジの心臓は、地獄の太鼓のように鳴っていた。
ヴェーラは先に身を屈め、ケンジはその背に覆いかぶさるようにして隠れている。
狭い岩のすき間では、背中と胸が触れ合い、湯の熱よりも彼女の体温の方が強く感じられた。
髪が頬にかかり、ほのかな花の香りがする。
(やばいやばいやばい!!このままじゃヴェーラさんが、あの悪魔に見つかる!!
ほかの男どもの目にヴェーラさんの裸が……!!)
ヴェーラは岩のすき間からそっと外を覗いた。
湯けむりの向こうで、イーゴリたちが大笑いしながら湯に飛び込んでいく。
その姿を見た瞬間、彼女の表情が少しだけ緩んだ。
(……え?)
「あ……良かった。イーゴリ様がいるなら、多分大丈夫です。私のこと、見つからないように他の人の注意を引いて――かばってくれるかと」
ケンジは小声で叫ぶ。
「ええ!? そ、そんなわけないじゃないですか!?
団長なんて、笑いながらヴェーラさんをここから引きずり出して、肩抱いてセクハラしてきますよ!?」
ヴェーラは小さく笑った。
湯気に揺れる微笑は、どこか優しく、遠い。
「……いつもならそうでしょうけど。イーゴリは、基本的に護ってくれると思います」
その声は穏やかだった。
イーゴリと親しげに呼び捨てにもしている。
けれどケンジには、その穏やかさが少しだけ痛かった。
彼女の中には――自分が入り込めない、深く強い“信頼の場所”がある。
ヴェーラの声が終わると、岩陰には湯の音と心臓の鼓動だけが残った。
背中越しに伝わる体温。
それがどんどん熱くなっていくのは、湯のせいだけじゃなかった。
ケンジは唇を噛み、目を閉じた。
触れちゃいけない――そう分かっているのに、
目の前の彼女があまりにも近すぎた。
濡れた銀髪が彼の頬にかかる。
その先の白いうなじが、月の光を受けてほのかに光っていた。
湯気の中で、指先が勝手に動く。
ヴェーラの肩越しに、そっと手が伸びた。
指が触れた瞬間、彼女の肌がびくりと震える。
それでも振り向かない。
逃げるように顔を背けたその頬を、ケンジは震える指でなぞった。
その瞬間、さすがに動揺して振り返ったヴェーラの顔に理性は崩れた。
紅潮した頬や戸惑う顔の美しさ。
抑え込めば簡単に自由を奪える華奢でしなやかな、柔らかい肩の感触に…止まることなどできない。
そのまま、ヴェーラの肩を押して背中を岩肌に押し込め、ケンジは上背で覆うように迫った。
例えようのない感情が胸を巣食う。
「…っ団長が、好きなんですか?」
単なる確認が嫉妬で焦げた声を出した。
ヴェーラは驚きに目を見開いた。
肩を押さえられたまま、言葉を探すように唇が震える。
「……な、何を言って――」
ケンジの声がその上からかぶさった。
「違うんですか? 俺には……どう見てもそうとしか…!」
ヴェーラの背が岩に押しつけられ、二人の距離はもう数センチ。
湯の雫が頬を伝い、ケンジの胸に落ちた。
「俺、わかってます。あの人には敵わない。
でも、俺は――あなたが笑うたびに、どうしようもなく、」
言葉が途切れた。
代わりに、唇が動く。
指先が彼女の唇に触れた。
熱い湯よりも熱い鼓動。
ケンジは、そのまま顔を傾け――
「……ケンジ」
低く冷たい声が、湯気を切り裂いた。
水面がざわりと揺れ、湯気の向こうに黄金の瞳。
イーゴリだった。
裸のまま立つその男は、怒りとも嫉妬ともつかぬ光をその瞳に宿している。
ケンジの指がヴェーラの唇に触れたまま凍りつく。
ヴェーラの唇を、彼の口が覆う直前だった。
次の瞬間、
そのまま――湯の中に沈められた。
「ごぼっ!?!?!?!?」
泡が上がる。ヴェーラの悲鳴。
静かな湯船が一瞬で戦場になった。
と、いうわけで。
ケンジがイーゴリに沈められました(笑)
果たして犬神家みたいなケンジになるのか
(水面に脚だけでてる)
生きて帰れるのか
次回書こうと思います。




