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女神の護符  作者: のはな
第三章 温泉街編
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温泉街編7.恋のめぐりと混浴

ヴェーラとイーゴリの話、ちょっと解禁です。


女神の護符のプロローグを読みなしてもらえるとより臨場感がわくので、よければそちらも改めてお読みください。

イーゴリがこちらに振り向いて、屈託なく笑った。


『ヴェーラ!なんだよ、もう学校終わったのか?』


金色の瞳を細め、第七騎士団の紋章が入った甲冑姿。


14歳の頃とはうってかわり、彼の背丈はあまりに大きく伸び、身体は騎士として必要な筋肉を備えている。


ここ数年の成長ぶりに、17歳のヴェーラは久々に会った彼をまぶしく思う。


共に住んでいたのは1年ほど前だったが、今や彼は騎士団の宿舎で独立した生活を送っている。



『うん。今、テスト期間なの』

『おー !万年赤点か?』

『失礼ね。これでも上から数えた方が早いんだから!』


冗談に眉をつり上げて刺すと、イーゴリがゲラゲラ笑って過去の悲惨なテスト結果を周りに暴露した。


父が団長を務める第七騎士団の拠点…

騎士の館は、まさにヴェーラのホームだった。


幼い頃から学校帰りに立ち寄ることもしばしばあり、ほとんどの騎士が顔見知りである。


からかうイーゴリに交じり、父が夕食の買い物のお金を渡す。

冷えてきたので、今日はシチューを作ろうと思う。渡された金額を確認し、あれこれやりくりを考えていた時だった。


ぽんっとイーゴリに頭を撫でられた。


『頼まれたもん買ってきたぞ』


歯を見せて笑ったイーゴリは、繊細な銀のネックレスチェーンをビロードの袋に入れて渡してきた。


今までの物よりも格段に上がった宝飾品に、思わず声が漏れる。キラキラと輝き、首に下げていた護符をより美しくしてくれそうだ。


『ありがとう…!鎖だけボロボロだったから…!』


イーゴリの方も鎖が寿命だったのか、ついこの間太めの喜平チェーンに変えた。


それを見て羨ましがったので「しょうがねぇな」と仕事で王都に行くついでに買ってきてもらったというわけだった。


『着けすぎなんじゃねぇの?ガキの頃から着けっぱなしだろ…』


『イーゴリに言われたくないんだけど…?』


お互い様だったが、護符を父から贈られて6年ほど経過していた。

イーゴリの護符は男物で、ヴェーラより一回り大きく親指大程の大きさだ。

ほぼ取り外すことはないが、手入れはきちんとしているらしく常に磨かれて胸元で光っていた。


『貸せよ。付けてやる』


チェーンを付け替えると、イーゴリは大きな体を屈めてチェーンの留め具を外すなりうやうやしくヴェーラの細い首に護符のネックレスを垂らした。


(…近い)



周りの騎士達が囃し立てる中、ヴェーラはイーゴリとの体の距離に緊張しながらそう思った。


恥ずかしいと思いながらも、チェーンが絡まないようにと

腰までの長い銀髪を横に流し、うなじをあらわにする。


鎖が肌に触れる一瞬、心臓が跳ねた。

その鼓動を知られたくなくて、息を止めた。



『無くすなよ?…じゃあな』



去っていったイーゴリの頬も、どこか血色よく赤くなっていたように見えたのは気のせいだっただろうか。


お互い言葉にしなくても、同じ誓いの護符を肌身はなさず付けているだけで、思いあっていると…信じて疑わなかった。


あの頃は…ーーー




ヴェーラは入浴するために、首に下げていた銀製の小さな護符を外した。


温泉の効能のト書きと共に、銀の変色を伴うと注意書きが記載されていたためだ。


ほとんどつけっぱなしの護符を外すと、滑らかなチェーンが肌を離れて洋服のうえに置かれる。


イーゴリにもらったチェーンはとても質の良いもので、つけていてもしなやかで引っかかりもなく、耐久性も高い二連を編み込んである。


しかし、繊細で美しく、光に当たるとキラキラと煌めいた。



値段は言わなかったが、おそらくチェーンだけで、いい宝石が一粒買えるほどだろう。



「……………」


ヴェーラの脳裏に、宴会で大騒ぎし、温泉に浸かった彼の首から下がった護符が思い出される。


大きな護符は、温泉の成分でみるみるうちに黒く変色していった。


同時に、美しい娼婦を引き寄せてヴェーラの目の前で官能的に唇を重ね、深いキスをするイーゴリの横顔を見つめる。


私など、全く眼中にない。

そばにいる事すら、意識していない。



見慣れていたはずだった。



イーゴリが自分以外の女性に触れ、愛しそうに身体を抱きしめる姿。

それは、今までも何回も見てきたことだ。


しかし、黒ずんでいく護符を、何故外しもせず身につけ続けるのか。



そこで、あの時…耐えられなくなった。


狂った宴会の場から逃げるように出ていくと、しばらく外で熱くなった目頭を押さえて空を見上げた。


冬の冷たい空気が、痛みで軋む胸をさらう。


喧騒な宴の音楽や男女の声は遠くなり、護符に誓った星降る夜に似た夜空が広がっていた。



まだ、自分にこんなに感情が残っていたことが信じられないほどだった。



私は…



(イーゴリが…まだ、好き…ーーだなんて…)



落ちてきた涙が頬をつたい、そのまま詰襟の書記官の制服のなかへ落ちてきた。



温かい涙の温度と共に、声が漏れそうになる。



父が亡くなってから、何もかも変わってしまったが、残酷なくらいイーゴリへの気持ちが変われなかった。



(イーゴリは私の気持ちなんて見ない。私が好きでも…応えたりしない)




『……行く前に、お前に会えないかって。わざとゆっくり歩いてた。…女々しいだろ?』



苦手な家族と会う前に、私にそんな事を言って少しだけ心を見せたイーゴリに、少し期待をしてしまったのだろうか。


ほんの一瞬でも、彼が“誰でもなく私を思った”のだと思ってしまった。


たとえ、それが気まぐれであっても…



あの時、私は決めてしまったのかもしれない。



まだ、彼を好きでいたいと。


好きでいるのは、自由だと…



すがるような目で私を一瞬見た、彼に




露天の浴場へ足を踏み入れると、そこはしんと静まり返り人の気配はまるでなかった。


ヴェーラは作法として注意書きにあった通り、木桶で湯をすくうと屈んで掛け湯を身体にした。


鼻を突く硫黄の香りは慣れないが、不思議と不快ではない。


まだ星が見える夜間に入浴を決めたのは、正解だった。


(騒がしいのは苦手だし…ゆっくりしたい)


第二騎士団はヴェーラ以外に、女は居ない。


静まりかえるヴェーラのいる露天とは異なり、隣の男湯からは相変わらず騒がしい笑い声と、野次、はたまた湯に飛び込む音まで聞こえてくる。


思わず顔がほころび、ハメを外す団員にクスリと笑った。


この国のために、いつも命をかけて戦う彼らに確かに息抜きは必要だった。


宿には第二騎士団しか泊まっていない。となれば、女湯はヴェーラの貸切に違いなかった。


湯の中に脚を踏み入れると、心地よい温度に包まれた。

裸体になって入浴する温泉は初めてだが、治療を目的とする従来のものよりかなり温かい。


一度肩まで浸かる。

思わず体の力が抜けてため息が出るほど気持ちが良い。


冬の冷気にさらされる顔と、湯につかる体との差に何ともいえぬ心地よさがあった。



(だからあんなにのぼせながらも、浸かってたのね)


王太子と酒を交わしながらも、湯から一度も出なかったイーゴリの謎が解けてしまった。


こんな時も、彼のことを思って笑ってしまうのだから、いったいどれほど気にして見ているのか。


肩にかかる銀髪を結び直し、顔に温泉湯を手ですくってかける。


頭上に光る星空の下にかかる宿のロープには、仄暗い赤い提灯が下がって照らしていた。


ヴェーラは思わず立ち上がり、見慣れない灯りの構造を知ろうと顔をやった時だった。



湯面がゆらりと波打った。


(……?)


夜風かと思ったが、違う。


振り返ると、湯けむりの向こうに人影。


男の背中が、ゆっくりと湯に沈んでいく。

月明かりに濡れた肩、力なく垂れた黒髪。



「……ケンジ…さん?」



思わず名を呼ぶと、その肩がびくりと跳ねた。

振り返った彼の顔は、血の気が引いていた。




「……ヴ、ヴェーラさん!?えっ、ちょ、ここ混浴じゃ……え、違う、俺、えぇ!?!?」





生まれて初めて、明るい中で母親以外の女の裸を見た。


視線を逸らさねばと分かっているのに、身体が動かない。


月明かりに濡れた白い肩。湯気の中で微かに光る鎖骨。


イーゴリがいつもわざと酷評する控えめな胸も、ケンジから見れば申し分もなく豊か…


そして、なんといっても…


驚いたように目を見開くヴェーラは、まるで神話の絵画のようだった。


それが現実の人間だと、頭が理解できない。


(……やばい。俺、今、地獄にいる)


頬が焼けるほど熱い。


湯のせいなのか、羞恥のせいなのかも分からない。

唇が震え、ただ小さく呟いた。



「……ご、ごめんなさ……っ」



赤面し硬直したケンジの反応に、呆然としていたヴェーラはハッとして腕を裸体に絡みつけた。



「な、なんで、ここに!?」


「いやっそのっっ男湯がとんでもないことになっていまして!!!いやっ下心があって混浴とかではなく…って…ぇ!?」


言い訳を並べていたら、カーン!といい音をさせてヴェーラが投げた手桶が顔にめり込んだ。



そのまま後方に倒れ込むと、ヴェーラは真っ赤な顔でぷるぷると震えながら乳白色の湯の中に身体を隠した。


湯から顔を出すと、普段は滅多に顔を変えない美しい顔が、静かな怒りに満ちている。



(あ…やばい…。これはやばい)



裸をみられたのはケンジも同じ条件のはずだが、ヴェーラから殺気しか感じない。



「み…見損ないました…!ケンジさんは、女湯に入って痴漢行為なんて絶対にしない人だと…!」


「あ…あの…っなんか、誤解してるみたいですが…ここは、混浴…なんですけど…っ」



必死に口を動かすが、おそらくヴェーラに声は届いていない。



終わる。


悲鳴を上げられ、入ってきた騎士どもに捕まり、イーゴリに大笑いされて


「婦女暴行未遂だなぁ!?外に裸でさらす刑にしてやるかぁ!?」


と、私刑を下される未来が見えた。



(ああああああーーーっお母ぁぁあさん!!見知らぬ国で私刑される情けない息子で申しわけありません…!!!)


故郷の母に懺悔を叫んだ時だった。




「え…混浴…ですか?」



ヴェーラは意外なほどケンジの言葉を聞いていた。

はたりと目をパチクリさせ、怒りよりも何かを思い出そうと目を明後日の方向に向けている。



ケンジは一縷の望みをかけて「赤と青の半々暖簾をくぐったので…間違いないとおもうんですけど…」と、指で暖簾のかたちを作り丁寧に説明した。


はたから見たらお湯の中で、男女が真剣に混浴についてすり合わせをしているシュールな絵である。


極力ヴェーラの方をみないようにしながら、混浴の漢字なども空書きで伝えた。



「あ…」


お湯の中で縮こまったヴェーラは、身体を隠しつつも素直に言った。



「…ごめんなさい…私、混浴の暖簾…くぐったかもしれません」



「…………」



そうですか…と、返答したが、ケンジの声はあまりにも小さく、流し込まれる源泉の流水音にかき消された。



(…って!!落ち着いてどうする!?)



しょんぼりしているヴェーラは相変わらず裸であり、ケンジも同じく。

お湯が白く濁っているおかげで、肩から下はぼんやりとシルエットのみ浮かぶ。



あまりに無防備なヴェーラの姿に、変な汗と体の震えは止まらなかった。



(ううっ……目の毒だ!! よりによって裸のヴェーラさんなんて!!)



湯気が立ちのぼる。理性がどんどん溶けていく音がした。






















と、いうわけでヴェーラとケンジが混浴しました(笑)


次回、さらなる修羅場予定です。



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