温泉街編6.ケンジ、地獄の混浴で女神と出会う
タイトルの通りの展開です(笑)
しばらくケンジ視点の話となりそうです。
湯気の中に、女神がいた。
乳白色の湯に腰まで沈み、月明かりを受けた素肌が淡く光を帯びている。
長い髪が湯にほどけ、白い肌を隠すように流れた。
ヴェーラだった。
そして、その真正面に――
固まったまま、動けない男が一人。
ケンジは、息をするのも忘れていた。
視線を逸らさなければと思うのに、目が離せない。
湯気が揺れ、ヴェーラがこちらを振り向く。
「……ケンジ…さん?」
その瞬間、脳が真っ白になった。
(嘘だろ……? ここ、女湯!? 間違えたのか!?)
心臓が跳ね上がり、全身が一気に沸騰する。
どこを見ても逃げ場がない。
神々しいまでに美しいその姿が、まるで現実離れして見えた。
――思えば、あれは小さな罠であった。
旅館に着いた時、騎士たちは3つの露天大浴場について説明を受けた。
『のれんにそれぞれ女湯、男湯、混浴と書いてございます。漢字表示ですので、お間違いなく。清掃時間や男女のお湯の交代もございます』
東洋の漢字を読める者はこの国にはほとんどいないため、旅館の支配人はだれでも分かるように男湯は青、女湯は朱色の暖簾で分かりやすくしている。
そして、混浴。
男女色が左右に入り半々の暖簾であった。
噂の混浴に「おおお!?」とイーゴリは鼻息荒く反応した。
『誰でも入れる湯だな!?よしっ入ろう!』
『団長!!その前に宴会です!!』
『うるせぇっ離せ!!』
宿内にある混浴は珍しい上、自然を模した広い岩風呂は温泉街でもこの宿だけ。と、かなり有名なようであった。
湯は乳白色で、美肌効果も有り。
湯質の説明書きが入り口前に張ってありケンジはイーゴリを止めながら確認する。
(へー…温泉なんて久々だから、宴会も終わったら入ろうかな)
ケンジは気づかなかった。
大切な説明の時、ヴェーラが別の仕事を頼まれてその場にいなかった…ということを。
※
目覚めた時、そこは天国であり地獄であった。
暗い部屋に響き渡るイーゴリの大いびきは、まるで地鳴り。
むせ返る酒の匂いが部屋中に充満し、横たわる男女がそれぞれ屍のように折り重なっている。
(ひ…ひいいいいいいーーーー!?)
覚醒したケンジは心の中で悲鳴を上げ、半裸の女の子数名に囲まれていた自分の状況に青ざめた。
激しい頭痛、そして吐きそうになる胃のむかつき。
満身創痍の身体で、何とか記憶を呼び起こした。
「や…やってない?よな…?」
誰に確かめるわけでもなく、女の子達の中から這って抜け出した。
最後の記憶では、イーゴリ達に「男にしてやるっっ!!来いっっ!!」と、無理やり奥の部屋の乱交に近い場所へ連れて行かれたはずだ。
そこからイーゴリに強い酒を無理やり口に注がれ、記憶が途切れた。
イーゴリは両肩に女のコ数名を乗せ、大の字で幸せそうに寝ている。
しかもほぼ全裸で。
(………清々しいほどにクズだ。俺の童貞をボロ雑巾のように捨てさせようとした…)
悪魔のような笑い声と、女の子と絡むイーゴリのクズ行動。
どうしようもない怒りで睨むと、イーゴリは突然「ぶえっくしょん!!!」と唾を豪快に飛ばしてくしゃみをした。
「ん…あぁ…?…さみい」
目を覚ました大男が、のそりと起き上がるのを見て、慌てて寝たふりをして床に倒れた。
ほぼ、本能的に見つかればまたおもちゃにされる!!と、危険を察知する。
薄目で息を凝らして見ていると、イーゴリは頭をボリボリとかいて周りを確認している。
その後、落ちていた浴衣を掴み身体に無造作に掛けると、再び大きないびきをかいて寝始めた。
ケンジは重い身体を引きずりようにして、ほふく前進で出口を目指す。
こんな地獄を抜け出し、一刻も早く人間らしい尊厳を取り戻すために。
※
時刻を確認すると恐ろしい事にまだ3時を少し過ぎた頃であった。
てっきり朝か、あるいは昼くらいまで時計が回っていたかと思っていたのだが…。
ケンジは頭痛と吐き気を抱えながら、ぐったりして薄暗い宿の廊下を歩く。
(…寒い。酒のせいで体も冷えてて、やばい)
生きて地獄から出れたが、想像以上に身体のダメージが酷く、歩きながらゾンビのように体が重い。目がかすみ、喉はカラカラ。
自分の泊まる部屋もわからず、目指すは大浴場であった。
(一刻も早く温まりたい…!!)
男湯の暖簾をくぐろうとした時だった。
「おいーー!飛び込むなよ!!」
「やべぇーーオレグが泳ぎ出したぞ!」
「イワン負けるな!!」
完全なナマー違反で、第二騎士団の男どもの笑い声や囃し立てる声がこだましている。
(げ…!絶対行きたくない!!)
酒に酔った蛮行が中で繰り広げられている映像が浮かぶ。
オレグやイワンが露天風呂で泳ぎ、爆笑する騎士共とはいれば、おそらく巻き込まれる。
(筋肉バカな男どもめ…!!)
ケンジは眉間を押さえ、ため息を吐いた。
こんな深夜に騒げる体力があるのが信じられない。
静かに湯に浸かって、少しでも酒を抜きたかっただけなのに。
その時、廊下の向こうから、重い足音と笑い声が近づいてきた。
「団長ーー!まだ寝てなかったんですか!」
「ふははは!朝風呂じゃねぇか!行くぞ、男ども!」
(イーゴリ……っ!!)
ケンジの表情が凍る。
反射的に振り向くと、目の前にもう一枚の暖簾。
そこにははっきりと、“混浴”の二文字。
赤と青が半々に分かれたその布が、ふわりと夜風に揺れている。
(……ここなら静かだ。誰もいないはずだろ)
そう思い込んで、ケンジは迷わずその暖簾をくぐった。
運命の一歩を踏み出したとも知らずに。
混浴の露天は静寂だった。
湯気が立ちのぼり、虫の声すら遠くに消えていく。
岩の間から湯がこんこんと流れ、月明かりが白く反射している。
(……誰もいない。助かった)
安堵の息を吐き、肩まで湯に沈めたその時――
目の前に、背中があった。
次回へ続きます。
理性的なケンジとヴェーラをパニックにさせたくて、こうなりました(笑)
次はイーゴリも絡むと思います。




