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女神の護符  作者: のはな
第三章 温泉街編
33/83

温泉街編5.王太子ミハイルを殴ったナターリヤのその後

ちょっと回り道。


温泉街編冒頭のミハイルの蛮行とナターリヤの話の回収の話となります。


極北の獅子の活躍は

エピソードの模擬戦で確認できます。


気になる方や改めて読みたい方は

そちらも良ければご確認ください。


エピソードの題名にレオニードの名前があるので、確認は容易かと。


イーゴリたちをフルボッコにしている最強の騎士のレオニードが読めます(笑)



見覚えがあった。


一面が麦が広がり黄金に輝く黄昏の刻。

王国の極北に位置する凍てつく大地とは異なる、肥沃な土地の光景だ。


レオニードはその黄昏に抱かれ、こちらを振り返るナターリヤをみた。

赤く燃えるような長い髪が風に揺れ、燃えて沈んでいく太陽が彼女を包む。


茜色の空がやがて紫の夜の色を滲ませ、冷たい色へと温度を変えていく。

レオニードはそこから一歩も動けなかった。


美しく気高い、唯一無二の女騎士、。


この世で、最も美しいと震え…---ただ見惚れた。




レオニードの祖先は、百年前に王国へやってきた東洋人の軍人である。

名前は、ショウ・サイジョウ。


彼は、初代王女に仕えその生涯を女王と王国のためだけにささげた。

祖国の名を捨て「ヴォストーク」の姓を賜る。


ゆえに、ヴォストーク家は王国に仕える名門貴族の一族であり、長年王国を護る第一騎士団に仕える騎士を輩出している。


しかし、そのヴォストーク家も今やレオニードのみである。


彼の父の代で、多くの領土を借金の方に売り払ったためである。


父を15歳で亡くしたレオニードのもとに残ったのは、極北の極寒で貧しいわずかな領土。

そして、小さな城に老いた執事とわずかな従者のみであった。


開祖であるショウが築き上げた「温泉街」も、すでに王室の領土となっている。


王国屈指の歓楽街であり、一大観光産業となったこの街だけで莫大な収入を得ることができる。


しかし、武人の血が濃かったレオニードもその父も、その産業を領主として扱うことに対して手を余らせていた。


ゆえに、売り払った後はむしろ「せいせいした」というような感想が漏れたほどだった。


レオニードという王国最強の騎士だけを残し、ヴォストーク家は静かに滅びようとしていた。


継ぐ者がいなければ…だが。




初めて女を訪ねたレオニードは、どんなものを持参すればいいのかまるで思いつかなかった。

彼の生活は、主に血の匂いと土埃の舞う戦場を主としている。

私服らしい私服も持ち合わせていない。



「……なんで、制服?」


私室に入ってきた同僚を見て、ナターリヤは笑うにも笑えず複雑な表情で迎えるしかなかった。


いつも通りの無表情で、レオニードが第一騎士団の紋章が入った騎士の正装姿で佇んでいる。


兄のアレクサンドルは対照的なくらい暗い漆黒の髪と瞳。


東洋人の血筋の彼だが、実際は1/8ほどしか引き継いでいない。


しかし、彼は先祖返りというくらいにその血が濃く容姿を彩っている。



指摘された制服姿について、レオニードは淡々と答えた。


「…仕事ではないぞ」

「私服無いの?」


当たっていたのか、数秒間何も反応がレオニードから無かった。

しばらくすると、目をそらしてどこかよそへ視線を送っている。


無口なレオニードの独特な間に、ナターリヤ小さくため息をつくしかなった。


戦場では、一騎当千の非の打ちどころの無い騎士。

しかし、一度戦場を離れれば必要上に話をせず、どこか浮世離れした天然ボケを真顔でかます男である。



私服が無く、休日の予定も無ければ、訓練場で一人剣術や馬術の自主練を行う男…。


その「超」が付くほどの武人としての血が、「極北の獅子レオニード」を作ってきたのだろうか。



「今度、買い物に付き合ってあげるから、ちょっと余所行きの服くらい買ってみたらどう…?」


「…そうだな。あとは、式典用のごちゃごちゃした飾りのあるやつしか持ってない」


「結婚式とかで着るやつね」


似合いそうだが、おそらく周りの女の子たちにキャーキャー言われても無表情で立っている絵しか浮かばなかった。無駄に美男子なのが恐ろしいところだ。


どちらか年上なのかわからないほど世話をやくナターリヤに、レオニードは「悪いな」と首をコテンと下げて礼を述べていた。



「これ…」



ナターリヤの部屋に侍女がお茶を運んできた時、レオニードがそっと懐から一輪の花を取り出した。


どこからか折ってきたのか、白いカメリヤの花が硬い蕾から花を開こうとしている。


椅子に座りお茶のカップに手を付けようとしていたナターリヤは、跪いたレオニードをきょとんと見た。


レオニードはそのまま自然な動作で、ナターリヤの耳の上にカメリヤを差し込んだ。



「…赤い髪に映えるな」



そばで見ていた侍女が思わず釘付けになるほど、真っ直ぐな心でナターリヤに言う。



「ナターリヤ…綺麗だ」



真剣な目で何も隠さず言う男に、ナターリヤはしばらく固まったまま見つめ合った。


その間、おそらく時間にしては10秒も満たなかっただろう。


しかし、レオニードの眼差しは単なる同僚を超えた熱を妊む。


その熱に射抜かれ、ナターリヤは目をそらせない。


目を合わせたまま、レオニードの手が再び彼女の髪に触れようとした時だった。



「ちょ…っちょっと待って!!」



出ていった侍女の物音で我に返ったナターリヤは、真っ赤な顔で大げさに椅子から飛び上がった。


後ろへ少し押されるように離れたレオニードから、なんとか距離を取ろうと両手を必死にまっすぐ伸ばした。



「…なんだ?」



謎の牽制にレオニードも距離を取り、2人で立ち上がりながら向かい合う。



「近い…!!」



「……嫌なのか?」


「嫌っていうか…私達、単なる…同僚で…」


言い訳をならべてみたが、レオニードの漆黒の瞳が何も言葉にしない代わりに真剣に覗き込んでくる。


沈黙が重く落ちた。


その目に映るのは、ただ彼女ひとり。


目で話す男が、嫌ではない。もっと近づきたいと言ってくる。



「……っずるい」


息をするのも忘れ、思わず声が上ずる。



次の瞬間、その華奢な肩はレオニードの胸に抱き寄せられていた。




ナターリヤの身体は、ある記憶を呼び起こしていた。


いつもの宮廷。


病に伏した王女ポリーナを見舞ったあの日。


手紙と小さな花束を置き、静かに部屋をあとにしたとき――

背後から突然、強い力で肩を掴まれた。


振り向いた瞬間、酒の匂い。


目の前にいたのは、ポリーナの兄、王太子ミハイルだった。


彼の深緑の瞳は、いつもの冷静さを失い、濁っていた。


『お前……美しいな』


指が腕に食い込み、逃げようとすればさらに強く締めつけられる。


痛みよりも先に、羞恥と恐怖が襲ってきた。


助けを呼べば、騒ぎになる。

騎士としての誇りが、喉を塞ぐ。


(やめろ……わたしは騎士だ。あなたの玩具ではない――)


それでも、押し込められた体は言うことをきかなかった。


荒々しく押され、背中が硬い床にぶつかる。

視界が揺れ、息が詰まる。



そこまで思い出した瞬間、

ナターリヤの心臓が跳ね、レオニードの胸の中で小さく震えた。



「怖かった…っ」


ミハイルに求められた時、胸の奥に残ったのは、怒りでも屈辱でもなく――恐怖だった。


認めたくなくて、ずっと押し殺してきた。


それを認めた瞬間、弱い自分を晒すことになる。


男達に混じり、誇り高い騎士としてこの国を守ってきた。

誰よりも強く、誰よりも潔く在ると誓った。


だから――たかが男に押し倒されたくらいで泣くものかと、ずっと歯を食いしばってきた。


けれどいま、腕の中の温もりが、その誓いをそっと溶かしていく。



レオニードの背中に手を回し、ナターリヤは彼の身体を震えながら抱きしめ返した。


腕に力を込め、密着させるたびに、恐怖で冷たくなっていた体がゆっくりと体温を取り戻していく。


(レオニードは、私が王太子に襲われたことを知っている。それでも、何も言わない)


無口で、不器用で、感情を表に出さない人。

けれど――その沈黙が、いまは言葉よりも温かかった。


「……ナターリヤ」


名前を呼ばれた瞬間、胸の奥で心臓が跳ねる。


身体を離したレオニードがそっと顔を寄せ、指先で涙をぬぐった。


その指が触れるたび、息が震える。



「好きだ」



短い言葉とともに、唇が重なった。


痛みを閉ざしていた心の奥に、初めて春のような温もりが灯る。


ナターリヤは溶けていくような幸福感に包まれた。




レオニードへの想いを言葉にしたことはない。


ただ、心に灯った温かさが全てだった。



























それぞれの人間関係が時間軸は同じで動いてる感じです。


また次回はイーゴリたちの話に戻る予定です。

よろしくお願いします。

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